32 懐かしき友と残された未来
視察団の一行が病院を去った後、約束通りライラはグレースの元に戻ってきていた。
意を決して話があると切り出し、グレースはリヴェルの事をライラに話し始める。
リヴェルの置かれている状況や立場。
それらを掻い摘んで説明している間、相槌ひとつ打たず、黙って話を聞くライラにグレースは居心地の悪さを感じていた。
(反対されても仕方ないわ。それでも……)
退いてはいけないと、覚悟を胸に全ての説明をし終えたグレースの耳に届いたのは、予想とは逆の言葉だった。
「いいわよ」
「…………へ?」
あっさりと出された承諾の返事。
思ってもいなかった返しに、グレースの口から出たのは調子はずれの声だった。
意を突かれ、覚悟が口から漏れ出たような表情を浮かべるグレースの顔を見て、ライラはくすりっと笑う。
「あら、なーにその顔」
「だ、だって、てっきり反対されると」
「反対したら止めたのかしら?」
グレースはぎくりっと身体を強張らせる。
「反対されて説得も聞かなかったら、その子を連れて家を出るとか言うつもりだったんでしょう?」
「うっ」
考えをすべて言い当てられ、言葉に詰まるグレースにライラは息を吐いた。
「図星ね。まったく、昔から変なところで頑固なんだから。本音を言えば反対なのよ。でもね、反対したところで聞かないのなら言っても意味がないもの」
「……ごめんなさい。でも、どうしても力になりたいんです」
「謝るところが、貴方の優しくて甘いところよ。我を通すなら、そんなの知るかぐらいの心持ちで挑みなさいな」
肩を落とし、謝罪の言葉を述べながらも「力になりたい」という意志は曲げない。
そんなグレースに、ライラは「仕方ない子」と笑った。
「そうと決まれば急がないとね。バートに連絡して、先生と退院の相談をして、あぁ、迎え入れるために色々準備もしないと。ねぇ、グレース。殿下はどんなお部屋が好みかしら。必要なものをリストアップしないと」
「えっと、お待ちくださいお母様。先ずはお父様に説明をしないと」
どんどんと話を進めていくいくライラに、グレースは慌てて制止をかける。
意外と乗り気なのは嬉しいが、当主に許可を得ていない状態で話を進めるのは流石にまずい。
「大丈夫よ。国王陛下のご子息をバートが拒むなんてありえないもの」
きっぱりと言い切るライラに、その自信はどこから来るのかと疑問に感じていると「それじゃあ」とライラは席を立った。
「先生とお話しして、今日はそのままホテルに戻るわ。明日またくるから、リヴェル殿下のお部屋、どんな感じが良いか考えておいてね」
***
ティーセットを手にブラムが応接室にやってきたのは、ライラが到着してから数分後の事だった。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いいえ。こちらこそ急にお時間を頂いてしまって、申し訳ありませんわ。早速ですが先生、こちらのお部屋、盗聴対策は万全ですか? もう退いた身ではありますが、以前の職業柄プライバシーは大切にしてますの」
いそいそとライラの向かいに座り、二人分のお茶の用意をするブラムにライラは笑みを崩さずに問う。
「それならご安心を。事前に結界をはっておいたので、ここでの言動が外に漏れる心配はありません」
「じゃあ、もう必要ないわね」
ブラムの言葉を聞くな否や、ライラの顔から笑顔が消えた。
「貴方の前でする作り笑いは疲れるわ」
纏っていた空気もどことなく遠慮のないものに変わったのは気のせいではないだろう。
しかし、そんなライラの態度に驚く事もなく、ブラムは澱みなくお茶を淹れていた。
「無理に笑って繕う必要もないでしょうに」
「笑顔が素敵な神子様に不愛想に接して株が下がるのは私なのよ。貴方の方こそ誰彼構わず笑顔を振りまくの止めなさいな。騙される女性がかわいそうよ」
「人聞きの悪い事を言わないでください」
不服を唱えながら、ブラムは淹れ終えたお茶をライラの前に置く。
グレースや他の職員の前ではまるで他人のように振る舞っているが、ライラとブラムは旧知の仲だ。
