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平川綾乃の想い。

駅前のマック。午後6時。すっかり日は落ち、街灯やお店の灯りが足早に歩く人の姿を映しだす時間。駅のプラットフォームが見下ろせる2階のカウンター席で先輩を待つ。

このお店は、私が使う駅と先輩が使う駅の間の駅にあって、皆で遊びに行った帰りや、部活帰りによく寄った思い出の場所。


改札口を見ながら携帯を触っていると、先輩からのLINEが届いた。


(駅についた)


(2階にいます)


(り)


目を凝らして先輩の姿を探すと、駅から出てくるのが見えた。

おおきく手を振ると、私に気付いてくれて、軽く手を挙げた。そしてドリブルをするような軽いステップで沢山の人をかわしながらこちらに向かってくる。


普通に歩いてくるだけなのにかっこいい。


私の無理なお願いにつき合ってくれて、ありがとうです。


「ヒラ、久しぶり! 」


爽やかな笑顔と、よく通る声にドキッとする。嬉しさのあまり、思わず手を振る。なんか、照れちゃうな。

大学に進学した先輩は、髪を染めて、マスクをしているせいか、BTSのシュガに凄く似ていた。これはモテて当然だわ。


先輩、微笑んでる。なんだか緊張するぅ。

慌てて席を立ち、「いきなりなお願いをしてすいません。」と、頭を下げる。すると、


「ああっ、ぜんぜん気にしなくていい。それよりもなんか食べようよ。驕るよ。」


と、言って緊張している私を和ませてくれた。いつもの優しい先輩のままだよぉ。


「いえっ。私が無理なお願いしたのだから、私が驕ります。」


ちょっと気を張って返事をすると、先輩は爽やかに笑った。


「変わらないなぁ。じゃぁ、割り勘でいこうか? 」


「ええっ、でも・・・・・・。すいません。じゃぁ、割り勘でお願いします。」


ああっ、なんで甘えてしまうの私。バカ。


「素直でよろしい。じゃぁ俺が買ってくるから、お金は後でな。 ヒラはいつものやつでいい? 」


「あっ、そっ、そうですね。いつものでいいです。」


「わかった。じゃぁ待ってて。」


「はいっ。すいません。」


先輩は振り返ると軽快に階段を駆け下りていった。。


「ヒラ」と呼ばれる事。「いつもの」。で、通じてしまう嬉しさにときめく。

ふあふあしながら席に座るけれど、落ち着かない。

いや、今日はそういうモードじゃないんだ。ちゃんと話さなきゃ。

何度も自分に言い聞かせる。


「おまたせっ! エグチとキャラメルラテでございます。」


先輩がおどけながらそう言うと、私の前にトレイが置かれた。接客慣れしているなぁと感心。

そして、もう片方の手に持った照り焼きチキンテリオとコカ・コーラを乗せたトレイを自分の前に置くと、「腹減ったぁ」と呟いた。せんぱい、少年みたいでかわいい。


「すいません。ありがとうございます。」


「さぁ、先に食べてしまおうぜ。話はそれからでいいよね? 」


「はいっ。それでいいです。」


「話はそれからでいいよね?」その言葉になんだかホッとした。でも、緊張のせいかお昼から何も食べられなくて、今もお腹が空いているんだかいないんだかよくわからないまま、小さく小さくエグチを食べながら、キャラメルラテで流し込んだ。


左側に座る先輩は「やっぱ、うまいわ」と言いながら豪快にチキンテリオを頬張っている。

マックを食べる横顔。やっぱ、かっこいいな。


先輩との時間はすごく楽しい。食べ慣れているマックも、いつもよりおいしく感じる。

話も弾んで、先輩はリモート授業がメインとなった大学の事や、バイト先で起こった信じられない位に面白いエピソードを話してくれて、涙が出るくらい笑った。


私も、部活の試合がほとんどなくなった事、楽しみにしていたイベントというイベントが次々に無くなってしまったこの一年間に起こった出来事を話すと、先輩は「今年はとにかくついてなかったよなぁ。けど、愚痴ったところで俺たちの力ではどうにもならない事だしな。」と言って微笑んだ。


幸せな時間。このままこの時間が止まっちゃえばいいなぁと思う。でも、ハンバーガーは私達のお腹に収まって、コップの中のキャラメルラテとコカ・コーラは、魔法が解ける残り時間を知らせてい。

る。


流されちゃいけない。そろそろ言わなくちゃ。


「あの先輩。」


「うん。」


「今日、お話したかったのは・・・・・・。私、先輩の事がずっと好きで・・・・・・。で、この間、同級生の友達から告白されちゃって・・・・・・。それで、友だちに相談したら、その子がその男子の事が好きって言うことが分かって・・・・・・。もう、自分をごまかしててもダメかなって・・・・・。で、先輩は好きな人がいるのかなって。」

