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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ねぇ、シオン

作者: リスト

【あらすじ、虚な→虚ろな】「ねえ、シオン。覚えてて」


内緒話をするように耳元で囁いて、

あなたは泡のように消えていった。


ゆっくりと瞼を開く。

ああ…今日も灰色の一日が始まる。


あなたが夢の住人となってから、もう一月経つのか…。





アナイス・ディ・クローディア。

王国建国時から続く格式高いクローディア公爵家の一人娘であり、俺、シオン・ディ・クローディアの義姉だった人。


齢8歳で国王陛下と王妃殿下の第一子であらせられるレイシス殿下と婚約し、次代の王妃となる事が決定した。


クローディア公爵家にはアナイス義姉様しか子供はいなかった為、後継者として親戚筋から俺が選ばれ養子に入った事で義理の姉弟となった。


公爵家に来た時、両親や兄弟が恋しくて毎日泣いていた俺に寄り添ってくれたのが義姉様…あなただった。


緩く弧を描いた眉に、菫色の優しい瞳。

「シオンが元気になりますように」と、少し調子の外れた子守唄を歌いながら、そっと手を握ってくれる。

その時間が心地良くて、幸せで、あなたの手の温もりを感じながら眠るのが大好きだった。



「私が一緒にいられない時は、この子があなたを守ってくれるわ」


そう言って渡されたのは、少し不恰好な豚のぬいぐるみ。


「失礼ね!これは猫よ!」


どう見ても豚にしか見えない出来上がりにそう伝えると、むっと頬を膨らませながら怒るあなたを見て、声を上げて笑った事…今でもまだ覚えてる。



「ねぇ、シオン!レイシス殿下は素晴らしいお方なのよ!」


あなたはいつも瞳を輝かせながら婚約者について語っていた。


「大臣様方とも堂々と討論なさるし、先日の災害で被災された方々の支援も活発に行われて、しかも殿下自ら被災地に足を運ばれたそうなの!それにねっ…」


はいはい、ご馳走様です。

なんて言っても不思議そうな顔をするものだから、本当に好きなんですねって返すと一気に赤面してあわあわと言葉を紡ぐ。


そんな所を見るのも楽しくて…


「あっ…」


遠目に殿下の姿を見かけると、頬を染めて俯くのも。

そんなあなたを見た殿下が愛おしそうに微笑むのも。


俺にとってはごくありふれた光景であり、幸せだったんだ。




「…嘘だ…誰か…嘘だと言ってくれ…。アナイス……アナイスっ…アナイス!!!」


あの日聞いた殿下の叫びは、その隣で呆然と立ち尽くしていた俺の耳にずっと残っている。




「ねぇ、シオン聞いて!酷いんですのよ!ライクス様ってば!」


あなたはいつも彼に揶揄われていたっけ。


「あと少し…そう!あと少しで間に合ったんですのよ!なのにライクス様ってば…足遅そうですもんねって言ってお笑いになるのよ!?あなたはどう思います!?シオン!」


あれは確か食堂の限定メニューの話だったっけな。

数日前からソワソワしながら、その日を待ってるあなたを見たライクス侯爵子息が、クラスメイトと一緒に限定メニューを頼んで、あなたが来る前に売り切れにしてしまった件。


「あの限定メニュー…私がずっと楽しみに待っていたのを知っててやったんですわ!そうに決まってます!」


顔を合わせると、何かしら義姉様を揶揄うような言葉を投げてくるライクス侯爵子息。

しかもレイシス殿下の側近候補の1人だから、避けようとすれば殿下ともすれ違いになる。


でもね、知らなかっただろうな…義姉様。

彼が、たまになんとも言えない切ない瞳で、義姉様を見つめていた事。




「ねぇ…起きて下さいよ。いつもみたいに、酷いわって…ねぇ…こんな事になるなら…諦めなければ良かった…」


掠れた声でボソボソと呟きながら、大粒の涙を零しながら、彼は膝を折り力なく床に座り込んでいた。




「ねぇ、シオン。ソルアート様は凄い方ね。私も殿下をお守り出来るくらい強くなりたいわ」


堅物と揶揄される彼の事を、あなたは尊敬していた。


「あの方は職務に忠実であり、いついかなる時も殿下の盾であろうとなさっているわ。中々出来ることではないと思うの。それに研鑽も欠かさないし…私、師事させていただこうかしら」


あの時は焦ったなあ。

軽く聞き流してたら、後日本当にお願いしに行くなんて…。

寡黙で知られるソルアート伯爵子息もあまりの事に凄く慌てて、声ならぬ声を発してたし、

それを見ていた殿下もライクス侯爵子息も笑ってるし。


結局根負けしたソルアート伯爵子息が軽い護身術を教えてくれて。

義姉様は「これで私も殿下をお守り出来ます!」なんて勘違いしながらも習得するし。




「…ダメじゃ…ないですか。ちゃんと…抵抗、しないと…」


苦しげに呟いたその声は、大きな掌で顔を覆う彼の表情までは明かせなかった。




あの日の事は、よく覚えている。


長い長い夢を見ていたようだった。


意識がどんどんクリアになって。


瞳を開くと、血溜まりに倒れるあなたの姿が視界に映った。


何かの茶番の途中だろうか?

