66 姉弟の目に見えたもの
「今頃、二人はどうしてるかしらね」
「決まってるじゃない。周囲の視線を集めに集め、注目の的! 会場は二人の噂で持ちきりよ!」
「いいなー。私も一度は参加してみたい。舞踏会」
「確かに、憧れるよな。うまい料理も出るだろうし」
「ほほっ、色気より食い気じゃのう」
「我々、庶民には全てが夢のまた夢。せめて、舞台の上で踊れるよう団長に願ってみては?」
「それじゃあ、いつもの面子と踊るだけじゃない。つまんなーい!」
「はいはい、あんた達! 口じゃなくて手を動かす! 片付け全然進んでないじゃないの!」
「リズ姉だって、気になってるくせにー」
「「「「くせにー」」」」
「あんまり五月蠅いとその口縫うわよ! あんた達!!」
グレース達を送り出し、部屋の片づけをする団員達の会話にくすくすっと笑いながら、リヴェルは換気のために部屋の窓を開けた。
外から吹き込む夜風が優しく頬を撫でていく。
窓の外に広がる夜の闇の中に点在する街灯や家々の灯り。リズィーの部屋から見える夜の景色は、オルストン邸とは違った姿を見せていた。
「母様、受け取ってくれたかな」
その中でひときわ明るく、存在感を放つ王城をみてリヴェルは小さく呟いた。
オルストン邸に迎え入れられ、初めてグラバーアップルの農園を訪れた際、両親にも自分が選んだものを食べて欲しいと思った。
リヴェルが選んだグラバーアップルを届けて貰えないかと、無理を承知で願った我儘。
その願いを受け入れてくれたのはアーティだった。
名前を告げずに届けることになると思うけれど、それでも良いかと。
それでも良いと頷くと、グレース達に相談してくれた。
ただ届けるだけじゃつまらないと言い出したライラに続き、一言添えようと提案したバート。
マウロがリヴェルでも出来そうな簡単な刺繍の模様を考えて、メイリーが刺繍のやり方を教えてくれた。
そして、リヴェルの髪色と同じ鉛色の生地に、瞳と同じ色の金色の刺繍糸を用意してくれたのはグレースだった。
『お前からだって、気付かないかもしれないぞ』
自身の内から聞こえてきたサーリーの声に、リヴェルは「そうだね」と、呟く。
グレース達と過ごすうちに、どうしようもない孤独に駆られ、泣き喚きたくなるような衝動は少しずつ薄れていった。そんな中で「母様はどうしているだろうか」と、疑問が頭を過るようになった。
(兄様はあまり母様をよく思ってないみたいだし、父様は眠ったまま……。ジルは近くにいるだろうけど、家族とはちがうから)
リヴェルが記憶転移症を発症してから、リディアの笑顔はぎこちなくなり、遂には目が合うことがなくなった。
すべて、転移症を発症した自分が悪い。
ずっとそう思っていた。
今思えば、笑顔を向けられていないのはリヴェルだけではなかった。
仕事の話をしている時も、民の前に立つ時も、誰に対しても。
笑っていても笑っていない。
転移症を発症して以来、心から笑うリディアをリヴェルはもう随分と前から目にしていなかった。
「気づかれなくてもいいんだ」
寂しさが無くなったわけではないし、どうして急に突き放されたのか。疑問に思う気持ちはまだある。
けれど、幸せそうに笑いかけてくれていた母の姿を思い出して願わずにはいられない。
「幸せでいて欲しいって、伝わればいいから」
気づいても、気づかれなくても、どうかこの想いが伝わりますように──。
***
リディアとの謁見を済ませたグレースとアーティは、ドリンクのことを聞きたがる貴族達を笑顔で躱し、庭園が見えるテラスへと逃げてきていた。
「どう思う?」
グレースからの唐突な問いかけにアーティがグレースの方を向くと、グレースの視線はアーティを向いておらず、王宮の庭園に向けられていた。
ライトアップされた庭園は美しく、普段なら目を輝かせて賛辞を口にしているだろうに、今のグレースの口からは美しいのうの字も出てこない。
人前で振舞う伯爵家の令嬢としてではなく、素に戻ったグレースの瞳はどこか遠くを見続けていた。
(当然、王妃様のことだろうけど)
グレースが聞きたいことを理解したアーティは、思ったことを素直に口にした。
「悪い人にも、悪い母親にも見えなかった」
「そうよね……」
