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川島健吾の決意

『・・・・・・好きです。付き合ってください。』


『えっ。』


僕の隣で無邪気に笑う平川綾乃に気持ちを伝えると、それまでの笑顔は、今にも雪が降りだしそうな今日の曇り空のように陰った。


「ダメかな。」


クリスマス・イヴの前日だというに、背中には、真夏の炎天下を歩いている時のように汗が吹き出し、口の中は急速に乾いた。

やっぱり告白しなければよかったのか・・・・・・。


「あっ、なんか・・・。突然で驚いちゃった。」


少し鼻にかかるその声からは、言葉にならない戸惑いも伝わってきた。

どこかで、うまくいくのでは、と、思っていただけに、それまでの自信は一気にすぼみ、吐息のような「そっ、そうだよね・・・・・・。」と、言う言葉がもれると、平川は、ぎごちなく笑った。


やっぱり、ダメなのか。


僕が平川綾乃を好きになったのは、ある日突然、「川島ぁ~! 英文のここがわかんないからおしえてよぉ~。」と、押しかけてきたことが始まりだった。しかし、人見知りで、友達と呼べる友も少ない僕にとって、遠慮のない平川の行動は、まったく理解できなくて、正直、煩わしいだけだった。

それでも、いつも笑顔で押してくるハートの強さに押されてしまってか、いつの間にか煩わしさは消えて、雑談も普通になり、放課後に頼まれた日には、平川のお母さんが迎えに来ている正門まで一緒に下校するようになり、平川のお母さんとも面識ができた。が、それは、勘違いだったのか・・・・・・。

違う。ここであきらめてしまったら、勇気を出して告白した意味がなくなるじゃないか。

こういう時は、気合いだ。もう少しだけがんばれ。


大きく息を吸ってから、塞がりかけていた重い扉を押し戻すように、「僕の事・・・・・・、どう思う? 」と、ゆっくり、力を込めて聞いてみた。

すると、平川は、わからない英文を前にした時のように眉をひそめて、モコモコの白い手袋をはめた小さな両手を「う~~ん」と、言いながら、曇り空に向かって伸ばした。

すごく考えてくれている。それは、すごく伝わってくるのだけれど、


「・・・・・・なんて言うか・・・・・・。」


と、言う声が聞こえるまでの沈黙は、突如、スローモーションになったかと思うくらいに長く感じて、心臓の鼓動は、平川にも聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにドキドキしていた。


「川島君って・・・・・・、すごく丁寧に英語教えてくれるし、普通に喋っていても楽しいけど・・・・・・。なんて言うか・・・・・・。彼氏っていう目で見てなかったし・・・・・・。う~ん。なんて言ったらいいのかなぁ。」


彼氏という目で見ていなかったのかぁ・・・・・・。

こういう場合、ポジティブな人なら、どう対処するのだろう。

僕の経験値では、何も思い浮かばない。さりげなくググって対処法を調べてみるか。

いや、直接話しているんだから、「何ググってんの ?」て、聞かれたら返す言葉がなくなってしまうじゃないか。

ここは、自分の力でなんとかしなければ・・・・・・。


「あ~。やっぱり困るよね。突然そんなこと言われても。」


「・・・・・・。」


「・・・やっぱり、好きな人がいるの ?」


よく考えずに口をついた言葉は、また平川の眉をひそめてしまったが、すぐに表情を和らげて、


「あ~。そうだね・・・・・・。うん。ずっと気になっている人は・・・いるんだよね。その人の事を追って、進学してきたしね。あっ、これ、内緒だよ。」


と、照れくさそうに言って顔を赤らめた。

そのしぐさに、ドキッとしたけれど、誰かを想っているなら、ほぼほぼ無理だ。

生まれて初めて感じる感情の浮き沈みに眩暈がした。


「・・・・・・そうかぁ・・・・・・。」


「・・・・・・うん・・・・・・。」


平川は小さくうなずくと、そのままうつむいてしまった。

天真爛漫でクラスの男子からも人気の高い彼女が、今までに見せたことのない難しい顔をしている。

僕らを取り巻く空気が、氷のように固まってゆく気がした。


「そっ、そりゃ、そうだよね。好きな人がいない方が変だよね。平川さんは可愛いから、モテるしね。」


なんとか、ごまかそうとしたが、かえって居心地が悪くなって、今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちにかられる。が、そんなこと、できるはずもなく、地に足がつかないみたいな心持まま歩き続けた。

平川も居心地の悪さを察したのか、少しずり下がったマスクを上げ直し、「いやぁ。そうでもないけどね。」と、少し声のトーンを上げて、照れくさそうに謙遜した。


「・・・そ、そうなんだ。」


僕には気の利いた言葉がなかった。

今の僕のスキルでは、これ以上どうする事も出来なかった。

嫌われるのが怖いという気持ちが、頭に浮かんだ全ての言葉を飲み込んでしまった。

周りの風景が色あせてゆくように感じて、頭の中がぼんやりとしてしまった。


「あっ、ママ、もう来てる。」


平川の声に正気を取り戻し、正門の駐車場を見ると、水色の軽乗用車が止まっていて、運転席にいる平川のお母さんも、こちらに気が付いて小さく手を振った。

それまで、こわばっていた彼女の表情が和らぐ。僕もなぜか、ホッとする。

しかし、心中では、現状維持か、それとも、あきらめて受験に集中するかで揺れ動いていた。

でも、ここで何もしないのは、何もしなかったことと同じになる。

今更、かっこつけても何も得るものはない。

僕は、足取りを早めようとした平川を、咄嗟に引き留めた。


「あのっ、平川さん。」


「うん  ?」


「付き合っている人がいないんだったら、僕の事・・・考えてくれないかな ? 返事は急がないよ。気になる人に告白してからでもいいよ。それくらい、平川さんの事が好きなんだ。」


心臓が口から飛び出しそうになったけれど、僕の気持ちが届いたのか、平川は、もじもじしながら上目遣いに僕を見て、


「わかった・・・・・・。わかったよ。川島がそこまで言うなら・・・・・・。じゃあ・・・、考える時間もらっていい ?」


と、執行猶予的な答えを残した。それは、前途多難であることを示しているけれど、心はなぜか、伝えるべきことを伝えられたことで、満ち足りていた

後は、待つだけ。人によっては些細なことかもしれないけれど、僕にとっては大きな前進だ。


「もちろん。」


「なんか、ごめんね。中途半端になって。」


「僕の方こそ。」


「じゃあ、また明日ね。」


「うん。また明日。」


「バイバーイ。」


平川は手を振りながら、水色の軽乗用車へ向かって走り、せわしく車に乗り込むと、お母さんに向かって、なにか話しかけていた。

僕はいつもの所で立ち止まり、水色の車が正門のロータリーを回ってくると、お母さんに、軽く頭を下げて小さく手を振った。お母さんも優しく微笑みながら会釈をしてくれている。それは、いつもの事だけど、今日はすごくドキドキした。

後部座席の平川は、いつものようにスマホに向かっている。

いつもなら、その後に手を振ってくれるけれど、今日はずっとスマホに集中して振り向いてはくれなかった。

僕は、言葉にならない気持ちを抱きながら、水色の車が北風に震える老木の桜並木の向こうに消えるまで、願いが届くようにと、祈りを込めながら見送った。


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