第二回
それを見た君の表情がみるみるホコロんでいった。
「かわいい」
僕はそう言う君の横顔を見て心の中で同じことを言っていたんだ。
君もかわいい。
僕はストーカーかな? それとも何か妄想家的な人間? ときどき自分のことが自分でよく分からなくなるんだ。君なら僕の気持ち、理解してくれるよね。だって君は……、いや、これ以上言うのはやめておこう。お互いにとって何の益にもならないことだから。
それはそうと君は膝にすり寄ってくる仔猫の背中や頭、いたるところへ手を伸ばして撫で続けていたね。君は本当に猫が好きだったんだね。
僕は意を決した。でも、口をついて出た言葉は君に話しかけるものというより、むしろ一人言に近いものだった。
「捨て猫、かなぁ」
「どうして?」
君は初めて僕のことに注意を向けてくれたね。僕は舞い上がるような気持ちになった。自然、声も上ずっていたと思う。できるだけ冷静に見せようとしていたんだけど。
「だって、ほら。首輪がついてないから」
「本当だ」
君のことを見ていると、人は見かけによらないということがしみじみと改めて感じられるんだ。だって君ほど表面的にはツンとしていて、でも実はとても無邪気っていうそんな人、他には知らないもの。
「目がいいのね」
「えっ?」
「だって、そんな細かい事に気がつくんだもん」
予想もしていなかった言葉が君の口からこぼれ落ちて、僕は正直戸惑ったんだ。あのときから君は人の意表に出るような話し方が多かったね。あれは褒めていたのだろうか、それとも呆れていたのだろうか、いまだに僕には分からない。
それはそうと、とりあえず僕は曖昧に笑っておくことしかできなかった。すると君も何となく笑顔になってくれたね。求めていた空気が予期せぬ形ではあっても生まれてきてくれて、僕は嬉しかったんだ。これで普通に話せると思った。
「さっきはごめんね。睨みつけたりして……。わたし、どうしても読書の邪魔をされると耐えられない性質なの」
「いや、いいよ。全然気にしてないから。それより僕の方こそごめん、急に鼻歌を歌い出したりして」
本当は結構気にしていたのだけどね。でも、そんなこと死んでも口に出来なかったんだ。君と仲良くなれるせっかくのチャンスだったから。もう二度と巡ってこないかもしれない、正真正銘の千載一遇の好機に思えたから。表面では冷静な男を演じていたけれど、内心は気が気ではなかった。
「でも、本当にかわいいわね」
「いや、うん」と言って、僕の頬は火照ったのだけど君は笑って打ち消したね。
「嫌だ、この人、自分のことだと思ってる。君のことじゃなくて仔猫のこと」
僕はますます顔が赤くなるのが分かったんだ。ただただ恥ずかしくて、何とか話題を他に転じたいと思って、僕は突拍子もないことを口走っていた。
「二人で仔猫の世話をしよう」