48 師と弟子
サイラスからバート宛の礼状を受け取り、まとめた資料と共にジルはある場所へと向かう。
人目につかないルートを選び、長い廊下の果てに辿り着いた王宮の奥。
扉の横に立つ衛兵の挨拶に応え、扉の前で右手の手袋を外す。
魔力を込めてドアノブを握りながら「解錠」と呟くと、鍵が開く音がした。
扉を開けて速やかに中へ入り「施錠」と呟いて扉を閉めれば再度鍵がかかる。
部屋の奥へ向かうと、そこには大きめのベッドに仰向けで横たわる人物と、その隣で椅子に腰かけ、本を読むバートの姿があった。
「おかえりなさい」
気配に気付いたバートは本を閉じ、ジルに視線を向けた。
「…………」
「何か?」
「不法侵入者にしては、随分と馴染んでいるなと思いまして」
「っ……! 不法侵入については、この手段でしかジルさんに会う手段が思いつかなかったので申し開きもございませんが、決して馴染んでいるわけではなく、努めて平静を保とうとしているだけで――」
ジルの言葉を胸に受けて、弁明を述べるバート。
(相変わらず、揶揄いがいのある男だ)
困ると八の字に下がる眉は、歳をとっても変わらないようだと、ジルは昔を思い出した。
朝、いつも通り様子を見にこの部屋を訪れた際、今と同じように椅子に腰かけていた一番弟子。もとい不法侵入者、バート・リー・オルストン。
知らぬ顔ならば速やかに衛兵に突きだすが、この部屋の主と旧知の仲であるバートであれば話は別だ。
このような形で急に訪ねてきたという事は、何か理由があるのだろう。
バートの謝罪を遮って訪問の理由を尋ねれば、バートはリヴェルを預かっている事、誕生式典の事、またどうしてそういう事になっているのか。その経緯を教えてくれた。
「リヴェルは信頼が置ける人物に預けた」と言ったアーヴェントを信じてはいたが、自分が預かり知らぬところで、よもやそんな事態になっていようとは。
混乱や動揺は内に秘め、ジルは真っ先にどう動くべきかを思案した。
王宮内の状況、リディアとリヴェルの関係、誕生式典の重要性、バートへの信頼。
その他諸々を考えた結果、一先ずバートをこの部屋に留め置き、ジルはアーヴェントの元へと向かったのだった。
「それで、何事もありませんでしたか?」
弁明を聞き終え、部屋の中を軽く見回しながらジルは問う。
「特に何も。外の衛兵さんも、中に私がいると気付いていないようですし」
「外部からの魔法による侵入など到底出来ないようになっていますからね。中に貴方が居るとは思っても居ないのでしょう」
元からこの部屋には高度な結界が張られ、入室出来るのは限られた者のみ。
王宮を辞めたバートがこの部屋に入る事ができたのは、この部屋の主に「いつでも来い」と、魔法による入室許可を貰っていたからだった。
「あ、そういえばウェンディさんが花瓶の水を変えにきましたよ。気付かれないように隠れていましたが、お元気そうで良かった」
「彼女は今や侍女頭ですよ」
「なんと! 優秀な方でしたし、いずれそうなるだろうと思ってましたが流石ですね。他の皆さんもお変わりなく?」
「定年を迎えて退職した者も数名いますが、皆さん変わらず元気ですよ」
「そうですか。それは良かった」
バートは、懐かしむような表情を傍らの花瓶へと向けた。
「本当なら、私も定年を迎え一線から退いている予定だったのですがね」
「うっ」
「貴方が居なくなっただけでも痛手だというのに、当時執事として優秀な働きを見せていたマウロまで連れていかれた時は、どうなることかと」
「そ、それに関しては本当に申し訳なく……」
居た堪れなさに泳がせていた目をジルに合わせると「冗談です」と断言された。
「マウロが選んだ事ですから、とやかく言う気はありませんよ」
(やられた……。そういえば昔からこうだったな)
普段、表情があまり変わらないジルの冗談は、昔から分かりにくい。
久しぶりのやり取りに昔を思い返していると、ジルから封筒と数冊の本、纏められた紙束を手渡された。
「アーヴェント殿下に話は通してきました。こちらは殿下からの礼状。そしてこれが、過去の式典の資料です。招待客リストも入っていますので、取り扱いは慎重にお願いします」
「まさか申し出た当日に、こんなにしっかり纏められた資料を渡されるとは……。後で取りに来ようかと思っていたんですが」
「後でなんてとんでもない。我々の遅れは、リヴェル殿下の貴重な学習時間を奪う事になるのです。それに、こちらは前々から用意してあったものですし、大した手間ではありませんよ」
「前々から?」
「リヴェル殿下がお産まれになった時から、いずれ必要になることは分かっていましたから。準備は万全にしておくに越したことはありません。何か追加事項があれば、急ぎ送りますので」
「流石ですね……」
