31 理不尽な理由
「…………」
「…………」
グレースは、正体を知らなかったとはいえ、今までの非礼の数々をどう謝罪すべきか考えすぎて言葉にならず、片やアーヴェントは、そんなグレースの様子にやはり騙していた事を怒っているのかと、双方かける言葉に悩み、沈黙が続いていた。
フィグはというとアーヴェントの姿に変化し「じゃ、身代わりになっといてやるから、ちゃんと話せよ。グレースも杖取ってごめんな」と、グレースに杖を手渡し、足早に部屋を出ていってしまった。
(急いで出ていったけど、フィグはヴェントさん……王太子殿下の代わりに視察に行ったのよね、多分。話をするために時間を作ってくれたのだとしたら、このまま黙ってたら駄目だわ)
身代わりという言葉とアーヴェントの姿になったことから、フィグが代わりに視察へ向かったのだろう。
これ以上、時間を無駄にするのはアーヴェントに迷惑がかかる。意を決して、先ずは今までの非礼を謝まろうとグレースは顔を上げた。
「ごめん」
しかし、謝罪が声になる前に、グレースの言葉はアーヴェントによって遮られてしまう。
「来るのが遅くなった事と、正体を騙してた事、心から謝る。本当にすまなかった」
思いがけない謝罪に、一瞬グレースの思考が止まる。
だが、目の前で頭を下げるアーヴェントに即座に我に返り「そんな!」と、グレースはかぶりを振った。
「頭をあげてください! 王太子殿下の事情を考えれば、謝罪を受けるようなことなど何ひとつとしてありませんし、むしろ、謝らなければいけないのは私の方です。存じ上げなかったとはいえ、無礼な振舞いの数々……本当に申し訳ありませんでした!」
「……俺に、怒ってたんじゃないのか?」
「なぜ!?」
怒られるとは思っていても、こちらが怒る理由など検討もつかない。
思いもよらない言葉にグレースは驚きと困惑の視線をアーヴェントに向けた。
「いや、一言も喋らなかったから怒ってるのかと」
「喋らなかったのは今までの事を何から謝るべきかとか、色々と驚いてすぐには言葉にならなかっただけで……怒るなんてとんでもないっ」
「そうなのか?」
「そうです! だって、正体を隠していたのだって立場を考えれば仕方のない事ですし、すぐに来れなかったのだって忙しかったからでしょう? それを怒るだなんて――」
「つまり、全部王太子が悪いと」
「!?」
「じゃあ、変わるか」
言うやいなや、アーヴェントは後ろで結んでいた髪を解き、わしゃわしゃっと両手で掻き乱した。
綺麗に整えられた髪が乱れ、あっという間に赤が紺へと染まっていく。
一通り色が変わったところで「こんなもんか」と、アーヴェントは再び髪を結び直した。
グレースが呆気に取られていると、上着の内ポケットからいつもの丸眼鏡を取り出して掛け、ふうっと肩の力を抜く。丸まった背中とその容姿は、グレースが良く知るヴェントそのものだ。ただひとつ、前髪で瞳が隠れていないことを覗いて。
「グレース」
「は、はいっ!」
「今から俺はヴェントなので、王太子と思って接するの禁止な」
「そういう訳には――」
「王太子命令なので拒否権はない」
「それは矛盾では!?」
「お、いいぞ。その調子、その調子。どんどん来い」
「何をですか!?」
王太子相手に思わずツッコミを入れてしまったグレースの「しまった!」と書かれた顔をみて、楽し気に拍手をするアーヴェント。その姿に、グレースは再び勢いよく叫んでいた。
身を乗り出してアーヴェントを見つめるグレースと、そんなグレースを笑いを堪えながら見つめるアーヴェント。
暫し黙って目を合わせ続いた沈黙。
「「…………ふっ」」
しかし、一体自分たちは何を言い争っているのかと、やり取りの馬鹿馬鹿しさに思わず同時に吹き出していた。
「ははっ! 悪い、グレース。冗談だ」
笑うアーヴェントに今まで接してきたヴェントを感じて、グレースの緊張も解れていく。
「でも、本当にヴェントだと思って接してくれて構わないからな。気を遣うかもしないけど、やっぱりあんたとだとヴェントの方が楽だ」
「そう言うことなら……あの、気になってたんですが肩の怪我は大丈夫ですか?」
