第弐拾肆話 鳴り響け 世界の呼び声 己が声 空に仇なせ 半魔の暴威
1年4か月ぶりの更新です……はい……
「フレイムスフィア! スパークボーガン! フロストランス! ガストエッジ! グランドショット! アクアリープル!」
アマオーが放つのは覚えたばかりの中級攻撃魔法の数々。放たれたそれらはモンスターではなく目の前に配置されたタワー型のオブジェクトに吸収されていく。
「マギアタレットタワー」……通称「魔術砲塔」
それは注がれた攻撃魔法を吸収・充填・増幅して放つ設置型オブジェクト。主に大規模レイドにおいて使用され、単騎で活躍するには心許ない初心者~中級者を活躍させるための救済アイテムという側面も持つ。
もちろん、それは元から断崖に設置されていたものではなく……
『さあ、ちゃっちゃと進めていきなさい! これは本来、複数人数で運用するものなんだから、アンタは1人でそれをカバーしなきゃいけないのよ!』
声の出処はアマオーの傍を浮遊するクリスタル。声の主はルインスのMENUであるティアだ。
ルインスはタンクとして前線に赴く際に、アマオーの元にこの魔術砲塔と通信用のクリスタル、そして大量のMP回復アイテムを置いてきた。
「むむぐ。わかってるよ。次も同じ感じで全部の魔法を注げばいいんだよね?」
MPを回復し終わると再び杖を構え、魔術砲塔へ魔法を注ぐ作業を再開。
『いい? これはアンタみたいな子にも活躍の場面を与えてあげようっていうルインスの気遣いよ! 無下にしたら許さないんだからね!』
「任せてよ。私も零門も頼りにされたら黙ってられない性分なんだから!」
――――――――――
「そぉらぁ!」
我ながら可愛げのない掛け声とともに振り上げられるハンマー。遠心力の赴くままに鉄槌が描いた半円は前のエイをかち上げ、後ろのエイを叩き潰す。
「推奨レベル300って割には1匹1匹は大したことないわね」
消滅していくエイの残骸。レベル200の私でもスキルを当てれば一撃で屠れる程度の強さなのはありがたい。ありがたいけど……
「数多すぎでしょ……まったく……」
周囲を泳ぎ回る無数のエイ達。そして視界端に表示される「8872」という数字。これはこのボスの残り個体数を指している。これを全滅させればこのボスの討伐は完了というわけだ。
「しかもあの大きいのも含めて……ね」
見上げた先、私達を睥睨するかのように悠々と空を泳ぐ巨大マンタ。今のところ何かしてくる素振りもない代わりにこちら側の攻撃も一切受け付けないって様相。曰く、エイ達の総数を削らないとあの大ボスは私たちの元に降りてこないのだとか。だとしたらやることは一つ!
「ライム、マップを表示して!後、モンスターの分布図も!」
「了解ですのよ!」
敵の密集した地点を攻撃し、効率的に相手の頭数を減らすのみ……!
