22 グレースの葛藤
「ご報告します。どうやら、大工の男は失敗に終わったようです」
眼前の男は表情を変えることなく、淡々と言葉を発した。
予想していた通りの内容に「そうか」と、短く返す。
身元が割れるリスクを減らす為、学のなさそうな平民を選んだ時点で、上手くいけば御の字程度の期待しか抱いていなかった計画だ。失敗したからといって、どうという事はない。
「弟と共に計画を実行に移したようですが邪魔が入り、病院側に捕縛。現在は院内にて拘束されています。どうやら捕縛の際に怪我をしたようで、病院側の今後の対応としては、監視、治療を施していくようです」
「治療とは名ばかりだろう。あの神子の事だ。男にかかる魔法に気付き、此方の事を探ろうとしているに決まっている」
相手が王族だと知らなかったとはいえ、誘拐は犯罪行為。未遂であっても、罪に問われるべき所業だ。まして、王族を攫おうとした人物を国に引き渡さないなど、通常ならばありえない。
そんな人物を自身の監視下に置いておける。それだけの力があの神子にはあるのだ。
「まったく、忌々しい……。神に仕えるものでありながら、あんな者を助けるなど」
「男とその弟の処分は如何いたしますか?」
「今一度、利用させて貰おうか。お前は引き続き、第二王子を見張れ」
「承知致しました」
報告を終えると男は一礼し、部屋を出ていった。
男の気配が消えるのを待って窓際まで移動し、人目が無いことを確認して窓を開けると、自身の影に片手をつく。
「生まれ出でよ。同胞」
固い床に投影される影をするりと撫でて、力を込めて言葉を発すれば、影はたちまち質量を得た。
ずるりっと、それを影から引きずりだして窓の外へ放ると、鳥の形を成し、翼を羽ばたかせて病院の方角へと飛んで行った。
「断じて生かしてはおけぬ……」
許されるものか。
血にまみれた前世を持つ子の存在など。あんな穢れが王族を名乗るなどあってはならない。
災いを生む前に、芽は摘まねば。消してしまわねば。
王になるのは、あの方の子、ただ一人なのだから――
***
「はぁ……」
グレースは、今日何度目かも分からない溜息をついた。
膝の上には開いただけの本と、その間に挟んだ栞。リヴェルから貰ったそれを眺めて呆然とするだけの時間を、グレースは中庭で過ごしていた。
(生きる為に悪事に手を染めてきたサーリー君と、その前世の所為で家族に距離を置かれているリヴェル君……)
人の命を奪うのは、悪い事だ。
だが、そうしなければ生きられなかったサーリーの人生は、どれだけ壮絶だっただろう。
サーリーの瞳の色を引き継ぐほどに繋がりが深いのなら、リヴェルはきっと、サーリーの記憶をしっかりと共有している筈だ。そして、それが同時に周囲に怖がられる理由になっているのだろう。
前世同様、誰かを傷つけるのではないか――と。
(だからって殺そうとする?)
サーリーが悪し様に言うリヴェルの母親とは、一体どういう人物なのか。
(先生かフィグに聞いたら教えてくれるかしら。でも、なんて聞くの? それ以前に、知ってどうするの? 知ったところで出来る事なんて無いし、というか、まず、私は)
「ただの赤の他人なのよ……」
どんなにリヴェルの事を心配していようとも、他者からみれば興味本位の野次馬にしか見えないだろう。
何か力になれればと思っても、何も出来ないのが現状だ。
リヴェルの部屋を見上げると、窓は閉じているがカーテンは開いていた。ブラムの言いつけをちゃんと守っているのだろう。
(えらいなぁ。あんなに素直で良い子なのに、どうして)
昨夜、サーリーと話をしてからグレースの心は晴れず、この調子で堂々巡りだ。
答えの出ない問答にグレースは再度溜息をつき、ベンチに寄りかかり空を見上げた。
しかし、視界に入ったのは青い空ではなく、グレースを見下ろす丸眼鏡。
「随分と重い溜息だな」
一回、二回、瞬きを繰り返し、グレースは勢いよく上体を戻して振り返る。
そこに居たのは、覗き込むようにグレースを見下ろすヴェントだった。
「ヴェントさん!? いつからそこに!?」
「赤の他人がどうとかって辺りから。今日はフィグは一緒じゃないのか?」
「フィグは、新患が入ったからってブラム先生と一緒に問診に行きました。えっと、ヴェントさんはお見舞いですか?」
まさか聞かれていたとは思いもよらず、グレースは何事も無かったかのように笑顔で尋ね返した。
「あぁ。リヴェルと……ほいっ」
そう言って差出されたのは、小さな花束。
色とりどりの花の中に混じる見覚えのある四つ葉の赤い花は、リヴェルから貰った栞の花と同じものだ。
「グレースにも。会うたび手ぶらじゃ格好つかないしな」
「頂いて良いんですか?」
「勿論。リヴェルのとこにはもう持っていったし、これはグレースの分だからな」
