第七回
それから料理が運ばれてきて、僕たちは相変わらず会話のないまま、淡々と食事を口に運んだ。ニケには安いキャットフードがあてがわれた。
段々と沈黙が重たくなってきて、僕はそれに耐えきれなくなった。
「でもさ、今から行くカラオケって、本当にアヒルとカモが襲って来るの?」
同じ話の蒸し返しだということは自分でもよく分かっていたのだけれど、元々人と話すのが得意でない僕にはこのくらいしか話題が思いつかなかったんだ。
君は何か考える風に小首を傾げた。でも本当は特に何かを考えているわけではなく、ただの癖だったんだね。最もそれが分かったのは、もっと後のことだったけど。
「え、信じてくれてなかったの?」
僕は小さく頷いた。
「本当だって。私がウソついたことある?」
今度は心の中で頷いた。僕の脳裏にはさっきのことが鮮やかに浮かんだ。とは言っても、そんなこと、とても口には出せないんだけれどね。だから、
「そうだね。信じるよ」
「とか言って、ホントはまだ疑ってるでしょ」
「……」
「ほぉら、やっぱり。口には出さなくても顔には出てるよ」
君はこのときも悪戯な笑みを浮かべていたね。僕は図星をさされて、内心の狼狽は言葉では言い尽くせないものだった。
「明智君は分かりやすいものね。そこが好きなところなんだけど」
どこまで本気だったのか、君は相変わらずさっきのままの笑みを浮かべていた。でも、疑いながらも、やっぱり僕は頬が火照っているのが自分でも分かった。
ガチャン!
突然の激しい物音で僕は現実に引き戻された。君はさっきとは打って変わり青白い顔をしていた。カルボナーラが床に落ちてしまったのだった。ニケが皿を前足でいじくりまわしている。
破砕音を聞きつけたウェイトレスさんがやってきた。
「いかがしました?」
彼女の声は何となく機械的だったね。
「お皿を落してしまったんですけど」
「少々お待ち下さい」と言って、彼女はいったん立ち去った。そして掃除道具を台車に乗せてやってきた。
彼女は黙々と君の足許で無残な姿に砕け散った皿の破片を集めていたね。
「代わり、お持ちしますね」
でも君は僕の目を見てなぜか首を横に振ったね。いらないという合図だった。
「あ、いいです。大丈夫です」
ウェイトレスさんは僕の返事を聞くと、そうですか、と掃除道具と共に往路を几帳面になぞって引き返した。