51 トーウェン兄弟の謝罪
「「申し訳ありませんでした!!!!」」
地べたにひれ伏し、勢いよく頭を下げるダイナーとディック。
額に土がつかんばかりの低姿勢での謝罪など、ドラマでしか見た事がない。
ましてそれを自分が受ける立場になろうとは、グレースは夢にも思っていなかった。
「えっと……」
先ずは話をしようと屋台の裏に移動し、椅子に座った矢先の出来事。
グレースは微動だにせず頭を下げ続ける二人に、言葉を詰まらせた。
困惑するグレースの肩を、隣に座るアーヴェントが軽く叩き、手招きをする。
少しだけ身を寄せると、アーヴェントは内緒話をするように口元を手で隠しながら話し始めた。
「最初は混乱してたダイナーの記憶も、ブラムが魔法を全部解いた事でしっかりと思い出したらしい。この土下座は、自分達が何をしでかしたのか分かったうえでの、グレースへの謝罪だと思う」
グレースは彼らに出会った夜の事を思い出す。
リヴェルを連れて必死に走ったが、ディックに捕まり、ダイナーにナイフを突きつけられた。
グレースは自身の首元にそっと触れる。
「ちなみに、俺がリィルの兄貴だって事は知ってるが、俺らの身分を彼らは知らない。あと、俺も同じように弟を傷つけてすまなかったって土下座された」
「なるほど……」
既に経験済みだからこそ、アーヴェントは動じていなかったのかと、納得するグレース。
「フィグ、二人はどうしてここに?」
隣に立つフィグに尋ねると、フィグは屈んでグレースと視線を合わせた。
「奉仕活動だよ」
「奉仕活動?」
「そ。やらかしちまった事が事だから本来なら禁固刑もんだけど、こいつらも魔法で操られてた。言うならば被害者だからな。だから当面、病院での奉仕活動が二人に与えられた罰ってわけだ」
フィグは禁固刑と言ったが王族相手に誘拐と傷害。未遂ではあるものの、死罪を言い渡されてもおかしくはない。そうならなかったのは、リヴェルの身分を隠す為でもあるが、アーヴェントとブラムによる温情の部分も大きかった。
「じゃあ、さっき子供達の玩具を直していたのも、奉仕活動の一環だったのね」
少し離れた場所で楽しそうに遊ぶ子供達をみて、グレースは頬を緩ませる。
直して貰った玩具を見せ合う姿は皆、嬉しそうだ。
「あぁ。今日は客が持ってきた物を直す修理屋。普段は院内の掃除とか草むしりとか、立て付けの悪いドア直したりとか色々やってるよ。この病院も所々ガタが来てるからなぁ」
上を見上げ、建物を見回しながらしみじみと呟くフィグ。
そうしている間にも、ダイナーとディックの二人は頭を下げ続けている。
「あの、お二人とも頭を上げてください」
グレースが声をかけるが、ダイナーは首を横に振り、二人とも頭をあげようとしない。
そのままの姿勢で、ダイナーは口を開いた。
「俺はあんた……いや、貴方様とあの坊ちゃんに許されない事をした。いやっ、しました……!罰ならいくらでも受けるし、罪も償う……! だから、どうか弟だけは、こいつだけは勘弁してやってくださいっ!」
「いいや、兄ちゃんを止められなかったのは俺の責任です……。 俺も罰を受けます!なんだってします! だから、兄ちゃんの命だけは……!」
ダイナーとディックは、更に深く頭を下げ、額を地面に押し付けた。
平民が貴族に傷をつけた。
そういった事件は大なり小なり耳にした事がある。
そしてその中には、平民側に悪意が有る無しに関わらず、貴族側が権力と金の力を奮い、平民側に大きな罰を強いる事例もあった。
(そういう事件は、尾ひれがついて瞬く間に人の口によって広がるのよね)
ダイナーとディックも、きっとそういう噂を数々耳にしてきたのだろう。
貴族であるグレースを前に小さく震えている二人を見て、グレースは自身の首をひと撫でし、小さく息を吸った。
「なんでもすると言うのなら、先ずは顔を上げてください」
しかし、二人は頑なに頭を上げようとしなかった。
このままでは話が進展しない。
隣に立つフィグがダイナーとディックに声を掛けようとすると、グレースが再び口を開いた。
「……人と」
途端、全身の毛が逆立つような寒気に、フィグはグレースを見る。