―――――
バトルエリア内に30個ほど点在する巨大な黒い球体。それは200~300にもなるエイ達によって構成される疑似的なスポーン地点。モンスターの総数を削ることが重要なこのレイドバトルだと、この球体を集中的に攻撃することがキーになる。
その一つが今、私の一撃によって消滅した。
「一網打尽!お見事ですのよ!」
「サポートありがとライム。でも……」
アクセルボアにお見舞いした「メテオ・スマッシュ」の上位スキル「ビッグバン・スマッシュ」。高高度から繰り出されるその一撃は絶大な攻撃力と攻撃範囲を誇る代わりに、一定確率で武器が素材も残さず消滅するというリスクがある。どうやらその一定確率を引いてしまったらしく、結構レア度高そうなハンマーが私の手の中で塵になって消えていく。
「……ライム、一番攻撃力高い武器をお願い!」
「了解ですのよ!」
両手に生じたのは私の身長くらいはある禍々しい形状の漆黒の長剣。『邪龍の顎【上顎】』『邪龍の顎【下顎】』と銘打たれたその剣は先ほどのハンマーと同じく弱体化状態では装備できなかった代物。それを二振り構えて次の群体へと歩みを進めていく。
「えっと……『連撃強化』……『バッドクリティカル補正』?」
「その剣は攻撃を当てれば当てるほど攻撃力とバッドクリティカルの確率が上昇しますのよ!」
「バッドクリティカルって確かダメージ半分になるんじゃ……」
武器持ち替えが頭をよぎりつつも向かい来るエイを右手の剣で切りつける。その刃がエイに触れた瞬間、赤黒いエフェクトが飛び散り、エイをズタズタに引き裂いた。続く2匹目は二の太刀で横薙ぎ。今度はエフェクトが発生せず、かろうじて生き残ったエイに蹴りでとどめを刺す。さらに迫りくるエイ達に対し、回転切りのスキルを発動。スキルによって生じた白い竜巻のエフェクトがエイ達に触れた瞬間、禍々しく赤黒い奔流へと変貌し、周囲にエイの残骸をまき散らしていく。
「えーと……この赤黒いエフェクトが……」
「フフフ……バッドクリティカルですのよ!零門様はバッドクリティカルを大きな武器にすることができますのよ!」
「詳しく説明!」
「了解ですのよ!」
周囲のエイ達に対処しつつ、ライムの解説に耳を傾ける。プレイヤーの技量と幸運値が高ければ高いほど発生しやすくなるクリティカルに対し、バッドクリティカルは技量と幸運値が低ければ低いほど発生しやすい。特に幸運値がマイナスまで振り切れてる私は特にバッドクリティカルが発生しやすいらしい。
「零門様!後ろに3体来ますのよ!」
「わかって……るっ!」
それをカバーするのが装備由来のパッシブスキル「兇運」。バッドクリティカル発生時に5倍のダメージ補正をかける。つまりバッドクリティカルによるダメージは0.5×5で2.5倍となるってこと。それに『邪龍の顎』の特性が加われば……
「なるほど……ちゃんと考えてるってわけね……」
この呪いの装備群がただの痛々しい格好……というわけじゃなく、きちんと装備やスキルの相性を考えて組まれていることがわかってきた。わかってきたんだけどさぁ……
「もうちょっと……もうちょっとでいいから見た目にも気を遣ってほしかったかなぁ……!」
瞬く間に葬り去られたエイ達の群れを後目に、そんな愚痴が零れ落ちる。
「零門様、何やら手が震えてますのよ……?」
「う、うん……」
あと追加で言わせてもらうけどこのバッドクリティカルの感触なんなの? クリティカルが爽快感の塊とすれば、バッドクリティカルは不快感の塊……! しかもなんかこう……変に癖になりそうな感じなのが逆に嫌……!
――――――――――
銀色の剣閃が1体、また1体とエイを切り伏せていく。サービス開始時から何百万回と繰り返してきた太刀筋はただただ目の前の敵を効率的に狩ることのみを繰り返す。
「ティア、残りの数」
「7792……今7788になったわ」
「残り7800弱か……」
ルインスは前方のエイ数体に向けて盾を掲げる。
「ガーディアンズプレス」
宙に生じた銀色の盾が前方のエイをまとめて圧し潰す。これで残りの数は7880……
「まだまだ先は長いな……」
「ねえルインス、零門から通信が来てるわよ」
「繋いでくれ」
『ルインスさん。ヘイトを分散させるよりもいったん二人で落ち合ってヘイトを密集させてみませんか? あの湧き溜まり、ゆっくりですけど私達のこと追いかけてきてます』
