1-1-4 お店の日常4
酒場の二階は部屋がいくつかあり、その殆どにお店が入っている。
どれも酒場を利用する冒険者に特化した商品を扱っているお店だ。
今は一階同様閑散としていて、廊下に人影はなかった。
アズリーは廊下の突き当たりのドアを開けた。
その部屋は一つの大きな棚が占領した、小部屋だった。
アズリーは慣れた手つきで棚に並べられている小物の配置を変える。
そして棚を押すと、ゆっくりと静かに動き出した。
アズリーはその先の部屋に足を踏み入れた。
そこは一階とは正反対の、静謐な空間だった。
わざと光量を落とした室内。
鏡のようなきれいに磨かれた床。
品のあるカウンターテーブル。
落ち着いたワイン色の椅子
丁寧に育てられた観葉植物。
カウンターテーブルの奥のワイン棚と収められた色鮮やかなワイン。
ここは限られた人しか入る事が出来ないバーだった。
カウンターに一人、職人が丹精込めて作った美しいグラスを黙々と磨く、一人の初老の男性がいた。
アズリーに気づくと磨くのを止め、声をかけてきた。
「おはようございます。お戻りになられていたのですね。」
「おはようございます。一昨日戻りました。」
彼はこの酒場の主人で、マスターと呼ばれていた。
彼は革命以前、クリズノー王国の諜報部隊の隊長として働いていた。
諜報活動の拠点としてこの地に赴き、様々な手段を用いてこの地位を得たのであった。
今はこのバーも趣味で営みつつ、さらに限られた人に情報を売買する情報屋をしていた。
そのためアズリーの正体を知っている人物の一人でもあった。
アズリーは椅子に腰掛けた。
すぐにマスターが冷えた水を差し出す。
「此度はいかがでしたか?」
「この時期としては多い方でした。魔導国の精鋭が帝国軍の輸送部隊を頻繁に襲撃していました。お陰様で私たちは様々な場所に振り回されて、とても大変でした。」
アズリーは疲れた表情を見せて答えると、出された水に手を付けた。
魔法で冷やされた水は、初夏の暑さで乾いたアズリーののどを潤した。
「左様ですか。お嬢様、今回の帝国軍の攻勢はどのように動くとお考えでしょうか?」
マスターはアズリーに問を投げかけた。
その表情はアズリーを試しているようだった。
「…私なら前回よりも規模を縮小させて、重要な要塞の攻略に集中させます。」
少し間をおいてアズリーは慎重に答える。
「なるほど限られた物資を考慮し、必要最低限の成果を手に入れる算段ですね。」
「はい、物資の枯渇は今後の戦闘に響きますから。本当戦闘を行わないことが一番いいのですが、帝国があの地の優勢を確保するためには、どのような形であれ、年に一度大規模な戦闘は必要です。」
アズリーは答え終えると、一口水を含んだ。
満足のいく回答を聞き出せたのか、マスターは小さく微笑む。
だがすぐに厳しい表情に戻ると、手に入れた情報を開示し始めた。
「私も同様に考えます。ただ、私が入手した情報ですと、例年よりも大規模になりそうです。」
「えっ、どういう事ですか?」
アズリーは意外な情報に驚いた。
マスターはそんな彼女の反応を待ってから話の続きをした。
「はじめに、帝国の農林大臣が発表した情報によるものです。発表された情報によりますと、帝国内の今秋の農作物の収穫予想量が例年よりも非常に多いと判断されました。軍は備蓄物資をほとんど掃き出しても、回収が可能と見込んだようです。武具も生産ラインが強化され、必要量を満たすことがわかったからです。
次に国内の政治情勢と、国民の意見です。皇帝が老年期に差し掛かり、次期皇帝の座を狙った各派閥の動きが活発化した事です。人民派は魔導国と停戦協定を結び、長期化する戦争を終わらせるべきだと主張し、多くの帝国民の支持を受けています。軍を事実上主導する皇帝派は明確な戦果を手に入れ、戦争の必要性を世間に明示し、不満を解消したいと考えています。また、手に入れた戦果を餌に貴族派の一部を寝返らせる事も計画の一部に入っているでしょう。」
「なるほど…。世間に成果をアピールするために大規模な交戦は必須だった。そこに物資の見通しが好転したことから、今回の計画に踏み切った、ということですね。」
「はい、その通りでございます。」
「わかりました。魔導国側はどのような様子ですか?」
「こちらは例年通りの規模になりそうです。ただ、帝国の猛攻を耐えしのぐことができるほどの予備戦力もしっかり確保できています。そして初戦の戦場も例年と同じく、旧王都北東のセブンレイク高原、学園都市東のアインズリール平原、南部のへインデイル湿地になりそうです。こちらが詳細になります。」
マスターがカウンター裏から一枚の紙を差し出す。
アズリーが読むと、そこにはマスターの部下が集めた情報が要点を纏めて書かれていた。
アズリーはすべて読まず、紙をたたむと鞄にしまった。
「今回はより一層戦死者が増えそうですね。ありがとうございます。」
アズリーは鞄から先ほどもらった報奨金の入った袋を取り出すと、中から金貨を五枚ほどマスターに差し出した。
そしてすぐに袋をしまうと席を立ち、鞄を肩から下げた。
「再来月は飲みに来ますね。それとルルをよろしくお願いします。」
「はい、承りました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
アズリーは一礼をして、バーを後にするのだった。
描き終えたら、また投稿します。
なるべく早く投稿したいです(願望)。