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前世の私は幸せでした  作者: 米粉
2章
42/68

41 再会(2)

 



 ブラムの言う「黒い鳥」は、動物の鳥を指す言葉ではない。

 グレースの脳裏に過ったのは、リヴェルが襲われた時のことだった。


「黒い鳥って、まさかあの時の……」


 グレースの言葉に、ブラムは頷く。

 ダイナーの精神を操り、リヴェルを襲わせた黒い鳥。

 荒れ果てた部屋で、衰弱した顔で倒れていたダイナーの姿をグレースは思い出した。

 まさか、今度はウェスタを操ろうとしたのだろうか。

 過る不安に早くなる鼓動を抑えつけるように、グレースは胸の前で右手を握りしめた。


「オルストン嬢とリヴェルが病院を去った後、私とフィグは鳥を病院に誘い込んだんです」


 ブラムは、鳥が病院の周りに潜んでいた事、グレースとリヴェルのことを悟らせないよう、気を引く為にあえて院内に鳥を誘い入れた事を説明すると、フィグに視線を向ける。

 その視線を受けて、フィグは黒髪の少年から鉛色の髪をした見知った少年の姿へ変化した。


「こうやって俺がリヴェルに化けて、あたかも隠れて病院で生活してるように見せてたんだよ」


 くるりっと一周、全身を見せるように身を翻し、フィグは腕を組んで仁王立ちになる。

 中身がフィグだと分かってはいても、普段のリヴェルからは考えられない立ち振る舞いにグレースは不思議な感覚を覚えた。

 それと同時に「外見では騙せても、振る舞いから怪しまれてしまうのでは……」と疑問が生まれる。


「リヴェルの姿の時は、極力喋らないように予め言っておいたんですが、意外と大丈夫でしたよ」

「おい、意外とってなんだ。意外とって」


 グレースの疑問を察して答えるブラムに、フィグは不満げに声を上げた。


「でも、鳥の狙いはリヴェル君ですよね。変化したフィグに危険が及んだりとか……」

「なんも」


 心配そうなグレースに、フィグはケロッとした顔で答えた。


「鳥に居場所がバレないように上手いこと一瞬だけ姿をみせるとか、リヴェルはまだ病院にいるぞーって存在を匂わせてただけだし、そもそも鳥の魔力も大したことなかったしな。襲われても俺が勝つ。というか勝った」

「勝ったの!?」

「おう」


 まさかの勝利宣言に驚くグレースに、フィグは自慢げに鼻を鳴らした。


「一体、何があったの?」

「えーと、確か四日前か」


 ソファーに再度腰かけると同時に元の少年姿に戻ると、フィグは思い出すように話し始める。


「夕方の見回りついでに鳥に姿見せとくかー、と思って院内を探してる時に悲鳴が聞こえてきたんだ。駆け付けたら、倒れてるウェスタに鳥が入り込もうとしてた」


 廊下で仰向けに倒れるウェスタの胸元に鳥が頭を突っ込んでいたと、フィグは自身の胸元を指さす。


「それを掴んで、引きずり出して、やつけた」


 胸に指した指を開いて、何かを掴み、引きずりだすようなジェスチャーから、パンっとフィグは両手を打った。

 まるで蚊を潰すような動作と端的な説明に、グレースは呆気にとられてしまう。


「やつけたって、そんなに簡単に……?」

「あぁ、滅茶苦茶弱かった。だから不思議なんだよな。何でウェスタを襲ったのか。あの魔力じゃ、精神に入り込むなんて無理だろ。な?」


 同意を求めるようにフィグは隣のブラムを見る。

 ブラムは口にしていたティーカップを置き「そうですね」と頷いた。


「そもそも、他者の精神を乗っ取れるような魔力は無いと踏んで院内に誘い込みましたしね。あの鳥に出来たのは、せいぜい主人への連絡程度かと思いますが……。もしかすれば、最後の悪あがきだったのかもしれませんよ」