仕える側の人間として、ジルからは多くの事を学んできた。
側を離れた今でもジルの側付き、執事としての働きはバートにとって手本そのものだ。
「有難うございます。大切に使わせて頂きます」
礼状を懐にしまうと、バートは確認するようにパラパラっと資料を捲り、軽く目を通し始めた。
時折、反芻するように呟いたり、頷く姿にジルは問いを投げかける。
「バート。貴方は本当に良いのですか?」
資料から顔を上げ、バートはジルに視線を向けた。
「貴方はもう王宮を離れた身ですし、ヴェンダー陛下に頼まれたわけでもない。リヴェル殿下の御身を保護していただいているだけでも充分すぎるくらいだというのに、式典に向けての教育などという大役、本来なら手を貸す義理などないでしょう?」
王宮を去ってから過去に二度、バートは人目を忍び王宮を訪れていた。
一度目はアーリベルが亡くなった時。葬儀が行われる前に、故人に別れを告げに。二度目は、ヴェンダーが倒れた時だ。
だが、それ以来一度もバートは王宮に来ていない。
それなのに、どうしてこの部屋に再び足を踏み入れる決意をしたのか。ジルには疑問だった。
「……アーリベル様が視た国の終わり。あの先視に、私の子供が十七になる年に巻き込まれると、昔アーリベル様から直々に教えていただきました」
バートの言葉に、ジルは目を見開く。
「私共の娘、グレースは今年で十七です。私達が王宮から距離を置けば、国の存続に関わる様なことに彼女が関わる可能性は低いだろうと思っていたんですが……まさかブラム先生の病院で、殿下達と出会うとは思ってもいませんでした」
どうすれば関わることを回避出来ただろう。
病院にリヴェルが入院している事など知らなかった。
転移症で目覚めぬ我が子を前に、国一番の病院を差し置いて別の病院に行く選択肢など無かった。
リヴェルが王宮に居ることが出来れば、グレースが転移症にかからなければ、そんなものは自分の手ではどうにも出来ない。
あぁ、巻き込まれるとはこういう事か。と、バートは病院から戻ったライラにグレースとリヴェルの話を聞いた時に暗然と理解した。
「私が話を聞いた時には、既にグレースは本気で殿下達の力になろうとしていました。グレースにはアーリベル様の先視の話は教えていませんし、何よりそんな状態のリヴェル殿下を放っておけだなんて、到底言えなかった」
バートはベッドに横たわる人物に視線を向ける。
(貴方の子供を見捨てることなんて、僕に出来るわけがない)
かつての主にして、親愛なる友。
そこに横たわるのはこの国の王、ヴェンダー・レイ・アルバディオンだった。
リヴェルが転移症を発症して間もなく、ある日を境にヴェンダーは目を覚まさなくなった。
原因は、リディアとリヴェルに放たれた呪い。
ヴェンダーは自身の魔力を込めた守護の御守を、常日頃リディアと子供達に持たせていた。
本来なら身に付けていた御守の力によって、呪いは術者に返る筈だった。しかし、御守は破壊され、呪いは御守の魔力の元であるヴェンダーへ及んでしまったのだ。
幸いにも二人の身は守られたが、それ以来ヴェンダーは眠り続けている。
「それに、愛娘が意を決して殿下達の力になろうとしているのに、親の私が黙って見ていたら格好悪いじゃないですか。少しでも威厳のあるところを見せませんと!」
ふんっと、わざとらしく腰に両手を当てるバートに「やれやれ」と、ジルは溜息を吐く。
「すっかり親の顔ですね。今の貴方を陛下が見たら何と言うか」
ジルはベッドに近づき、ヴェンダーの布団をそっと掛け直した。
「……未だに手掛かりはありませんか?」
「方々手は尽くしてはいますが、呪いをかけた者も解呪の方法も見つかってはいません」
仰向けで横たわるヴェンダーはただ眠っているようで、声を掛ければ今にでも目覚めそうだ。
バートは何かを考え込むように口元に手を当てて、覚悟を決めたように口を開いた。
「これはあくまで仮説として聞いて欲しいんですが、リヴェル殿下の命を狙う人間と、陛下に呪いをかけた人間。この二人、同一人物の可能性はありませんか?」
「……どうしてそうだと?」
バートの発言に、ジルは興味深げな視線を向ける。
「呪いと病院で使われたという禁忌魔法。才能は勿論ですが、どちらも高度な技術と知識を持つ者にしか扱えません。それに、一番大きいのはリヴェル殿下を狙っているという共通点です」
もしも、呪いの理由が国への恨みや、政治的な傾国が目的なのだとしたら、国王と第一皇子を狙う筈だ。
後妻であるリディアと、王族として姿を公表していない幼いリヴェルを狙う理由は、きっとそこには無い。
「病院でリヴェル殿下を狙った人物は、王の血を引くことが相応しくないとリヴェル殿下を侮蔑していたと聞きました。それで思い出したんです。リディア陛下との婚姻の際にも、ヴェンダー陛下のお相手には相応しくないと一部から声が上がった事を」
