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第3話 「僕は人を殺してしまった……のか」

 正体不明の怪物(かいぶつ)による襲撃は、教職員も含めた全員に大きな衝撃を与えた。

 校内に発生した怪物たちと校外から侵入してきた怪物たちは全て撃退されたが、避難する過程で生徒たちに怪我人だけではなく死者まで出る事態となってしまった。

 なによりも、最初に発生した怪物は生徒が変化したモノだという未確認情報が事態を複雑にしていた。

 さらには、怪物に襲われた生徒が新たな怪物となって他の生徒を襲ったという目撃証言もいくつも上がっている。

 それらだけではなく、その怪物たちを一部の生徒たちが正体不明の力で消滅させてしまった──学校内は大きな混乱に陥りかけていた。


「警察も救急もパニック状態で、まともに連絡がつきません」


 電話を手にした教頭が隣に立つ校長に首を振ってみせる。


「──ということは、怪物に襲われたのはこの学校だけではない可能性が高いということです」


 そう声を上げたのは菊家(きっか)だった。

 怪我人を体育館に誘導したあと、他の教師たちの手を借りて亡くなった生徒の遺体を格技場(かくぎじょう)へと運んで戻ってきたところだった。

 本来の事故なら現場保存が鉄則だが、今、この状況で警察による現場検証や遺体の回収がいつ行われるかわからない。その間、亡くなった生徒を衆人環視の中に放置しておくわけにもいかない。生き残った生徒たちへの影響も考えねばならない──菊家はそう主張して教師たちを説得した。


「ああ、菊家先生、それに他の先生方もお疲れさまでした……それで、襲われたのはこの学校ではないというのは」

「はい、警察も救急も連絡がつかないということは、それだけ助けを求めている人々が殺到しているということです。おそらくは、さきほどの怪物たちの影響と考えるべきかと」


 近くにいた教師が小さく(うめ)く。


「確かに近隣の住民が助けを求めて避難してきています。話を聞くと確かに学校の外でも怪物たちが暴れ回っているとのことです」

「ということは、生徒たちを帰宅させることもできないということか」


 教師たちは不安げな顔を見合わせた。

 もちろん、様々な事態に対応するマニュアルがいくつも整備されている。

 だが、今起こっている事態は想定の範囲を大きく超えてしまっており、個々の案件ごとに対応せざるを得ない状況だ。

 教師たち自身もパニックに陥ってもしかたのない現状なのだが、正体不明の怪物たちの発生という現実からかけ離れすぎた事態に、逆に冷静になってしまっていた。

 もっとも、一度は浮き足立ちかけた教師たちを叱咤し、具体的な指示を飛ばした菊家の影響も大きい。

 その菊家が、校長や教頭、主任教師らを立てつつ善後策(ぜんごさく)を提案していく。


「怪我人や治療が必要な人は体育館での対応を続けるとして、生徒たちはとりあえず各教室で休ませましょう」

「一般の避難者の受け入れ準備も急がないと」

「教員だけでは手が回りません、生徒たちから有志を募って手伝ってもらいましょう」


 菊家を中心に教師たちはそれぞれの役割や得意分野を活かしつつ精力的に動きだす。

 現実離れした状況から逃避しているという側面も強いかもしれないが、それでも不毛なパニックに陥るよりは遥かにマシであろう。

 にわかに活気づく職員室──そこへよく通る声が響き渡った。


「大事なことから目を背けてませんか? そもそも、ここもまだ怪物たちに襲われる可能性がありますよね」


 そう言い放ったのは一人の青年だった。

 スラッとした姿勢の良い整った顔立ち、今風のイケメンといったところか。制服を着ていないので、この学校の生徒ではない。


「──霧郷(きりさと)くん」


 菊家が息を呑んで、にこやかな笑みを浮かべる青年の顔を見つめた。


 ○


「いったい何が起きてるっていうんだ」


 誓矢(せいや)たちの教室では、クラスメイトたちがいくつかの小集団に分かれて不安げに言葉を交わしていた。

 中には親しい友人が怪物に襲われ──殺されてしまった生徒もおり、酷いショックを受けた状態で泣きじゃくっていた。

 ユーリが椅子の背もたれを抱きかかえるような逆の格好で腰を下ろし、ジッと誓矢を見つめてきた。


「──で、なんなんだよ、さっきのアレ」

「なんなんだ、と言われても」


 困ったように両手に視線を落とす誓矢に、ユーリは金髪を搔き回しながら重く息を吐き出す。

 正直、誓矢は恐怖めいた困惑を感じていた。

 突然現れた謎の銃──だが、今の誓矢にとって、その力はあるべきところにある状態、まさに自然な存在という認識になっている。


「【神銃(しんじゅう)グレイプニル】──そういう名前らしい」


 力の発現(はつげん)と共に頭の中に流れ込んできた情報、その中から取りだした名前を口にすると誓矢の両手が微かに青白い光を帯びた。


「グレイプニル……神狼(しんろう)フェンリルを(いまし)める鎖、か」

「詳しいんだね、って、ユーリってそういう神話とか伝説とか好きだったっけ」

「そんなんじゃねーよ」


 胡散臭(うさんくさ)げな表情を浮かべるユーリに、誓矢が救いを求めるように笑いかける。

 自分の手に発生させた銃で撃った相手、消滅させた怪物は生徒たちが変化したモノだ。


「僕は人を殺してしまった……のか」


 誓矢は心の中で何度も呟きながら、両拳を握りしめる。

 隣の席に座っていた沙樹が首をかしげた。


「怪物たちを撃退したの、セイヤくんだけじゃないみたい。不思議な力を使って怪物たちと戦った生徒たちがたくさんいるって噂になってるよ。うちのクラスでも風澄(ふずみ)さんとか、絹柳(きぬやな)さん。それに光塚(みつづか)くんとか──」


 その沙樹の話を受けて、誓矢とユーリはクラスの中を見渡すが、今、名前が出た三人の姿は無かった。

 他にも不在の生徒たちがいるようで、クラスの中に集まっている生徒数は七割といったところだろうか。不思議な力云々といった話を置いておいても、怪物に襲われた生徒もいるだろうし、今は一人でも無事でいて欲しいと沙樹が呟く。

 誓矢とユーリも似たような気持ちだった。

 特につきあいがあったわけではないが、屋上で怪物たちに襲われ、命を奪われた生徒たちを目の当たりにしたのだ。さらにその怪物たちは同じ生徒たちが変化したモノ──沙樹や他の生徒たちの手前、平静さを装ってはいるが、心に負った傷は小さくない。


「で、その不思議な力、これからどうする──」


 ユーリが話をそらせようとする誓矢を再び問い詰めようとしたとき、教室のスピーカーから校内放送が流れ出してきた。


『これより、緊急の放送を行います。生徒の皆さんは静粛にしてください』

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