第21話 「菊家先生ってさ、青楓の良心的存在だったんだよな」
誓矢たち避難民一行は、警戒していた怪物たちの襲撃に遭うこともなく、無事迎えの自衛隊員たちと合流することができた。
「よくやってくれた」
「本当に私たちを見捨てないで、最後まで送り届けてくれてありがとう」
自衛隊の指揮官からねぎらいの言葉を受け、避難民たちからも感謝の言葉を直接もらったことで、誓矢はここ数日抱えていたモヤモヤ感が一掃されたような気分になった。
「こういうのも悪くないかも」
それはユーリと沙樹も同様だった。
そのまま自衛隊の護衛を受けて、国営の避難所──ターミナル駅に直結した大型商業施設に到着した三人は、当然のように避難所のボランティアに志願する。
少し休むようにとの勧めもあり、三人には自由時間があたえられたのだが、彼らはその時間で情報収集からはじめることにしたのだ。
そんな中、傷病者が集まる施設を確認に行った沙樹から誓矢とユーリへと連絡が入る。
「──菊家先生!?」
コンベンションホールを転用した医療エリアの一角。そこへ駆けつけた誓矢とユーリの前に、青楓学院高校教師である菊家がベッドに横たわっていた。
「氷狩君に、フォルスト君も──よかった、無事だったのね」
そう微笑みかけてくる女性教師の顔は憔悴しきっていた。
沙樹が起き上がろうとする菊家を制止しながら、先に彼女から聞いたという説明を二人に伝える。
「疲労とストレスによる慢性的な内臓疾患──発熱や嘔吐などを繰り返してしまって、体力が急激に落ちている状態なんだって……」
「ごめんね、心配かけちゃって」
菊家は、不安そうに彼女の手を握る沙樹にやさしく声をかけた。
「大丈夫、早く治して学校に戻れるようになるから。そうしたら、また三人が戻れるように皆を説得してみせるから」
そこへ自衛隊の制服を着た看護師が、菊家の入浴の順番がきたと告げに来たので、誓矢とユーリは席を外すことにした。
沙樹が菊家の介助も兼ねて、一緒に入浴できるよう調整してもらう。
「──菊家先生ってさ、青楓の良心的存在だったんだよなって思う」
商業施設の片隅、誰も来ない小さな公園エリアを見つけて、誓矢とユーリは一息ついた。
その公園には小さなお社も設置されており、誓矢がふと思い出して声を上げる。
「二人とも、ここなら出てきても大丈夫じゃない?」
──ぽぉん!
すると、間抜けな音とともに、マスコットサイズの狐神ヤクモとスズネが姿を見せた。
「さっきの病人のことか?」
ヤクモが首をかしげると、スズネが口元を手で隠して微笑んでみせる。
「おそらく大丈夫やで、あまり心配せんでイイと思うわ」
スズネが言うには病の色は濃く見えるが、死相までは出ていないとのことだった。
一瞬、ホッとしかけた誓矢だったが、一拍置いてジト目で狐神たちを睨みつける。
「死相──って、あまり怖いこと言わないでほしいんだけど」
「ま、それはそれで事実なんだから、二人を責めなさんな」
珍しくユーリが狐神たちを庇う。
「菊家先生が元気になって青楓に戻れば、オレたちのことはともかくとして、霧郷のヤロウの独断専行はある程度止められるだろ」
「まあ、そうだね……」
誓矢の言葉は歯切れが悪い。正直なことを言うと、誓矢は霧郷のことを全面的に否定する気にはなれない。だが、弱者を切り捨てるような行為は良くないと思うし、誰かが止めないといけないのかもしれないとも思う。
そんな誓矢を横目で見ながらユーリが芝生の上に座り込む。
「霧郷を止められるのは菊家先生と──オマエくらいなモノだったからな」
「僕?」
唖然と口を開けてしまう誓矢に、ユーリではなく、スズネとヤクモがツッコミをいれる。
「せやで、あの状況下、霧郷はんに物申せるのはフェンリル神の強大な力を持った氷狩はんだけやった」
「そうだなー、力は力でねじ伏せられる──って、思ったから霧郷のヤツはセイヤを追放したんだろーよ」
二柱の指摘にウンウンとうなずくユーリ。なぜだか、今日は不思議と波長が合うようだ。
「そんなつもり僕には全くないんだけど──」
不本意そうな誓矢の呟きに、そろって肩をすくめるユーリとヤクモ、そしてスズネ。
「それはともかくとして、だ」
ユーリがあぐらをかいた状態で、誓矢にもここに座れと、ポンポンと芝生を叩いてみせる。
「それで、セイヤの力についてはどうするんだ? ここのエラい人に説明しちゃうのか?」
「それは……」
「オレは正直どっちでもイイと思ってるけどな」
そう切り出したユーリは、視線をあたりへとゆっくりとむけた。
この神社のある公園エリアは建物で言う五階にあり、商業施設内を一望することができる。
「力があることを報せて、戦力としてこの避難所を守るのも正しい選択だと思う。一方で、青楓でのトラブルみたいなことが起きることも予想できる」
ユーリが気にしているのは、ここを管轄しているのは国であるということだった。青楓学院ではガーディアン──異能者たちはある意味普通に存在してが、ここではあきらかに少数派だ。どういう扱い方をされるか、不安なところもある。
そんなユーリに、誓矢は明るく笑って見せた。
「とりあえずは、力のこと隠しておこうと思う。あとで、沙樹がきたら相談してみるつもりだけど、たぶん、沙樹も同意してくれると思うよ」
さぁっと下層階から風が吹き上げてきた。