「いや、その手の湧き溜まりはある程度移動したら元の持ち場に戻るようになってる。それに初対面同士の連携はリスクが高い。零門さんは今のまま遊撃にあたってくれ」
『わかりました』
白銀の剣盾「來光剣サーヴィ・スエリア」を装備解除し、黄金の大剣「來光剣カン・コーチノ」へと持ち替える。特大の一閃で周囲のエイを薙ぎ払ったルインスはつかの間の暇の中ポツリと呟く。
「やはり人数が一番のネックだな……」
メモリア:オーシャンカイトの推奨人数は20名。それはあくまで推奨人数であり、それ以下の人数での討伐も可能だ。だがそれにも限度はある。参加人数3人、1人はレベル200、もう1人に至ってはレベル10にも満たない。レイドバトルが始まった時点で援軍の類は望めず……
「アマオーから通信が来てるから繋ぐわよ」
『あ、繋がった! ルインスさん、スコープ覗いたら電気を纏ったエイがいたんです。ショートに聞いたら「他のエイ達を指揮してるヤツだぜ」って言ってました!』
「!? アマオーさん、今すぐその個体をマーキングしてマップ情報を全員に共有してくれ!」
『わかりました! ショート! マーキングとマップ情報共有のやり方教えて!』
「ティア! 零門さんに繋いでくれ!」
――――――――――
「なるほど……あれが指揮個体ってヤツね……」
見上げた先、およそ20mくらい頭上でふわりと浮かび続けている一際大きな個体。他のエイ達とは違い、丸いシルエットで周囲に電気を纏っている。アマオーから共有してもらった情報によると、あれがエイ達を指揮している特殊個体だという。
「あれを倒したらどうなるの?」
「エイ達の指揮が乱れて我先にと攻撃しだしますのよ」
「なるほど、今のやり方よりずっと早く片が付くってわけね……燃やせ!」
右腕から放たれた特大の業火が指揮個体を包み込む。その炎は瞬く間に敵の体力を焼失せしめ……あれ?1ミリも減ってなくない?
「えっと……閃け! 凍てつけ! 吹き荒べ!」
雷撃、氷塊、烈風。続けざまに浴びせた魔法攻撃はどれも指揮個体には全く効果がない。
「零門様! 見てくださいまし! 相手は電気のフィールドで魔法を完全に遮断してますのよ!」
ライムの指摘通り、半径3,4mくらいの半透明の球体が指揮個体の周囲を覆っている。
「嘘でしょ!? 魔法職全否定ってわけ? だったら……えいっ!」
短剣を手元に呼び出し、狙いをすまして投げつける。短剣は綺麗な放物線を描くと、そのまま遠くの地面に突き立った。
「くっ! これも電気フィールド……!」
「零門様が投擲苦手なだけですのよ」
指揮個体が反撃に移る。電磁波によってコントロールされたエイ達が、5対1組の隊列を組んで私のもとに殺到する!
「零門様! お気を付けくださいまし!」
「わかってる!」
取り回し的に防御に向かない邪龍の顎を装備解除し、オーソドックスな剣と盾に持ち替える。スキルで先団のエイを両断した直後、左方向から来る別の隊列を盾でガード。1,2体目までは耐え、3体目の突撃を後ろに跳ぶ形で受け流す。
「くっ!」
続く4,5体はガードしきれずに被弾。転がった私に追い打ちをかけるように3つ目の隊列が迫る……!
「閃け!」
雷撃が迫る5体を貫くのを後目に体勢復帰。そのまま盾を構え次の攻撃に備えつつ回復用のクリスタルを割る。
「迎撃よりは回避に集中したほうがよさそうね……」
適当に突っ込んでくるだけだった今までとは全く違う連携の取れた攻撃。エイ達は規則正しい隊列で指揮個体の周囲を円錐状に回遊し続ける。
「全く、遠距離攻撃が効かない以上接近戦しかないのにこうも連携されたら……あ!」
「零門様? どうかされましたのよ?」
「なるほど……そういうことね! ライム、行くよ!」
「はいですのよ!」
指揮個体に向かって駆ける私をエイ達が列をなして襲い来る。私はその先頭のエイを迎撃……せずにそのまま上に飛び乗った!
「平たいから足場としては良好ね」
エイが振り落とそうとするよりも早く、次のエイへ、次のエイへと飛び渡る。規則正しく列を組んでいるからこそ、次の足場の位置も把握しやすい!
「入った!」
エイ達を飛び回って電気フィールドの内側へ! ここなら魔法も有効なはず!
