第45話 「アスタロト──だと!?」
意識を取り戻した誓矢の周りにいたのは、絹柳、森宮、風澄の三人だった。
「よかった、無事に目を覚ましてくれた」
「今のところ怪物はでてきてないわ、とりあえず安心して」
ホッとした表情の森宮と風澄に声をかけられ、誓矢は落ち着かない気持ちながらも、少しだけ安心してゆっくりと立ち上がった。
スマホを取り出した絹柳が光塚か厳原に連絡を取っているようだった。
そして、しばらくした後、光塚と厳原、それに笠月助手を引き連れた光海教授が誓矢たちのいる場所へと戻ってきた。
「──天照大御神に会った? ここは伊勢神宮ではないのだが……」
誓矢が神界であったできごとを説明すると、教授だけは顎に手を当てて真面目に考え込む。
さすがに他のメンバーは話についていけず、というか半信半疑といった面持ちで、互いに困惑の視線を交わし合っていた。
「人界、神界、天界、魔界、か……宗教学や民俗学の研究者に協力を仰ぐ必要があるか……」
「って、教授、彼の言うことを信じるんですか?」
真面目に考察をはじめようとする教授に、笠月助手が驚いたようにツッコミを入れる。
だが、平然と教授は笠月の疑問をスルーしてしまう。
「彼──氷狩君がこの場で嘘をつく理由はないだろう。誇大妄想とかの気があるとかならともかく、他の皆に聞いてみたところ、そのような傾向はなさそうだし」
そもそも、怪物の存在自体や謎の大量発生のメカニズムなど、既存の学問や常識では説明できない状況を前にして、誓矢の言うことを切り捨てることはできないだろうと、冷静に語る教授だった。
「非常に悔しいことではあるが、この明治神宮調査では、特にこれといった成果を得ることができなかったからな、この際、氷狩君が遭遇したという状況を詳しく分析するために、他の分野の協力者と連携が必要になるだろう」
「要するにここからはいったん撤退するということですね」
ポンと手を打って全員に装甲車への撤収を指示する笠月助手。
光海教授は、やや不満げな表情を浮かべる。
「撤退ではなく臨機応変な方針決定の結果なのだが……」
だが、それ以上は不満を述べずに、笠月に促されて装甲車へと戻っていった。
○
全員を収容したことを確認した装甲車は、全速で帰還の途についた。
今は誓矢が掃滅したことで怪物たちの姿は無いが、いつ、再発生するかわからない。
なので、ピリピリとした緊張感は行きのときよりも強くなっている感じがする。
そんな中、前方を警戒していた見張り役の自衛官が突然声を上げる。
「前方に人影発見! 外見からして民間人と思われます!」
急速停止する装甲車の中で、誓矢たちはあわてて手すりに掴まった。
笠月助手が素早く上部ハッチへと駆け上り、装甲車の前に立ちはだかる青年へと不審げに問い質す。
「なぜ、こんな危険なところにいるんだ。異能者だといっても一人では自殺行為そのものだ」
そう言って説明を要求する笠月に対し、青年は煩わしいと言いたげに手を振ってみせると、冷たい口調で要求してくる。
「オマエのような下級神に用はない。フェンリルの依り代を出せ」
「──なぜ、そのことを……っ!」
声を荒げて装甲車から飛び降りる笠月、だが、次の瞬間、謎の青年のひと睨みを受けた瞬間、その迫力に威圧され、否応なしに地面に膝をついてしまう。
「お前は……いったい……ぐふっ!」
歩み寄ってきた青年が笠月の脇腹に蹴りを入れる。
まともに喰らった笠月は蹴られた場所を手で押さえて仰向けになってしまう。
そして、その胸の上に足を載せる青年。
「オマエのような下等な存在に名乗る名など持ち合わせておらぬ。その不敬の数々、死をもって贖うがいい」
「うがあああっ!」
青年が脚に力を込め、笠月の胸からギシギシと軋む音が聞こえてくる。
「やめろっ、笠月さんから足をどけろっ!!」
ハッチから身を乗り出した誓矢の叫びに、青年の顔に初めて感情が浮かんだ──舌なめずりするような笑み。
すでに、誓矢の手にはライフル型の銃が出現しており、照準は青年の胸に向けられていた。
「これはこれは神狼フェンリル殿、お目にかかれて恐縮の至り」
青年は笠月の身体から足を下ろすと、姿勢を整えて優雅に礼をする。
「我が名は魔界の公爵がひとり──アスタロトにございます。人間界に下りるにあたりこの人間の身体を借りている次第です」
「アスタロト──だと!?」
笠月を助けるために装甲車の後部ハッチから光塚たちとともに降りてきていた光海教授が驚きの声を上げる。
アスタロトと名乗る青年が不満げに地面を蹴りつける。
「虫けら同然の人間に我が名を呼ばれるなど、甚だ不愉快だ。いっそのこと、先に全員殺してしまおうか。その方がフェンリル殿とゆっくり話もできようというもの」
本気か冗談かわからない。だが、誓矢は本能的にこの青年は危険な存在だと判断していた。
「仲間たちに手を出すことは絶対に許さない。もし、攻撃するというのなら──」
そう言って引き金を引く指に力を込めようとする誓矢。
青年は両手を軽く挙げて手のひらを振ってみせる。
「承知いたしました。お仲間には指一本触れないとお約束します。そうすれば、話を聞いていただけるというのであれば」
青年──アスタロトの依り代の顔に、再び影のある笑みが浮かび上がった。




