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前世の私は幸せでした  作者: 米粉
1章
7/63

7 嘘を探る彼

 

「以上で問診は終了となります。お疲れ様でした」


 善子とグレース。二人分のプロフィールカードを全て書き終え、ブラムが懐中時計を確認すると、部屋を訪れてから優に一時間以上が経過していた。

 プロフィールカードを一部分しか埋めることができない患者ならば、そもそも質問をする量も減ってしまうので数分で終わってしまう事もある。だが、グレースの症状から察するに、いつもの問診より時間が掛かるかもしれないと考えていたブラムの予想は、見事に当たったようだ。


「大分、時間を取らせてしまいましたね。体調は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫ですけど、むしろ先生の方が大変だったんじゃ……。手、お疲れじゃないですか?」

「手、ですか? 特に何ともありませんよ」


 グレースが伺う様に視線を落とした先にあるのは、善子のプロフィールカード。問診の間中、休む事なくペンを走らせていたブラムの手によって、枠外にまでびっしりと文字が書き綴られていた。

 予め記入していた内容にフリガナを記入するだけではなく、何気ない質問に対するグレースの答えまでも、ブラムはしっかりと用紙に記入していたのだ。


(肉じゃがの作り方までメモし始めた時は驚いたけど)


 ふっとした事から善子が好きな料理の話になり、その調理法までも用紙の裏に記入し始めた時には、そこまでメモを取る必要はあるのだろうかと疑問に思ったが、今のブラムのきょとんっとした表情を見る限り、どうやらいつも通りの仕事ぶりらしい。


「何か質問はありますか?無ければ今日の所はこれで失礼しますが」


 用紙を整えてバインダーに挟み直しながら、ブラムは言った。

 そう問われて直ぐに質問を思いつけるほど、グレースはまだ現状を理解し切れていない。転移症の事、今後の事、他にも聞いておいた方が良い事は山ほどある筈だが、何が分からないのかすら分からないのだ。

 後々になって聞いておけば良かったと思い返すパターンだろうが、これから暫く病院の世話になる事を考えれば焦る事もない。今は大丈夫だと伝えようとしたグレースだが、自身の左側を見て思い留まった。


「あ、じゃあ、ひとつだけ宜しいですか?」

「何でしょう?」

「これの意味を知りたくて」


 そう言ってグレースが指し示したのは、自身の左腕に巻き付いたフィグの二本の尻尾。

 グレースにぴったりと寄り添っていたフィグが、ピンっと三角の耳を立てて素早く反応を見せた。問診の間中、瞼を閉じてグレースにぴったりと寄り添っていたので眠っているのかと思ったが、どうやら起きていたらしい。


「最初にフィグにも協力して貰うって仰っていたので。何か意味があるんですか?」

「それは……」

「ぶあっ」


 言葉の続きを遮る様にひと鳴きすると、グレースに気付かれないように背を向けて、威嚇するかのような目つきでフィグはブラムを睨みつけた。「言うな」とでも言いたげなその視線に戸惑う様子もなく、ブラムは苦笑する。


「実は、特に意味はないんです」

「へ?」

「癒し効果のようなものと言いますか。猫がお好きのようでしたので、フィグが居たらリラックスして問診に応えて頂けるかと思ったんです。すみません、協力だなんて紛らわしい言い回しをしてしまって」


 申し訳なさそうに頭を下げるブラムに、グレースはかぶりを振った。


「謝らないでください先生。勝手に何かあるのかもって勘違いしたのは私の方ですし、それにフィグにはとっても癒されてますし……!?」


 途端、左腕から尻尾が離れたかと思うと、フィグが喉を鳴らして自身の頭をグレースの手に擦りつけてくる。撫でろと言わんばかりのフィグの不意打ちの可愛さに、嗚咽が漏れそうになるのを堪えながら、グレースはフィグの頭を優しく撫でた。先程の険を含んだ目つきはどこへ消えたのか、満足げにフィグは目を細めている。


(あの、フィグが……。こんな事もあるんですね)


 今まで、フィグが他人に愛想を振りまく所をブラムは何度も見てきた。だがそれは、例えば食事を貰う為だったり、自身の目的の為に取っている行為であって、決して親愛を表現しているわけでは無い事もブラムは知っている。そのフィグが、彼女にだけは違う表情をみせている事がブラムには驚きでもあり、嬉しくもあった。


