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和菓子屋白猫

作者: 大西洋子


和菓子屋白猫の朝は早い。その店の離れに居候している和人は、ジャケットを羽織り店の方に行くと、庭を見渡せるよう設えられた飾り窓の向こうに長い黒髪に白い着物姿の人影があった。

「ゆきめさん。すぐに開けます」どおりで雪が降るはずだ。それも、都会にしてはしっかりと積もる程に。

和人は飾り窓から竹の棒を引き抜き、飾り窓の四隅を決められた順に叩く。すると飾り窓に猫の印が浮かびあがり、店の内側に向かって飾り窓が開いた。

「和人くん。ごきげんよう」

開いた飾り窓から、その人が中に入るなり、和人の一房だけ白い髪に指先を滑らせた。

「だいぶん黒髪が戻ってきたわね」

「おかげさまで」

「慌てていた私のせいでもあるのだけどね」ゆきめはちろりと舌を出し、「で、使えるかしら?」

「もちろんです。どうぞこちらに」

和人はゆきめをカウンター奥の階段簞笥の前へ案内する。

「ゆきちゃん」家主である女児が、作業場から店に向かって歩きながら、鋭い視線を向けてくる。

「和人くんは、この店に欠くことが出来ない人なのだから」

「正しくは座敷童子のあなたが、でしょ?」

ゆきめは和人の背中に抱きつこうとしていたのをやめ、「ま、私も和人くんを凍死させくないし」と、悪戯めいた笑顔を振りまく。

和菓子屋白猫は、人間世界に生きる妖怪達が集う店だ。幼い頃からそういったモノと縁がある和人が、この店の離れに居候させてもらうことが決まったその日に、家主である座敷童子に、「この階段簞笥はね、妖怪が人間世界で暮らすのに不都合な姿だとか力とか、そういったものを一時的に入れる場所なの。いわばロッカーね」

そう聞かされていたにもかかわらず、去年の今頃、ゆきめが階段簞笥のロッカーを使用した後、その場所が半開きになっているのを閉めようとして、和人の髪の毛が白髪になってしまったのだ。

「和人くんは、妖怪の力に耐性があるから、白髪になるだけですんだのだからね」と、人間化したゆきめと一緒に怒られたっけ。そのゆきめが、今朝、この店にやって来たと言うことは、冬が終わるのか。

和人は、ゆきめが触れた一房だけ白い髪の毛に手を触れる。この白髪部分は何度染めても染まらず、「おそらく一生そのままになるかも」と、いわれている。

そのゆきめは、座敷童子と一緒に話ながら、階段簞笥を上っている。

和人はそんな二人を見あげ、朝一番の仕事に取りかかることにする。

玄関を開け、店と道路をつなぐ石畳に積もった雪をどけ、滑り止め兼凍結防止剤をまいていく。

その間中、和菓子屋白猫の近くに住む妖怪達が、人間化するために、あるいは元の姿になるために、ひっきりなしにやってくる。

そんな妖怪だとか魔物と挨拶を交わし、彼らの出入り口である飾り窓へと案内するたびに、この都会に洋の東西問わず、数多く住んでいるものだと感心する。

「和人くん、店の暖房入れてもいいわよ」

人間化したゆきめがそう言いながら駆け寄り、和人の背中に抱きつく。ゆきめの正体は雪女で、人間の精を取り入れないと存在出来ないため、会うなり抱きつかれてしまう。ゆきめのその行為にまだ慣れないでいる。

「ところで、私達のロッカー、綺麗にしてくれたの、あなただって?」

人間化してもゆきめの身体は冷たく、スキンシップしたがるのは、元来の性格なのだろうか。それとも、人肌のぬくもりで己の心を凍らせないためなのだろうか。耳元にかかるゆきめの吐息を感じながら、和人は考える。

「はい。階段簞笥の引き出しに見せかけた扉があちこちぐらついていたので、家主と相談して直させていただきました」

この一年、和人は、立春、立夏、立秋、そして立冬の前日、つまり節分に、順番にロッカーを空にしてもらい、学校に通う前、それから和菓子屋が閉店した後に、少しずつ直してきたのだ。

「やーん、座敷童子、こんないい子、何処から見つけてきたのよ、もう!」

「ところで和人くん、学校から連絡あったかしら?」初老姿に人間化した座敷童子は、ゆきめの問いに答えず、代わりに和人に問いかける。

和人は背中にゆきめが張りついたまま、慌てて確認する。


――和菓子屋白猫が、和菓子屋として、開店するのはもう少し後――




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