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前世の私は幸せでした  作者: 米粉
2章
65/68

64 オルストン家の根回し

 



「グレース様、アーティ様。助けて頂き、有難うございました」


 マインは二人に向けて、深々と頭を下げた。


「礼なら姉さんに。俺は何もしていないので」


 綺麗な直角九十度のお辞儀をするマインと、グレースを指し示して一歩身を引くアーティ。

 二人の行動に、グレースは思わず面を食らう。人助けをしたつもりも、頭を下げられるほどのことをしたつもりもない。


「私は間に割って入っただけで、助けただなんて恐れ多いわ」

「いいえ! グレース様が止めてくださらなければ、今頃どうなっていたか……。グレース様は、私とパドナ家を確かに救ってくださいました」


 そのままの姿勢で頭を横に降り、断言するパドナにグレースは困惑する。


「本当に、深々と頭を下げられるほどのことをしたつもりはないの。だから、お願い。頭をあげてくださいな」


 グレースの言葉に応えるように、マインがゆっくりと頭をあげる。

 迷惑をかけてしまった申し訳なさと感謝が入り交じり、険しい表情を浮かべるマインにグレースは優しく微笑んだ。


「レスティア嬢の振る舞いが以前と変わらず目に余ったものだから、つい口を挟んでしまっただけなの。だから、あまり気にしないで」


 そう言って肩に軽く手を置くと、マインの顔から少し力が抜ける。

 そして、何かに気づいたのか、おずおずと口を開いた。


「グレース様は、シャルロット様とお知り合いだったのですか?」


 グレースの「以前」という言葉に疑問を覚えたのだろう。

 グレースに対して「初めまして」と、シャルロットは挨拶していたのだがら、疑問に思うのは当然だ。


「以前同じ病院に入院していただけで、知り合いというほど親しくはないの。隣室だったけれど名前も明かしていないし、気付かれなくても無理はないわ」


 記憶転移症で入院していた際、隣室に入院していたのがシャルロットだった。

 従者を連れて入院生活を送るのが貴族にとっての普通なのだが、従者の居ないグレースを「従者も付けて貰えない可哀想な下位貴族の令嬢」と判断したようで、会話どころか擦れ違う際に鼻で笑われることもあった。


(長い入院生活にマウロとメイリーを付き合わせたくなかったし、笑われても別になんとも思わなかったけれど、他の人達に対する態度は見ていられなかったわね……)


 シャルロットは爵位を笠に着た振る舞いをし、平民の患者や看護師達を下にみていた。

 そんなシャルロットに看護師達は辟易していたし、グレースも食堂でウェスタ達に我儘をいう姿や、平民の患者に悍ましいものを見るかのような視線を向けていたのを覚えている。

 それでいて、神子であるブラムには擦り寄るような甘えた態度をとっていた姿をみかけた時に「あぁ、彼女はこういう人間なのだ」と、理解した。


「入院中も爵位を盾に傲慢な振る舞いをして、看護師さん達を困らせていたわ。その時のことを色々思い出して、気づいたら飛び出してしまっていたの」

「俺の静止も聞かずに」

「うっ……それは悪かったと思ってるわ」


 病院ではブラムや看護師達から注意を受けていたシャルロットだが、ここでは誰も彼女を窘めるものがいない。仲間と一緒になって一人を囲み、増長していく酷さに、気づけば一歩踏み出していた。

 アーティから離れないようにと言われていたのに、入場早々飛び出して行ってしまったのだから、怒られても仕方がない。

 グレースは、ばつが悪そうに視線を逸らすと「そんなことより」と、話題を変えるべく胸の前で両手を合わせた。


「パドナさん。良ければそのドリンクの感想を聞かせて頂けないかしら」

「ドリンクですか?」


 グレースの視線はマインの持つ、ウェルカムドリンクに注がれている。

 どうしてウェルカムドリンクの感想をグレースが欲しがるのか分からないのだろう。

 逡巡するマインに、アーティが「それ」と声をかけた。


「オルストン家で用意したものなんです。だから感想を貰えると有難い」

「あぁ、なるほど──」


 と、言いかけたマインの表情が一瞬固まる。

 知らなかったとはいえ、あと一歩で盛大にやらかすところだったのだ。助けてくれた相手にまでとんだ失礼を働くところだった事に気づいたマインの顔から、一気に血の気が引いていく。


