第五回
翌朝、僕はいつもより一時間ほど早く目を覚ました。二度寝常習犯の僕が、その日ばかりは既に頭が冴えて仕方がなかったんだ。当然、なぜか分かるよね。
君と一緒に昼食を食べて、カラオケに行って……。そうやって考えるだけで僕は甘酸っぱくも苦しい感覚に襲われた。恍惚とした気分のままベッドで腰を下ろしていると仔猫がやってきた。それで僕の膝に飛び乗ったんだ。
と、また仔猫って呼んでしまったね。せっかく君が名前をつけてくれたのに、名前で呼んであげないとニケが可哀想だったね。
「もう、この子の名前はニケ。ちゃんと名前で呼んであげなきゃ可哀想じゃない」
うっかり僕がニケのことを仔猫と呼んでしまうたび、君は口を尖らせていたね。その日曜日も、何となくそんなことを思い出したんだ。今となってはそれも一つの思い出。
ニケは僕の膝の上で喉を鳴らしていた。その甘えたような声。僕はその声を聞くとなぜか決まって胸が締め付けられるような感覚に陥っていたのだった。
「よしよし、腹減ったのか?」
ニケは嬉しそうにニャーと鳴く。まるでそうだと言っている風な様子だった。
「今日はお前留守番な」
いつもならおとなしく言うことを聞く筈のニケが、その日ばかりは言うことを聞いてくれなかったんだ。なぜだろう、僕は首をかしげて懸命に考えた。もしかしたら君が何か言っていたかもしれなかったから。
考えに考えて、たどり着いた結論は、やはり君の言葉だった。当然といえば当然だよね、ニケが言うことを聞くのは君か僕の言葉だけだものね。
前日、君はこう言っていたのだった。
「ねぇ、明日ニケも連れて行こう?」
何度か会っているうちに、君の無邪気というか天真爛漫というか非常識というか、そのような面に気づかされ、驚かされていた僕だけど、そのときもやはり驚いたんだ。というより、呆れたとしたほうが適切かもしれない。だって、カラオケに猫同伴なんて、聞いたことなかったのだもの。
「ほら、そこのカラオケって、すごく凶暴なアヒルとカモがいてて、二羽でそろって襲ってくるから、そのボディーガードにって思ったんだけど。……ダメ?」
「いやぁ、ダメも何も、そもそも、それって本当?」
「本当よぅ、ニケは歌えないんだからボディーガードにしかなれないわよ」
「じゃなくて、アヒルとカモの話」
「あぁ、何だそっちね。本当よ」
「見たの?」
すると君は首を激しく振ったね。けれどもすごく確信ありそうに、人から聞いたと言ったよね。僕は半信半疑だったけれど、結局君の意見には逆らえなかった。たぶん僕の側から君が消えてしまうのが怖かったのだろうと思う。