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前世の私は幸せでした  作者: 米粉
2章
54/68

53 祭りからの帰宅

 



「…………これは一体、どういう状況だい?」


 バートは目の前の光景に、妻と娘への帰宅の挨拶よりも先に説明を求めた。

 辛うじて笑顔は保てているが、動揺で口元が引きつっている。

 その動揺を予想していたグレースは苦笑いを浮かべ、気付きながらも受け流しているライラは涼し気な笑みを浮かべている。


「見たらわかるでしょ。お客様を連れてきたのよ」


 そんな母と娘の間に挟まれたお客様。

 彼の腕には、逃げられないようにと言わんばかりにライラの腕が絡められている。


「……は、初めまして、オルストン伯爵」


 動揺するバートの視線を一身に受け、冷や汗を流し続けているのはヴェント、もといアーヴェント第一王子だった。




 ***




 病院から帰宅したグレースは、出迎えてくれたアーティと共にリヴェルの部屋へと向かっていた。

 連れ帰ったアーヴェントを応接間に通し、アーティが軽く挨拶を済ませると「グレースが色々と世話になったようだし、父さんと母さんはヴェント君と話があるから」と、二人はバートに応接間から追い出された。


(ヴェント君って言ってたし、あくまで殿下としてではなく接するつもりかしら……。この前の夜の事を問い詰めたりしなきゃいいけれど)


 ライラが共にいるし大丈夫だろうと思いつつも、グレースの心に一抹の不安が過る。


「で? あれは本当にどういう状況だったんだ。姉さん」


 廊下を歩きながら、不安げな表情を浮かべるグレースにアーティは問いかけた。


「私だって驚いたのよ。別れて行動していた母様と合流したら、ヴェントさんと居るんだもの」


 あの後、フィグと共にウェスタや病院の看護師達に挨拶をしに行き、お土産を買い、一通り目的を果たしたグレース。

 そろそろ帰らなければとブラムの所に戻ると、そこに居たのは笑顔でアーヴェントの腕を取るライラと捕らわれた獲物のように動けずにいるアーヴェントだった。

 劇団の面々に挨拶を済ませ、道に迷っているところでアーヴェントに会い、ブラムの元へ連れて来て貰ったのだとライラは言う。

 状況を理解したグレースの耳に、次いで飛び込んできたのは「一緒に帰るから」の一言。


「明後日の訪問予定を今日にしちゃいましょう、て。こちらの準備も出来ていないし、ヴェントさんにも迷惑がかかるからって止めたのよ、一応。でも、すでにヴェントさんは了承してるし、急な来客を持て成せないオルストン家じゃないわって……」

「母様に口で敵わないものな」

「ごめんね……。マウロ、メイリー」


 予定では明後日だったアーヴェントの訪問が早まった事により、マウロとメイリーは対応に追われていた。アーヴェントは「気遣わなくて良い」と言っていたが、王太子が相手ではそういう訳にもいかない。


「さっき厨房覗いたけどメイリーは張り切ってたし、気にしてないと思う。けど、マウロは眉間の皺が深かった」


 マウロは、外出先から屋敷内のどこに扉を繋げようとも、気配を察知し、いつも出迎えてくれる。

 病院からアーヴェントが繋げてくれた扉を通り、グレースの部屋の扉からオルストン邸の廊下に出た所をマウロはいつも通りに出迎えてくれた。

 だが、ライラの「リィルのお兄さんを連れてきたわ」の一言で、全てを察したのだろう。

 ほんの一瞬、マウロの表情が強張ったのをグレースは見逃さなかった。

 しかし、それ以上は表情にも態度にも出さず「承知いたしました」と、頷いたマウロの胃は心労で悲鳴を上げていただろう。


「あとで、マウロとメイリーに美味しいものを差し入れましょう」


 バートとライラがアーヴェントと歓談している場で、胃痛に堪えてるマウロを想像し、グレースは心の中で労わった。



 ***



(……帰りたい)


 訪問を願い出たのは自分だが、正直許されるならばここから逃げ出したい。


 アーヴェントは正面から注がれ続ける視線に、居心地の悪さを感じていた。

 視線の主はグレースの父、バート・リー・オルストン伯爵。

 現国王である父の側付きになる筈だった人物で、執事長のジルからの信頼も厚い。

 リヴェルの生誕祭についての手紙や、昔、父親から聞いた話から、優秀で信頼のおける人物なのだろうと邂逅を望んでいたのだが、どういうわけか棘のある視線を送られ続けている。