「わ、私、我を忘れていたとはいえなんてこと……! 申し訳ありま──」

「パドナさん」


 再び頭を下げようとするマインに、グレースは静止をかける。


「謝る必要なんてないわ」

「でも……!」

「ドリンクは無事だったんだもの。それに、頂けるなら謝罪の言葉よりも、ドリンクの感想の方が嬉しいのだけれど……駄目かしら?」


 今にも泣きだしてしまいそうなマインに、グレースは優しく懇願する。

 マインは「グレース様……」と呟くと、意を決したようにグラスを持つ手に力を込めて、一気にグラスをあおった。


「あらっ」

「おお」


 マインの見事な飲みっぷりに、グレースとアーティは感嘆の声をあげる。

 一滴残らず飲み干したマインはというと、瞼を瞬かせ、驚きと感動の表情を浮かべていた。


「お、おいしいっ……」

「気に入ってもらえたかしら?」

「はい! 今まで飲んだことのあるお酒とは違う味わいというか、フルーツが使われているのは分かるんですけど一体何の──」

「勿論、グラバーアップルですが」

「え!?」


 アーティの答えに、マインは目が点になる。

 当然のように答えているが、グラバーアップルは高級フルーツだ。それを酒にするだなんて、贅沢中の贅沢といえるだろう。


「こ、この一杯で一体いくら……しかも私、それを飲み干し…………」


 空のグラスを見つめ、わなわなと震えながら小声で呟き続けるマインにグレースは苦笑する。


「今年は豊作だった分、出荷の規定に満たない物も多くて。今までは自家消費するしかなかったものだし、こちらとしてもこういう形で多くの人に味わって貰えるのは大助かりなの」


 グレースの言葉は、農家であるマインにとっても酷く共感できるものだった。

 丹精込めて育てても、形が悪ければ売り物にはできない。

 そんな野菜達を「味は美味しいのに」と、言い合いながら家族と食べ続けてきた。


「……その気持ち私もよく分かります。我が家もそうなので。それにこのお酒、本当にすごく、すっごく美味しいです」


 マインの力強い言葉にグレースは「良かった」と、頬を綻ばせると、マインに一歩近づいて耳元に向かって小さく囁いた。


「実はこれ、お酒じゃないの」

「……えぇ!?」

「ふふっ、内緒よ」


 ひと際驚きの表情を見せるマインに、グレースは人差し指を口の前に立てて微笑んだ。


 確かに酒の風味があった筈なのにと、困惑するマインははたと気づく。

 シャルロットとグレースが対峙している最中、アーティがグラスを眺めながら「ありえない」と呟いていたのは、酒じゃないのに酔うわけがないという意味だったのか。


「この舞踏会の参加者は若い方が多いでしょう? お酒を飲めるようになったばかりの人達も多いし、酔って羽目を外す人が出ないようにと思って作ったの」


 舞踏会では基本、シャンパンやワイン、酒が苦手な人用にジュースが振舞われることが多い。

 エトラディオ王国では十六歳から飲酒が許可されており、今回の舞踏会の参加者は十代、二十代の若者たちだ。酒に対して自制が効く大人と違い、場の雰囲気と勢いで、酒に呑まれる若者も出かねない。

 それらを防ぐためにジュースだけにしてしまう事もできるが、それではやはり味気ないし不満も出るだろうということで、それらを考慮したノンアルコールの酒を造ることにしたのだ。