向けられる多少辛辣なライラの言葉は昔から変わらず、その懐かしさに再会時「変わりませんね」と声をかけると「貴方も相変わらずだわ」と、眉間に皺を寄せられたのもブラムの記憶に新しい。
「昔から貴方の胡散臭い笑顔は嫌いだけれど、淹れる紅茶は美味しいのよね」
「有難うございます。バートさんには負けますけどね」
「当たり前でしょう。バートの腕前は前国王陛下のお墨付きですもの」
紅茶を口にし一息つくと、ライラはブラムに話を切り出した。
「それで、退院の日付は此方で決めていいのかしら?」
「それに関してはそちらの都合の良いように。オルストン嬢から話を?」
退院についてまだ伝えていない筈だが、グレースから話を聞いたのだろう。
ブラムの問いに、ライラは頷いた。
「大体聞いたわ。退院についても、リヴェル殿下についてもね。殿下の御身は、責任を持って我が家で預からせて貰うわ」
予想外のライラの言葉に、ブラムは驚きで目を見開く。
「本当に宜しいんですか?」
「えぇ。バートにはまだ話していないけれど、断りはしないでしょうし。それに、アーリベルが残した先視の意味が、これでようやっと繋がったわ。あの子が亡くなって王族と関わることは無いだろうと思ってたから、ずっと疑問だったのよ。まさか、こんな形で繋がるとはね」
何かを思い出すように、ライラは感慨深げに溜息をついた。
(アーリベル様……)
それはライラの旧友の名で、ブラムにとっても懐かしく、忘れることはない名だ。
アーリベル・レイ・アルバディオン。
「先視」という、未来が視える特異な能力を持った前王妃。
その力で王と国を支えてきたのだが、病気により若くしてこの世を去ってしまった。
神子という立場上、今よりも王宮に出入りする機会が多かったその昔、当時王妃だったアーリベルに「今のうちにお互い知っておいた方が良いわ。 将来のために!」と、ライラとバートを紹介されたのが始まりで、彼女の言っていた将来が今の事を指しているのだと気付いたのは、グレースが運ばれてきた時の事だった。
きっと、ライラもアーリベルに何か先視を受けていたのだろう。
アーリベルの事を思い出し、懐かしむライラにブラムは頭を下げた。
「すみません。あなた方家族を巻き込んでしまって……」
「貴方に謝られてもね。子供をほったらかして、本来頭を下げるべき方々は一体何をしてるのかしら」
ライラが呆れ顔で指す人々が誰なのか察し、ブラムは苦笑しながらライラを宥めた。
「まぁまぁ、色々と大変なんですよ」
「色々ねぇ……まぁ、いいわ。それで、ちゃんと説明してもらえるかしら。リヴェル殿下とグレースの間に何があったのか。あの子はどうして、殿下を預かりたいと言い出したのか」
「オルスタン嬢に話を聞いたのでは?」
「親を心配させないために、所々省いて話をしていることくらい分かるわ。私が聞いたのは、リヴェル殿下の前世が危険人物だという事。そして、誰かに御身を狙われていて、王宮にも居場所がないから力になりたいという事だけよ。どうして貴方がそのことを知っているの?って聞いたら、はぐらかされたわ」
「なるほど。リヴェルが魔力暴走を起こした話なんかは」
「何かしらそれ。聞いてないわ」
食い気味に答えるライラの表情は変わらないが、魔力暴走という言葉から不穏なものを感じたのか、一気に空気がひりついたものに変わった。
(察するに、自身に危険が及んだ時の話は心配をかけないようにしていないわけか。どうしましょうかねぇ)
グレースの意志を尊重する事もできるが、親として心配するライラの気持ちはもっともだ。
(すみません、オルストン嬢)
リヴェルを預かってもらう以上、ライラにしっかりと説明しないわけにはいかない。
ブラムは「分かりました」と切り出し、グレースとサーリーの出会いから誘拐未遂、食事会で親睦を深めた事、侵入者によって引き起こされたリヴェルの魔力暴走。
サーリーという人物についての説明とブラムが分かる範囲で起こった出来事を順に説明した。
「…………まったく、あの子ったら」