(……心当たりがありすぎるんだよなぁ)


 バートについてジルからは、相当な親馬鹿と愛妻家だと説明を受けた。

 とすれば、思い当たるのは以前、夜中にオルストン邸にやってきた日の事だ。

 夜中にグレースと二人きり、下心は微塵もなかったが、不可抗力で彼女の部屋に入った事はきっとバートの耳にも届いている。


(手紙で遠回しに注意されてたもんな。そりゃ、夜中に娘が男と会ってたらどんな理由であれ、父親としては面白くない……。でもって、さっきライラさんが俺と腕組んでたのも絶対良く思ってない。というか、がっちりホールドされて振りほどく事すら出来なかったんだけど、母様が言ってた通り、めっちゃ強いこの人)


 テーブルに肘をつき、顔の前で指を組みながら棘のある視線を送り続けるバートとは反対に、涼やかな笑みを受かべているグレースの母、ライラ・リー・オルストン伯爵夫人。歌や踊り、演技だけではなく、武術にも長けているという話はどうやら本当のようだ。

 前王妃である母アーリベルの親友で、母曰く「私が彼女の一番のファン」と豪語するほどには、母は彼女に傾倒していた。


 病院で、明後日に予定している訪問を今日にしたらどうかと提案してきたのはライラだった。


「忙しい殿下の貴重な時間を潰すのは申し訳ないし、今からなら夜になる前に王宮にお返ししますわ。夫に軽く挨拶して、リィルに顔を見せて、さっと帰ればいいと思うのだけれど如何かしら?」


 もとより今日は、祭りで息抜きをして夕餉までに帰るというのが、サイラスとの約束だった。

 軽やかな彼女の笑顔に「確かにその方が良いかもしれない」と、承諾してしまったのだ。

 もしその場にサイラスが居れば「手土産も無しに、その姿で訪問なんて駄目に決まってるでしょう!? 変装は致し方ないにしろ、せめて身だしなみを整えて――」と、全力で止められていただろう。


(普通に考えれば駄目だと分かるのに、なんというか……人を従わせる力があるな、この人)


 そっとライラの方を伺うとしっかりと目が合い、微笑まれた。

 それに気づいたバートが咳払いをすると、ライラは可笑しそうに笑って、口を開いた。


「もう、貴方がそんなんじゃ話が進まないわよ。バート」

「分かってる、分かってるんだよライラさん……。でも娘を持つ父としての葛藤が――」

「でももだってもありません。ごめんなさいね。見ての通りの親馬鹿なのよ。貴方とグレースの仲が良いから妬いてるの」

「いや、俺の方こそ、グレース嬢には良くして貰ってばかりで。弟の分も、少しでも何かを返せたらと思うんですが、オルストン家の皆さんにも迷惑をかけてばかりで...…」


 アーヴェントは背筋を伸ばすと、自身の変装を解いて居住まいを但し、改めてバートとライラに向き直った。


「改めて、この国の第一王子として、兄として、言わせてください。グレース嬢を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。そして、弟を受け入れてくださったこと、感謝の念に堪えません。本当に有難うございます」


 頭を下げるアーヴェントにライラは「あらあら」と呟いて、バートを見る。

 唇を噛みしめていたバートも、その姿に目を見開いた。

 そして、一拍置いて大きく息を吐き出したかと思うと、握りしめていた右手を開いて覆う様にして目元を隠した。

 やはり怒っているのだと、アーヴェントがバートを伺い見ると、バートの頬を一筋の雫が伝う。


「!?」

「まったく、本当にご立派になられて……。これじゃあ、文句のひとつも言えやしない」

「バート。感極まるのは分かるけど、今は抑えないと」

「ううっ、やっぱり感動しちゃって」


 ライラが差し出したハンカチで、涙を拭うバート。

 目の前のやりとりにアーヴェントが困惑していると、鼻孔をくすぐる紅茶の香りと共に、眼前にティーカップが置かれた。


「どうぞ。お口に合えばいいのですが」


 隣をみると、執事らしき男性が隣に控えていた。


「あ、有難うございます……」

「いえ。それと、主人の事はどうかお気になさらず。少々情緒が不安定なだけですので」

「マウロ、それはフォローになってないと思うんだが」

「フォローも何も、本当のことですので。あまりお客様を困らせないでください」

「うちの執事は主人に辛辣だなぁ……」


 冷めた表情でバートに注意をするマウロと、眉を八の字にして困ったように笑うバート。

 傍から見れば、随分と主人に不遜な態度をとる執事だと思われるかもしれないが、アーヴェントが感じ取ったのは、二人の仲の良さだった。


(なんか、俺とサイラスみたいだな)


