23 不吉な訪問者
コンコンっと、扉を叩く音にリヴェルは振り返る。
「兄様?」
時計を確認したが、ブラムが部屋を訪れる時間では無い。さっき出て行ったヴェントが戻ってきたのかもしれないと、リヴェルはいそいそと扉の前に移動する。
『開けるな』
ドアノブに手を伸ばしかけたその時、自身の内側からサーリーの制止の声が聞こえた。
どうして?と、理由を問う間もなく、再度扉が叩かれる。
コンコン、コンコンっと、繰り返されるノックの音。
『あいつらなら、声かけるだろ』
今日、この部屋を訪れる予定のある人間は、ブラムとフィグを除いてヴェントだけ。そして、彼らならばノックと共に此方に声をかける筈だ。
返事など期待していないのか、一定のリズムを保って叩かれ続けるノックの音。
扉の向こうの得体の知れなさに、リヴェルは一歩後ずさった。
『おい。ベル鳴らせ。早く』
扉を叩いている時点で、結界にも触れている。許可の無い人間が触れた時点で、放っておいてもブラムが飛んでくるのだが、今、外にいる人間は正体が分からない。こちらからも異常を伝えるべきだとサーリーは判断した。
ベッド横のベルを鳴らせば、すぐにブラムが駆けつけてくれる。
気味の悪さと不安に耐えながら、サーリーの言うとおりにするべく移動しようとすると、ノックの音が止んだ。
(止まった?)
しんっと室内に静寂が訪れる。
もしかしたら、反応が無い事に痺れを切らして立ち去ったのかもしれない。
萎縮していた身体から力が抜け、安堵の溜息をついたのも束の間、力強い音が室内に響いた。
「ひっ……!」
ドンッ!!ドンッ!!と、先程とは比べ物にならない力で扉が叩かれる。
小さく悲鳴を上げて、扉を見つめ続けるリヴェルは、すっかり恐怖に呑まれてしまっていた。
『おい、リヴェル!』
――ピシッ
しっかりしろ!と、続けようとした瞬間、激しいノックの間に何かが軋むような音がした。
結界が張られている限り、扉が開く事も、壊れる事も無いはずだ。
(まさか、今のは――)
次第に大きくなる音の正体にサーリーが気づいた時には、何かが割れるような音が部屋中に鳴り響いた。
「先生の結界が……」
リヴェルの呟きにサーリーも確信する。
この部屋の結界が破られた。
ゆっくりとドアノブが回り、蝶番が音を立てながら扉が開く。
そこに立っていたのは、ダイナーだった。
虚ろな目はリヴェルを捉え、一歩、室内へと足を踏み入れる。
「こ、来ないで」
「穢れた忌み子よ」
ダイナーの声は重く、誘拐騒ぎの時とはまるで別人だ。
「よく安穏と生きていられる。前世のお前が奪った命の数々を忘れたか?」
まるでリヴェルの前世を知っているかのようなダイナーの口振りに、サーリーは瞬時に察した。
目の前の人間はダイナーではない。サーリーの読み通りならば、目の前の人物はダイナーに魔法をかけ、裏で操っていた黒幕だ。
『聞くな、リヴェル。俺と代われ』
しかし、リヴェルにサーリーの言葉は届いていないようで、浅い呼吸を繰り返しながらダイナーを凝視している。
「お前みたいな子が王の血を引くなど、あってはならない。捨てられて当然だ」
「ちがう、捨てられてなんか……」
「こんな部屋に閉じ込められて、捨てられたも同然。 唯一お前の元を訪れる兄も、いずれお前を見限ろう」
「兄様は、そんなこと――」
「しないと言い切れるか? 自分より魔力が強い弟さえ居なければ、あの方の地位は確固たるものだった」
「っ……」
「邪魔な弟を愛する兄がどこに居よう?」
「そんなっ……、ちがう、ちがう……!!」
『リヴェル! おいっ!!』
内側で呼ぶサーリーの声も聞こえないまま、リヴェルは嗚咽を漏らすように叫ぶ。
その叫びに呼応するように部屋の空気が震え、窓や家具が小刻みな音を立て揺れ始めた。
「やめなさい!!」
そんな時、ダイナーの後ろから制止の声が掛けられる。現れたのはブラムと青年姿に変化したフィグだった。だが、ダイナーは二人には一瞥もくれず、リヴェルを見つめ続けている。
感情の読み取れない顔が、にやりっと歪むのをサーリーは見逃さなかった。
「憐れ、憐れ。血にまみれたお前を、誰も愛さない」
止めとばかりに吐かれたその一言に、リヴェルは耳を塞いだ。
「うあっ、あああああ…………!!!!!」
ダイナーの言葉は、リヴェルの感情と共に魔力を爆発させるには十分だった。
***
幾度も立ち止まりそうになりながら、グレースは病室のある三階への階段を上り切った。
軽く息を整え、再度歩を進めると、いつもとは違う空気を肌に感じる。
「何、この感じ……」
中庭でも感じた、ざわざわと肌を撫でる「何か」が、リヴェルの部屋に向かうにつれて強くなる。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
