54 ライラと愉快な衣装担当
「それでね、リィルったらいじらしいのよ。お土産に貰った飴を四人で分けたりして」
目の前の美女は、心底楽しそうに語り続ける。
最近預かった親戚の子供を随分と可愛がっているようで、先程からその話ばかりだ。
「アーティも、弟とかお兄さんなんて今まで身近にいなかったじゃない? 二人と知り合えて少し嬉しそうなの」
舞台上で色とりどりの人生を見せ、喜怒哀楽を演じ分け続けていたかつての彼女。
演じる彼女の姿を誰よりも近くで見ていたつもりだが、目の前の彼女の浮かべる表情は見た事が無い。
随分と優しい表情を浮かべるようになったものだ。
(誰よりも舞台に飢えていたのに、降りた途端こんな顔するようになっちゃって……かつての我らが団長は今いずこ……ってね)
相槌すらも打たずに右から左に聞き流しながら、ずれたモノクルを直し、紙にペンを走らせる。
こちらを気にも止めずにつらつらと語り続けているのを見るに、ただ喋りたいだけなのだ。
「いつか本当に兄弟になれたらと思うのだけれど、グレースがお嫁に行くなんてなったらバートが心労で倒れちゃうと思うのよね。ねぇ、どう思う? リズィー」
訪問から約一時間。
ようやっとこちらに意識を向けた彼女に、ペンを置き視線を合わせた。
「えぇ、そうね。ライラ、貴女の言う事も分かるのよ。分かるんだけど本音言っていい?」
「あら、なあに?」
「心底っ!! どうでも!! いいわ!!!!」
この一時間、ため込んだ鬱憤を力強く吐き出した。
「あんた、昼間に病院の祭りで会ったわよね!? こんな時間に旦那に扉繋げて貰って人の部屋に不法侵入決めてんじゃないわよ!」
「だって、この部屋貸してるの私だもの」
「大家で団長であろうとも、劇団員の部屋に不法侵入して許されると思ってんじゃないわよ!?」
「あら、リズィー以外の団員の部屋には入ってないわよ。そんなの失礼じゃない」
「私には失礼してもいいっての!?」
意にも介さず笑顔を浮かべるライラとは対照的に、リズィーは叫び声をあげた。
その声が部屋の外にまで聞こえたのだろう。
ノックの音と共に、部屋の扉が開いた。
「リズ兄、何騒いでんのー? 廊下まで声響いてるよー」
「兄って呼ぶな! お姉さまとお呼びって言ってんでしょ! ティア!」
「はいはい、リズ姉、リズ姉……って、ライラ団長ー! 来てたんですか!?」
「お昼に会った以来ね、ティア」
淡いピンク色の髪をふわふわと揺らしながら、ティアと呼ばれた少女はライラへと駆け寄った。
「来てるなら言ってくれたら良いのに! 昼間は皆もいてゆっくり喋れなかったですし!」
「ふふっ、ごめんなさいね。リズィーに用があったのよ」
「えー、狡い! こんなおじさんよりティアの方がお役に立つのに!」
「おいコラ、クソガキ。誰がおじさんだ」
「一人しかいないじゃん」
「ぶっころ――」
「はい、はい、お終いにしましょうね」
低い声でティアを威嚇するリズィーと、真っ正面から受けて立つティアの間に割って入るように、ライラは二人を制する。
「ごめんなさいね、ティア。今日はリズィーに作って欲しい衣装があってきたの。また今度、ゆっくりお茶しましょ」
幼子のように頬を膨らませるティアに、ライラは諭すように声をかけ、膨らませた頬を優しくつつく。
するとティアは息を吐き、ライラの手をとった。
「約束ですよ! 二人っきりでお茶! 絶対ですからね!!」
力強く念を押すと、ティアは手を離し部屋の出口へと向かう。
最後に「絶対ですからねー!」と、声をあげて部屋を出て行った。
「相変わらずうちの看板女優は可愛いわね」
「可愛いのは見た目だけでしょ。腹ん中真っ黒よ」
「それがいいんじゃない。内側も綺麗な子じゃ、綺麗な演技しかできない。面白くないわ」
「そーですか」
「リズィーも可愛いわよ?」
「当たり前よ。可愛いうえに美しいのが私だもの」
黒褐色のショートヘアを耳にかけ、ずれた左目のモノクルを直すとリズィーは椅子へ座り直す。
ライラが訪れているのは、ライラが王都に所有している物件で、自身の劇団の団員達に安値で貸し出しているアパートメントだ。
アーヴェントを邸から見送り、すぐに扉を繋げてこちらへ来た。
訪問先はリズィー・アンセムの部屋。またの名を衣装部屋と呼ばれるこの部屋の主は、劇団の衣装担当だ。
「それで、何の用? 見ての通り、次の新作の衣装デザインで忙しいのよ」
部屋の中央に鎮座する大きなテーブル。