「燃やせ!」
右腕から放たれた業火が指揮個体を丸々と包み込む。それは先ほどとは打って変わって確かなダメージを刻み込んだ……!
「やった!」
「零門様! まだ反撃が!」
「わかってるって!」
指揮個体の周囲を電光が迸り、紫電を纏った三つの玉が私へと放たれる。
「特別にみせてあげる!封魔解放【雷爪】!」
腕の包帯を解き、解放するは雷を操りし魔獣の剛爪! 電気の球を握り潰し、そのまま指揮個体の背に爪を突き立てる!
「無茶をしますのよ! ダメージは受けてますのよ!」
「でもHPはまだ残ってる! 閃け! 閃け! 閃け!」
突き立てた右腕から連続で放つ雷魔法。それは指揮個体そのものへの攻撃ではなく周囲のエイ達への牽制。本命は振り上げた左腕……!
「この手だと使えるスキルの数が限られるのが難点ね……」
二回りほど大きくなった左拳を握りしめ、指揮個体の脳天辺りに狙いを定める。
「裁きの鉄槌!」
大威力の鉄槌が一発!
「ギガス・クラッシュ!」
大威力の左拳が一発!
「くっ!まだ落ちないの!」
放てる限りのスキルを叩き込み続ける。このチャンスタイムもいつまでも続くわけじゃない。指揮個体が反撃の電撃を溜め、周囲のエイ達もこぞって私へと向かってくる。
「貫けぇぇぇぇ!」
5発目に放った貫手が貫通。その瞬間、私は残りのMP全てを使い貫通した腕に魔力を込める。体制を入れ替え、指揮個体をエイ達の盾にする形で魔法を叫んだ。
「閃けぇ!」
左腕から迸る雷撃が指揮個体を内から焼きつくし、周囲のエイ達を伝播する。これでようやく指揮個体を倒し……あだッ!?
「~~~っ!落下ダメージ忘れてた……」
「零門様! 大丈夫ですのよ!?」
「大丈夫……HPはまだ残ってる……」
グラグラする頭を引きずりながらもクリスタルを割ってHPを回復しつつ上半身を起こす。指揮個体の周囲にいたエイ達は全滅。他の場所のエイ達は……
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「險ア縺輔↑縺??險ア縺輔↑縺??險ア縺輔↑縺??」
「螂ェ縺?↑縲螟ア縺?↑縲蠢倥l繧九↑縲」
「謌代?蟠?ォ縺ェ繧玖ィ俶?縲|螂ェ縺縺薙→縺ェ縺ゥ險ア縺輔↑縺??螟ア縺縺薙→縺ェ縺ゥ險ア縺輔↑縺??蠢倥l繧縺薙→縺ェ縺ゥ險ア縺輔↑縺??」
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「ライム、大丈夫?」
「うぅ……大丈夫ですのよ……そんなことよりもルインス様が引き受けてくれたのを除いた全てのモンスターが零門様を……」
「アイツが私を見てる」
見上げた先。はるか上空。今まで悠然と泳いでいた巨大マンタが私を見下ろすかのように静止していた。
「ねぇライム……ようやく敵として見てもらえたって感じかな?」
「零門様? どうかされましたのよ……?」
「ははは……してるかもね」
さっき頭を打った影響かな。それともこのレイドバトル特有の変な演出にあてられたのかな。頭の中がフワフワと浮わついたような、なんだか熱っぽい感覚に陥ってる。まるで私じゃない私が私であるみたいに……
でも、今はそれでいい。後で猛烈に後悔するだろうけど、今全力を出さないことよりはずっとマシなはずだから……
私は今この熱と踊ろう。
「飛び入り参加のレイドだし、バックストーリーも何も知らないけどさ……」
眼帯を外し、
「記憶って名前、私はあんまり好きじゃないんだよね……」
骸を砕き、
「私は忘れたいし忘れられたい側なんだけど」
錠を壊し、
「それでも私を見ようって言うのなら」
鎖を解けば---
「忘れられないくらい刻み込んであげる」