「あ、有難うございます……」
男性に花束を贈られた経験など、皆無に等しい。
少し照れながら、グレースは両手で花束を受け取った。
「それで? 何に溜息ついてたんだ?」
「えっと……」
母親の事を、聞いたら教えてくれるだろうか。
言いよどむグレースの心を見透かしたように、ヴェントは言った。
「リヴェルの事か?」
「!」
「その顔、図星だろ」
「そんなに顔に出てました?」
「顔にも出てるし、さっき溜息つきながらリヴェルの部屋を見てたろ」
どれだけ顔と態度に出ていたのだろうか。
羞恥で顔を手で覆うグレースの隣に、ヴェントは座る。
「リヴェルが何かやらかしたか?」
「まさか! リヴェル君は良い子です。すっごく」
「そりゃ、兄として鼻が高いな。じゃあ、何が原因なんだ? リヴェルが関わる事なら、話して欲しいんだが」
向けられた視線から、兄としてリヴェルを心配するヴェントの気持ちが伝わってくる。
もし本当に、リヴェルの母親が危害を加えようとしているなら、それを止められる可能性が高いのは家族であるヴェントだ。
「…………ブラム先生には言わないでください」
悩んだ挙句、グレースは昨夜のサーリーとの会話を話し始めた。
最初は驚いていたヴェントも、訥々と話すグレースの言葉に黙って耳を傾けていたが、グレースが話し終えると頭を抱えて「あの馬鹿野郎」と呟いた。
「それでブラムには内緒に、か。確かにこの事が知れたら、リヴェルの状況はもっと悪くなるな。でも、なんで呼び出しに応じたんだ?」
「単純に知りたかったんです。私に何の用があるのか」
「怖くなかったのか?」
「少しだけ。でも、病室の結界が強化された事、フィグに聞いてましたから」
部屋から出ることは勿論、ブラムの許可の無い人間が入ることは出来ない。むやみやたらに触るとブラムがすっ飛んでくるから気を付けろよ。と、食事会の準備の最中に教えて貰ったのだ。
「だから、何かされる可能性は低いかなっと」
「なんつーか、誘拐騒ぎの時と言い、変なとこで度胸があるよな。貴族のご令嬢とは思えんくらい」
「それは、えっと、女は度胸とも言いますし。まぁ、褒められた行動ではなかったと反省はしてます……」
「それを言うなら度胸じゃなくて、愛嬌だろ」
静かに肩を落とすグレースに、険しい色を浮かべ続けていたヴェントの表情が少しだけ和らぐ。
一呼吸置いて、ヴェントはまた口を開いた。
「あの人……俺らの母親な。元から厳しい人ではあるんだが、愛情が無いわけじゃなかった。でも、リヴェルが転移症になると同時にどんどん様子がおかしくなって、最近じゃ、何を考えてるのかもよく分からない」
「他のご家族は……?」
「父親がいるけど、訳あって顔を合わせる事が少ないんだ。それもあって、我が家は問題が山積みだ」
ヴェントは両腕を挙げて大きく伸びをすると、そのまま脱力して、背凭れに寄りかかり空を見上げた。
「色々と大変なのは分かる。でもそれは、リヴェルを突き放して良い理由にはならないと思うけどな」
「ヴェントさん……」
「まったく、相談のひとつくらいして欲しい……って、違うな。こんな事話す気じゃなかったんだが、あんた相手だと、どうにも口が滑る」
グレースの心配そうな視線を受けて、ヴェントはガシガシっと片手で頭を掻いた。
「サーリーの話を真に受ける気は無いけど、母親の事は気を付けて見とくよ。悪いな、心配かけて」
「あ、あの、」
自分にも何か力になれる事はないか。そう言いかけたところで、グレースは言葉を止めた。
(何……?)
先程までの空気とは違う、肌に感じる言い知れない違和感。
隣を見るとヴェントも何かを感じているようで、虚空に視線を向けていた。
何かが起こっている。
そう確信した次の瞬間、甲高い耳鳴りのような音が聞こえてきた。
「グレース!!」
呼ばれると同時にヴェントに引き寄せられ、頭を覆うように抱き締められる。すると次の瞬間、空気が震え、何かが割れるような音が辺りに響き渡った。
(何、今の音……)
一瞬の出来事に恐る恐る瞼を開けて周囲を見回すが、どこにも異常は見られない。
「大丈夫か、グレース」
「私は何ともないですけど、今のは一体……っ」
何が起こったのか。中庭にいる他の患者や看護師達もにわかに慌ただしい。
だが、ヴェントだけは焦りの表情を浮かべていた。
「悪い、話は後だ」
「ヴェントさん!?」
ヴェントは立ち上がると、すぐに院内に向かって駆け出していった。
ヴェントが急ぐ理由、思い当たる方向に視線を移すと、リヴェルの部屋の窓が割れている。
嫌な胸騒ぎを感じて、グレースは杖を手に取り立ち上がった。
「リヴェル君……!」
足元に落ちた花束にも気付かず、グレースは逸る気持ちのままに杖を動かして、リヴェルの部屋へと向かった。