心臓がバクバクしている。先輩、どんなリアクションするんだろう。

ちらりと横目てみる。先輩は真面目な顔をしてる。私の気持ちを考えてくれている。

少しの沈黙の後、


「ヒラはほんとに正直な奴だな。」


そう言って、残りのコーラをズズズッと飲み干すと、「いや、実は俺もヒラに言わなきゃいけない事があるんだ」と、言った。


「えっ、言わなきゃいけない事って・・・・・・。」


もう心臓が破裂しそう。まさかとは思うけど、期待に胸が膨らむ。


「ヒラはさ。LGBTQって知ってる? 」


なに !? エルジービーティーキューって ? 突然すぎて、何も出てこないよぉ。

けど、聞いたことがある。思い出せ私。


「えーっと、確か、Ⅼはれず、Gはげい、Bはばいせくしゃる、Tは・・・・・。」


「トランスジェンダー。じゃぁ、Qは? 」


「う~ん。なんだろう。」


「クエスチョニングだよ。」


「そ、そうなんですね・・・。ごめんなさい。知りませんでした。」


「まぁ、知らない人の方が多いから、仕方がないと思うよ・・・・・・。」


先輩、なんか困ってる。ジェンダー問題についてちゃんと学んでおけばよかったよぉ。


「でさ、今まで隠してたけど、俺、実は、その・・・・・ゲイなんだ。」


「ふぁっ!」


思わず変な声が出る。 その答えの準備はしてないよぉ~。予想外過ぎるよぉ。


「めっちゃ、驚いてんなぁ。」


先輩笑ってる。いやいや、その告白の後に爽やかな笑いってメンタルすごすぎるよぉ。

違う! 私の先輩への想いはどうなっちゃうの~。マジわけわかんない。


「このことをカミングアウトするのはヒラが二人目で・・・。多分誤解が生じているから言っとくけど、実は、高校の時、口外しないって約束で、二宮だけには打ち明けてたんだ。」


えっ! 二宮先輩は知ってたの⁉ なんかムカつく。ちがう、そうじゃない。落ち着いて考えろ。

なにか、返事しなきゃと言葉を探していたら、二宮さんが言っていたことを思い出した。



「あっ、それで・・・・・。二宮先輩が「彼女じゃないよ」って言ってたのは・・・・・・。それでも二宮先輩と付き合ってるって思ってる子多かったですよ。私もずっと疑ってました。」


「だろうなぁ。告白してくれた女子には、とりあえず「好きな人がいるから」って断ってたから。」


「そうなんですね・・・・・・。」


「周りには二宮と付き合ってるって思われてたからさ、それは好都合だったんだけど、二宮にはごまかせないだろ。だからと言って、カミングアウトすると、差別が始まって、学校に居づらくなるってネットの友から聞いててさ、めっちゃ悩んでたんだけど、3年間を乗り切るためには誰かの協力が必要だと思ったから、思い切って二宮に打ち明けて、協力してもらったんだ。それでも毎日がマジしんどかったよ。」


うわ~。私じゃぁとても受け止めきれない。すごくショックで何を言っていいかわからないよ。でも、すごく大切な事を打ち明けてくれたんだから、ちゃんと答えなきゃ。


「・・・・・・そうだったんですねぇ。なんか、先輩の事全然知らなかったんだなぁって思ったらなんだか悔しくなってきました。」


そう言うと、先輩は「そういえば、二宮も同じこと言ってたなぁ。」と言って微笑んだ。


私にとって圧倒的存在だった二宮先輩も先輩の告白に同じ思いをしていたのか。

なんか、二宮先輩に嫉妬していた自分がハズい。


「だから、ヒラの気持ちは嬉しいんだけど、俺自身のアイデンティティを捻じ曲げてまで、これまでの世間の「普通」といわれるものに合わせて生きてゆくのは、もう無理なんだ。」


言葉に詰まる。額に汗が・・・。どうすればいいの。そんな問題、私に答えられるわけないよぉ。


「俺は、俺の普通で生きていきたいんだ・・・・・・。」


先輩は、爽やかで、頭が良くて、スポーツ万能で、皆から好かれていたけれど、そんな思いをしていただなんて思いもしなかった。普通に生きることができてなかっただなんて。

そんな大切なことも気づいてあげられなかっただなんて。恥ずかしくって、涙出そうだよ。

好きな人の内面を知るって、とても大変で大切な事なんだな。


「じゃぁ、大学ではもう・・・・・・。」


「まぁ、大学はほぼほぼリモートだし、あんまり顔を合わせる機会もないから、カミングアウトする機会もないけど、俺が通ってる社会学部社会学科は教授もゲイだということをカミングアウトしてて、LGBTQに偏見がないんだよ。けど、もし、社会学部社会学科で偏見があったとしたら、笑ってしまうけどな。」