リヴェルの部屋が伺える距離まで近づき、グレースはその光景に目を見張った。
部屋の前の廊下には木片や割れた廊下の窓ガラスが散乱し、恐らく扉だったものが無残に転がっている。
そして、その中に壁に寄り掛るようにして座り込むブラムと、傍らに膝をつくフィグの姿があった。
「フィグ! ブラムせんせっ――!?」
駆け寄って、グレースは思わず口元を抑えた。
蒼白い顔色と荒い息遣い。力なく垂れさがるブラムの右腕は、赤黒く染まっていた。
染まった白衣と、袖口から覗くあらぬ方向に曲がっている指が、白衣の下の惨状を物語っている。
「グレース!? なんで此処に……!」
「ヴェ、ヴェントさんを追って……」
「あぁ……っ、人避けの結界、忘れてましたね……」
ブラムは「許可無き者の立ち入りを禁じる」と呟いて、大きく息を吐いた。
「これで、この階には誰も……っ、入って、来れません」
「阿呆! こんな状態で、魔法なんて使うな!」
「誰か、助けを呼んできます……!」
「いえ……、大丈夫。フィグの魔法のおかげで、痛みは治まってきましたし」
「一時的に魔法で痛覚遮断と止血してるだけだ。この腕治せる程の魔法を俺は使えない……。早く移動して処置しねえと」
「今ここを動いたら、この部屋の結界を保てなくなります。中の状況が分からないのに、結界は解除できません。下手をすれば、病院中がこの惨状になりかねない」
痛みを感じなくなっている為か、先程よりも言葉に詰まらず話すブラムだが顔色は悪いままだ。
「……フィグ、一体何があったの? リヴェル君は?」
「リヴェルなら、部屋の中で癇癪起こして暴れてるよ。ブラムはそれを止めようとして、この有様だ」
「被害が広まらないように結界を張ったんですが、少し間に合わなかったんです」
フィグの答えは、イラつきと焦りからか少し投げやりだ。
ブラムは苦笑を浮かべているが、その腕は、癇癪を止めようとして負った怪我には到底思えないほど重傷だ。
「癇癪……それに被害って」
「癇癪という名の魔力暴走です」
グレースが困惑しているとブラムが口を開いた。
今は魔法の使えないグレースでも、その言葉には聞き覚えがあったが実際に目にしたことは無い。
「感情の高ぶりに合わせて、魔力が溢れてしまう。特に感情の抑制が苦手な子供に見られますが、稀に大人に起こるケースも――」
「あーーーー!! 今、そんな話してる場合じゃないだろ!! どうすんだ! あれ!!」
ブラムの言葉を遮って、フィグは部屋の方を指さす。
見える範囲にリヴェルの姿は確認できないが、部屋の中にも木片や何かの破片が散らばっている。
「お前は動かせないし、俺も手を離せない。ヴェントが来たのは幸いかもしれないが、万が一あいつの身に何かありでもしたら大事だぞ!」
「ヴェントさんも中にいるんですか……!?」
「えぇ。制止も聞かずに飛び込んで部屋の中です。うまくリヴェルを落ち着かせてくれればいいんですが……厳しいでしょうね」
辺りの状況とブラムの腕を見て、リヴェルの魔力暴走が相当に危険なものなのだと、グレースは理解した。
リヴェルは勿論、そんな中に飛び込んでいったヴェントへの心配が一気に胸に押し寄せてくる。
「やっぱり、誰か助けを呼んだ方が……」
「リヴェルの魔力の強さは尋常じゃないんです。それを抑えられるほどの力を持った職員は居ませんし、フィグと代わってもらったとしても、フィグ一人じゃ彼を抑えられない。ので、行くしかないんですよね」
そう言って立ち上がろうとするブラムを、フィグは寸でのところで止める。
「無茶言うな! お前、一体今いくつの魔法を使ってると思ってんだ。普段からかけ続けてる入院患者達への守護に複数の結界……! その上、今の状態のリヴェルを抑えるほどの魔法なんて、明らかに限度を超えてるだろ!」
「魔法は使いませんよ。話して落ち着かせてきます」
「はぁ!?!?」
「最近のリヴェルは精神的にも安定してきていましたし、良い兆しが見えてましたから。それに、今回の癇癪は人為的に起こされたもので、彼は悪くない。力で抑え付けるのは最終手段です」
「だからって――」
「あの……!」
二人の会話に割って入る様に、グレースは叫ぶ。
(魔法は使えないけど、話をすることは出来る。今、私に出来ること……)
助けたいと思いながら、見ているだけでは何も出来ない。
伸ばした手を掴んで貰える確証もないけれど、この場で動けるのは自分だけだ。
グレースは二人の視線を受けながら、意を決して口を開いた。
「私に、行かせてください」
思いのほか、長くなりそうなので一旦区切って投稿します。
相変わらずの話の進みの遅さ……。
更新も遅くてすみません……。




