第弐拾壱話 鳴り響け 世界の呼び声 己が声 空を突きしは 大地の剣先
ファーステップから先に広がる広大な下り斜面。見渡せば先の景色を一望できるこの丘陵の中腹で、私たちは先の見えない一本の上り路を見上げていた。
「この坂を上がっていったらいいんだよね?」
「そ。この坂道を上がった先にあるのが『剣先の断崖』」
第二の街「ファーステップ」から次の行き先は二手に分かれている。
街を出て右に進めば鋼鉄の要塞都市「アルアイン」
街を出て左に進めば英知の魔法都市「エルマージ」
前者は物理系ジョブ、後者は魔法系ジョブのプレイヤーの指針となる街だ。
プレイヤー達はこのどちらかの道を選び進んでいくのがこのゲームの本道。そして本道があるなら当然寄り道も存在する。
その二つの下り道を隔てるように、中央からまっすぐ伸びた上り路。この上り路こそが私たちの目指す「剣先の断崖」へと続くルートなのだ。
「ねえ、零門。『剣先の断崖』ってどんな場所?」
「それは到着してからのお楽しみ」
「あはは、それもそうだね~」
二人で他愛のない会話をしつつ上り路を上がり始める。
正直なところ、私の内心はそれほど穏やかじゃない。なにせ見られた。右半分とはいえ青い肌も黒い目もだ。
「モンスターの返り血的なのがまだ残ってた」ってことで強引に誤魔化したけど……いや、誤魔化せてないよ。普通に怪しまれてるに決まってる。アマオーはのほほんとしてるけど人の機微には結構鋭いタイプだ。そして相手が触れてほしくない部分には極力触れないようにする気配りの心も持ってる。だからこそ……
「零門様、大丈夫ですのよ?」
「零門、なんか具合悪かったりする? だったら……」
「いや! 大丈夫! とりあえずさっさと上がっちゃおう! もう夜も遅いし!」
「零門っていつも寝るの早いもんね~。うん、さっさと上がっちゃお!」
時刻は22:30。普段ならもう横になってる時間……
――――――――――
その男は断崖で一人佇んでいた。夜闇に溶け込むような青髪を風に靡かせ、全身に纏うのは傷だらけレザーアーマー。そしてそれとは不釣り合いなくらいに煌びやかな白銀の盾を背負い、地面には黄金の剣を突き立てている。片手に持つのはいかにもな雰囲気を醸し出す古びた羅針盤。その針は一方向を指し示すことなくクルクルと回り続ける。
もう片方の手で操作するのはウィンドウ。そこに刻まれたプレイヤー達の名前の横には「オフライン」の表記と最終ログインの日時、そして数時間前に自身が送ったメッセージが表示されていた。
『〇〇さん、お久しぶりです! いきなりなんですけど久しぶりにオルワコをやってみませんか? 面白そうなクエストを見つけたんです! まだ他のプレイヤーとかにも発見されてません! 報酬とかには特に期待できないけど、難易度的に〇〇さんにぴったりだと思うんです! それに無理そうなら俺が全力でサポートしますから! いまなら復帰者応援キャンペーン使えば初月の料金が割安でプレイできるんでおすすめです。いきなりご連絡してすいませんでした。ルインスより』
「やっぱりいきなり誘っても来ないよな……」
そんな言葉がルインスの口からこぼれ出る。もともと分かっていたと自分に言い聞かせるようにつぶやく半面、その声音からは明らかに落胆の色が混じっていた。
「ルインス、チャットにお友達の返事が来たわよ」
「すぐに確認させてくれ」
―――――
◎ チャット ◎
ルインス ⇔ ああああ
ルインス:未発見のレイドボス見つけた。お前も一応誘っとく。他にはバラすなよ(17:55)
ああああ:まじか。行けたら行くわ(18:07)
ルインス:行けたら行くって行く気ないだろ(18:08)
~~中略~~
ああああ:ID覚えるのめんどいから募集の設定オープンにしといて(19:37)
ルインス:他のプレイヤー巻き込んだらどうするんだよ(19:38)
ああああ:剣先の断崖とか今更誰も来んしへーきへーき(19:55)
ルインス:わかったからちゃんと来いよ(19:56)
ルインス:何か連絡寄こせ(22:30)
ああああ:あ、すまん忘れてた(22:33)
ああああ:やっぱいけねえわ(22:34)
ルインス:は?(22:34)
ルインス:知ってた(22:35)
ああああ:(珍妙な生物が謝罪してるスタンプ)(22:36)
ルインス:(珍妙な生物が怒りに沸々と燃えているスタンプ)(22:36)
―――――
「……知ってたわ。アイツが他人との約束守れない奴だってことくらいな」
「ドンマイよ……ルインス」
「はぁ……これは一人で挑むことになりそうだな……」
ルインスの見上げた先、時計を模した魔法陣が明滅を繰り返す。180…179…178…
それはルインスがあらかじめセッティングした特殊イベントのカウントダウンである。
開始時刻は22:40……
――――――――――
「綺麗~! ほら見て! さっきの街! ここから見るとあんな感じなんだね~!」
「はしゃぎすぎて落っこちないようにしなよー!」
「わかってる~!」
断崖へと続く上り路。新調した杖を片手に携え、周囲の景色に夢中なアマオーを見て少し胸をなでおろす。
あの感じだと私の見た目のことはほとんど気にしてないのかもしれない。
「ほら、はやく頂上行こ!」
「はいはい」
登り始めてそろそろ10分は経とうとしている。途中何匹かの蝙蝠型モンスター達に襲われつつも、あと少しで頂上という所まで来ていた。
「ほら、零門! 手握って!」
「え? なんで?」
「いいからいいから!」
アマオーは強引に私の手を取り横に並ばせる。あと一歩で頂上の「剣先の断崖」につくという所でだ。
「一度こういうのやってみたかったんだ~! 手を繋いだ状態でジャンプして『到着~!』ってやつ!」
「いや、私たち何歳だと思って……あーもう! しかたないなぁ!」
「ほらやるよ! いっせーのーでっ!」
「「到着~!」」
ル「え?」
零「あっ……」
ア「……もしかして他のプレイヤーさんですか!?」
頂上に到着した私たちの目に飛び込んできたもの。それは雄大な眼下の景色でも星の輝く夜空でもなく、何かのカウントダウンを刻む魔法陣とその下で佇む謎のプレイヤーの姿だった。
「み、見られた……最悪……」
幸か不幸か、その出会いは私とアマオーの今後を……いや、もっと大きなことを言うとこのオルワコの運命をも大きく左右することになるのである。
ここから第一章クライマックスとなります。
読者の皆々様、よろしくお願いいたします。




