第拾肆話・表 果ての果て まだ私には 遠すぎて
仮想世界から切り離された意識は無光無音の挟間の世界を揺蕩う。仮想世界の身体感覚が徐々に薄れていき、現実世界の身体感覚へと置き換わってゆく。
まるで何かの引力に吸い寄せられるように、彼女の意識は現実世界へと引き戻され自室のベッドで目を覚ました。
「っあ゛~~~! 頭ガンガンする!」
フルダイブゲーム特有の現実酔いに頭を抱えつつ古城柚葉は現実世界へと帰還した。
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現実酔いが醒めたところで本日の夕食。冷蔵庫から栄養ゼリー(国家推奨)3パック、栄養ドリンク(国家推奨)1缶を取り出す
美食なんてVRでいくらでも味わえるんだから現実の食事なんてこれくらいでいいのだ。栄養バランスも良いし、太る心配も少ない。世の中にはこの風潮に異を唱える人もたくさんいるけど、私はこの文明発展の恩恵に全力で乗っからせてもらうスタンス。流石に食事を全て就寝時の点滴で済ませちゃうような人にまではなれないけど……
「あ、大家さんからもらったカレイがあったんだった……」
別の扉を開けると、そこには日付の書かれたタッパーが。期限は明後日まで。ならば明日の夕飯としていただくのもいいだろう。無駄にするつもりは微塵もないけど今日は時間が押してるのでご勘弁を……
「あ、お湯沸いた」
急いでゼリーとドリンクを飲み終え、本日用のセットを揃えて浴室へと向かう。半ばルーティーンじみたこの生活にもだいぶ慣れてきた。
脱いだ服は洗濯籠へ。浴室に入った直後、鏡に映った一糸纏わぬ姿の自分を見てふと動きが止まった。
「……」
顔に若干面影があるけど、身体はあんなちんちくりんじゃない。タトゥーもない。常に食事に気を遣い、運動も欠かさなかった。日々の弛まぬ努力の積み重ねで得た完璧なプロポーションがそこにある!
「フフフ……そうよ……これが私! あれはあくまでアバターなんだから……!」
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髪を乾かしつつ、複数の攻略サイトを巡ってオルワコについての情報を収集する。ゲーム内だけでなくゲーム外からもある程度情報を把握しておくことも大切だからだ。
何せ私はゲージ技の実装すらも把握していなかった。ある意味アマオー以上にこのゲームの情報に疎い。だからこそ情報を得なければなんだけど……
「あ~~~ダメ。どのサイトも情報が当てにならない……」
どのサイトも更新が止まってるか、荒らされてるものばかり。当てになりそうなものはほとんどない。「アナタだけに教えます! 月1万でアナタも仮想世界の人気者に! 今スグコチラへアクセス!!!」……? 論外!
とりあえず公式サイトへ。攻略情報には期待できないが情報の正確さならここが一番だろう。一番じゃないと困る。
「超大型アップデート?」
ついでに公式SNSを見てみると、つい先ほど公開された情報のようだ。ひとまず詳細ページへとアクセスを試みる。
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5月13日よりいよいよ待望の超大型アップデート
「オルタナティブ・ワールド・コーリングVer15.0/『世界の外側』」
が実装されます!
今回の目玉は第1ステージ「もう一つの世界」や第2ステージ「また一つの世界」に続く第3ステージ「外側の世界」の実装です。
今までメインシナリオや一部サブシナリオで存在が示されていた「外側の世界」。外界の神々が住まうこの場所についに私たちプレイヤーも進出します!
この門出を記念して、「アップデート直前ブーストキャンペーン」を現在開催中のゴールデンウィークキャンペーンと並行して行います。
・新ステージ「外側の世界」実装!
・新シナリオ開放!
・新フィールド多数実装!
・新モンスター多数実装!
・新種族「ビジター」他実装!
・新規ジョブ実装!
・新規スキル実装!
・新規魔法実装!
・ギルドシステムに新機能実装!
・クランハウス・マイルームがさらに便利に!
・新たなる決闘システ……
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ここで私は一旦ページを読むのを止めた。
「いやいや、『第3ステージ』って何? 『外側の世界』って何? そもそも私『第2ステージ』とか『また一つ世界』すら知らないんだけど……!」
知らない固有名詞と登場人物ばかりが並ぶシナリオ概要、比較対象に出されてるもの自体が分からないフィールドギミックの説明、繰り出してくる魔法やスキルが名前だけで表記されてるせいで結局何してくるのか分からないモンスターの紹介、「皆さんお馴染みのビジターについに転化可能に!」って言われても私にはお馴染みの欠片もないって!
どの情報も「今までオルワコを追い続けた君たちならわざわざ説明しなくても分かるよね」と言わんばかりに説明がなされてない。このお知らせを読んでる人が「知ってる前提」での記載ばかりだ。いや、仕方ないけど……!
ここが復帰者の辛い所、まるで浦島太郎にでもなった気分。
「ま、まあ!? 言ってしまえばエンドコンテンツの追加でしょ? 私みたいな復帰者とかアマオーみたいな初心者にはまだまだ遠い話だしそう焦ることもないって……!」
とりあえず自分自身にそう言い聞かせる。そう、これは私にとってほとんど関係のない話なのだ。
結局有力な情報を得られないと判断した私は、半ば投げやりに再びログインを敢行するのだった。