先輩大人になっちゃったなぁ。私、なにやってたんだろ。

ここは、無理してでも背伸びしなくちゃ。


「いやぁ、なんていっていいのか・・・・・・。先輩の気持ちを知らずに、勝手な事ばかり言ってすいませんでした。」


「あやまらなくていいよ。ヒラの気持はなんとなく気づいてて、いつか打ち明けなきゃいけない時が来るんだろうなって思ってたからさ・・・。それでさ、ヒラからLINEきて、これはもう直接会って話さないといけないなって思ったんだ・・・・・。ヒラの気持ちを知ってて、今まで黙っててごめんな。」


その言葉に、胸がいっぱいになった。フラれたことにではなく、先輩が苦しい思いをしていた事に気づかなかったくせに、好きなってもらおうとしていた自分が悲しかった。


「いえっ。なんだか、先輩の気持が聞けて良かったです。」


「そっか、俺も打ち明けることが出来てスッキリしたよ・・・・・・。で、その男子とは付き合うのか?」


いやぁ、この後にその質問が来るのかぁ。このまま、ごまかしておこうと思ってたんだけどなぁ。けど、先輩も大切なこと打ち明けてくれたんだし、きちんと話さなきゃ。


「え~っと、もともと友達だったですけど、いきなり告白されて、どうしていいか分からなくて。でも、その人は、待ってくれるって言ってくれてて。甘えてしまってます。」


そう答えると、先輩はにやにやしながら、腕を組み、


「そうかぁ・・・。まぁ、俺が敢えてアドバイス出来る事があるとしたら、そいつはヒラの事が本当に好きなんだと思うよ。でなきゃ、待ってるなんていえないからな。」


と、きっぱりと言い切った。でも、簡単には信じられないなぁ。


「そうなんですか? 」


ちょっと、疑いを持ちながら意地悪く聞き返す。でも、先輩は、また、さわやかに微笑んで、


「多分な。」


と、言った。しかも、白い歯をキラキラさせながら。

かっこいいなぁ。ゲイでもモテそうだよ。この姿をBⅬ女子が見たらきっと倒れてしまうよ。もう、喉がカラカラ。

残りのキャラメルラテを一気に飲んで、先輩への想いはここで永久凍結させてしまおう。


「先輩。」


「うん。」


「ありがとうございました。」


「どういたしまして。」


「じゃあ、キャラメルラテとエグチのお金を。」


「いやっ、もらう訳にはいかないな。ヒラをフってしまったんだしな。」


「とーぜん、そうですよねっ! 」


そう言って笑うと、先輩も笑った。


「ヒラはホント面白いなぁ。久しぶりに笑わしてもらったよ。今日はそのギャラという事で俺が出しておく。」


「ありがとーございます!! 御馳走様でした! じゃぁ、私がトレイを片付けておきますね。」


「悪いな。」


先輩が席を立つ。私は二人分のトレイを持つと、先輩の後ろを追いかける。

このマックで、また一つ想い出が出来ちゃったな。苦い想い出だけど・・・・・・。


外に出るとすごく冷たい風が吹いていた。今年の冬はいつより寒い感じがする。

急いで手に持っていたマフラーを巻きなおすと、先輩もネックウォーマーを頭からかぶりながら、「さびぃ! 明日は雪降んのかな。」と、言った。


「ホワイトクリスマスになるかもですねぇ。先輩、クリスマスはどうするんですか? 」


「飲み会って言いたいとこだけど、今は自制の時だしな。バイトも、店長がお客来ないから休みにするって言ってたし、授業の課題も残ってるから、家で過ごすよ。ヒラはどうするの? 」


「午前中は学校で、午後からは・・・私も勉強しなくっちゃ。」


「それって、しないだろ。」


「バレてましたかぁ~。」


おどけて見せる私。二人で笑う。周りの人からはリア充って思われてるかな。

先輩と歩きながら二人きりで話すものも、もう最後かもしれないなぁ。


改札を通る。帰る場所が違うからここでお別れ。


「先輩」


「なに? 」


「また、LINEしていいですか? 」


「いいよ。いつでも歓迎するよ。」


「じゃぁ、またLINEしますね。今日はありがとうございました。」


「おう! じゃあ、またな。」


「じゃあ、また。」


お互いに手を振りあうと、先輩は、階段を下りて向かい側のフォームへ向かった。

プラットフォームには、電車を待つ人が線に沿って並んでいた。私もその列に並ぶと、電車が近づいてくることを知らせる駅員さんの乾ききったアナウンスは、他の音と混じって溶けていった。


私はもう、先輩にLINEしない気がするし、先輩もそれを分かってくれてるんじゃないかと思いながら、電車に乗り込むと、フォームの向こう側に先輩の姿が見えた。


窓際に寄ると、先輩も気づいてくれて、また手を振ってくれた。

私は、口パクで「ありがとう」と言って、割り切れない気持ちを引きずったまま、動き出した電車の中から小さく手を振り返した。



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