1-3-0 泡沫の想い出『魔獣について③』
「今日から分類ごとに学んでいくが、本日は群れを成す魔獣、群生魔獣である分類について学んでもらう。」
「はい、師匠。」
今日も閑静な図書館に響きわたるのは、女性の淡々とした声と、少女の元気のいい声であった。
「まずは復習だ。群生魔獣について答えろ。」
「はい。群生魔獣は名の通り群れを成して生きる魔獣のことです。群生魔獣の多くがリーダーと呼ばれる個体が群れの指揮を執っています。リーダーは群れの中でも力と知性がある個体が選ばれ、その多くの個体が一つ以上進化しています。群生魔獣は非常に危険度が高く、中でも総数が30体を超える場合、魔獣災害に認定されます。」
「その辺で十分だ。」
女性の言葉に少女は少し息を吐く。
「群生魔獣についてだが分類数は少ないが、種類が多い。群生魔獣の多くが個々の力が弱いため、環境に応じて変化したからだ。もちろん群を形成するのも生き残る術の一つだ。
さて、まず最初はウルフ種について学んでいく。ウルフ種のページを読め。」
少女は言われた通り、黙読した。
「終わりました。」
数分後、本を読み終えた少女は顔を上げる。
「そうか。」
静かに座っていた女性は腰を上げる。
「本の内容を纏めるには、少々量が多い。だから重要な点を列挙していく。
ウルフ種は世界全域に生息している。
ウルフ種は生肉、腐肉どちらも食す。
ウルフ種は縄張りを持つ。
ウルフ種は三段階の進化が確認されている。
以上四つが重要な点である。」
少女は女性の言葉を必死にメモをとる。
「まずは世界全域に生息について説明する。ウルフ種は環境適応能力が非常に高い。過酷な環境下でもすぐに適応できる柔軟性を持っている。その結果、世界中に多くの種類が存在している。
さて質問だ。知っている種類を上げてみろ。」
「はい、えっと…、クリズノーウルフ…、シャドウウルフ…、すみません、思いつくのは以上です。」
うーん、頭を悩ませつつ、少女は少し小さな声で答えた。
「そうか。特徴と共にしっかり覚えろ。この国には大きく三つの種類が確認されている。大陸全域の平原で確認される、硬い毛皮が特徴のクリズノーウルフ。アルフォン山脈を中心に生息する、白銀の氷狼、アルフォンアイスウルフ。中央部南東から王国南部にかけて広がるニーベル森林に潜む、隠密に長けた危険性の高い黒狼、ニーベルシャドウウルフだ。ほかにもこの大陸では、大陸北部の寒冷地帯に生息する、氷を纏うスカイディアアイスウルフや大陸西部の森林地帯に棲む、狡猾で危険性の高いカラディンシャドウウルフなどが生息している。
時にウルフやアイスウルフなどと略称で呼ばれることがあるが、アイスウルフと名付けられていても、アルフォンアイスウルフとスカイディアアイスウルフでは特徴も気性も違うため、事態を把握する際にはしっかりと名称を把握することが大切だ。」
女性はいつの間にか用意していたカップの水を飲んで、話を続ける。
「次に食性だ。ウルフ種は普段から生肉、腐肉どちらも食べる。魔獣学上ではこれを雑食性と呼ぶ。これも環境変化に対応できるための変化したものである。
さて、簡単な問題だ。普段生肉を中心にしている個体と、腐肉を食べる個体、どちらのほうがより強靭な肉体を手に入れることができるだろうか。」
「生肉だと思います。」
女性の問いに、少女はすぐに答えた。
「ああ、その通りだ。生命活動を終えた生き物の肉体からは時間経過とともに体内の魔素が拡散してしまう。ゆえに時間が経過していない生肉のほうがより多くの魔素を取ることができる。結果、生肉を日ごろから食している個体のほうが力は強くなる。
この特徴から、ウルフ種の群れの脅威度を測る一つの要素として、群れが行った狩りの頻度が取り入れられている。脅威度が高いほど、狩りは積極的に行われる。一方で死肉を中心に食べている群れでも、時に脅威度が高い場合がある。」
「どういうときですか?」
少女は首を傾げて訊ねる。
「腐肉、すなわち死体がたくさん生み出される状況下だ。簡単に言えば戦争だな。戦争下では、戦闘によって多くの死体が生まれる。その死体を大量に食することによって、普段生肉食べるときと同量の魔素を腐肉から吸収することができれば、群れは成長できる。実際に西部では過去に数度確認されている。普段生肉を主食にしている群れよりも獰猛さは欠けるが、それでも十分危険であるため、戦時下はより一層の注意が必要だ。」
そういうと、再び女性はカップの水で喉を潤す。
「さて三つ目の縄張りを持つ習性は、ウルフ種以外にも多くの魔獣で確認されている。だが群生魔獣ではウルフ種以外その習性をもつ魔獣はいない。よって群生魔獣の被害が発生し、調査をした際、魔獣によって残されたマーキングが発見された場合、ウルフ種と特定ができる。また、群れの規模によって縄張りを拡張することが確認されている。これもウルフ種の脅威度や規模を推測する一つの要素になってくる。覚えるように。」
「師匠、質問です。マーキングはどのような場所にあるのでしょうか?」
少女が筆を止め、女性に訊ねる。
「木だ。森林ではより目立つ大木だな。ウルフ種は木の根元で排泄を行うことが多く、木には縄張りを示す傷が残される。幹にひっかき傷があり、新たな排泄物が確認できれば、そこは縄張り内であり、細心の警戒が必要になってくる。」
「ありがとうございます。」
少女は再び要点をメモしていく。
「最後が進化である。ウルフ種にはどの種類においても三つの進化が確認されている。一段階目がハイウルフ、二段階目がエビルウルフ、三段階目がオールドウルフとそれぞれ呼称されている。多くの群れの場合、リーダーはハイウルフであることが多い。
ハイウルフは歳と経験を積んだ個体であれば、進化に達しやすい。知能は通常より発達しているが、身体的、肉体的な強化は通常と大差はない。
しかしエビルウルフになると、危険度は一気に上昇する。知能はより発達し、より狡猾な動きを取るようになり、身体はより強靭に変化する。エビルウルフがリーダーの群れは、周囲の群れを吸収し一気に拡大する。そのためエビルウルフがリーダーとなった群れは、魔獣災害のクラス3に認定されることが大半である。この群れの討伐には非常に危険であり、毎度数名の犠牲者を出してしまう。そうならないためにも、村の狩人たちは定期的にウルフ狩りを行い、群れの様子や数の調整をしている。
エンシェントウルフについては過去数件報告されている。どの件も多くの命を犠牲に、討伐したと記録されている。また残された報告書から推測するに、進化しエンシェントウルフになると、単体魔獣の進化と同様にその種で確認された能力以外の力を手にすると考えられる。
エンシェントウルフは覚える必要はないが、エビルウルフまではしっかりと覚えるように。」
女性は長かった話を終えるとふぅと息を吐き、再度カップの水を飲み干す。
「さて、ウルフ種は覚えることが多いが、それだけ研究されているという証左だ。お前の将来のためにも必ず頭に叩き込んでおけ。
…まだ時間があるな。少し休憩してから次の群生魔獣について教える。」
女性はそういうと、背を伸ばしながら図書室から退出した。
少女は疲れたように机に伏せたのだった。
久しぶりの投稿になりました。
次は早ければ来週に投稿できればと思います。