以前の騒動の時「兄様を魔法で吹き飛ばしてしまった」と、後にリヴェルが悔いていた事をブラム伝いに聞いていた。
もし後遺症が残りでもしたら、アーヴェントにとって不自由になる事は勿論、リヴェルも後悔し続けるだろう。
「戻ってからすぐにエリが治してくれたよ。心配ありがとな」
肩を回して、にっと笑うアーヴェントにグレースは安堵する。
「とりあえず、座って話すか」
「はい」
頷き、グレースはソファーに腰を下ろすと早速疑問を口にした。
「あの、今から聞く話は本当に私が聞いても良いものでしょうか? ヴェントさんが、その姿で私の前に現れたのは、正体を明かす必要があったからですよね」
「……察しが良いな」
関係がない話なら、いつも通りヴェントの姿で良い筈だ。
つまり、今アーヴェントが話そうとしているのは確実に王宮内での話だろう。いくら王太子自身が話そうとしているとはいえ、外部の人間が簡単に聞いて良い話ではない。
「俺は、グレースを信用に足る人物だと思ってる」
アーヴェントは眼鏡を押し上げて、真っ直ぐな視線をグレースに向けた。
「ブラムに聞いたけど、リヴェルを預かりたいって言ってくれたんだろ? そこまで言ってくれてるのに、内情を何も話さないままってのはどうかと思うしな。勿論、聞いたからどうしろってわけじゃないし、聞きたくなければ話さない。どうする?」
グレースは自身の立場を考え、少しだけ戸惑う。
しかし、アーヴェントの信用という言葉を受け、自分の心に正直に答えた。
「……聞きたいです。聞かせてください」
少しの逡巡の後、はっきりと答えるグレースにアーヴェントは頷く。
「それじゃあ改めて、俺の名前はアーヴェント・レイ・アルバディオン。一応、この国の第一王子だ。ヴェントでもアーヴェントでも好きに呼んでくれ。そして、リヴェルは俺の弟で第二王子、リヴェル・レイ・アルバディオン」
向かい側のソファーに腰を下ろして、アーヴェントは改めて名乗りを上げた。
「さてと、何から話すべきかな」
「あの、ちょ、ちょっと待ってください」
考える素振りを見せるアーヴェントに、グレースは驚きながら制止をかける。
「本当に、リヴェル君が第二王子なんですか?」
「あぁ」
「だって、第二王子のお披露目は来年……リヴェル君はどう見ても」
「六歳にしか見えない。だろ?」
苦笑するアーヴェントは、グレースが言わんとしてる事を理解しているようだった。
エトラディオ王国の王子または王女は、生まれてから十歳になるまでは公務や式典でも常に顔を隠し、国民に姿を晒すことはない。十歳の誕生日を祝う式典で初めて国民の前に姿を晒し、それ以降、姿を隠さずに公務等への参加を許されるようになる。
来年の誕生式典にむけて今から準備が行われるほど、国民にとっては貴重な日なのだ。
「じゃあ、そこから話すか。リヴェルの年齢は間違いなく九歳だよ。今のあいつは転移症を発症した六歳から成長してない。リヴェルは、魔法で自分の時を止めてるんだ」
「!? 時を止めるだなんて……いえ、それ以前にどうしてそんな事を?」
「俺も最初聞いた時はまさかと思ったよ。時を操る魔法だなんて、物語の中だけだと思ってたしな。けどリヴェルは、それを無意識でやってるんだ。理由を聞いても、きょとんっとした顔で首を傾げるだけで何も分からない」
にわかには信じられない話にグレースは困惑を隠せない。しかし、アーヴェントが嘘をついているとも思えなかった。
「成長が止まってる事に気付いて色々と調べた結果、リヴェルの魔力量が俺よりも多い事が分かってな。体が弱いのは、そのせいもあるんだ。多すぎる魔力に、未成熟の体が耐え切れてない」
「それは、聞いたことがあります。確か、体が成長するとともに魔力も安定してきて、体調を崩す事も無くなっていくんですよね」
魔力を多く有する子供には珍しくない症状だと耳にした事がある。
リヴェルの魔力が人より多いだろうことは、魔力暴走の時の被害を目の当たりにして、どことなく分かっていた。魔法の扱いに長けた神子であるブラムとフィグが、二人がかりで対処しなければ抑えきれない程の魔力をリヴェルは持っているのだ。加えて、自身の成長を止める魔法を常にかけ続けているとなると、リヴェルの魔力量など、グレースには想像もつかない。