 自身の側付きであるサイラスの存在を思い出すと同時に、帰って今日の出来事を報告すれば同じように冷たい視線を向けられるかもしれないと、マウロを見て思わず苦笑した。


「どうかなさいましたか?」


 その視線に気づいたマウロは、アーヴェントに向き直る。


「あぁ、いや。俺もよく側付きに注意されるもので。無茶に付き合わせてしまっているのは俺ですが、貴方と伯爵のやりとりでなんだか思い出してしまって」

「成程。その側付き殿は優秀な方でしょうね。ハイラント執事長の教えをしっかりと守っておられるようですから。主人を甘やかすばかりの従者は無能同然と、よく言い聞かせられたものです」

「ジルをご存じで?」

「存じております。私も主人と共に王宮に仕えていましたから。執事長には、大変お世話になりました」


 ハイラントは、執事長であるジルの姓だ。

 バートの事は聞いていたが、オルストン家の執事まで王宮に仕えていたとは知らなかった。


「彼の名はマウロ。今でこそ我が家に仕えてくれていますが、私が王宮に仕えていた時の同僚なんです」

「改めてご挨拶を。初めまして、アーヴェント殿下。国王陛下とアーリベル様には、その昔、主人共々大変お世話になりました。こうして殿下にお会いできる日が来るとは夢にも思わず、恐悦至極に存じます」


 バートの紹介を受けて、マウロは胸元に手を添え、アーヴェントに深々と頭を下げた。


「頭を上げてください、マウロさん。俺の方こそ、リヴェルがお世話になってますし。それに、伯爵や夫人、マウロさんも、昔の父や母を知る方々に出会えて嬉しいのは俺の方です」

「殿下……」


 アーリベルが亡くなり、新たな王妃としてリディアが迎え入れられてからというもの、アーリベルの事を口にする者は減った。

 リディアが直接何かを言ったわけではない。リディア自身、元はアーリベルの側付きで、アーリベルの事を慕っていた。ただ、後妻であるリディアに周囲が気を遣ったのだ。

 その空気と配慮に気付けないほど、アーヴェントも無知では無く、母の話を王宮内ですることは次第に無くなっていった。


 ここには王宮の人間の目もなければ、リディアに気を遣う必要もない。

 母を知り、慕ってくれていた人達の前で話を出来ることが、アーヴェントは純粋に嬉しかった。


「……本当に、こうして話せる日が来るなんて思ってもいなかった。そうだ! ここはひとつ、陛下とアーリベル様の馴初めでも――」

「ストップよ、バート。アーリベルの可愛さについて、私だって大いに語り明かしたいところだけれど、夕食までには帰す約束ですからね。今日の所は、誕生祭について話を詰めたら如何かしら。リィルも殿下に会いたいでしょうし、私達だけで独占しては駄目よ」