アーヴェントも何かを感じたのか、驚いたようにグレースを見つめていた。
「人と話す時は、目を見て話しなさい。て、教わりませんでしたか?」
笑顔を浮かべているが、その声音にいつものグレースから感じる柔らかな雰囲気は感じられない。
怒声とも違う。思わず背筋を正したくなるような声音。
(なんか、ウェスタにつまみ食いが見つかった時みたいな……)
(ジルに説教されてる時みたいだ……)
ダイナーとディックもそれを感じ取ったのか、慌てて頭をあげた。
「す、すす、すみませ――」
「やっと目が合った」
謝ろうとしたダイナーと目を合わせ、グレースは微笑んだ。
「初めてお見掛けした時は酷い隈でしたけど、綺麗に消えてますね。怪我も、残って無さそうで安心しました」
リヴェルが魔力暴走を引き起こした時、ダイナーは気を失っていたが、顔や服の上から血が滲んでいた。
隈も消え、血色も良く、驚いたようにグレースを見る顔にあの時のような恐ろしさは感じられない。
「お、怒ってたんじゃ……」
「怒ってませんよ。貴方達がなかなか頭を上げてくれないから、少し意地悪しちゃいました。ごめんなさい」
急なグレースの変化に戸惑うディックに苦笑を返すと、グレースは椅子から降りて、二人の前に膝をついた。
「「!?」」
「お二人の謝罪はしかと受け取りました」
グレースは、驚く二人に正面から真っ直ぐと向き合った。
「騒ぎの中で私の身体に傷がつく事はありましたが、今は綺麗に治っています。これ以上、お二人が私に謝罪する必要はありません」
「許して、くれるのか……?」
「はい」
思いがけない許しに、ダイナーは口を開いたまま呆然とした表情を浮かべる。
その隣で「でも」と、声をあげたはディックだった。
「俺は、正気だったのに兄ちゃんを止められなくて、貴女に怖い思いを――」
ディックの言葉に、グレースは首を横に振る。
「あの夜、貴方が私達を連れ去る事に乗り気でないのは分かっていましたし、お兄さんを止めようとしてくれていました。そんな人を責める事なんてできません。フィグ、二人の奉仕活動の期間はあとどれくらい?」
グレースが振り向くと、フィグは腕を組んで考える素振りを見せた。
「最初は半年って話だったけど真面目にやってるし、早ければ二、三ヶ月で終わりになるんじゃないか? ブラム次第だけど」
「「!!」」
ダイナーとディックは顔を見合わせる。
終始暗い表情を浮かべていた二人に、初めて明るいものが浮かんだ。
「ダイナーさん、ディックさん」
「「!?」」
グレースに手を取られ、ダイナーとディックは驚きの表情を浮かべる。
そんな二人には構わず、グレースは二人をゆっくりと立ち上がらせた。
「ブラム先生なら、ちゃんと見ていて下さる筈です。あと、数ヶ月。頑張ってくださいね」
グレースがそう言って微笑むと、ダイナーは一度強く唇を噛みしめ、ディックは何度も頷き、各々に返事を返した。
「っ、はい……!」
「が、がんばりばずっ……ううっ……!」
「お、おいっ、ディック、泣くな!」
「アニギ、だっでぇ……!!」
緊張の糸が切れた様に泣くダイナーとディック。
その様子に気付いたのか、少し離れた場所で遊んでいた少女がこちらに近づいてくる。
「おいちゃんたち、ないてるの?」
さっきディックと遊んでいた小さな少女が心配そうに覗きこむと、ディックは慌てて涙を拭い笑顔を見せた。
「ちょっと目にゴミが入っただけだから、大丈夫だよ!」
「ほんと? もうげんき?」
「ほんと、ほんと!」
「じゃ、あっちでいっしょあそぼ」
「あ、えっと……」
少女はダイナーとディックの手を取った。
手を引く少女に困った様に、二人はグレースを見る。
「私達の事は気にせず、行ってあげてください」
「で、でも……」
「はやく、はやく!」
「わっ、ちょっと待てって!」
小さな体でめいっぱい二人を引っ張る少女に観念したのか、ダイナーとディックはグレースに申し訳なさそうに一礼し、少女に連れられて行った。
その先で、他の子供達に瞬く間に囲まれている姿を見るに、子供達からはしっかりと信頼を得ているのだろう。
「二人とも、子供達に好かれているのね」
