第拾参話・上 夢覚めて 夢に起きては 夢の中
フルダイブ系VRゲーム。それは「仮想現実」というもう一つの現実を生きるゲーム。そんなゲームにおいてゲームオーバーとは―――
疑似的な死を意味する。
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大学から戻り、真櫻荘の2階にある自分の部屋へと足を進める。階段を上り切って通路に出るとそこには見覚えのある人影。
「あら、柚葉ちゃん!ちょうどよかったわ」
その人は真櫻荘の大家さん、真櫻燈さんその人である。半ば家出に近い形で実家を飛び出した私は、とある大恩人の伝でこの真櫻荘に家賃0円で住まわせてもらっている。当然、私はその大恩人にも大家さんにも頭が上がらない。
「大家さん。こんにちは。いつもありがとうございます」
「いいのよいいのよ。あの凛子さんの頼みですもの。それに私はあなたみたいな子のために大家やってるようなもんなんだからね」
大家さんはニッコリ笑うと、私にタッパーを手渡した。
「えっと……これは?」
「ちょうどいいものを頂いたからここの皆におすそ分けしてるのよ」
私に手渡されたタッパーに思いのほかずしりと重い。
「なんだと思う?」
「え、え~っと……わからないです。そんなに食べ物詳しくないんで……」
「カレイよ。カ・レ・イ・!しかも養殖物、この間まで水槽の中を生きて動いてた本物よ!今どきこんなのなかなか手に入らないんだから。煮付けにしたから食べてね」
「わ、わぁ……スゴイデスネ、ありがとうございます」
ご厚意はとてもありがたい。実際この人はいい人だ。だけどこのおすそ分けは……カロリーが……
「柚葉ちゃん、あなたはちゃんとご飯を食べないとだめよ。じゃなきゃせっかくの美人が台無しになっちゃうんだから……」
私の心を見透かしたかのように大家さんはそう付け加える。いや、でもその美人を維持するために私は日々カロリーと栄養のバランスを考えた食生活を……
当然文句なんか言えるはずもなく、というかそもそも文句なんて一つもないし、ありがたさと申し訳なさでお腹いっぱいなんだけど……
カロリーがぁ……
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走馬灯。
それは死の危機に瀕した脳が見せる刹那の夢。VRにおける疑似的な死でもそれを見る人間はごくまれに存在する。
「ひら……メぅッ!」
夢の終わりとフルスロットルボアの無慈悲なジャンピングプレスが零門を押し潰すのはほぼ同時だった。
都合により分割……