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Scavenger Princess ~すべてを失った王女の死体漁り生活~  作者: 神無月てん
第1章 お店≪マイオソティス≫
19/26

1-2-8 死体漁り屋≪スカベンジャー≫8

思った以上に時間がかかってしまいました。

青少年二人にクリスとジンという名前を付けました。

そのため、前話も多少編集しております。

 時間をかけて安全を確認したアズリーとクレアは、テキパキと次の行動に移る。

 クレアは木陰に隠していた鞄を引っ張りだした。

 その鞄を携えて広場の中心付近に向かうと、鞄から香炉と魔獣除けの香を取り出した。

 魔獣除けの香はキリアお手製で、一般に販売されているものより非常に効用が高いく、死臭漂い魔素が多く滞留するこの空間でも、数時間以上も魔獣を遠ざけることができる特別な香であった。

 クレアが香に火を付けると、粟色の煙が広場に瞬く間に広がっていく。

 次に再び鞄を開き、薄紫色の拳ほどの大きさの石を取り出した。

 その石は見た目ほどの重さはなく、表面には細かな文字が刻み込まれていた。

 その石に刻まれた刻印の効果は、魔素の波を一定周期で放つ、ビーコンの役割を果たす石だった。

 クレアはその石を胸にあて、魔素を送り込んで励起させると、香炉の隣に置いた。


 一方、アズリーは倒したグールから素材を剥ぎ取っていた。

 といっても、グールからとれる素材は一つ。

 グールの心臓にあたる、胸の中央にある魔石だけだった。

 アズリーはベルトに差していた解体用ナイフを抜くと、次々と取り出していく。

 八体の死骸のうち、数体の魔石は二人の攻撃により割れたり欠けたりしていた。

 それでも余すことなく全ての魔石を取り出すと、魔法で水を生み出し、魔石とナイフに付着したグールの血糊を流し落とす。

 そしてナイフを鞘に戻し、魔石はポーチの中から取り出した麻袋にしまった。


「ヒメさま、こっちは終わりました。」

 魔石を入れた麻袋を再びポーチにしまっていたアズリーに、キリアが話しかける。

「ありがとう、クレア。なら、一度馬車に戻りましょうか。ここにつながる道もあるから、あとは楽ができそうね。」

 普段の林の中の回収作業は遺体周辺の安全確保後、一度馬車に戻り、木箱を担いで向かう必要があった。

 だが、今回は利用できる林道があるため、幾分か楽ができるのだった。

「はい!」

 二人は自然に埋もれ始めている林道を戻っていった。



 林道の出口は、馬車を止めた場所より少し南東に進んだ場所だった。

 アズリーとクレアは林道を隠していた枝葉を退かし、馬車を置いてきた場所に向かった。

 二人が馬車の見える場所に辿りつくと、馬車からの視線が突き刺さる。

 だが相手の正体がわかると、その視線は穏やかなものへと変わった。


「馬車番、ありがとうございました。何かありましたか?」

「「誰も来ませんでした!」」


 アズリーが訊ねると、二人は声をそろえて答えた。


「そう、それはよかったです。

 この後なのですが、現場まで馬車で行けるので、馬車で行こうと思います。貴方達は一緒に来ても構いませんし、ここに残っても構いません。ただ、一緒に来るなら覚悟はしてください。すごく悲惨な光景が待っていますから。」