たった数分のやりとりで相手の本質が見抜けるような力はないが、抱いていたリディアのイメージとは随分と違った姿に、グレースは多少なりと困惑していた。
そんなグレースの戸惑いを察したのだろう。
アーティは「限りなく低いと思うけど」と、前置きをして続けた。
「良い人のふりをしてる可能性もあるんじゃないか?」
多くの国民の前に立つ王妃が、好感を下げるような振る舞いをあの場で見せるはずがない。
善人を演じるとまではいかないものの、優しい王妃のふりをする程度ならば簡単だろう。
「あり得るかもしれないけれど、最後に陛下が見せた表情はとてもそうは見えなかったわ」
「じゃあ、贈り主に気付いていないだけとか」
「気付いていないと思う?」
「思わない。し、あれがふりだとも思えない」
首を横に振るアーティに「そうよねぇ……」と、グレースはますます深く息を吐いた。
リヴェルからの贈り物であると意味を持たせる為に、あえてリヴェルの髪と瞳の色に似せたリボンを用意した。
母であるリディアに、少しでも気付いて欲しい。
その思いと同時に、リディアの反応を見る狙いも含まれていた。
けれど、リディアが気付いた場合、オルストン家がリヴェルとアーヴェントと関りを持っていることを疑われてしまう。それでも大丈夫かと、バートとライラに相談した時のことだ。
「あの方ならきっと気付くだろうね。何も思わないほど息子に対して無関心ではないはずだよ。けれど、疑われても証拠はないわけだし、二人の事は知らぬ存ぜぬで通せば良いさ」
「むしろ、その後の出方を見るのが大切よ。どう反応してくるかによって、こちらの敵か味方か分かるわ」
「その通りだけど、言い方が物騒だよ。ライラさん」
箱を開けた瞬間のリディアの反応を見過ごさないように。
ライラの忠告通り、グレースとアーティはリディアを注視していたが、確かに気付いていた。
(リヴェル君のこと、結局何も聞かれなかった。これから聞かれる可能性もあるかもしれないし、気を引き締めておかないと……)
グレースの脳裏に、リディアの最後の言葉が浮かぶ。
気付いていながら「幸せを願っている」と、リディアは言った。
紛れもなく、母から子に向けた言葉を──。
「ねぇ、アーティ」
「ん?」
「リィル君は、愛されているわよね」
庭園に向けられていた視線は、確信を持ってアーティに向けられた。
「少なくとも、嫌いな人間の幸せを願うような顔じゃなかったよ」
確信を後押しするようにアーティが頷いて微笑むと、グレースも安堵の表情を浮かべた。
その時だった。
コンコンっと、ガラスを軽く叩く音が響く。
音のした方向へ二人が視線を向けると、テラスの出入り口であるガラスの扉が静かに開かれた。
「失礼致します、オルストン様。我が主がお二人と話がしたいそうでして、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
一目見て王宮に従事する人間だと分かる執事服は、他の給仕達とは違う。
側仕えであるジルと同じ仕立ての執事服に、淡緑色の髪色と暗い桃色の瞳。お互い顔を合わせたことはあるものの初めましての顔をして、サイラスは恭しく一礼した。
そんなサイラスが主という人物はただ一人。断る気は当然ないが、断れるわけもない。
「私共でよければ喜んで」
グレースが答えると「有難うございます」と、サイラスは微笑んで、後方を振り向いた。
人垣の中、こちらの返答を待っていたのであろうアーヴェントは、多くの視線を物ともせず、涼しい顔でテラスに一歩足を踏み入れた。
「姉弟の時間を邪魔して申し訳ない。お二人の会話に混ぜて頂きたいのですが」
「勿論です。ここではなんですし、中に──」
「いや、ここで結構。サイラス」
「了解いたしました」
サイラスは「殿下を宜しくお願いします」とでも言いたげに、グレースに目配せをすると軽く頭を下げ、ホールへと戻っていった。
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遅筆ではありますが、来年も仕事に負けずに進めていきたいと思いますので、気が向いたときにでも読んでいただけましたら幸いです。
ここまで読んで頂いた皆様にとって、来年が良き年でありますように。