「今は第一王子ってだけで俺が第一王位継承権を持ってるけど、仕来りから考えれば魔力の量と強さが優先される。つまり、リヴェルが第一王位継承権を持つべきなんだ。けど、前世が犯罪者だった人間に国を任せられないって声もある」
グレースの脳裏に、サーリーの姿が浮かぶ。
「リヴェル君が王位を……。でも、まだ早いんじゃ」
「リヴェルを支持する奴らにとっては、早ければ早いほど良いんだ。今、王宮でリヴェルを支持する奴らの大体は、幼い内から次代の王に取り入って、将来便宜を図ってもらおうとする輩だからな。そういう奴らを気に食わない人間、俺を王にと推す人間、リヴェルの命を狙う動機がある人間は王宮に山ほどいるんだ」
狙う動機。
その言葉にグレースは目を見開いた。
(ずっと気にかかってた。どうして、あんなに幼い子が命を狙われるのか)
「それはつまり、リヴェル君の魔力が強くて、国王になる可能性があるから命を狙われてるって事ですか……?」
「断定は出来ないけど、その可能性は充分ある」
国の要人が命を狙われるなんてよくある話だ。
だが、あまりにも理不尽な理由に憤りを感じずにはいられなかった。
「そんなの、リヴェル君は何も悪くないじゃないですか……っ」
膝の上に置いた両手を強く握りしめ、グレースは小さく叫ぶ。
(ただ魔力が強かっただけ、王太子に生まれただけ、ただそれだけなのに)
爪の色が変わるほど強く握りしめた手を、俯く視界に入ってきたアーヴェントの人差し指にトントンっと軽く叩かれる。
「そんな強く握ったら傷つくだろ。手、開きな?」
顔を上げると、アーヴェントは優しく笑う。
しかし、その瞳はどこか苦しげだ。
「王宮では、王位がどうだの、前世がどうだの、誰も目の前のリヴェルを見ちゃいなかった。だからだろうな。王太子とか関係なく、自分に接してくれるグレースにリヴェルが懐くのは」
「……でも、ヴェントさんだってリヴェル君のことを想ってるじゃないですか。リヴェル君だって、それは分かってるはずです」
「想ってはいても、ずっと一緒にはいれないからな。執務に追われて、リヴェルが入院してた事も気づけなかった駄目な兄だよ」
「誰も教えてくれなかったんですか?」
「教えるどころか王妃に隠されてたんでな。それに関しては思い出しても腹が立つ」
「隠されてたって、どうして」
「さぁな。リヴェルの入院を知ってたのは王宮でもごく一部だし、病院でもブラムとフィグ以外には王太子だと明かさない徹底ぶりだ」
(病院にも王太子だと明かしてない……。先生が怪我をしても助けを呼ばなかったのは、もしかしたらその所為だったのかしら)
「ま、俺が実の息子じゃないから煙たがられてるだけかもしれないけどな」
グレースが魔力暴走の時の事を思い出していると、アーヴェントは一言、冗談のように笑う。
流石に笑えない軽口にグレースが困惑していると「ここは笑うとこだぞ」と指摘を受けた。
「さてと、流石にそろそろ戻らないとな。グレース、最後にひとつ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「リヴェルが王太子だと知っても、まだあいつを預かる気でいるか?」
アーヴェントの問いに、グレースはさして悩むこともせず、きっぱりと断言した。
「もちろんです。リヴェル君が何者であろうと、変える気はありません」
(……普通は、少しぐらい悩むもんだろうに)
グレースの凛とした答えに「分かった」と、アーヴェントは笑う。
「グレースがその気なら、俺も腹を括る。詳しい事はまた後で。暫く、俺は病院に来れないかもしれないけど、何かあったらブラムに伝えてくれ」
「あの、ヴェントさん!」
ソファーから立ち上がり、扉へと向かうアーヴェントにグレースは呼びかける。
「色々と聞かせてくれて、有難うございました」
立ち上がり深々と頭を下げるグレース。
その姿に驚いたものの、アーヴェントはすぐ笑みを浮かべて、ドアノブに手を掛けた。
「それは俺の台詞だっての。こちらこそ聞いてくれてありがとな、グレース」
片手を上げて「またな」と一言残し、アーヴェントは部屋から出て行った。