その上には、リズィーが書きだした衣装のデザイン図があちらこちらに散らばっている。壁側には布やトルソー、ミシンが置かれた作業台、反対側の壁にはベッドと鏡台も並び、少しばかり手狭な部屋だ。リズィーいわく「手狭な方がちょうどいいのよ。寝てる間に良いデザインが浮かべばすぐに机に向かえるでしょ」だそうだ。
テーブルを挟んで、ライラはリズィーの向かい側に腰を下ろした。
「グレースとアーティの舞踏会用のドレス、作りたくない?」
ピタリっと、リズィーのペンを走らせる手が止まる。
かと思うと、凄まじい勢いでペンを走らせデザインをひとつ完成させると、その紙を横に勢いよく置き、顔をあげた。
「ちょっと詳しく聞かせなさい」
射抜くような強い眼差しに、ライラは「もちろん」と、微笑んだ。
「新聞は見た? 王妃様主催の舞踏会。あれに二人が出るのよ」
「嘘、あれって王子の婚約者探しの場でしょ? うちの女ども皆騒いでたわよ! あれに? グレースとアーティが?」
「出るの。本人達の意思で」
目を見開き驚くリズィーとは反対に、笑顔を浮かべ続けるライラ。
「……あんなに、社交には興味が無いって言っていたのに」
「グレースが転移症になって、少し考えが変わったみたいなの。ちなみに、グレースは婚約者探しだなんて思ってないわ。純粋な気持ちで舞踏会に行ってみたいらしいの」
「グレースが行くならアーティも行くって言うわね」
納得したようにリズィーは頷く。
アーヴェントやリヴェルの事は、古くからの仲間であるリズィーや他の劇団員にも話してはいない。
「よし、分かったわ。どんな男も虜にする衣装にしましょ! 踊りやすさも重視するとして、グレースの良さを際立たせるような――」
「あ、踊らないわ」
「え?」
ライラの言葉に、リズィーは目を丸くした。
「見知らぬ殿方と踊るのは気恥ずかしいから踊りたくないんですって。可愛いでしょう?」
「可愛いけど、折角の舞踏会よ? いいの?」
「いいのよ。本人が嫌がる事を強制したくないわ」
「……分かったわ。なら、完璧な壁の花に仕上げましょう」
リズィーは白紙の紙を数枚目の前に並べて、ペンを手持無沙汰に回し始める。
「王子の婚約者探しの場。流行の型に王子の髪色にちなんだ赤系統のドレスが多いでしょうね。あんた見た? 新聞で舞踏会の知らせが出て以来、通りの仕立屋に靴屋に宝石店、ショーケースに馬鹿みたいに赤色が並んでるの。個性のかけらも無くて笑っちゃうわ」
「あら、それは賑やかね」
「それに釣られて店に入っていく貴族のお嬢様方の多い事。ただ、貴族の子らが集まる場で流行を外すわけにもねぇ……。今の貴族の流行って何?」
「私が知るわけないでしょう?」
「……聞いた私が馬鹿だった。あんたは流行に乗る側じゃなく、乗せる側だもんね」
ライラの人気が全盛期だった頃、雑誌でモデルの仕事を受ければ、次の日には同じものを見につけた貴族が街を歩き、舞台でドレスを着れば、劇団に「あのドレスはどこで売っているのか」と問い合わせが殺到したものだ。
「グレースの髪色も昔と違うのよね。黒髪に合う色と素材、その前にドレスの型……」
「はい、これ」
ぶつぶつと呟くリズィーの前に、ライラは一枚の紙を差し出した。
リズィーは「何これ?」と、首を傾げながらそれを受け取る。
「参考になればと思って。アーヴェント王太子殿下の好みをまとめたものよ」
その言葉にリズィーは吹き出し、急いで紙に目を通す。
色の好みや好きな髪型、はたまた好きな食べ物まで。
王室が公表なんて絶対しないであろう、王子個人の好みがまとめられていた。
「何なのこれ!? 偽物? それにしては妙にリアルな……」
「偽物なんて作ってどうするのよ。正真正銘、殿下の好みです」
「あんたこれどうやって――」
「ちょっとご本人と会う機会があっただけよ」
「会う機会って……。あんた、王宮の人間と会ってるの?」
ライラの言葉に、リズィーは一瞬にして顔色を曇らせる。
「おかしいなとは思ったのよ。もう二度と王宮とは関わらないって言ってたのに、グレースの舞踏会行きを許してるなんて。アーリベルちゃんや陛下は良い人だった。でも他は違う。他人の好奇心と興味は止められるものじゃないわ。心無い貴族の目に晒されて、グレースとあんたは舞台に立つのを諦めたんじゃない」
結婚し、ライラは一度舞台を離れた。
しかし、当初の予定ではグレースが生まれた後に、ライラは舞台に戻るつもりだったのだ。
「いつかお母様と一緒に舞台に立つ女優さんになるの」
幼い頃のグレースがライラや劇団員に言って回っていた姿を、リズィーは昨日の事のように覚えている。
実際、グレースには才能があった。
幼い頃からライラについて劇団に出入りしていた為か、はたまた遺伝なのか、この子なら良い演者になれると誰もが確信していたのだ。