数秒の無言の後に小さく溜息を吐いて、頭痛がすると言わんばかりにライラは片手を額に当てた。
「改めて、オルストン嬢を巻き込んでしまった事、心より謝罪させてください」
深々と頭を下げるブラムに「やめてちょうだい」とライラは制止をかける。
「話を聞くに、グレースが進んで関わる事を決めたんでしょう。あの子の意思を尊重して、傷つかないようにしてくれたならそれで良いわ」
「ですが……」
「謝罪なら、貴方の黒猫ちゃんが入院を延ばした原因をつくった時に散々聞いたでしょう」
ブラムは、フィグが加護をしっかりかけなかった事を病院側の過失としてライラとバートに説明し、謝罪していた。本来なら、入院にかかる全費用をこちらで負担するつもりだったのだが「リハビリにかかる費用だけで充分。そこまでしなくていいわ」と、断られていた。
そんな訳にはいかないと多少言い合いになったが、バートにも宥められ、結果的にはライラの言う通りになったのだ。
「あの時も譲歩して頂きましたし、それ以前にそれとこれとは話が違います」
「違かろうが同じだろうが、良いって言ったら良いのよ。それに、入院が長引いたおかげであの子の変化にも気付けたから、黒猫ちゃんにも感謝しないとね」
「変化ですか?」
「以前の、転移症を患う前のあの子は、家の人間以外と進んで関わろうとしなかった。私とバートの所為もあるのでしょうけれど……彼氏どころか友達も居なかったのよ。それが、入院してる間に年の離れたお友達ができて、幼い子の面倒をみてる。廊下ですれ違ったご婦人や看護師さん達に自ら挨拶しただけでなく、世間話までし始めた時は驚いたわ」
それは、ブラムにとってはよくある光景で、驚くライラの方が意外だった。
グレースが他の患者や看護師達と交流している姿は、決して珍しいものではない。
転移症になる前のグレースを知らないブラムは首を傾げた。
「以前のオルストン嬢は、内向的な方だったんですか?」
「いいえ。今は少し大人びたように感じるけど、性格的にはあまり変わらないわ。ただ、他人との接し方が変わったのよ。自ら関わりを作らず、決して踏み込まないし踏み込ませない。他人と深く関係を作らない。そんな子だったの」
「あまり、想像できませんね」
「でしょう? だから驚いたのよ。他人の力になりたいだなんて。これも、ゼンコのおかげかしらね。あの子は普通のお婆ちゃんだなんて言っていたけれど、九十八年分の人生を生きた経験はとても貴重だわ」
グレースの前世の名を口にし、微笑むライラにブラムも同意を返す。
「確かに。その点においても、オルストン嬢は特例ですからね。転移症者は前世において早逝の方が多いですから」
転移症者は前世での人生が比較的短かった者が多いのだが、それについては昔から「神々による慈悲ではないか」と人々の間で言われている。
人生を全うできなかった者への、神からの「第二の人生」という名の救済。
そこに付属された前世の記憶は、神からの贈り物なのだ――と。
しかし、その「前世の記憶」が本人を苦しませている例も多い為、一様に贈り物などとは言えない事もブラムは重々理解していた。
「貴方は何歳くらいで?」
「確か三十前後まで生きた筈ですね。正確な記憶は残ってませんが」
「あら、私の方が長いのね。昔から落ち着き払ってるから、てっきり前が長かったのかと思ってたわ」
「よく言われます。ライラさんは五十代の頃にご病気で、でしたか」
「えぇ。まだまだ現役で役者を続けていくつもりだったのに、呆気ないものだったわ」
「今後は、もう舞台には立たれないんですか?」
ブラムの質問にライラは口へ運ぼうとしていたカップの手を止め、目を伏せた。
「アーリベルの見た最悪の未来が回避できて、望まれればいつでも戻るわ。今は子供達を見守るのが最優先よ」
最悪の未来。
その言葉にブラムの表情が曇る。
カップをソーサーの上に置き、ライラは「あぁ、そうだ」と呟いた。
「それについても貴方の意見を聞きたいのだけれど、リヴェル殿下が狙われている現状、これはあの未来に繋がると思う?」
「……恐らくは」