「あの三人のような人間を出さない為に作ったのに、まさか我が家のドリンクのせいにされるとはな」

「思わず酔ったと勘違いしてしまうほど、出来が良かったのだと思いましょう」


 不満げなアーティを宥めていると、会場中に鈴の音が響き渡った。


「な、何の音でしょう?」


 急に鳴り出した鈴の音に、マインはキョロキョロと辺りを見回す。


「陛下のご入場よ。あそこに扉が見えるでしょう? あちらからいらっしゃるから、頭を下げてお迎えするの。鈴の音が止まったら頭を上げて」

「分かりました」


 会場中の人間が前方の壇上に置かれた豪奢な椅子のその奥、大きな両開きの扉に向かって頭を下げる。

 厳かに開かれていく扉の音が聞こえてから暫くして、一定のリズムで鳴り続けていた鈴の音が鳴り止んだ。


 各々が静かに頭を上げると、会場中がにわかにざわめき始めた。


 椅子の前に居たのは、リディア王妃とアーヴェント第一王子のみで、国王陛下の姿はない。

 国王陛下が居ない状況にざわつく人々も居れば、アーヴェントに色めき立つ女性陣もいて、あちらこちらから様々な声が聞こえてくる。


(……分かってはいたけれど、本来なら隣り合って会話出来るような方じゃないのよね)


 普段目にするアーヴェントとは違う装いに、胸が高鳴るよりもグレースは現実を実感してしまう。

 黒い礼装に身を包み、後ろで一つに結わえられた赤い髪。前髪に隠れていない両の瞳はいつも以上に遠い場所にあった。


「すごい……私、王太子殿下を生で拝見したの初めてなんですけど、かっこいい方ですね。王妃様もお綺麗……」

「そうね。お二人ともとても素敵だわ」


 見惚れているマインの言葉に頷いて、グレースは同意を返した。


「それに、殿下の装いグレース様のドレスと合いますね。お二人が並んだら、なんかこう……誰も近寄れないオーラ? 気品? が溢れだしそうというか……!」

「えっ」

「分かる」

「アーティ!?」


 目を輝かせながらこちらを見るマインの言葉に動揺を隠せず、思わず素に戻ってしまったグレース。

 マインの言葉に頷きながら同意したアーティは、誰にも聞こえないようにグレースに耳打ちした。


「殿下の衣装、色と生地だけリズィーさんがアドバイスしたって。もしかしたら、リズィーさんに謀られてお揃いにされたかもな」

「おそ……!?」


 華やかな舞踏会で、主催者側の王族が黒、または黒に近い系統の衣装を着ることは珍しい。

 リズィーが何色を薦めたかまでは知らないが、アーヴェントの性格を考えるに折角のアドバイスを無下にするようなことはしないだろう。


(何を言ったかは後でリズィーさんに聞くとして、落ち着きましょう。偶然の可能性だってあるわけでお揃いだなんて大げさ──)


 平常心を装いながら呼吸を整え、顔をあげると、アーヴェントと目が合った。

 現実を知って沈みかけた心が、大きく跳ねる。


「……っ」


 この距離で目が合うわけがない。

 自身に言い聞かせるように、グレースはアーヴェントから視線を逸らした。


(あぁ、もう、今日は王妃様に会いに来たんでしょう? しっかりしないと)


 壇上では、リディアの挨拶が始まっている。

 辛うじて、国王陛下は体調不良で本日はいらっしゃらない。というところは聞けたが、自身の鼓動を落ち着けるので精一杯だ。

 グレースが静かに深呼吸をしていると、舞踏会の始まりを告げる楽器隊の演奏が始まり、周囲が動き始めた。


「グレース様? 大丈夫ですか?」


 心配そうなマインの声で、グレースは我に返った。


「ごめんなさい、少し考え事を。私はこの通りだから踊れないけれど、パドナさんは誰かと踊らないの?」

「私と踊りたいなんて奇特な人、居ないと思います」

「あら、それはどうかしら。先ほどからこちらを伺う男性もいらっしゃるし」

「それは、絶対グレース様目当てです!」


 力強く断言するマイン。

 しかし、誰とも踊る必要がないように足の怪我を装っているグレースにとって、それは喜ばしいことではない。アーティがいるためか、今のところは近づいてくる気配はないが、それも時間の問題だろう。


