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第4話 「僕たちは選ばれたんだ、そう、選ばれた存在なんだ──」

『──これより、緊急の放送を行います。生徒の皆さんは静粛(せいしゅく)にしてください』


 いつもは長い話で生徒たちをウンザリさせる校長だったが、今、頼れる存在がいないこの状況では、生徒たちにとって予想以上に心強く感じた。

 現状の説明と今後の指示を期待して、半ばすがるように放送に耳を傾ける生徒たち。

 だが、その耳に届いたのは重々しい初老男性の声ではなかった。


『皆さん、こんにちは。霧郷(きりさと) 深津夜(みつや)です──』


「「霧郷くん──!?」」


 クラス内の女子生徒たちの一部が驚きの声を上げて視線を交わしあう。

 霧郷 深津夜──この学校の卒業生だが、それ以上に国民的アイドルの一人として世間に認知されている有名人だ。


 沙樹(さき)誓矢(せいや)、ユーリが無言で顔を見合わせた。

 さきほど沙樹が言ったように、今日はテレビ番組の収録で、霧郷がこの学校を訪れていた日だった。

 もちろん、大半の生徒たちはそのことを知っていたが、まさか、このタイミングで彼の声を聞くとは予想だにしていなかったのだ。

 そんな生徒たちの驚きが静まるのを待つかのように、霧郷は少しだけ間を置いたようだった。


『……先ほど起こった、いえ、現在進行中の異常事態に対して、生徒のみんなも不安や恐怖に襲われていると思います。ですが、このまま何もせずに、ただ目の前の事態に流されるがままで良いのでしょうか?』


「なにを……?」


 誓矢は思わず霧郷の放送に問いかけてしまっていた。

 だが、それに気づいたのは沙樹とユーリだけだったようで、他の生徒たちは真剣に霧郷の言葉に聞き入っている。


『突然現れた謎の怪物によって、今、この街──いえ、この国自体が未曾有(みぞう)の危機に(おちい)っています』


 続いてテレビかラジオだろうか、少し雑音が混ざったニュースの音声がスピーカーから流れ出してきた。

 それで気づいたのか教室にいた生徒たちも一斉に各々のスマホを取り出していく。

 誓矢も愛用のスマホを取り出し、大手テレビ局のサイトにアクセスして、報道番組の同時配信を表示させる。


『──引き続きニュースを続けます。突如として日本各地に現れた謎の生物により、多大な被害が報告されています。視聴者の皆さんは決して外へ出ないようにしてください。また、家や建物内に避難する際も、扉や窓には鍵をかけるだけではなく、大きな椅子や机など障害物になるような家具で塞ぐよう当局から指示が出ています』


「本当だ……あの怪物たち、学校だけじゃなかったんだ……」


 呆然と呟く誓矢に、同じようにニュースサイトを見ていた沙樹とユーリも顔を上げる。


「ひどい……もう死傷者もわかってるだけで数百人でてるって」

「こっちのニュースだと自衛隊も出動してあちこちで戦闘状態になってるってさ」


 騒然とする教室内、いや、隣の教室も含めて、学校全体に動揺が広がっていく。

 だが、その波を霧郷の声がピシャリと断った。


『落ち着くんだ、みんな』


 マイクを通した張りのある声に、校内の喧噪(けんそう)が急速に収まった。

 さっきとは一転して、同世代に語りかけるような口調になる霧郷。


『僕たちには戦う(すべ)がある──窓の外を見てほしい』


 その言葉に生徒たちは一斉に窓際へと駆け寄る。

 誓矢も沙樹、ユーリと共に最前列に並んだ。


「あ、あれって風澄(ふずみ)じゃん!」

絹柳(きぬやな)さんもいるよ」

光塚(みつづか)厳原(いずはら)のヤツもだ!」


 教室棟の窓から見える校門へと続く中庭の中心に、四十人を超える生徒たちが佇んでいる。

 その中にクラスメイトの姿が混じっているのに気づいた生徒たちが声を上げた。

 霧郷の説明が続く。


『彼らは僕と同じように戦う力を──みんなを守る力を与えられた戦士なんだ』


 その言葉を受けて、中庭の生徒たちが動いたかと思うと、次の瞬間、手にそれぞれの武器を出現させてみせる。


「「「おおおーーっ!!」」」


 校舎内に歓声が巻き起こった。

 実際に霧郷をはじめ、中庭の生徒たちは先ほどの戦いで怪物たちを実際に撃退していた。

 そして、その様子を目撃していた生徒も多く、そんな彼らから期待の声が次々と上がっていく。


『幸いなことに僕にも力が与えられた。この力を持って、君たち──仲間たちとともに皆を守り、助けることをここに誓おう。みんなで協力し合って、この絶望的な状況をひっくりかえすんだ!』


 ○


「さすがだね、霧郷君」


 霧郷の演説が終わったあとの放送室──撮影を続けていた番組制作会社のクルーたちの中から、サングラスをかけた中年の男が声をかけてきた。


「ありがとうございます、ディレクター」

「いや、礼を言いたいのはこっちのほうだよ、まさかこんな画が撮れるなんて、局長賞も狙えるって、ホント」

「撮影は続けていただいてかまいません、この事件の記録としても必要ですしね。ですが、あくまで撮影だけですよ。僕たちの活動の妨げになるような行為は避けてもらえると嬉しいです」

「もちろん、わかってるよ! 霧郷君が人々を守るために後輩たちとともに恐ろしい怪物たちに立ち向かう! しかもノンフィクション!! こんな機会またとないチャンスだよ!」


 霧郷は興奮するディレクターを他のクルーたちに任せて、視聴覚室(しちょうかくしつ)へと向かう。

 このあと、覚醒した──怪物と戦うことができる力を手にした生徒たちが集まることになっていた。

 実際に霧郷自身も覚醒した一人ではあるが、そのこともあって、覚醒した生徒たちを束ねる役割を教師たちからもぎ取ることに成功していたのだ。


「そんなのダメです! まだ、状況もわからない、危機の内容もわからない。なのに生徒たちの身柄を卒業生とはいえ、部外者に委ねるなんて!」


 そう最後まで抵抗していたのは菊家(きっか)という教師だった。

 霧郷も在学中に教科担任のひとりとして菊家の授業を受けていたことがあり、その性格は知っていたつもりだったが、それだけに菊家の矛先はのらりくらりとかわしつつ、校長たちの外堀を埋めることで目的を果たした。


「僕たちは選ばれたんだ、そう選ばれた存在なんだ──」


 霧郷の顔に他人には決して見せることのない深い笑みが浮かぶ。


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