「オルストン嬢。他に質問はありませんか?」

「あ、はいっ!大丈夫です……!!」


 フィグの仕草に緩み切った表情を急いで引き締めて、ブラムに向き直るグレースを微笑ましく感じながら、ブラムは椅子から立ち上がった。


「何かあったらいつでも呼んでくださいね。さて、仲の良い二人を引き離すのも心苦しいですが、そろそろお暇しますよ、フィグ」


 渋々ながらベッドから降りたフィグを促して、ブラムとフィグは病室を後にした。



 ***



 グレースの病室から出て、ブラムとフィグは人通りの少ない廊下を歩いていた。フィグは猫から人間の姿に変化していたが、その姿は幼い少年ではなく、白衣姿の青年だ。


「なんで俺が餓鬼の相手なんか……。他の医者に任せれば良いだろうが。俺は部屋に戻って寝たい」

「今日は急病が出て人手が足らないんです。猫の姿のままで子供たちの相手をしてくれても、私は一向に構いませんけど」

「それで耳と尻尾が千切れでもしたらどうしてくれる」

「縫い合わせましょう」


 にっこりと笑顔で返されて、ブラムには口で勝てない事をフィグは改めて思い知る。

 向かう先は入院中の子供たちがいる病室だ。本来なら別の看護師が付き添う所を、担当者の体調不良でフィグが仕方なく付き添う事になったのだ。

 グレースの守護の件もあり、フィグはブラムに強く出ることができない。感情に任せて馬鹿な事をしてしまったと、フィグは改めて後悔する。


「それで、どうでした?オルストン嬢の問診結果は」

「何も。嘘偽りない。質問の答えは全て真実だった」

「そうですか。嫌な仕事をさせましたね」

「別に。いつも通りだろ。患者の言葉が嘘かどうか見抜くのが俺の仕事だ」

「でも、さっき凄い剣幕で睨みつけてきたじゃないですか」

「それは」

「分かってますよ。嘘を吐いていないか調べるのが心苦しい事ぐらい。まして、それが好意を寄せる相手なら尚の事、知られたくないと思う気持ちも充分理解できます」


 グレースに教えた癒し効果というのも嘘ではない。だが、本来のフィグの役割は問診の間中、患者に触れることで相手が嘘を吐いていないか見抜く事だ。

 プロフィールカードに医者がフリガナを記入するのも、言語の資料収集や患者に前世を受け入れて貰う為ではあるのだが、内容に嘘が無いかの確認を患者に気取られず、スムーズに行う為でもあった。


「患者さんの言葉を信じたいのは山々ですが、全ての言葉が真実とは限らない。嘘を吐いて転移症と診断される事で、多額の補助金を得ようとする人も中には居ます」


 エトラディオ王国では記憶転移症を発症した際、場合によっては補助金が支給される。

 前世の記憶を生かして商売を始めたい場合や、転移症により心身に傷を抱え日常生活が難しくなった場合など、国は転移症者に対して様々な制度を用意している。その要になるのが、医師の診断なのだ。


「そういう奴等の所為で、あいつみたいな嘘一つ無い人間まで疑われるのは腹が立つ」


 あいつというのはグレースの事を指しているのだろう。腕を組みながら、フィグは不機嫌そうな表情をあらわにする。


「気持ちは分かりますが、嘘を吐く側にも理由があるものなんですよ?」

「知らん。そんなもの」


 フンッと一蹴に付すフィグに、ブラムは困ったように肩を竦めた。


「で?今日は餓鬼の相手が済んだら終わりでいいのか?」

「フィグは終わりで良いですよ。私は、"彼"の様子を見に行きます」

「彼ってまさか」

「特別室の彼です」


 笑顔を崩さないブラムとは対照的に、フィグの眉間の皺が一気に深くなる。瞬間的に言葉を発しようとしたフィグだったが、寸でのところで思い止まり、開いた口から言葉の代わりに諦めの溜め息を吐き出した。


「……俺も行く」

「良いんですか?」

「その代わり、夕飯の量倍にしろよ。今日は多分、力尽きる」

「勿論。有難うございます」


 グレースへの問診と人間への変化。加えて、今から会う子供達に特別室の彼の相手をする事も加味しているのだろう。

 フィグの溜め息に多少の申し訳なさを感じつつ、辿り着いた子供達の病室の扉にブラムは静かに手を掛けた。




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