1-2-7 死体漁り屋≪スカベンジャー≫7
その後、アズリーとクレアは毎回利用している宿で一晩明かし、次の日の朝、再び東学生寮にやってきた。
東学生寮の前には、警備兵のほかに15歳くらいの青少年二人がいた。
その二人は真新しい装備に、少しだけ使い込まれた剣と杖を帯びていた。
アズリーとクレアが馬車から降りると、すぐに二人は警備兵と共に近づいてきた。
警備兵は「こいつらをお願いします。」、と頭を下げると再び持ち場に戻っていった。
熱血な剣士見習いがクリス、眼鏡が特徴の魔法使い見習いがジンと名乗った。
町を出て一時間ほどが過ぎたころ、馬車はひと際大きく揺れて停車した。
アズリーは帳を開けると、馬車から降りる。
続いて青少年二人も馬車から飛び降りた。
到着したのは南東に伸びる街道の道中、荒れ果てた畑の畔。
そして街道を挟んだ先には鬱蒼とした森。
ここが件の信号を発信していた森林だった。
アズリーは馬車から自分の装備を取り出し、一つずつ点検していく。
クレアも馬を馬車から外し、近くにあった杭に手綱を縛ると、アズリーと同様に自分の装備を確認していく。
アズリーとクレアの姿を最初はただ見るだけだった青少年二人だったが、何をしているのか分かると、慌てて自分の装備を身に着けていく。
準備を終えたアズリーは残りの準備をクレアに任せ、二人が準備を終えるのを待ってから話しかけた。
「これから私とクレアは森の中に入るわ。君たちはその間、この馬車を警備してもらうわ。何かあった際は、事前に打ち合わせた通りに行動してください。」
「待ってください。俺たちも連れて行ってくれませんか?」
「そうだぜ。俺たちを連れてってくれ。」
アズリーの言葉に食い気味にクリスとジンが食い掛るように話し出す。
「魔獣を倒すために俺たち毎日頑張ってんだ。なのにおいていかれるなんてそんなことないだろ。」
「それとも、僕たちの実力が不足しているのですか?」
説得の言葉が足りないと感じた二人は追い打ちをかけるように言葉を放つ。
その言葉を聞き、アズリーは二人に気付かれないくらいの小さなため息をついた。
「そうではないです。ここから先は私たちの仕事です。あなたたちの実力が不足しているから置いていくわけではないですよ。」
「なら連れて行ってくれよ。」
「貴方達、何をいっているの。」
なおも食い下がる二人に対し、きつい言葉を浴びせたのは馬の世話を終えたクレアだった。
その言葉に二人はたじろいだ。
「さっきからアズリー様に盾突いて。いい、私たちは依頼主、貴方達は請負人。依頼主の指示に逆らうなど言語道断よ。アズリー様が貴方達に言ったことを守れないなら、このまま何もせずにアインズリールに引き返して、イーニアに報告するだけよ。」
憤慨したクレアが矢継ぎ早に言葉を吐き出す。
アズリーは怒っているクレアに苦笑いを浮かべながら近づき、クレアの頭をなでた。
何度も撫でると、少しずつ高ぶっていたクレアの感情が落ち着きを取り戻していった。
さらにクレアの頭をなでながら、アズリーはクレアの言葉で青ざめていた青少年二人に言葉をかける。
「いい。貴方達の仕事は依頼をこなすことです。今回の場合だと、馬車を護衛することです。それを拒否することは、貴方達が請け負った依頼を放棄することです。そうなれば貴方達の信頼はもちろん、セレストの集いに対する信頼も大きく損なることです。そのことをしっかりと理解してください。
もちろん今後依頼を引き受ける中で、犯罪につながるようなことも依頼されるかもしれないし、人道に反した行為を指示されるかもしれません。そういう時は迷わず断りなさい。」
青少年二人はアズリーの言葉をしっかりと頷きながら話を聞いていた。
「わかりましたね。クレア、出発するわ。」
念を押すようにアズリーが二人に問いかけると、二人は大きく首を振った。
それを見て、ポンポンとクレアの頭を叩きながら声をかけた。
「はい、アズリー様。」
アズリーは鞄から魔素の波を感知することができる魔導具・簡易受信機を取り出した。
そしてクレアを引き連れて、道具が指し示す方向に向かって、草をかき分けて森の中に入った。
簡易受信機の導きに従い、草をかき分けながら進むこと5分、二人は一本の不思議な道を見つけた。
道幅は馬車がギリギリ一台通れるほど。
少し前に草が刈り取られた形跡と、何度か通ったであろう轍の跡が見て取れた。
明らかに人為的に作られた道だった。
アズリーが簡易受信機を確認すると、この道の先を指していた。
アズリーとクレアは顔を見合わせると、慎重に道の先に歩いて行った。
道を進むにつれ、少しずつ森の空気が重苦しさを感じるようになった。
事実、人が嫌悪する、形容しがたい異臭が少しずつ漂い始めていた。
二人は事前に用意していた口元をマスクで覆い、臭いの元凶に進んでいく。
道を発見して5分ほど歩いた頃、道の先は開けた空間につながっていた。
