第拾肆話・裏 追いかけるのは 過去の想望
それは今からおよそ13年前の話。
新進気鋭のベンチャー企業、ニューエイジ社が動画サイトに投稿した告知動画。それは新作フルダイブ型VRゲームのトレーラー。
そのトレーラーの最後に開発スタッフたちは高らかに宣言した。
「私たちはこの仮想世界に現実と遜色ない『もう一つの世界』を作り上げることをここに宣言します!」
当時はフルダイブ型VRの黎明期。まだまだ一般流通には程遠く、使われていたのはせいぜい軍事か大富豪向けの医療サービスくらい。次世代の覇権を目論みチャレンジする大企業は数多くあったが、そのどれもが大失敗を繰り返す新天地。そんな中で1ベンチャー企業のニューエイジ社が「VRで現実と遜色ない『もう一つの世界』を!」と宣言したところで、誰がそれを大真面目に受け入れられようか? 案の定、世間はそれを法螺話だ与太話だと鼻で笑った。
そんなベンチャー企業の夢物語を世界で一番最初に信じたのは1人の少女だった。
その少女は動画のコメント欄に、広報のSNSに、そして企業に直接手紙で応援のメッセージを送った。その無邪気な言葉がスタッフ達にとってどれほど大きな救いと励みになったのだろう? それを知ろうにも当時を知るスタッフの多くはもうニューオーダー社には残っていない。
その後、ニューエイジ社は別展開(装着型複合情報デバイス)でのビジネスの成功や酔狂なパトロンの協力を経て、徐々に徐々に夢物語を現実へと変えていった。プロモーションを打つ度に、支持者や支援者は増えていき、いつしか例を見ない程の大プロジェクトへと成長を遂げていった。
そして今から8年前の7月28日。ついに「オルタナティブ・ワールド・コーリング」が正式サービスを開始し、世界は仮想現実への扉を開いたのだった。
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桂城苺花は自室のベッドで横たわる。その両手に広げているのは開発者のサインが入ったとあるゲームのポスター。それはまるで宝の地図のように色褪せボロボロであるが、それそのものが彼女の宝物であった。
「苺花~! ご飯だから降りてきなさ~い」
「は~い!」
自室を出て、階段を下りてリビングへ。テーブルにはできたてホカホカの夕飯が並ぶ。
「あ! ハンバーグ!?」
「そうよ~。今日は生成肉が安く売ってたからお母さん久しぶりに頑張っちゃった!」
「やった~!」
「お父さんももう少しで家に着くみたいだからそれまで待とうか」
「そうだねぇ~! あ、サラダの方手伝うね?」
「ただいま~」
「「おかえりなさ~い!」」
食事と家庭は温かさが一番……それが我が家のモットー。両親は少しだけ過保護なとこがあるけど、私はこの暖かな家族が大好きだ。
「ごちそうさま~! 食器洗っとくね」
「ありがとね~。あ、お風呂は最初に入っちゃってもいいわよ?」
「ほんとに!?」
「お父さんとお母さんはこの後ドラマ配信を見なきゃだからな」
「わかった! じゃあお先に失礼しますね~♪」
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ドライヤーの温風で髪を乾かしつつ、鏡を見る。能天気と言われがちな自分でも浮かれた顔をしてるのがわかってしまうほど。
「そうだ! お婆ちゃん達に報告報告~」
お仏壇の部屋に入り手を合わす。お仏壇にある遺影はおじいちゃんとおばあちゃん達4人。左から郷見お爺ちゃん、穂香お婆ちゃん、オリヴィエお爺ちゃん、明日香お婆ちゃん。
全員に手を合わせつつ、特に冒険家だった明日香お婆ちゃんには念入りに思いを伝える。
「見ててね……私の大冒険……!」
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ベッドの上で宝物のポスターを広げる。今までは手が届かない世界だったけど、今日初めて手が届いた。
サービス開始のずっと前。一番最初のトレーラームービーを偶然見かけた時からずっと私はこの世界の虜だった。コメント欄やSNS、果ては手紙(柚葉に教えてもらった)なんかも使って応援メッセージを送った。それくらいしか私にはできなかったけど、返事のお手紙が来た時なんか凄く嬉しかったのは今でも覚えてる。
私が今両手に広げているこのポスターは、オルワコのサービス開始日に開発会社の人たちから送られてきた物。なんとポスターの裏面には開発スタッフさん達直筆の寄せ書きまである世界に一枚だけの私の宝物だ。
まあ、両親にこれを見られちゃったせいで、自分のVRデバイス持つのを禁止させられたりしたんだけど……
「娘が知らない大人達と文通してる! なんて危ないの!」とお母さんがパニックになるし、お父さんはポスターをごみ箱に捨てようとする(というかした。後で私が奪還した)しで、人生初の親子喧嘩に発展した。あの夜のことは今でもあまり思い出したくないなぁ……
高校はバイト禁止だし、お小遣いやお年玉もずっと「貯金しろ貯金しろ! もし使うなら何に使ったのかをノートに記して提出しろ!」だったからこっそり買うのも無理。というか2回くらい実行したけどすぐバレて返品させられた。
私がVRデバイス所持必須の桜和大学を選んだ理由の一つもそれだ。大学から所持が義務付けられてる以上、流石の両親も私に対して許可を出さざるを得なかった。大学選びの際に一緒に両親を説得してくれた柚葉には凄く感謝してるし、一緒にオルワコをプレイできるっていうのが凄く嬉しい。
夕飯も食べ終わったし、お風呂も入った。大学の課題も出来る分は終わらせたし、明日からゴールデンウィーク!
「よし! 少し早いけど先にログインしちゃおう!」
ということで私は集合時間までこっそり練習することに決め、再びオルワコへとログインするのだった。