57 モノクルの奥に映るのは
「……煙草吸いたーい」
衣装制作期間中につき絶賛禁煙中なのだが、今、無性に煙草が吸いたい。
ちょっとグレースに会って、舞踏会用のドレスのイメージを膨らませようと足を延ばしただけなのに、とんでもないモノを見てしまった。
リズィーは廊下の窓を開け、新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。しかし、どうにもすっきりしない。
「煙草、お持ちしましょうか?」
最初からそこに居たかのように声を掛けてくるマウロにも、すっかり慣れたものだ。
驚く事もせず、リズィーはひらひらと片手を振った。
「ありがと。でも大丈夫。グレースの支度は?」
「終わりました。部屋でお待ちですよ」
「流石、仕事が早いわ。悪いわね、急に無理言って」
「いえ、意図は理解していましたから」
あの一瞬で全てを理解し、動いてくれたマウロには頭が下がる。
気持ちを切り替えてグレースの元に向かわなければと思っていると、伺うようなマウロの視線を感じた。
「やはり、視たんですね?」
「視ちゃったわよ。視ない選択肢なんてあるわけないじゃない」
リズィーの様子から、マウロは何かを察したのだろう。
ずれたモノクルを直しながら、リズィーは不満げに頬を膨らませた。
リズィーの左目は生まれつき特殊で、他者の魔力が目に見える。
所謂「魔眼」と呼ばれるものだ。
魔眼というと目が合った人物を魅了したり、洗脳するイメージを持たれるが、そもそも他者の心を操る魔法は禁じられているので試したことはない。
時折、増えた体重を隠す為に魔法で誤魔化す演者達の悪あがきを見抜くのに使ってはいるが、日常生活においては魔力が見える程度の地味なものだ。
「変装魔法はアーリベルちゃんで見慣れてたからね。あの子が魔法を使ってる事にひと目で気づいちゃったのよ。そんな子、怪しむに決まってるじゃない。そう思って視たら、あらまぁびっくり。顔に出さなかった私を褒めて欲しいくらいだわ」
ひと目見て、グレースの想い人がヴェントだと気付いた。
なんせこの家に出入りするのは領民くらいのもので、よその貴族の青年なんて見たことが無い。
だからこそ、気になってしまったのだ。
魔力を全身に纏う目の前の青年が、良からぬことを企んでオルストン家に近づいてきたのではないかと。
多少探りを入れる程度の軽い気持ちで、モノクルの奥の左目に魔力を込めた。
しかし、左目に映ったのは、今度の舞踏会の主役。
庶民の自分では会話する機会すらないであろう、赤髪の王太子殿下だった。
「聞きたい事が山のようにあるんだけど、聞かない方が良いんでしょうね」
「そうですね。聞かれても私の口からはお答えできないので」
「狡い男だわ。答えられないのに、視るチャンスは与えるんだもの。それで? なんて指示されてたの?」
リズィーの能力を知っていながら、ヴェントをリズィーに会わせたのは何かしらの意図があっての事だろう。
「お二方が屋敷を同時に訪れるような事が万が一にでもあれば、ヴェントさんの存在は隠さなくて良いと。たまたま、ヴェントさんがリズィーさんに興味をお持ちしていたので、私は案内をしたまでです」
「隠したところで、魔力が見えれば意味ないものね。執務室に居たのも見えてたし。でも、たまたま?」
「たまたまです」
しれっと答えるマウロに訝し気な視線を送るも、眉ひとつ動かない。
ライラとリズィーは長い付き合いだ。リズィーの性格をライラは良く知っている。
グレースとアーティのドレスを頼んだ時点で、リズィーがいずれ屋敷を訪れる事を予想していたのだろう。
屋敷を訪れたリズィーがグレースの様子に気付いて話を聞く事も、万が一ヴェントと鉢合わせした際に魔眼で正体を探る事も、ライラには想定の範囲内の筈だ。
そして更には、ヴェントに合いそうな衣装をリズィーが脳内で描いてしまう事も、その隣にグレースが立つならと想像してしまう事も、きっと見通されている。
「……王太子殿下の好みの情報なんて、そりゃあ簡単に手に入れられるわよね」
なんせ本人が身近にいるのだ。今思えば、あれもライラによる布石だったのかもしれない。
リズィーとて、ライラの性格は熟知している。
目的の為なら使える全てを使い、時には手段を選ばない。
何より、バートに負けじと親馬鹿なのだ。
恋する娘の為に、殿下の御眼鏡にかなう装いを。
それがきっとライラの願いだ。
(でも、それならそれではっきり言えば良いものだけど。殿下が出入りしてるなんて、私にまで隠すような事じゃないわよね)
例えば「王太子殿下が昔の縁を頼りに、勉強にきている」程度のものならば、リズィーにまで隠す必要はないだろう。
バートが王宮に居た事も、辞めた理由も、ライラとバートの出会いすらも、リズィーは知っている。
なんなら、お忍びで劇団に出入りするアーリベル前王妃とは茶飲み友達ですらあったのだ。
そんなリズィーにすら言えない何か――。
(……もしかしたらもう一人、覚えのない魔力の持ち主が関係してるのかしら?)
さっき魔眼に魔力を込めた際、屋敷の中にもうひとつ知らない魔力が見えた。
親戚の子、リィル。
ライラの話を右から左に聞き流していたが、確かリィルには兄がいると言っていた。
リィルに会いに屋敷に来て、アーティも兄が出来たみたいで嬉しそうだと。
(まさかねぇ……)
例えば、その兄がヴェントの事だとしたら?
この国にはもう一人、まだ国民に顔を知られていない病弱と噂の第二王子がいる。
先日、誕生式典の開催が発表された事により、巷は大盛り上がりだ。
「そういえば、先程奥様からリズィーさんに言付けを授かったのですが」
「……何?」
ライラの蒔いた布石と脳内で立てた仮説が徐々に繋がり始め、もしかしたらという予感が止まらない。
顔を曇らせるリズィーに対して顔色ひとつ変えず、マウロは続けた。
「折角来たんだし、後で顔を出しなさいな。紹介したい子がいるの。あと、子供用の式典服、作りたくない?とのとこでした」
「………………聞きたい事が山のようにあるんだけど?」
「どうしてもというならばお答えしますが、有事の際に"知らなかった"では、済まなくなります。それでもお聞きになりますか?」
マウロの言う「有事」が、何か分からないほど馬鹿では無い。
王族が関わっている時点で、庶民の自分は不敬ひとつで首が飛ぶ可能性だってあるのだ。
ライラが全てを話さずに、ヒントだけを与えているのもその為だと気付いてはいた。
しかし、その「有事」があった場合、ライラ達に逃げ道はあるのだろうか。
「……本当、狡い男に、狡い主だわ」
リズィーは大きく溜息を吐いて、寄り掛っていた窓枠から離れた。
「分かったわよ。 勝手に視て、勝手に理解して、我らが団長様の為に体よく働いてやろうじゃないの! その前にグレースとお茶会が先! 最高級のお茶菓子を所望するわ!」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
少しだけ口角を上げて頭を下げるマウロに踵を返す。
憤りをヒールに込め、高らかに鳴らしながら、リズィーはグレースの元へと向かった。