「悪あがきねぇ。つーか、なんかやっぱ違う気がするんだよなぁ。別人つーか、人じゃないから別鳥(べつどり)?」

「別鳥?」


 腕を組み、唸りながら首を傾げるフィグにグレースは問いかける。


「んー、ダイナーを操ってた鳥とは別もんなんじゃないかと思って。あの時ダイナーから感じた、ヤバい感じがなかったんだよな」

「本来ならそれら含めて色々調べるために鳥を利用したかったんですが、消えてしまいましたからね」

「うっ……。それは悪かったと思ってるけど、まさかあんな簡単に消えるとは思ってなくてだな……」

「責めてるわけではありませんよ。人命が第一ですし、当然の判断です」


 鳥を倒してしまった事を気にしていたのか、珍しく項垂れるフィグ。

 そんなフィグの前に、ブラムはテーブルの上に置いたままのクラベルのミートパイを差し出した。


「私の分も食べていいですよ」

「いいのか!?」

「えぇ。頂きものではありますが、ホーウェンさんを助けたお手柄ということで、好きなだけどうぞ」


 沈んでいたフィグの表情が一瞬で明るいものに変わる。

 フィグはいそいそと箱からパイを一切れ取り出して「いただきます!」と言うやいなや、嬉しそうに齧り付いた。


「ふまいっ!!」

「こら、口に物を入れながら喋らない! ……まったく、今食べて良いとは言ってないんですがね」


 諫めるブラムの声を気にも止めず、フィグは口いっぱいにパイを頬張った。

 小さな頬を膨らませながら、満足そうに食べ勧めていくフィグの表情は幸せそうだ。

 その表情につられて、グレースも思わず笑みがこぼれる。


「あっという間に無くなりそうですね」

「すみません、行儀が悪くて……。食堂が閉まっている間、食事は街の食堂に頼んでお弁当をお願いしているんですが、それだけでは満足できないようでして」

「最初は新鮮で良かったんだけどな。流石にここ数日、毎日朝昼晩と弁当は飽きるんだよ……うまいけど」


 咀嚼していたものを飲み込んだタイミングで口を開いたかと思うと、フィグは再び口にパイを運び始める。


「あの、ウーちゃんは本当に大丈夫なんですか? 命に関わる事はないと言っていましたけど、数日間も食堂を閉めてるなんて」


 何もないのなら食堂を閉める必要はない筈だ。

 不安げなグレースに、ブラムは申し訳なさそうに表情を曇らせた。


「改めて説明すると、ホーウェンさんの体に外傷は一切ありませんし、意識もしっかりしていて命を脅かすような心配はありません。食堂をお休みしている理由は、魔力酔いが原因なんです」

「魔力酔い、ですか?」

「えぇ。ホーウェンさんは魔法が使えません。生まれつき体に魔力が無いんです」


 魔力酔い。

 それは主に魔法が使えない、つまり魔力を有していない人間が外部からの魔力に中てられて起こす、吐き気やめまいといった体調不良だ。普通ならば、魔力がある場所から離れて休めば徐々に回復していく、言わば一過性のものな筈だ。


「魔力酔いって、休めばすぐに良くなるものではないんですか?」


 今現在は魔法が使えないが魔力は有しているグレースは、魔力酔いを経験した事がないため分からないが、前世でいう車酔いと同じようなものだと認識していた。そのため、数日も休養が必要だという事に驚きを隠せない。


「普通ならばそうです。けれど、魔力が無いホーウェンさんの体は、魔力への耐性が低い。あの鳥は魔力で出来たものなので、それが無理矢理体内に侵入しようとした結果、酷い魔力酔いを引き起こしてしまったんです」

「酷いって、どれくらいですか?」

「最初はめまいと吐き気で起き上がれない程でした。数日経った今は日常生活を送れるくらいには体調も戻ってきたそうですが、まだ本調子ではないでしょうね」

「そんなに……」


(症状は治まってきているとは言っても、そんな状態が続いてるなんて)