それとも、俺はまだ夢を見ているのだろうか?


周りを見回すと、その異様さに気づいた。


悲鳴を上げ逃げ惑う人々。


あなたに泣き縋るレイシス殿下。


床に座り込むライクス侯爵子息。


血に濡れた剣を持つソルアート伯爵子息。


俺の近くで真っ青な顔をしている、金髪の女。



あの日、あなたは遥か遠くへと旅立ち、

もう二度と戻ってこなかった。






「本当に殺すつもりなんてなかったの!!本当よ!!」


そんな戯言をほざいていたのは、あの時俺の近くにいた見知らぬ金髪の女だった。


「ちょっと怖い目に遭わせて…皆から手を引いてもらおうとしただけよ…」


悪びれもせずそんな世迷言をほざいている。


「そ、それにっ、実際に殺したのはジンじゃない!!私は何もしてないわ!!」


“ジン”とはソルアート伯爵子息の事で、記録上にも彼がアナイス義姉様を殺した事になっている…でも。


「…勝手に名前を呼ぶな。虫唾が走る…っ!」


ソルアート伯爵子息に睨まれたあの女がビクッと身体を震わせた。


「あなたが禁忌を犯し、我々や周囲の心を意のままに操る呪法を使った。つまり、あなたが望んだからこそ彼女は殺された。…そうでしょう?」


ライクス侯爵子息の声に怒りが混じる。


義姉様の死により呪いが解けた後、国王陛下よりある温情が与えられた。

自らが囲っていたこの女を尋問し、自らの潔白を晴らせと。


この場にいるのは俺を含め、レイシス殿下、ライクス侯爵子息、ソルアート伯爵子息の4人。


皆が皆、激しい怒りと憎しみを目の前の女に注いでいる。


あの女が檻の中に入っているため、俺達は直接手を出す事は出来ない。

…隔てるものが何も無かったらきっと殺してしまう…そう思っての提案だったが、その判断は間違っていなかったんだろう。


皆、今にも殺してしまいそうな目で見てる。


もちろん、俺も。


「…沈黙は肯定とみなす。それで、貴様はその呪法を誰に教わった?素直に話せば悪いようにはしない」


レイシス殿下が怒りを抑えて冷静に交渉する。

…凄いな、さすが義姉様がベタ褒めする方だ。

俺にはこんな風に自分の感情をコントロール出来る気がしない。


「…正直に話したら…助けてくれるの?」


この期に及んでまだ助かろうと媚を売るような目で見てくるこの女が、憎くてたまらない。


「全ては君次第だ」


殿下が微笑んで見せると、すぐに堕ちた。





雲一つない快晴。

そんな清々しい日に、王都の広場へと生々しい処刑台が設置された。


罪状が読み上げられ、国民達は驚き、納得し、死刑となった者達へ罵声が浴びせられる。


“話が違う”と非常に耳障りな声を荒げる女は、特等席にて睨みつける俺たちに気付き、罵声をあげる。


“嘘つき!” “あんなに好きだって言ったじゃない!” “お前が殺した癖に!”


変わらず睨みつける。

この女や黒幕であった侯爵が死のうとも、義姉様はもう戻って来ない。


失われたものは、二度と還らない。


鈍い音と共に首が落とされ、歓声があがった。


でも、心は晴れない。

澄み渡った空でさえ、今の俺たちには憎く感じてしまう。


けれど…


「義姉様……見てますか?」


もしあなたがこの光景を見ていたとしたら、胸を痛めていたんだろうか。




クローディア公爵閣下…義姉様の父であり、俺の義父でもあるあの方は何も言わなかった。


公爵夫人は泣きながら俺を責めてきた。

むしろ、そうやって責められる方が楽だった。


義姉様がいた頃はそれなりの信頼関係を築けていた使用人から、腫れ物に触るようなそんな態度で接されるようになった。

…仕方ない事だ。


未だに俺の立場は後継となっており、後継としての仕事も任されている。


記憶に無い学園での最終学年。

勉学に関しての記憶も無いために、少し苦労した。


でもきっと俺よりもっと苦労してるのは…




「久しぶりだな…シオン」


記憶にあるレイシス殿下より、随分とやつれている。

目の下には濃い隈が浮かんでおり、あんなにも輝かしく見えていた美貌も精彩を欠いている。


「お久しぶりです、殿下。…それで、話とは」


殿下は、うむ…と言い淀み、用意された紅茶を一口飲んだ。


「…ロイドとジンについて、何か聞いているか?」


殿下のおっしゃるロイドとは、ライクス侯爵子息の事だ。


「いえ、あれからお会いする機会もありませんでしたし…私自身も忙しくて…」


正直に答えると「そうか…」とだけ言って、2人の間に沈黙が降りる。



「…ロイドは父君に廃嫡を願い出たそうでな。今後は神官として、彼女の為に祈りを捧げるつもりだそうだ」


あんなに優秀だった人が…廃嫡を願い出た時、揉めたんじゃないだろうか?