 クレアが馬車を動かす準備をする間、アズリーは二人にこの後の話をした。

 正直に言うと、アズリーとしては二人にはここに残ってもらったほうが、仕事が捗ると思っていた。

 だが、イーニアの意向には反してしまうため、二人に選択権を与える形をとったのだった。


「俺は問題ないぜ。」

「俺も行きます。」


 すぐさま二人から返事が返ってきた。

 もとよりそう答えるだろうと思っていたアズリーは、唯一中身の入った荷箱から予備のマスクを二つ取り出して二人に渡す。


「何だこれ?」


 クリスが手渡されたマスクを観察する。


「私たちが使っているマスクです。森に入ったら着けてください。」

「何で?」

「死体周辺は悪臭が酷いです。醜態を晒したくなければ、着けてください。」

「俺はこんなものに頼らねぇ。」


 アズリーは忠告をするも、クリスは無造作に自身のナップサックにしまった。

 一方ジンは半信半疑の様子ながらも装着した。

 そんなやり取りをしていると、準備の終わったクレアが近づいてきた。


「アズリー様、いつでも出発できます。」

「ありがとう、分かったわ。二人とも馬車に乗ってください。出発します。」


 アズリーは二人が馬車に乗り込んだのを確認すると、クレアと共に御者台に乗り込んだ。



 林道の中は慎重に馬車を進ませたこともあり、現場から馬車に戻ってきた時と同じくらいの時間をかけて、広場に戻った。

 馬車を止めると、車からマスクを着けたクリスとジンの二人も降りてきた。

 だが、みるみると二人の顔が青くなる。

 それも当然だと、アズリーは思った。

 一度も争いの後の現場を見る経験をしたことないものにとって、この悲惨なこの光景は、非常に心を抉る光景である。

 更に、マスク越しに鼻につく腐臭が追い打ちをかける。

 新米の二人にはだいぶ酷な環境だった。

 アズリーは二人に近づき、声をかける。

「もし辛かったら馬車の中にいても構いません。それに吐きたいなら、あちらの茂みでしてきてください。ただ魔よけの香を炊いてはいますが、絶対安全とは言い切れませんので、注意はしっかりしてくださいね。」

 アズリーは風上の茂みを指さしながら話した。

 その言葉に二人は小さくうなずくと、二人とも茂みに向かって駆け出した。

「さて。クレア、私たちは遺品の回収を始めましょうか。」

「はい、アズリー様。」

 二人は馬車から木箱を幾つか下ろし、アズリーはそのうちの一つの木箱を開けた。

 その木箱の中にはさらに小さな木箱が詰まっており、アズリーはその小さな木箱を一つ取り出した。

 その小さな木箱と大きな木箱を手に、アズリーは一つの死体に向かった。


 その死体は胸元の裂傷を中心に腐りつつあるが、その他の死体のように食い荒らされていなかった。

 その理由は手首に巻かれていた腕輪にあった。

 アズリーたちが契約の時に渡している腕輪だ。

 この腕輪には魔法刻印が彫られており、装着者の生命活動が停止した際、装着者の魔素を使って一定周期で魔素の波を発信するものである。

 つまり、時間が経過するほど死体が保有する魔素の量は減少していく。

 グールや魔獣が肉を捕食する理由は魔素の補給のためであり、魔素の保有量が多い死体ほど優先的に貪っていく。

 その結果、腕輪を装着した者、つまりアズリーたちに依頼をしたものはグールが蔓延った場所でも、このように食べられないことが多かった。


 アズリーは死体から腕輪を取り外し、腕輪の魔法刻印を調べる。

 この魔法刻印には数字も一緒に彫られており、その番号から依頼者を特定できるようにしていた。

 アズリーは数字を読み取ると、腕輪を小さな箱にしまい、そして一度馬車に戻った。

 馬車の前にはクリスとジンがしゃがんでいた。

 二人とも降車時よりも幾分か気分はよさそうだが、まだ顔は青いままだった。


「貴方達、大丈夫?」


 アズリーが声をかけると、


「はい、俺は大丈夫です。」

「俺も…。」


 二人からは弱弱しい声で返事が返ってきた。


「本当なら手伝ってもらおうと思っていましたが、貴方達はここで休んでいてください。」

「俺たちならできます。」


 クリスが返事するが、その声には元気がない。


「貴方達、将来傭兵部門に属するのでしょう?なら、覚えておきなさい。休めるときはしっかり休みなさい。今無理をして、もしこの後、何かトラブルが起きた時に行動できないほうが自身に、仲間に危険が及びます。だから、貴方達は休んでいてください。」


