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第弐拾弐話 鳴り響け 世界の呼び声 己が声 空を泳ぐは 海のゲンエイ

 見られた……見られてしまった……!

 仲良くお手手を繋いで一緒にジャンプ! 二人揃って「到着~!」の掛け声! そんな子供じみた微笑ましい()登頂シーンの一部始終を見ず知らずのプレイヤー(しかもおそらく男性の)に目撃されてしまったのだ!


 その事実に軽く眩暈を起こす私とは逆に、アマオーは果敢にもそのプレイヤーへ歩み寄っていく。


「他のプレイヤーさんですよね! 凄い! 初めて会っちゃった!」


「え、あ、どうも」

「私はアマオーって言います! あっちは友達の零門(レモン)です! あなたの名前を聞いてもいいですか?」


「えっと…ルインスです」

「ルインスさんですね! 素敵な名前ですね!」


「あ、ありがとう」「見た感じすごくやり込んでる人ですよね! どれくらいやってるんですか!?」「え? あ、その……初日から……」「初日!? 私は今日始めたばかりで零門に色々教えてもらってるんです!」「そ、そうなんだ…」「レベルとか教えてもらえますか!?」「450……一応キャップまで到達してる」「凄い! もしかしてトッププレイヤーの方だったりしますか?」「い、一応?」「わあ…! もしよかったら一緒に写真撮ってもいいですか! 私、旅先の人達と記念撮影するっていうのにすごく憧れてて! だからお願いし」「ストップストップストーーーップ! 初対面の人相手にグイグイ行きすぎ!」


―――


「うちの子がご迷惑をおかけしてすいませんでした!」

「ごめんなさい! 他のプレイヤーさんを見るの初めてでつい興奮しちゃいました……反省します」


 二人でルインスさんに頭を下げる。どれほど強力なステータスや装備で固めていても中身は人。コミュニケーションの取り方を間違えれば相手を不快にさせたり傷つけてしまうことだってある。


「いいよいいよ。初心者には優しくするものだし。それに同じゲーマーとして君みたいな初心者が入ってきてくれて嬉しいよ……」


 なんと寛大な言葉。だけどルインスさんの笑顔はどこか引き攣っているような……


「あはは…ありがとうございます。ところでルインスさんはなんでこの場所にいるんですか? 景色が好きとか?」

「こらっ! 反省はどうしたの」


「それは…………あっ」


 ルインスさんは何か言い淀むような仕草を見せた後、ハッとしたように上を見上げた。彼の頭上には謎の魔法陣。カウントダウンは私たちが到着した直後に0を迎え、今は数字から謎の記号のようなものに置き換わっている。菱形の体に二本の角のようなものと長い尾を生やしたモンスターの紋章だ。


「……アマオーさんとレモンさんだったね?」


「はい!」

「……はい」


「すまない。今から戦闘に備えてくれ。できれば職業諸々を教えてもらうと助かる」


「え! 何かあるんですか!」

「ちょっとそれどういう……」



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「なに…これ…」


 それはまるで何かを呼ぶ声。周囲にノイズが走り、いつの間にか私たちの立っている場所は断崖の先端から広大な平原へと置き換わっていく。周囲は見渡す限りの地平線、どんよりとした雲が空に幕をかけたかのように重くのしかかっていた。

 向こうでアマオーが騒いでるのが見える。声はかき消され、距離すらも掴めない。聞こえてくるのは自分の声と周囲に鳴り響くこの「声」だけ。いや、もう一つあった……


「零門様! 緊急事態ですのよ!」


 いつの間にかライムが私の顔前に現れ、私に向かって叫んでいた。こんなノイズの中でも、MENUの姿と声ははっきりと捉えられるようだった。


「ライム! これって……」


「これは『呼び声』ですのよ! 『呼び声』の力が零門様たちに干渉を……」


「あの人が戦闘に備えろって言ってたのはこれね……」


 どうやら私とアマオーはルインスさん関係の何かに巻き込まれてしまったみたいだ。今すぐにでも彼に聞きたいところだけど、今はそれすらも難しい。とりあえず両腕に短剣を展開し、ライムにサポートをお願いする。


「ライム、サポートお願い! ……ライム?」


 返事がない。慌ててライムの方を見ると、彼女はまるで何かに縛られたかのようにその動きを止め沈黙していた。その表情は虚ろで目には光が失われてしまっている。

 心配になって声をかけようとした瞬間、()()はゆっくりと口を開いた


縺ゅ≠縲(ああ、)豬キ縺ッ縺ェ繧薙→(海はなんと)鄒弱@縺阪°(美しきか)


「ライム!?」


縺ゅ≠縲(ああ、)遨コ縺ッ縺ェ繧薙→(空はなんと)鄒弱@縺阪°(美しきか)


 ライム(?)はまるで何かに乗っ取られたかのように言葉を紡ぐ。彼女の口から発せられた言葉は、まるで文字化けを強引に音声化したかのような聞き取り不可能な文言。だけどその意味は不思議と伝わってくる。脳に直接情報を送り込むフルダイブならではの演出だと気づいた時には……




CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING CALLING calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling calling ……



 ノイズが消え去り、徐々に五感が正常な状態に。ライムの目にも光が戻っていくのが見えた。


「ライム、大丈夫?」


「『呼び声』の力に乗っ取られてしまいましたのよ……」


「そんなことがあるんだ……とりあえず戻ったみたいでよかった……」


 隣にアマオー、向こうにルインスさん。周囲は広大な平原。私たちは元居た場所とは完全に違う場所へ転送されてしまったかのようだった。


「零門! よかったぁ……てっきりはぐれちゃったかと思ったぁ……ショートも変になっちゃうし……」


「今は大丈夫なんだぜ……」


 息を切らしながら駆けよってくるアマオー。どうやら、アマオーとショート君にも同じことが起こっていたみたいだ。


「怖かったぁ……バグったのかと思ったよぉ……いや、バグなのかな? バグじゃないよね!?」


「バグじゃない。仕様だ。いや、演出か」


 声の方へ振り向くと、ルインスさんがこっちに歩いてきているところだった。金髪碧眼のMENUにポカポカと頭を叩かれながらも彼は言葉を続ける。


「すまない。君たち二人を俺のクエストに巻き込んでしまった」


「……どうやらそうみたいですね」


 大方の予想はついていた。私たちが入った時に見えていたカウントダウン……あれはこのイベントのメンバー募集のタイムリミットだったんだろう。私とアマオーはうっかりその募集エリア内に入り込み、その瞬間にリミットが0になってしまったと……


「本来はIDを設定しとくべきところだったんだけどね……」


 ルインスさんは少し苦々しげな顔をしつつも、「すまない」と私たちに対し頭を下げた。


「まあ事故みたいなものですし……ちなみにこれから何が起こるんですか?」


「あー……レイドボスが出現する」


「レイドボス……ですか……」


「なにそれ面白そう……!」


「「え?」」


 片や乱入した側、片や巻き込んだ側。私とルインスさんが少し気まずい雰囲気に陥ってる中で、アマオーはこの状況すらも「楽しい」と認識しているようだった。


「なんかわからないけど、私たちもボスと戦えるんですよね!」


「うん……まあ、そうなるかな……」


「やった~!」


 迷惑だとか、しがらみだとか。そんなものは一切頭になく、目の前で起こっていることを全力で楽しむ親友の姿がそこにあった。そんな能天気さに少し呆れつつも、少し肩の力が抜けたのを実感する。


「全く……あの子は……」


「……凄い友達だね。巻き込まれた側なのにあんなに楽しんでる」


「あはは……そういう子なんです。おかげでいつも苦労させられてます」


「ほら! あれ! あれってなんですか?」


 アマオーが指さした先、そこには直径50mはありそうな巨大魔法陣が浮かび上がっていた。まるで水面に映したかのように不規則な揺れを生じさせるそれの中央に描かれているのは、菱形の体に二本の角のようなものと長い尾を生やしたモンスターの紋章。


「ああ、あそこから……」


 ルインスさんが口を開いた次の瞬間、魔法陣は漆黒の穴へと変貌し中から大量のモンスター達が溢れ出してきた。

 それらはまるで泳いでいるかのように空を舞い、一様に長く鋭い尾を生やした菱形の体を持っている。「エイ」だ。実物を見たことはないけど、海洋生物の図鑑や映像資料で何度もその姿は目にしてきた。


「群体系のボス……?」


「わからない。なにせ俺も初めて戦うタイプのボスだからね。だがパターン的に本体が出てくるはずだ」


 空飛ぶエイの魚群が絶え間なく溢れ出す中、真打登場とばかりに超巨大な個体が姿を現す。用意された穴では窮屈だったといわんばかりにそのヒレを目いっぱいに伸ばしたそれは、紋章に描かれてあったものと同じ二本の角のようなものを持っていた。なんかそんな形をしたエイも図鑑で見たっけ……? 確か名前は……


「マンタ……マンタだよ! 零門! 昔おばあちゃんが一緒に泳いだ時の動画見せてくれたの! 凄いよ……まさかこの世界で見られるなんて!」


 アマオーが興奮気味に叫ぶ。


「そうそう! それ! マンタ! 思い出した!」


 かつては地球の海でたくさん泳いでいたという世界最大のエイ。だが度重なる環境破壊と乱獲によって近年では絶滅の噂さえ囁かれるようになった悲運の種。

 巨大マンタは優雅に空を泳ぎ、他のエイ達はそれに追随するかのようについて回る。それはまるで映画のワンシーンのように雄大な風景。それはかつて存在したかもしれない大海原の風景。私とアマオーはそれに気圧され思わず息を呑む。