「正直、あと数ヶ月と言わずもうちょい居てくれると助かるんだよな。ガキ共の御守り役にちょうどいいんだわ」
「あの中に混じってるの入院中の子達か?」
子供達を見つめながら、アーヴェントが尋ねる。
外から祭りにやってきた子供達の輪に、病院の入院着を着ている子供達が数人混じっている。
「あぁ。二人とも、最初は見た目で怖がられてたけど、玩具直したらすぐに懐かれてな。今は工房閉めてて時間もあるし、体力もある。遊び相手に適任なんだあの二人。看護師達もガキ達にゆっくり構ってやれる時間、なかなか作れないからな」
入院してる患者の中には子供の姿も少なくない。
勿論、子供専門の看護師もいるが、通常業務に加えて複数いる子供達の遊び相手までは手が回らないのが現状だ。
「フィグも猫になって一緒に遊んでやればいいんじゃないか? 動物は好かれるだろ」
「好かれ過ぎて耳と尻尾をちぎられそうになった事がないから、そんな酷い事が言えるんだお前は」
アーヴェントの提案に歯をむき出して威嚇するフィグに笑っていると、院内から出てくる人影が見えた。
見慣れた白衣に美しい長髪は、探していたブラムその人だ。
「あ、ブラム先生……と、一緒にいるのは患者さんかしら」
「あれは……」
ブラムの隣には車椅子の老婆と、それを押す男性の姿があった。
その姿を見るなり、アーヴェントは表情を曇らせ、背を向けてしまう。
「悪い、グレース。俺は今あの二人と顔を合わせられない。つーわけで、またなっ」
「えっ! ヴェントさん!?」
「あと、頼んだぞ。フィグ」
「りょーかい。貸しひとつな」
走り去るアーヴェントに軽く手を上げて、フィグはスンッと鼻を鳴らす。
「匂いでばれるか? まぁ、一応散らしとくか。グレース、服の裾押さえときな」
フィグは、グレースのスカートを指さす。
何が何だか理解が出来ぬまま、グレースは言われるがままに両手でスカートを抑えた。
「よし。じゃ、行くぞ」
グレースが服を抑えたのを確認すると、フィグは息を吸って詠唱を始めた。
「吹け。荒らせ。散らせ。彼方に。彼の跡を残さぬように」
フィグはそう呟いて少し長めに息を吹き出すと、人差し指を立て、円を描くようにくるくると動かした。
すると、下から上につき上げるように一陣の風が吹き抜けていく。
「わっ……!!」
「おっと、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。けど、今のは何をしたの?」
「匂いを飛ばしたんだよ。あいつ、鼻が良いから。ま、こんなもんで大丈夫だろ」
突風にふらつくグレースを心配しながら、フィグは再度鼻を鳴らす。
あいつとは誰の事だろうかと疑問を抱いていると、ブラムが小走りで此方にやってきた。
「フィグ! 何ですか、今の風は」
「虫が飛んでたんだよ。耳元で五月蠅いから追い払った」
フィグは虫を手で払う素振りをして、何食わぬ顔で嘘をつく。
先程までアーヴェントが居た事を言うつもりはないようだ。
「虫……まったく、何事かと思いました」
息を吐き、胸を撫で下ろすブラムにグレースは「あの」と声を掛けた。
「こんにちは、ブラム先生。本日はお招き頂き、有難うございます」
「あぁ、オルストン嬢。挨拶が遅れてすみません。こちらこそ、ご足労頂き有難うございます」
そう言うと、ブラムは軽く頭を下げた。
「本当はもう少し早く来る予定だったんですが、すみません。遅れてしまって」
「いえいえ。仕方ない事ですし、お気になさらず」
フィグ同様、遅れた理由を知るブラムはグレースを責める事なく、優しく微笑んだ。
「お母様はご一緒ではないのですか?」
「それが、着いてすぐに二人で院長室へ伺ったのですが、いらっしゃらなかったので先に劇団の方へ行ってくると」
グレースの言葉に、ブラムは何かに気付いた様にはっとする。
「今日は屋台の手伝いをしているとお伝えし忘れていました……! すみません、無駄に歩かせてしまいましたよね」
グレースは「いいえ」と、かぶりを振る。
「先生を探しながら屋台も見て回れましたし、とても楽しい時間でした」
アーヴェントとともに歩いた屋台通りを振り返り、グレースは笑みを浮かべた。