 身を乗り出すバートを制して、ライラはマウロを呼ぶ。


「誕生祭の資料、持ってきて貰えるかしら」

「分かりました」


 マウロは軽く一礼すると、応接間から出て行った。


「さて、アーヴェント殿下。マウロが戻るまでいくつか質問いいかしら?」

「? 俺に答えられる事なら」


 ライラの提案に、一体何を聞かれるのかと疑問を抱きながら、アーヴェントは頷いた。

 政治的な事ならば答える事は出来ないが、出来る限り答えられる事は答えたい。


「じゃあ、先ず明るい色と落ち着いた色ならどちらが好きかしら?」

「えっと、落ち着いた方が好きですかね」

「じゃあ暖色と寒色ならどっちがお好みかしら?」

「どちらも嫌いではないですが……」

「そう。じゃあ女性の髪型は上げてるのと下ろしてるの、どちらが――」

「ちょっと、ちょっと待って」


 ライラの質問に静止をかけたのは、バートだった。


「ライラさん、その質問聞いてどうするのかな?」

「次の劇のヒロイン像の参考にしたいだけよ。たまには劇団の外からの意見も取り込まないと。この国の王太子殿下の意見が聞ける機会なんてなかなか無いんだから」

「本当に……?」

「本当に」


 訝しむバートに、ライラは頷く。

 長年連れ添っていれば、嘘かどうかくらいは分かるものだが、相手は女優だ。こちらを騙す術はいくらでも持っている。

 普段ならば、簡単に騙されるバートだが、彼の頭に浮かぶのは、近々開催される舞踏会。そして、グレースのドレスの準備をしているのが、ライラだという事だった。


「……まさか、ドレスのさんこ――」

「バート?」

「うん。ごめん。何でもないです。殿下、少しだけ協力して頂けますか? 」

「え、えぇ」


 アーヴェントの婚約者探しの為の舞踏祭で、主役の好みに寄せた装いの娘を送り出す事が果たして出来るだろうか。想像するだけで苦しくなる胸を抑えて、バートは愛する妻の満面の笑みに静かに口を閉ざした。