 アズリーが諭すように話すと、二人は素直に馬車の中に入り、身体を休め始めた。

 アズリーは話を終えると、御者台に上る。

 クッションを退かしてポーチから鍵束を取り出すと、一つの鍵を御者台の椅子に差し込んだ。

 カチッと小さな音が鳴り、アズリーが天板を持ち上げると、そこには何束かの紙束や様々な効能のポーションなどが所狭しに並んでいた。

 綺麗に収められた中から、黄色の紐で包まった紙束を取り出して、紙を捲っていく。

 一枚の紙を見つけると、指で文字を辿っていく。

 そしてある一か所で指の動きが止まる。

 そこに書かれていたのは、遺体がみつけていた腕輪の番号と、その人物の依頼の内容だった。

 アズリーは素早く頭に叩き込むと、再び紙束に纏めた。

 そして御者台の収納の元あった場所にしまい、鍵をかけた。


 すぐに先程の遺体の元に戻ると、遺体に向き合って座る。

 銀獅子の帝国の紋章が大きくあしらわれた鎧を、手慣れた手つきで素早く剥ぎ取っていく。

 鎧は帝国軍が一つにつき銅貨五枚で回収しているため、取り外した鎧を大きな木箱に入れて、遺体の胸元を探る。

 お目当ての物は無事に見つかった。

 大きく裂けた鎧下のシャツの下から、やや粗悪なつくりのロケットがのぞいていた。

 アズリーは丁寧に傷をつけないように取り外し、柔らかな布で汚れを拭き取る。

 その拍子にロケットが開いてしまった。

 そこには色褪せた白黒の写真が納められていた。

 写真に写っていたのは一組の親子。

 おそらく持ち主の彼とその妻、そしてその子供二人。

 みんな笑顔で仲良く映っていた。

 アズリーは何度も同じような写真を見てきた。

 その度に複雑な感情がこみあげてくる。

 その気持ちを抑えるかのように、静かにロケットを閉じると、丁寧に包装紙に包み、小さな木箱にしまった。


 アズリーは更に遺体を探る。

 だが、身に着けているものはロケット以外に見つからなかった。

 アズリーは遺体の腰のベルトに縛っていた麻袋を外して、中身を取り出していく。

 水筒、数日分の携帯食料、粗悪の量産型ポーションといった軍の支給品が詰まっていた。

 そして、更には帝国製の金、銀、銅貨が数枚出てきた。

 携帯食料と水筒はすでに腐り始めているため、捨てる。

 ポーションに関しても、このグレードの物は製造が簡単で、大陸各地で大量に出回っているため、戦火が続く中でも安価で取引されている。

 アズリーたちも自作でこれ以上のものを作っていて、まったく必要としていないため、水筒や携帯食料と一緒に捨てる。

 一方、金・銀・銅貨はアズリーの懐にしまう。

 これもアズリーたちの収入源の一つだ。

 そして鞄の中がほとんど空になったころ、ようやくお目当ての物が見つかった。

 ポーチの奥底に隠れていたのは、小さな手製の木彫りの人形だ。

 粗削りで拙さが至る所に光る木彫りの人形は、帝国のある地方で流行る魔よけのようだった。

 観察するに、おそらく彼の子供が無事を祈って作った人形なのだろう。

 それをロケット同様丁寧に包み、小さな木箱にしまった。

 さて、と小さくつぶやき、アズリーは立ち上がり辺りを見渡した。

 二人の姿は見えないが、おそらく馬車の中で休んでいるのだろう。

 クレアは奥でせっせと遺品回収をしていた。

 なら、とアズリーも次の死体に向かった。



 二人は回収依頼のない遺体も、しっかりと時間をかけて遺品を探した。

 そのため全てを回収しきったころには、太陽は頂点を越していた。

 そのころには青少年二人も幾分か元気を取り戻し、アズリーの指示で周囲の警戒に当たるようになっていた。


「みなさん、撤収しましょうか。」


 アズリーの一声で、撤収作業が始まった。


「クレア、ここはまかせてもいい?」

「はい、もちろんです。アズリー様はどちらに?」


 作業を始めようとしていたクレアをアズリーが呼び止める。


「小屋の中を探索しようかなと。何か持って帰らないと軍がうるさいからね。」


 アズリーが苦笑いしながら言うと、クレアも苦笑いを返す。


「じゃあよろしくね。」


 アズリーは彼女にそういうと、小屋に向かった。

 小屋の扉を開け、光魔法で小屋の中を照らすと、丸太で作られた椅子と机、そして木箱が照らし出された。

 木箱の中を覗くと腐りかけの食料が残っているくらいで、他には何もなかった。

 そんな中、アズリーの視線がとある場所で止まる。

 それは何の変哲もない、小さな囲炉裏だ。

 だがよく観察すると、紙が何枚も燃やされた形跡が見受けられた。

 戦場の様子から魔導国が勝利したのはわかっていたが、おそらくここを放棄する際に重要な書類を燃やしたのだと推測できた。

 それを確認するとアズリーはやや落胆した表情小屋を出た。

 荷積みは無事に終えたらしく、クレアがアズリーに向かって手を振っていた。

 アズリーはその姿に小さく微笑むと、馬車に向かって歩き出した。


さて、長くなったこの話も次回がラストです。

次は少し早く投稿出来たらなと思っています。

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