(視線も感じるし、ちょっとずつ距離を詰められているような気もするし、ここからどうしましょ……。なるべく目立たずに、王妃様に接触できればいいんだけど。そのために、家族総出で()()()したわけだし)


 グレースが今回の舞踏会に参加したのは、王妃がどんな人物か自身の目で少しでも知るためだ。

 しかし、ただ舞踏会に参加しただけでは、王妃と接触することは難しい。

 国王がいれば、元側付きであるバートの娘として率先して挨拶に向かってもおかしくはなかっただろう。けれど、国王不在の中、伯爵家より位が高い令嬢と令息を差し置いて、進んで挨拶にいくのも難しい。


(……お父様の言う通り、陛下は眠られたままなのね)


 アーヴェントから許しを得たバートから、国王が呪いを受けて眠り続けていることをグレースは聞いていた。

 ここ最近の国事や新聞にのる近影などは全て影武者によるもので、重大な国事ではない王妃主催の舞踏会であれば、影武者が登壇する可能性は低いだろうというのがバートの予想だった。


 その予想が当たった際に、接触の機会を作るための根回し。

 それが、あのウェルカムドリンクだ。


「舞踏会に協力したとなれば、他の参加者とは立場が違うでしょう? 出資という手もあるけれど、それじゃあ他の貴族と同じ。我が領にしかないものを使って、グレースの前世にあったものを作り、王妃様の興味を引きましょう」


 そう言ったライラの提案で、グラバーアップルを使ったノンアルコールドリンクが作られたのだ。

 元より、出荷規定に満たないグラバーアップルの利用方法を新たに考えていた際に、グレースがいくつか案を上げた中にあったものをライラとバートは覚えていたらしかった。


「元から興味があったから準備は進めていたし、成功すれば我が家の利にもなるからね。王宮の舞踏会で配られたとなれば箔もつく」

「それとなく、ジルさん経由で王妃様のお耳にいれて貰いましょう。若い貴族が酒に呑まれる姿なんて、王妃様も折角の舞踏会で見たくはないでしょうし」


 そこからは、ライラとバートの予想通り。

 どうにか完成したドリンクをジルに試飲してもらった数日後には、王宮から手紙が届き、舞踏会で提供するために王宮に献上することになったのだ。


「大丈夫よ、グレース。あの真面目でご立派なリディア王妃殿下なら、あちらから必ず声をかけてくださるわ」


 ライラの物言いはどこか含みが込められていたが、どうやら的を得ていたようだ。


(お母様の読み、当たりすぎて恐ろしいわ)


 グレースはアーティの服の端を引く。

 アーティも視界の端で確認したようで、小さく頷いた。

 こちらを眺める周囲の人垣を抜け、男性が一人、グレース達の側に現れた。


「ご歓談中、失礼いたします。グレース・リー・オルストン様。並びに、アーティ・リー・オルストン様ですね?」

「えぇ、間違いございません。私達に何か御用でしょうか?」


 王宮の従事者と一目で分かる執事服に身を包んだ老人。

 年齢を感じさせない佇まいと、他の給仕達とは違う雰囲気に二人は確信した。

 バートに聞いて知ってはいるが、顔を合わせて話すのは初めてだ。


(わたくし)、両陛下側仕え、ジル・ハイラントと申します。リディア王妃がお呼びです。お手数をおかけしますが、ご足労いただいてもよろしいでしょうか?」


 予想通りの人物と望んでいた機会に、内心では「よしっ」とポーズを決めていたが、決して表には出さない。

 グレースは、にこやかな笑みを浮かべながら答えた。


「勿論。案内していただいて宜しいですか?」

「どうぞこちらへ」


 踵を返し歩き出すジルの後を追うべく、グレースとアーティは一歩踏み出す。

 ジルとのやりとりに、驚きであんぐりと口が開いたままのマインに「少し行ってきます。舞踏会楽しんで」と残し、グレースとアーティはその場を後にした。






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