「じゃあ、今回の騒ぎを起こした張本人をどうにかできれば、最悪を回避できるという事でいいかしら?」
「それについては断言しかねます。今回の事が確実にそうだとは言い切れませんし、今後これ以上の事が起こる可能性も――」
「誰かの哀しみが引き金になる。違えた道を歩む者を止めなければ、行きつく先は国の終わり」
ブラムの言葉を遮ってライラが続けた言葉は、ブラムにも聞き覚えがある。
それは、先程ライラが称した最悪の未来。
国が滅ぶ未来をアーリベルが視た時の言葉だった。
「彼女に言われたわ。ライラ姉様の子供が十七歳になった時、その哀しみに巻き込んでしまう。ごめんねって」
「!」
「グレースが未来で関わる事を王宮側に知られれば、監視がついてしまう。それは本意ではないからって、アーリベルが直接私とバート伝えにきたのよ。それからは、なるべくグレースとアーティを王宮に近づけないようにしてたのだけど……」
初めて耳にする話に驚きを隠せずにいるブラムに、補足するようにライラは続けた。
「転移症に罹ってここに来たグレースは、本来ならとうに退院していた筈よ。けれど、思いがけず殿下達と縁ができてしまった。私には、今のグレースの現状がアーリベルの言うように、何かに巻き込まれているとしか思えないのよ」
「そう、ですね……」
(そもそも起こる確率の方が低いとアーリベル様自身が言われていた未来。王宮側も気にはかけていても、そこまで重要視してはいなかった。だが、オルストン嬢は現在十七歳……先視で見た未来に合致する。今までの事が、誰かの哀しみによって起こされた事件であるなら、リヴェルを狙う人物が『違えた道を歩む者』の可能性は大きい。いや、見方によってはそれがリヴェルであるという解釈も――)
「ねぇ」
ライラの呼びかけに長考していたブラムは、はっと我に返った。
俯いていた視線をあげ、急ぎ謝罪を口にする。
「すみません、考え込んでしまって」
「別に構わないけれど、ある程度聞きたい事も聞けたし、そろそろお暇するわ。バートとも連絡を取らなければいけないし、殿下を迎える為の準備もしないといけないから」
最後に一口紅茶を口にし、ライラは「ごちそうさま」と、テーブルにカップを置き席を立つ。
「また明日くるけれど、退院の日取は決まり次第連絡するわ。その時に、殿下も一緒に我が家にお連れするからそのつもりでいて頂戴」
「分かりました。色々とお手間を取らせてしまって申し訳ないです。リヴェルを迎える準備に掛かった費用の明細はあとでこちらに送ってください」
「……まさか、貴方が払うとか言わないわよね?」
歩を進めていたライラは扉の前で足を止め、後ろを振り返った。
「一応アーヴェントには伝えますが、王宮側で資金を調達するとなった場合、王宮内の誰に嗅ぎ付けられるか分かりませんし、そこからリヴェルの居場所がバレないとも限りません」
「言い分は分からなくもないけれど、呆れたわ。貴方がそこまでする必要はあるの?」
「リヴェルの担当医ですから。それに、アーリベル様に頼まれてますしね」
呆れた表情を浮かべるライラにブラムが笑顔でそう答えると、溜息を一つ吐いてライラは目の前の扉に手をかけた。
「本当、居なくなっても可愛くて我儘で厄介なお姫様。昔から、振り回されて大変ね」
「それはお互いさまでしょう」
「貴方と一緒にしないで頂戴。私は振り回されてないわ」
心外と言わんばかりの表情で吐き捨てると、ライラは扉を開けて結界外の廊下へと一歩踏み出し、こちらへと向き直る。先程までの表情を感じさせない程に、涼やかな笑顔を浮かべて。
「それでは先生、失礼しますわ。娘の事、最後まで宜しくお願いしますね」
綺麗な一礼を見せて立ち去るライラに「確かにアーリベル様と一緒になって無茶を言われたなぁ」と、ブラムは懐かしい思い出に苦笑して、すっかり冷めた自分用のティーカップに口をつけた。
暑さと体調不良に負け、更新が遅れておりました……すみません。
ブクマ、評価、いいね、本当に有難うございます……!
遅々とした進みで申し訳ありませんが、気が向いた時に少しでも読んで頂けたら幸いです。