だが、視界に不穏な影を捉えた二人は、すぐに広場に突入せず、道から外れて木陰から広場を覗き込んだ。
視界の先には地獄を具現化させたような、悲惨で残酷な光景が広がっていた。
赤黒い血肉の花が咲き乱れ、常人なら気絶してしまうほどの腐臭が滞留していた。
所々に転がる破壊された鉄鎧が、そこで何が起きているのかを物語っていた。
そしてこの空間の支配者、この光景を描き出した怪物たちは、貪っていた。
人肉を、人骨の髄液を。
一心不乱に、獲物に食らいついていた。
怪物の名はグール、その数5体。
死肉喰らいで、戦場の掃除屋、そして死体漁り屋にとって天敵である。
アズリーとクレアはゆっくりと時間を取り、周囲の情報を集めた。
そして広場内には5体しかいないことをしっかりと把握したところで、再び集まると小さな声で作戦を決める。
簡単な役割決めを終えると、二人は自身の得物を抜き放った。
そしてアズリーがカウントし、ゼロと同時に一気に飛び出した。
「シッ!」
小さく息を吐きだす音とともに、アズリーの必殺の突きが放たれる。
細剣が一閃し、最も近くにいたグールの眉間を貫いた。
不意を突かれたグールは、断末魔を上げることなく絶命した。
アズリーは剣を一気に引き抜き、辺りを見回す。
辺りのグールはアズリーに気付き、瞬時に身体を硬化させた。
そして視界に捉えたアズリーに、低い唸り声と共に突撃する。
その盲目的な視界故に、不意の攻撃に気付くこともなかった。
「やぁぁぁぁぁ!」
少し離れた2体目掛けて、クレアが雄叫びと共に飛び掛かる。
自身の背丈ほどある大剣を煌めかせ、一体を両断した。
「せいやぁぁぁ!」
重量もある大剣を完璧に制御し、もう一体に襲い掛かる。
その攻撃一つ一つが相手に死を齎さんとする、力の一撃。
餌食となったグールは成す術なく地に伏せた。
アズリーも負けてはいなかった。
クレアの剣が力なら、アズリーは速の剣技。
二体襲い掛かってきてもアズリーは冷静だった。
細かな足遣いでグールの攻撃を軽快に躱す。
そして、ガラ空きの背中に鋭い一撃を放つ。
ただクレアのように一撃で仕留めきれない。
それでもアズリーは相手の一挙手一投足をしっかりと見極め、攻撃を躱し、隙のできた相手の急所にダメージを積み重ねていく。
ダメージを負うたびに、グールの動きが鈍くなっていく。
そしてついに一体のグールの動きが止まった。
その姿を目にした瞬間、一気呵成にアズリーが攻勢に出る。
もう一体のグールの飛び込みを紙一重で躱すと、凄まじい剣舞で切り刻んでいく。
飛び込んできたグールは剣の嵐に耐え切れず、一瞬にして命を散らした。
一体のグールを沈めたアズリーは、動けなくなっていた残りの一体にも襲い掛かる。
すでに大きなダメージを受けていたグールはさしたる抵抗も出来ず、間も無く地に伏したのだった。
広場に静寂が訪れても、二人は得物を収めず、辺りを警戒する。
アズリーたちを纏う森の雰囲気から、まだ潜んだ存在がいる気配がしていたのだった。
その感覚通り、小屋の裏手から新たなグールが三体現れた。
戦闘の気配を感じ取っていたのか、すでに身体を硬化させ、同時に跳び掛かってきた。
グールの前に立ちふさがったのはクレアだった。
その巨大な大剣の腹で、三体の攻撃を防ぐ。
相手の勢いのついた攻撃だったが、クレアは見事に受け流す。
だけでなく、受け流した動きを連動させて、カウンターを与える。
この見事の一撃は、相手を大きく弾き飛ばした。
吹き飛ばされたグール三体だったが、もろともせず何度もクレアに襲い掛かる。
それでもクレアは大山の如く、相手の攻撃を何度も防ぎ、さらにはカウンターの一撃を見舞っていく。
グールたちは全く攻め落とすことのできない相手に、一層攻撃を仕掛けていく。
その視界にはとっくにアズリーの姿はなかった。
目の前の脅威を排除する、ただそれだけの本能だけでクレアに攻撃をする。
それが致命的だった。
再び三体のグールの攻撃が重なった時、クレアは今までのように大剣で防ぐことなく、大きく躱す。
虚を衝かれたグールは、相手のいない空間でお互いにぶつかり合い、大きく態勢を崩した。
そこに襲い掛かったのはアズリーが放った、風の刃だった。
クレアがグールの攻撃から耐える中、アズリーは後ろで体内の魔素を練り上げていた。
そしてクレアの動きに合わせて、魔法を解き放ったのだった。
風の中魔法である『不可視の刃』は三体のグールに直撃し、硬化した皮膚を容易く切り裂いた。
更に氷の中魔法の『氷の槍』で追い打ちをかける。
動けなくなったグールたちは避けることもできず、諸にうけた。
一体は急所を刺し穿たれ絶命し、残りの二体も重傷を負った。
それでも何とか動こうとするグールだが、無慈悲に死を告げるクレアの刃が振り下ろされた。
最後の一体の小さな断末魔を最後に、森は完全に静寂したのだった。
気が付いたら7月に…。
今月中にもう一話投稿できたらいいなと思ってます。