第29話 「見捨てるようなことはしない……というか、できないよ」
「だから頼む! 皆を助けてやってくれ!」
涙ぐみながら頼み込んでくる光塚に、誓矢は優しげに声をかけた。
「うん、大丈夫」
「氷狩!」
「大丈夫だよ、学校の皆を見捨てるようなことはしない……というか、できないよ、僕」
その誓矢の言葉に、苦笑するユーリ。
「まぁ、そうだよなぁ──って、正直、霧郷のヤロウたちだって痛い目を見ればイイとは思うけど、死んでしまえとまでは言えないからなぁ」
「ユーリくん言い方!」
沙樹がユーリの頭をコツンと叩いてから、光塚の腕にそっと手を添えた。
「それに学校には絹柳さんや森宮さん、風澄さん、それに厳原くんたちも残ってるんでしょ」
「ああ、あいつら、俺を逃がすために怪物たちの中に踏みとどまって道を確保してくれたんだ」
光塚がギュッと誓矢の手を握りしめる。
「あいつらのことだから俺を逃がしたあと、無事に学校に帰還しているはずだ──だから、氷狩頼んだぞ」
「学校の皆のこと、避難民の人たちのこと、防衛隊の人たちのこと、全員のこと助けてくるから、光塚君はとにかく身体を休めて回復に専念していてね」
そう光塚を諭すと、誓矢は戸惑いを隠せない菊家に頭を下げる。
「光塚君のこと、どうかよろしくお願いします」
「あ、はい、わかりました──って、そうじゃなくって!」
菊家が勢いよく立ち上がった。
「ちょ、ちょっと、なんで、怪物の大軍の中、氷狩君が一人で乗り込むって話になっているの──って、まさか……」
一瞬、何かを察したような表情になる菊家。
だが、そのことには気づかないユーリが髪の毛を搔き回しながら面倒くさそうに説明する。
「細かい説明は省くけど、セイヤは他のガーディアンに比べて段違いの力を持ってるんだ」
「──その通りよ」
不意に凜とした声が響き、ベッド間を仕切るついたての横からキャリー少佐が姿を現す。
「氷狩君は一人で、怪物の大軍──しかも、強力な指揮官クラスの怪物も含めて、すべて撃滅してくれた。その戦力としての大きさ、貴重さは、現場でこの目で見た私が保証するわ」
「あなたは……?」
怪訝そうに問いかける菊家に、キャリーは、アメリカ合衆国軍に属する士官であること、そして、誓矢に基地の危機を救ってもらったことを手短に説明する。
菊家はその説明を受けた上でも、頭を横に振った。
「と、言っても、生徒を一人で危険な場所に送り込むなんて──」
だが、誓矢やユーリ、沙樹、それにベッドの上から必死に救いを求める光塚の視線を受けて、折れざるをえなかった。
「──そうは言っても、止めても無駄よね」
そう言うと菊家は顔を上げて、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。
今は生徒たちを信じるしかない、と、そう自分に言い聞かせる。
「なら、今の私にできることは!」
光塚の手前、普通に振る舞っている菊家だったが、病人であることに変わりは無い。
安静を勧める沙樹の声をよそに、この避難所の防衛を担う自衛隊の指揮所へと向かっていったのだった。
○
「だから、生徒が救援に向かうと言っているんです! それに青楓学院に万一のことがあったら、次はここが狙われるんですよ!」
怒濤の迫力で自衛隊員を前に掛け合う菊家。
だが──
「だから、無い袖は振れないって言ってるんですよ!」
指揮官が困惑しつつ、菊家をなだめようとしていた。
確かに指揮官の言うことにも一理ある。そもそも、この避難所には最低限の防衛隊しか配備されていなかったのだ。
それは、近くにある青楓学院に強大な力を持つガーディアンズが本拠を構えていたこともあって、この避難所を含め近隣地域にも大規模部隊は配備されていなかったのだ。
「そもそも、怪物たちが大規模な作戦行動を取るなんて聞いたことないですよ!」
その指揮官の認識も間違ってはいない。
怪物たちは多くても十数体くらいで群れをなすのが関の山で、数十体、数百体以上の連携行動を起こすことは今までありえなかった。そのため、自衛隊も戦力を各避難所に細かく分散させていたことから、すぐに大軍を編成して救援派遣することは難しい状況にあったのだ。
「それでも、できることはやってもらいます!!」
とにかく動けという菊家の迫力に圧されて、とりあえず、首都圏を管轄する自衛隊本部へ救援依頼を出すことにはなった。
だが、担当の通信士を通じてもたらされた回答は、極めて消極的なものだった。
「お恥ずかしながら、我が隊の中にはガーディアンズに対して不満を持っている者が少なくなく……」
自衛隊隊長が珍しく弱気な表情を見せた。
ことある毎に独立を口にする霧郷以下のガーディアンズに対し、隔意を持っている自衛官が多いというのだ。
「万一、青楓学院が落ちれば怪物化により脅威はさらに深刻になる──そのことが見えていない輩も少なくないのです」
誓矢はチラリとキャリーに視線を向ける。
青楓学院が怪物たちに制圧された場合、ただの怪物化ではなく、異能者──ガーディアンたちを母体とする強力な怪物が大量発生することが予測される。
今、この場で、そのことを知っているのはキャリーと誓矢だけだったが、キャリーはあえて沈黙を守っているようだった。
「……すまないが、今、我々にできるのはこのくらいだ」
そう言って、自衛隊長は誓矢たちを促して、外の駐車場へと向かう。
そこに止まっていたのは、自衛隊の装甲車が一台。
隊長は悔しさをこらえるような表情で、誓矢に頭を下げた。




