平川綾乃のこころ。
『・・・・・・好きです。付き合ってください』
『えっ。』
突然の告白に驚いた。けど、川島健吾くんはいつだって真面目だ。
だから、冗談ではないこともわかってるし、こうなってしまったのは、私の性格がいけないからっいうのも分かってる。
以前、「付き合って」て言ってくれた人の気持ちを断ったとき、「お前のその性格は勘違いするんだよ」と、強い言葉で言われたことがあったからだ。
でも、同時に、小さいころからこのスタンスなんだから、誰とでもフレンドリーに接してしまうのは、仕方がないじゃんて思ったし、そういうこと言う人は「私のこと知らないのに何で好きになったの」と思った。
よく「サバサバしてるね」って言われるけれど、好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いなだけ。
勉強もどちらかといえば嫌い。だから塾通いなんてなおさらだし、かといって高校を卒業してすぐに働きだすのも嫌だったから、とりあえず進学しようかなってくらいだったけれど、それでも、英語だけはピンチで悩んでたら、友達から、「じゃぁ、川島に教えてもらったら? 彼って、ああ見えて英語の点数は学年でトップクラスらしいから」と教えてくれて、「それだっ! 」って閃いた。
川島君は、ほんっとうに目立たなくて、いつも物静かな人だから、頼み込めば教えてくれるんじゃないかって思って、図々しいかなって分かってても、無理矢理頼んでみた。
すると、今までに見せた事のない顔をした。本当に嫌だったんだなって思った。
でも、川島君は真面目だから、それでも引き受けてくれて、私が理解できるまでちゃんと教えてくれたし、心を開いてくれたのか、普通のおしゃべりもだんだん増えていって、川島君の特別講義も少しづつ楽しくなった。
でも、だからといって、恋愛対象として意識したことはなかった。
身長も体重も平均的な普通。そんなにダサくもないし、イケメンでもない。スポーツも普通だし、女子の間でも、彼の話題は、ほぼほぼ出てこない。芸能人の誰に似ているかって聞かれても、すぐには出てこないタイプ・・・。
そういえば、声優のなんとかさんていう人に似ているって、アニメ好きの娘が言ってたっけ。
「ダメかな?」
川島君をちらっと見ると、申し訳なさそうな困った顔をしてる。
私が無理を言うときによくする顔だ。
「あっ、なんか・・・突然で、驚いちゃった。」
「そっ、そうだよね・・・。」
突然たどたどしくなる。どうしていいのかわからなくて、おもわず愛想笑い。
耳を真っ赤にしている川島君は深呼吸をすると、
「僕の事・・・・・・、どう思う ? 」
と、切り出してきた。そうきたかぁ。私もドキドキしてきた。
ここは、とりあえず落ち着こう。そうだ。身体を伸ばすといいと誰かが言ってたっけ。
「う~~ん。」
身体を伸ばしてみると確かに落ち着く。でも川島君の緊張は継続中。
こういう時、なんて答えるのが正解なのかな。せっかくいい友達になれてきたと思っていたから、傷つけたくはない。でも期待を持たせてもダメだし。私自身もよくわかってないし。まぁ、思ったことを言えばいっか。
「なんて言うか・・・・・・。」
あぁ、言葉にするのはムズイな。
「川島君って・・・・・・、すごく丁寧に英語教えてくれるし、普通に喋っていても楽しいけど・・・・・・。なんて言うか・・・・・・。彼氏っていう目で見てなかったし・・・・・・。う~ん。なっていったらいいのかなぁ。」
横目で確認。あ~。やっぱ、よわってるよぉ。どうしたらいいんだろう。ここはきっぱりと「ごめんね」って言っちゃったほうがいいのかなァ。
「あ~。やっぱり困るよね。突然そんなこと言われても。」
川島君もすごく困ってる。こんな川島君を見るのは初めてかもしれない。けど、困るって言っちゃったら、気まずくなるし、困ったなぁ。
「やっぱり、好きな人がいるの ?」
どうしよう。そんなことまで聞いてくるなんて思いもしなかったよぉ。
ごまかす事も出来るけど、それじゃあ、ますます気まずくなる・・・・・・。
いやっ。自分に嘘ついてはダメだ。ここで嘘をついたら、私が私を嫌いになる。
勇気を出して言葉を振り絞る。
「あ~。うん。ずっと気になっている人は・・・・・いるんだよね。その人の事を追って、進学してきたしね。あっ、これ、内緒だよ。」
なんだか、恥ずかしいなぁ。けど、ますます困った顔をする川島君。でも、本当の事なんだから仕方ないよ。ごめんね。
その先輩との出会いは中学1年生の3学期だったと思う。その頃の私は小学生気分が抜け切れてなくて、学校の階段で友達とはしゃいでいたら、階段を踏み外してしまって、転げ落ちそうになった。
ヤバいって思ったその時、少女漫画のように、たまたま階段を上ってきた圭介先輩が、私をガシッと受け止めてくれて・・・・・・。