あぁでも、ライクス侯爵家は格式を重んじ醜聞を嫌うと聞く。

だったら…操られていたとはいえ醜聞となったライクス侯爵子息には、もしかしたら息苦しかったのかもしれない。


「ジンは…」


殿下が言い淀む。

凄く嫌な予感がした。

でも…ソルアート伯爵子息だったら…きっと。


「彼女を…アナイスを殺した責は自分にもあると言って……自死した」


そうなるだろう事はわかっていた。

彼は、真面目で誠実で、なにより職務に忠実だった。

守らねばならない対象に殿下と…義姉様を置いていた事を知っている。


ソルアート伯爵子息に護身術を習い始めてすぐの頃、義姉様が嬉しそうに笑っていた。


「お手を煩わせて申し訳ありませんって言ったのよ。そしたらなんて返ってきたと思う?」


「あの方は…ソルアート様は…義姉様を自身が守るべき存在だと思ってらっしゃいました…だから…っ…」


頬が濡れている。

…そうか、そうだよな。

義姉様だけじゃない、俺だって彼とはたくさん思い出がある。

義姉様と一緒に手解きしてもらった事だって…たくさん…。


「すみません…殿下…どうか…今は…」


レイシス殿下が俺の肩に手を置いた。

こころなしかその手は小刻みに震えている。


「いいんだ…お前がいてくれたから…私もお前と共に嘆く事が出来る…ありがとう…シオン」



人払いされた室内で、2人して思いきり泣いた。



ああ、義姉様。

まだ子供の頃、泣いてばかりいた俺の頭を優しく撫でてくれた、あなたの手が恋しいです。

不安な夜はギュッと握ってくれた、あなたの手の温度が…。




「ねぇ、シオン」


その日、久しぶりに夢を見た。


夢の中のあなたは幸せそうに微笑んでいて、耳元で内緒話をするように。


「覚えててくれてありがとう。でももう、どうか忘れてくださいな」


いやいやと頭を振る。

夢の中で、俺は子供の姿になっていた。


「いやです義姉様。いやっ!置いてかないでください。そばにいてくださいっ、義姉様!」


柔らかなドレスに抱きついて離れない俺の頭を、義姉様は優しく撫でる。


…あぁ、これだ。

頭上から、調子の外れた子守唄が聞こえてくる。


懐かしい…ずっとここにいたい。

ずっとずっと、義姉様と一緒に…。


「ねぇ、シオン。あなたは知ってるかしら」


子守唄をバックに、義姉様が語りかける。


「あなたが私の義弟になってくれた時、私、凄く嬉しかったの」


ふふっと笑う義姉様。


「レイシス殿下と婚約して…嬉しかったけど、不安もあったの。私に王太子妃…次代の王妃、なんて務まるのかしらって」


その声色も手も、どこまでも優しい。


「だからね、あなたが私の手を握って眠ってくれるのが嬉しくて…ほっとして…義姉様、義姉様って慕ってくれるのが嬉しくて」


大切な時間で、あの頃の俺の唯一の支えだった。


「私は…あなたに支えられてたのよ。シオン」


涙が溢れて止まらない。


「ねぇ、シオン」


義姉様が俺の頬を手で包み、つられるように顔を上げた。

緩く弧を描いた眉に、菫色の優しい瞳。


「私はあなたにも、殿下にも、ライクス様にも、幸せになっていただきたいわ」


夢の中のあなたは、変わらず美しく、どこまでも眩しい。


「ソルアート様には私から説教致しますわ!」


変わらないあなたに、思わず笑いが漏れる。


「ねぇ、シオン。愛してるわ、大好きよ、私の可愛い可愛い義弟。だから…辛いことは忘れていいの。どうか覚えてて、あなたは愛されているって事を」



夢の時間は淡く消える。

でも、目を開けてもあなたの記憶が鮮明に残っている。


バタバタと廊下を走る音がする。

その音は部屋の前で止まり、そして…




その日、未だ悲しみから立ち直れない人々の元に奇跡のような夢が訪れた。

それは母だったり、父だったり、子供だったり、婚約者だったり、兄弟姉妹だったり。


ある公爵家の一室で、義理として繋がった親子が涙を流しながら抱き合っていたり。


ある王宮で王と王太子が次代についての話し合いを行ったり。


ある神殿で泣きながら神に感謝を捧げる神官がいたり。



今日も記憶の中のあなたは、微笑み語りかける。

まるで内緒話をするように…


「ねぇ、シオン」と。

読んでいただきありがとうございます!

誤字報告助かりました!

感想については、閉じさせていただいてます。


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