 ***




「ただいま、リィル君」


 リヴェルの部屋を訪れたグレースは、扉から顔を覗かせ帰宅を告げた。


「おねえさん! おかえりなさいっ」


 ベッドの上に座り、読書中だったリヴェルは、グレースを見るなり満面の笑顔を浮かべた。

 本を閉じ、直ぐ様ベッドを降りようとするリヴェルに、アーティは待ったをかける。


「駄目だぞ、リィル。まだ安静にしてなさいって言われただろう」


 その制止にリヴェルは、はっとした表情を浮かべ、ベッドから下ろしかけていた脚を引っ込めた。


「良かったわ。元気そうで」


 グレースはくすりっと笑って、ベッドの端に腰をおろす。

 アーティに朝より熱は下がったと聞いていたが、顔色も良く、元気そうだ。

 改めて熱の有無を確認する為に、グレースはリヴェルの額に優しく手を当てた。


「まだ少し熱があるかしら。朝はどうなる事かと思ったけど、顔色も良さそうね」

「心配かけてごめんなさい……」

「ううん。でも、もう無茶はしないこと。焦らず少しずつやっていきましょう」

「はい」


 頷くリヴェルの頭を撫でて、グレースは手にしていた包みをリヴェルに見せた。


「そしてこれは、頑張るリィル君にお土産です」

「おみやげ……!?」


 紙に包まれたそれを受け取ると、リィルは目を輝かせながらいそいそと包みを開いた。


「わぁ!」


 包まれていたのは複数の飴細工。

 棒の先端に可愛らしい動物が模られている。


「かわいい……くまさん、とりさん、ねこさん、いぬさん?」

「お店の人は狼って言ってたわ」


 グレースも犬かと思って手にしたのだが、店主に「その狼が一番自信作なんだ」と言われた。

 本当は三つまでにするつもりだったグレースだが、可愛さと凛々しさのある狼がなんだか愛しくて、気付いたら購入していたのだ。

 ひとつずつ手に取って、リヴェルはそれを光りにかざすように掲げた。

 半透明の鮮やかな飴が光を反射して、リヴェルの瞳と共にきらきらと輝いている。


「熱が下がったら、勉強の合間のおやつに食べていいからね」

「四つとも、もらっていいの?」

「もちろん。あ、でも一度に全部は食べちゃ駄目よ」

「うん! だいじに、だいじに食べるね……有難うおねえさん」


 リヴェルの満面の笑みにグレースも思わず頬が緩む。


「姉さん、顔、緩んでる」

「だって、あまりにも可愛くて……」

「気持ちはわかる」


 腕を組み頷くアーティの顔は真顔だが、気持ちは分かってくれているらしい。

 最初の頃は接し方に戸惑っていたアーティも、今ではリヴェルを本当の弟のように可愛がっていた。


「もう一人の私の可愛い弟にもちゃんとお土産を買ってきたのよ」

「俺?」

「そう貴方。ベリージュース、甘すぎなくて美味しいから好きだろうなと思って買ってきたの。冷やして貰ってるから、後で飲んでみて」

「ん。ありがと姉さん」


 うっすらと微笑んだかと思うと、アーティは両腕を広げて、グレースとリヴェルを二人まとめて抱きしめた。


「わわっ……!」

「あらあら、苦しいわよアーティ」


 戸惑うリヴェルと笑いながら優しく肩を叩くグレース。

 アーティは二人を離すと、少し強めにリヴェルの頭を撫でた。


「あとで一緒に飲もう」

「はいっ……!」


 大きな手に撫でられる心地よさに、リヴェルは頬を綻ばせた。



 ***



「中に入らないのですか?」

「今入ったら、気を遣わせてしまうので」


 開いたままの扉から見える、仲睦まじいグレース達の姿。

 三人に気付かれないように、アーヴェントは扉の影に隠れた。

 案内の為についてきたマウロも倣うように隣に並ぶ。


「本当に良くして貰っているんですね」


 アーティとグレースに笑顔を向けるリヴェルの姿に、アーヴェントは呟く。


「……このまま此処で過ごす方が、あいつにとっては良いんだろうな」


 事が落ち着き、リヴェルが王宮に戻ったところで、果たして今のように笑えるだろうか。

 目覚めるかどうかも分からない父と、変わってしまった母。

 何があろうと自分だけはリヴェルの味方でいるつもりでも、本当に全てから守り切れるだろうか。


「殿下は、随分とリィル坊ちゃんを過小評価していらっしゃる」


 ひとりごちたアーヴェントの言葉を、マウロは聞き逃さなかった。


「確かに、王宮内には心無い大人も多い。無垢な子供が生き続けるには、毒になるものが多すぎる場所です。それに比べれば、ここはとても温かい。けれどその温もりに甘んじることをしなかったのは、リィル坊ちゃんです」


 生まれた時から、権力と責任ある世界に生きることを強いられる。

 酷なものだと思いながら、その重荷を背負う主の汗を拭うのがマウロの仕事だ。

 同情で、重荷を降ろす手助けをする事はあってはならない。


「それに、オルストン家の方々は優しくはしても甘やかしはしません。(ぼん)……アーティ様もああ見えて、鍛錬の時はリィル坊ちゃんに厳しいですよ。リィル坊ちゃんが強くなろうとしているのを知っていますし、王宮で強く生きられるように願っていますから」

「彼が……」


 アーヴェントは、扉の影から気付かれないように部屋の中を覗き込んだ。

 優しい視線をリヴェルに向けるアーティからは、厳しく接する姿は想像できない。

 その隣ではリヴェルが嬉しそうに、飴を眺めていた。


(……本当に、駄目な兄貴だな)


 誕生祭に出る事を決めたリヴェルの姿を思い出し、アーヴェントは掌を強く握りしめた。


「そうですね。俺は弟を甘く見過ぎてた。気づかせてくれて有難うございます」

「お礼など、恐れ多いことでございます。しかし、お嬢は少々甘やかしすぎですね。四つも飴を買い与えて……虫歯にならないよう気を付けなくては」


 眉間に皺を寄せるマウロに、アーヴェントが思わず苦笑していると「あら?」と、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、シルバーのトレー片手にオルストン家の侍女であるメイリーが立っていた。


「お二人とも、こんな所でどうしたんです?」

「仲良し三人姉弟の輪の中に如何にして混ざるか、羨望の視線を向ける殿下と作戦会議中です」

「!?」


 しれっと言い放つマウロに驚きの視線を向けるアーヴェント。

 メイリーはそれをあっさりと信じたようで「なるほど」と頷いた。


「確かに妬ける程仲良しですものね。 そんな時は入れてー!て、言えばいいんですよ! ほら!」

「え!? あ、ちょっと……!!」


 メイリーは空いていた片手でアーヴェントの腕を取ると、ずんずんと部屋の中に踏み入っていった。


「坊ちゃん方ー! 殿下も入れて四姉弟でおやつ食べましょー!」


 臆することなく進むメイリーと困惑の表情を浮かべるアーヴェントに、マウロは思わず片手で頬を抑えた。


「……我が妹ながら、本当に怖いもの知らずな」


 沸き上がる笑みを噛み殺し、マウロはそう呟いて二人の後に続いた。




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