 グレースは言葉を失った。

 車酔いだなどととんでもない。起き上がれないほどのめまいと吐き気なんて、グレースには想像もつかなかった。


「あの、魔法で治す事は出来ないんですか?」

「病気や怪我が原因のものなら可能ですが――」

「魔力酔いは魔力が原因だからな。魔力に触れると症状が悪化する可能性があるから、魔法で治癒出来ないんだよ。せいぜい出来るのは、症状を和らげる薬を出すぐらいだ」


 ブラムの言葉を引き継いで、フィグは言った。

 綺麗な円形が八等分に切り分けられていたミートパイは、いつの間にやら、四等分の半円を残すのみ。

 フィグはそれを箱に大事そうにしまった。


「全部食べないんですか?」

夕飯(ゆうめし)の時食う。しかし、辛いよな……。吐き気とか、好きなもん食えねぇじゃん。ウェスタ大丈夫かな……」


 悲し気な視線を箱に送りながら、フィグはしみじみと呟いた。

 確かに吐き気がある状態では、食事も喉を通らないだろう。それ以前に食欲がわかない可能性もある。


「そうね。少しでも食事を摂れていれば良いけれど、大丈夫かしらウーちゃん」


 フィグとグレースは視線をパイの入った箱に向け、二人同時に溜息をついた。

 ウェスタを心配し、落ち込むグレースとフィグ。

 そんな二人の様子に、ブラムは「良ければ」と切り出した。


「明日、検診が終わったらホーウェンさんの所にお見舞いに行ってみてはいかがですか?」

「でも、ご迷惑じゃ……」

「少しぐらいなら大丈夫だと思いますよ。ホーウェンさんもオルストン嬢に会いたがっていましたし。それに、ちょうどフィグに新しく調合した薬を持って行って貰おうと思ってましたから、監視役で着いて行って頂ければ私も安心できます」

「監視役?」

「ホーウェンさんのところに行ったら、ハメをはずして暴食しかねないので」

「そんな事ねーよ!て、言えればいいんだけどな。多分無理だな」


 否定するどころか、腕を組んで頷くフィグ。


「だって無理だろ。ショーケースなんて目に入ったらさ、もうさ、耐えられる訳がないだろ」

「そこは耐えて欲しいんですがねぇ」


 苦渋の表情を浮かべながらも開き直るフィグを横目に、ブラムはお茶を口にする。

 会話の内容が理解できず、グレースは発言権を求めてそっと手を上げた。


「えーと、ごめんなさい。ウーちゃんのお家に行くんですよね? ショーケース?」

「あ、知らないのか。ウェスタの家、ここだぞ」


 そう言ってフィグは、目の前の箱をグレースの方へと差し出す。

 箱には、女性の横顔を模したシルエットのロゴと「クラベル」の文字。


「パイの店クラベルって言えば、ここいらで知らない奴はいないぞ」

「美味しいって評判は聞いた事があるけれど、ウーちゃんのお家だったのね」

「昔はウェスタも働いてたけど、今はウェスタの子供がやってるんだよ。ここのはマジでどれも美味くてさ、ミートパイが一番好きだけど、やっぱアップルパイも良いし、季節限定で出る奴はハズレなしだし、あとは――」


(アップルパイ……。そういえば、ウーちゃんに頼んで作って貰ったりんごのタルトも絶品だったものね)


 嬉々として語るフィグの言葉から、グレースは入院中、ウェスタがアーヴェントの話を聞いて作ったりんごのタルトを思い出す。

 視線を落とすと、リヴェルは安らかな寝顔を浮かべ、小さな寝息をたてていた。


(ブラム先生の配慮は正解だわ。今の鳥の話を聞いたらきっと、ウーちゃんが襲われたのは狙われてる自分の所為だって、リヴェル君なら思いかねない)


 リヴェルの瞼にかかる前髪をそっと避けて、グレースは優しく頭を撫でた。


(リヴェル君は、何も悪くないからね)


「だから、いつか全種類丸ごと食ってみたいんだよなー。て、聞いてるかグレース」

「ん? あぁ、ごめんなさい! リヴェル君はいつ頃起きるのか気になっちゃって。えーと、どれもこれも美味しいから全種類食べてみたいし、いっそ丸ごと齧りつきたい。て、話で合ってるかしら?」

「合ってる。夢だよな、丸かじり」

「確かに。周りを気にせず勢いよく齧り付くのは夢ねぇ」


 うんうんっと頷くフィグに、笑顔で同意を返すグレース。

 そんな二人のやりとりに、ブラムは苦笑する。


「オルストン嬢、適当に聞き流していいんですよ。それと、リヴェルならそろそろ目覚めますから安心してください。あ、お茶のおかわり如何です?」

「いただきます」


 お茶のおかわりを貰い、明日の予定という名のフィグが食べたいパイの話を聞きながら、グレースはリヴェルが目覚めるのを待つことにした。




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