初めての舞台でグレースが演じたのは、名も無い花売りの少女。
毎日花を買いに来る主人公と、二言三言雑談を交わし花を売る脇役だ。
立ち振る舞い、台詞の話し方、どれをとってもあの時のグレースはどこにでもいるありふれた花売りの少女だった。
五歳の貴族令嬢が演じているとは微塵も感じさせない程に。
舞台は成功。ライラは劇団に復帰し、グレースも徐々に経験を積んでいく。はずだった。
「私は……!! まだあの時のグレースの演技を期待外れだのつまらないだの、見る目の無い記事を書いた記者と、さも演劇通ぶって批判したどこぞの貴族を許してないんだからね!!」
リズィーは怒りのままにテーブルに拳を叩きつける。
どこから漏れたのかライラ・リーの娘が劇に出ると話題になった途端、当時の劇場には普段来ない客層も増えていた。そんな客達が見に来ていたのは当然劇ではなく、ライラ・リーの娘。
向けられた過度な期待を「どこにでもいる花売りの少女」では、満足させることが出来なかったのだ。
「あの時のグレースの演技、団員たちも私も大絶賛!スタンディングオベーションよ! その大変さと凄さが分からない連中の所為で、未来のスターは失われたのよ!?」
グレースには届かないように隠していた批評も、心無い大人が彼女の耳に入れたのだ。
絶賛する意見よりも、批判の方が大きく耳に届いてしまう。それは大人でも子供でも同じだろう。
けれど、当時のグレースはまだ五歳。
グレースが舞台に上がる夢を諦めてしまうには、充分すぎるものだった。
「しかも、あんたまで舞台降りちゃって……あんな奴らのせいで」
「グレースにあの役をふったのは私だもの。もっと目立つ配役にすれば違う未来もあったでしょう。あの子の心を傷つけたのは私にも責任があるんだから、一緒に舞台を降りるのは当然だわ」
「あんたの娘だからって、他の団員差し置いてデビュー作で目立つ役なんて与えられない。団長として当然の采配をしただけでしょう!? それなのに――」
「リズィー」
怒りが収まらないリズィーに、ライラは優しく語り掛け、握りしめられた拳にそっと手を添えた。
「もう過ぎたことよ。私達の為に怒りで拳を握るなら、その手を開いて素敵なドレスを作って頂戴。その方が私もグレースも嬉しいわ」
微笑みかけるライラにリズィーは、怒りに溢れた言葉を詰まらせる。
「…………む」
「む?」
こぼれた言葉にライラが首を傾げた次の瞬間、リズィーの不満が爆発した。
「むっかつくわーーーーーー!! あんたっていつもそう、いっつもそうよ!! 本当に顔が良い!!!! その顔に私も他の奴らもほだされるのよ!? 分かってる!?」
「えぇ」
「キィーーーーーー!! 自覚が!!ある!!」
甲高い叫びをあげながら地団駄を踏むリズィーに、ライラはくすくすと笑う。
いつもこうだ。不満と怒りがあろうとも、ライラの前ではすべてを許してしまう。
リズィーは内心で苦虫を噛み潰しながら一通り不満をぶちまけると、目の前のライラの笑顔に、ようやっと怒りを溜息に変え吐き出した。
「はぁー……、分かったわよ。作るわよ。でも、よくよく考えれば、舞踏会なんて注目の的になりにいくようなもんじゃない。それを許すだなんて一体どういう心境の変化だっていうの? 」
「別に、私に心境の変化なんてないわ。親としては面倒事に関わらず、平和に幸せに生きていて欲しい。けどね、どんな事でもあの子が選んだものを私達が止める権利はないの」
少女のような笑顔が母親の顔へと切り替わる。
「もうあの時みたいに小さな子供じゃない。グレースは、ちゃんと戦えるわ」
不安と心配以上に、願いと信頼が込められた視線を向けられて、リズィーは息をのんだ。
(演技じゃない。こんな表情まで、浮かべるようになったのね)
「リズィー?」
「あぁ、いえ、なんでもないわ。じゃあ、立派な戦闘服を仕立てないとね。相手は誰? 王太子? それとも噂好きな貴族の方々かしら?」
「そうね、リディア王妃かしら」
「なんで!?!?」
思いがけない人物の名にリズィーは叫んだ。
「舞踏会で一番高みの見物決めてるんだから、喧嘩のひとつくらい売っておかないと」
「発想がチンピラのそれなのよ! 物騒! もうやだこの武闘家女優!!」
「泣かないでリズィー。一緒に最高のドレスを考えましょ?」
「泣かせてんのはあんたなのよ!!!!」
「じゃあ、まずはドレスの型から考えましょうか。体の線が分かるタイプのものが私は良いと思うのだけれど」
机に倒れ伏し叫ぶリズィー。
そんなリズィーの隣に寄り添い、ライラは容赦なく話を進めていくのだった。