リディアが相応しくないと言われた理由、それは彼女が元は平民であるからだ。
とある貴族の邸で侍女として働いていたリディアは、その優秀さから王宮へスカウトされ、最終的にはアーリベルの側付きにまで上り詰めた。
真面目で勤勉、人望も知識もある。側付きとして働いていただけに礼儀も申し分ない。
ただ一つ、平民の出自という部分だけに、首を縦に振らない人間が王宮と貴族の中に複数存在していた。
しかし、ヴェンダーは出自を理由とした反対意見には一切取り合わず、リディアを王妃に迎え入れたのだ。
「犯行の動機が、リディア陛下とリヴェル殿下の出自や血統への不満であるなら、二つの事件が同一人物によるものであってもおかしくはないでしょう」
バートの推理に「ふむっ」と相槌を打ち、ジルは軽く拍手をする。
「お見事。まったく、王宮は惜しい人材を手放しましたね」
「その口ぶりだと、やはりその線で捜査しているんですね?」
まるでクイズの正解者を称えるようなジルの素振りにバートは苦笑する。
「していて尚、何も掴めていないのが現状です。複数の目星はあっても、黒と言える程の証拠は出てきませんでした。アーヴェント殿下達も調べている様ですが、結果は同様でしょうね」
「一緒に調べていないのですか?」
「リヴェル殿下の転移症が発症してから、お二人の関係は良好とは言えません。おかげで、アーヴェント殿下は陛下をも疑ってます」
(まさかとは思っていたが、リディア陛下、本当に変わってしまったのか……?)
バートは、リディアの事を側付き時代から知っている。
自由奔放なアーリベルを叱責する姿もよく見られたが、厳しくも温かな人物で、アーリベルからも信頼されていた。
子供を冷遇するような人間ではない筈だと信じていたのだが、ジルが嘘を吐く筈もない。
「リヴェル殿下から、転移症になってからリディア陛下の態度が変わってしまったと聞きましたが、事実なんですね?」
「……えぇ。殿下の前世について、どうにも気持ちの整理がつかないようでして。陛下自身、表には決して出しませんが苦しんでいらっしゃいます」
「苦しんで、ですか……。では、陛下にお伝えください」
バートは咳払いを一つし、脳内にある人物をイメージしながら涼やかに微笑み、口を開いた。
「貴女が何を思っているかなんて知らないけれど、悪夢に魘される我が子を抱きしめる気が無いのなら、親なんて辞めてしまいなさい」
出がけにライラから「彼女が本当にリィルに酷い態度を取っていたようなら伝えて頂戴」と、託された伝言を一言一句、バートは間違えることなく言い切った。
ジルは一瞬、呆気に取られたかのような表情を浮かべたが、瞬時に切り替え「今のは……?」と眉を顰める。
「妻から任せられた陛下への叱咤激励です」
「叱咤激励というには、いささか棘がある気がしますが……。相変わらず、恐れ知らずなお方だ。不敬という言葉など、貴方の奥方の耳には届きませんね」
「ふふっ、そこがライラさんの魅力ですから」
「にやけるんじゃありませんよ、まったく」
頬を緩ませたバートに、ジルは呆れたように溜息をついた。
「さて、伝言を陛下に伝えるかは別として、私は業務に戻ります」
「私も邸に戻ります。今日は急な申し出だったにも関わらず、協力して頂き有難うございました。この御恩は必ず――」
「いりません。そんなもの」
頭を下げ、礼を伝えるバートの言葉をジルはきっぱりと断った。
「そういうわけには」と、頭を上げたバートを手で制して、ジルは首を横に振る。
「私は、師として弟子に手を貸したまで。報いる気があるのなら、完璧に事を成してください」
完璧に事を成す。
それは昔、バートがジルから幾度も言われた言葉だ。
側付きとして主の為に、半端な仕事は許されない。
出来る出来ないではない。やるのが私達の仕事なのだと。
更にこの言葉の後、ジルはいつも決まったように問いかける。
「貴方ならできるでしょう?」
試されているようでありながら、自分の力を信じてくれているのだと、若かったバートが気付くには随分と時間がかかったものだ。
「勿論です」
昔と同じように問われた言葉に、同じように言葉を返す。
違うのは、込められた自信。
ジルはその言葉に口角をあげ、踵を返した。
「それでは失礼。式典でのリヴェル殿下のお姿、拝見するのを楽しみにしています」
年内の投稿はこれで最後となります。
2023年もお付き合いいただき、また閲覧、ブクマ、いいね等々、本当に有難うございました。
私生活に追われる最中、本当に励みになりました。
なかなか頻繁に更新ができず申し訳ありませんが、来年もお付き合いいただけましたら幸いです。
良いお年をお迎えください。