まだ小学生のような私が、そのシチュエーションにときめかないわけがなく、受け止められた腕の中で恋に落ちてしまってた。
そして、サッカー部だったことも知って、ますます好きになり、2年のバレンタインデーには、本命チョコを渡した。
それでも、先輩と後輩という関係性以上にはなれなかったから、どんなに頑張ったところで彼女にはなれないんだろうなと思いながらも、想っていれば、想いはいつか届くんじゃないかと思って、先輩を追いかけて先輩のいる高校へ進学した。
高校に入学してからも、迷惑かけない程度に、試合を観に行って応援したり、手紙を渡したりしていたから、その努力の甲斐もあってか、時々、カラオケに誘ってもらったり、LINEしたりする中にはなったけど、彼女というポジションには程遠かった。
それは、高校に進学した時から、先輩の側には他校にまでその名が知れ渡っているほどの美貌を誇る二宮佐紀さんていう同級生がいて、サッカー部のマネージャーでもあったから、その存在は誰の目から見ても先輩の「彼女」のように映っていた。
でも、誰も真実を知らなかったから、本当かどうか知りたくって、二宮さんと話をするチャンスが巡ってきたときに思いきって聞いてみたら、圧倒的な笑顔で「彼女じゃないよ」と涼しげに否定した。
「じゃあ、その関係性は何なの」と、少しイラっとしたけれど、彼女じゃないのなら好きでいていいんだと開き直って、先輩にアタックを続けてて、それでもダメで、先輩が卒業してからもずっと続いていて、いつかは、はっきりさせなきゃなと思い続けてた。
だから、今までは誰に告られても、ためらいなく断れてきたんだけれど、川島君の告白は、私の心を惑わせてる。
「そうかぁ・・・・・・。」
「うん。」
どうするかな。諦めてくれるかな。でも、それはそれで、なんか寂しい気がする。
変な感じ。これは、今まで感じた事のない気持ち。
どうしよう。まずは、先輩の気持ちを聞いた方がいいかな。それで、「友達」とか「可愛い後輩」とか言われちゃったら、悲しすぎるし・・・。どうしたい私っ!
「そっ、そりゃ、そうだよね。好きな人がいない方が変だよね。平川さんは可愛いから、モテるしね。」
川島くん,珍しくきょどってる。それに、今そんなこと言われても、どう答えていいか分かんないよ。かと言って、何も返事しないっていうの悪いしなぁ。もう、普通に答えちゃえ。
「いやぁ。そうでもないけどね。」
「・・・そ、そうなんだ。」
ごめんね。余裕がない私には、これが精いっぱい。
正門の方を見ると、ママの車が止まっているのが見えた。
「あっ、ママ、もう来てる。」
助かった! ここは逃げてしまおう。そう思って、踏み出したとき、川島君は思いつめた顔で私を引き留めた。
「あのっ、平川さん。」
「うん ?」
「付き合っている人がいないんだったら、僕の事・・・考えてくれないかな ? 返事は急がないよ。気になる人に告白してからでもいいよ。それくらい僕は、平川さんの事が好きなんだ。」
うわぁぁ。マジヤバい。今日の川島君、いつもとは違うよぉ。
最初は困ったけれど、ちょっと嬉しいって気持ちもある・・・・・・。複雑な乙女心。
どうしようか・・・・・・。けど、ここは甘えても悪くない気がする。私が告白されてるんだから、思い切って甘えてしまおう。今は、これしかない !
「わかった。わかったよ。川島がそこまで言うなら・・・・・・。じゃあ・・・、考える時間もらっていい ?」
いやっ!はずかしい! 顔が熱い。こんな顔、川島君に見られたくない。
早くママの車に乗ってしまおう。そう決めた私は、彼の返事を待たずに、足を速めた。
「もちろん。」
「なんか、ごめんね。中途半端になって。」
「僕の方こそ。」
「じゃあ、また明日ね。」
「うん。また明日。」
「バイバーイ。」
振り返りながら手を振って、笑顔で答える。顔が引きつっているのが自分でもわかる。私、女優にはなれないな。
車に乗り込むと、反射的に、「ママ、早く帰ろっ! 」って、言ってしまった。
「あやちゃん。どうしたの ? 顔が赤いよ。熱でもあるの。」
なにも知らないママは心配してくれてるけど、告白されたなんて恥ずかしくって言えない。
「いいから早く!! 」
ママは何も聞かず「はい。はい。」と、返事をして車を動かした。
川島君の姿が見えたけど、彼を見る余裕なんてない。
「あやちゃん。川島君、手を振ってるよ。」
「わかってるって。」
照れている事をママに知られたくなくって、ちょっとキレ気味に答えちゃった。ごめんねママ。
でも、川島君のおかげではっきりとした。もう迷ってる場合じゃない。
私は、すぐにカバンの中からスマホを取り出すと、圭介先輩にLINEを送った。
「明日、少しだけ時間ありますか? お話したいことがあります」