「そろそろ戦闘が始まる。二人とも俺の後ろに陣取っておいてくれ。タンクは俺が務める」


「「わ、わかりました!」」


「さあ、来るぞ……!」


 巨大マンタは周囲をぐるりと一周し終えると、遥か上空で私たちを見下ろすように静止した。目の前に表示されたウィンドウにはレイドボスの情報。そして再びMENU達の意識が「呼び声」に乗っ取られた。



蛯イ諷「縺ェ繝偵ヨ(傲慢なヒトよ)

諢壹°縺ェ繝偵ヨ(愚かなヒトよ)

謔イ縺励″繝偵ヨ(悲しきヒトよ)


「「「謌代′螢ー縺阪¢(我が声を聴け)謌代′蜷榊燕(我が名は)繝。繝「繝ェ繧「(メモリア:)繧ェ繝シ繧キ繝」繝ウ(オーシャン)繧ォ繧、繝(カイト)」」」




―――――――――――

[レイドボス出現!]


[メモリア:オーシャンカイト]

[推奨討伐レベル:300]

[推奨人数:20名]


参加プレイヤー(3名)

・ルインス

・零門

・アマオー

――――――――――




「ラ、ライムは一体何を言ってましたのよ……!?」

「何か乗っ取られてた気がするんだぜ!?」

「あ~~~もう! アタシこれほんと嫌い!」


 MENU達が自我を取り戻す。それはMENU達が再びプレイヤー達の元に戻ってきたことを示すと同時に、本格的な戦闘の開始を意味していた。


「数が多いな……囲まれるとまずいか?」


 ルインスは防御力アップのスキルや盾の当たり判定を大きくするスキル等、複数の防御スキルを発動し、背負っていた盾を前に構えた。そして後ろの二人に指示を飛ばす。


「巻き込まれる可能性があるから少し離れてくれ! 絶対に後ろには通させない!」


 彼が構えたのは龍の意匠と宝玉があしらわれた白銀の剣盾「來光剣(りょこうけん)サーヴィ・スエリア」。零門達は知る由もないがオルワコで実装された盾の中でも最強と謳われる逸品であり、そのステータスの高さもさることながら数多くの補助効果を持つ。その中には「ヘイト上昇:大」があり、これによりモンスター達はこの盾の持ち主を優先的に狙うようになる。仲間の攻撃を一手に引き受けることが役割であるタンクにとってそれがとても重要な効果であるのは言うまでもない!


 数百数千のエイの大群が我先にと襲い来る。数千の群れによる一斉攻撃。それは並大抵のプレイヤーはおろか、最前線に立つトッププレイヤーでさえも正面から巻き込まれればひとたまりもない程の威力を持った危険な攻撃だ。だが、ルインスはそれを正面から迎え撃つ。それは無謀のように見えて、無謀ではない。何故なら彼にはこの攻撃を真正面から受け止めるに足る実力を持つからである。




 そう、彼こそがオルワコ最強の―――




「なっ!?」※ルインス

「えっ!?」※アマオー

「あ……あああああああ!!!」※零門


 エイの大群はそのままルインスの横を素通りしていき、アマオーをガン無視して、零門の方へと殺到していく! モンスター達に仕組まれた本能というプログラムは察知していたのだ! 「ヘイト上昇:大」などという付け焼刃など意味をなさない、真っ先に排除すべき気持ち悪い()()()()()を!


 ルインスはこの緊急事態にも最大限最速で対応する。もう片方の手で剣を抜きエイ達を切り払いつつも、召喚盾の魔法を駆使して零門へと援護を飛ばす! が、召喚盾ではエイ達の物量攻撃を抑えきれない!


 アマオーも自分の真横を通るエイの大群に対し、果敢に魔法攻撃を仕掛ける! が、いかんせん数の多さと本人のステータスの低さにより、逆境を跳ね返すにはあまりにも無力!


 零門は……逃げる! 今のステータスのままでは応戦は無理だと判断し、即座に逃げの一手を選択! 機動力系のスキルをフルに行使し、時にはルインスの召喚した盾を足場にしつつエイの大群をなんとかやり過ごし続ける。だがレベル1相当のステータスではどうしても無理があった!


「ライム、封魔解放のデメリットが消えるまであと何秒?」


「たった今、解除されましたのよ!」


「えぇ~~~いっ! 焼き尽くせぇぇぇっ!!!」


 四方八方十六方から迫るエイ達に対し、零門はありったけのMPを消費して火属性魔法を放つ。

 零門の周囲を灼熱の火の玉が覆い尽くし、迫りくるエイを跡形もなく焼き滅ぼしていく。しかし彼女の最大火力をもってしても削れたのは数百程度。迫る数千の敵全てを焼き尽くすにはあまりにも程遠かった。


「ははは……こんなんじゃ足りないか……」

 

 前後左右上下360度全方位から数千のエイが迫りくる空中で零門はそう呟く。直後、あまりにもオーバーキルな物量が零門のHPを食らい尽くした。


「零門-----!」


 アマオーの叫びが異次元の平原に空しく木霊するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 圧倒的出オチ。レベルも足りないし仕方ないね
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