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前世の私は幸せでした  作者: 米粉
1章
21/68

20 約束の食事会

 



 誘拐騒ぎから一週間、事件の話で持ち切りだった病院内も、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。

 患者達の噂の的は専ら犯人達についてで、グレースとリヴェルの事など微塵も出てこない。

 それどころか、誘拐事件は「窃盗事件」として処理され、金目のもの目当てで忍びこんだ強盗をブラムが捕まえた。と、患者達の間で広まっているようだった。

 事実を知っているのは、ごくわずかの病院関係者とグレースとリヴェルの家族のみだ。


「あの時、まさかブラム先生に魔法をかけられてただなんて、思ってもいなかった」

「人が集まる前の数秒の早業だったからなー。おかげで人目に晒されずにすんだだろ?」


 フィグと会話を交わしながら、グレースはリヴェルの部屋の前で扉が開くのを待っていた。

 今日のフィグは白衣の青年姿。頭一つ高いフィグの青年姿にも、ようやっと見慣れてきたところだ。


「そうね。先生には感謝してもしきれないわ」


 騒ぎがあった夜、真っ先に駆け付けたブラムは、グレースとリヴェルの気づかぬ間に、二人の姿を一時的に周囲から見えなくする魔法をかけていたらしい。

 それは、周囲の眼から二人を守る為のものだったようで、おかげでグレースは噂の的にならずにすんでいた。


「でも、先生が使った魔法って難しいものだと思うけど、何かを唱えた様子もなかったし、数秒でできるものなの?」


 魔法にも難易度というものがあり、いくら魔法を使う素質があっても、何でも簡単に出来るわけではない。

 通常ならば使う魔法をイメージし、言葉にする事で発動するのだが、あの時、ブラムはそれらしき言葉を唱えていなかった。


「ブラムは神子の中でも、魔法に関しちゃずば抜けて優秀なんだ。でも、流石に詠唱の一言も無しじゃ、数分が限界。だから、すぐ部屋に帰されただろ?」

「そういえば……」


 思い返せばフィグの言うとおりだ。

 あの夜は誰かと話す間もなく部屋に戻され、その後も暫く、看護師ではなくブラムが直々に様子を見に来てくれていた。


「ブラム先生って、本当に凄いのね……。だけど、ちゃんとお家に帰れてる? 毎日病室に顔を出してくれて、気にかけてくださっているのは有難いけど、休めているのか心配だわ」


 薄々、もしかしたら……と思っていたが、ここ数日の騒ぎもあり確信した事がある。

 ブラムを病院で見ない日が無い。

 たまに見かけない時もあるが、看護師に尋ねると診察や往診、会議など、常にどこかで業務をこなしているようだった。


「帰るも何も、家が無いしな」

「家が無い!?」


 思ってもいなかった回答に、グレースは驚きの声を上げた。


「昔はあったけど殆ど帰らないし、こっちのが便利っていう理由で、引き払って病院(ここ)に住んでるんだ。院長室の隣の部屋で寝起きしてる」

「それは、大丈夫なの……?」

「元から仮眠室だったし、あれでも院長だからな。誰も何も言わなかったぞ」

「そうじゃなくて、先生の身体が心配なのだけど……」

「倒れる前には寝てっから、へーき、へーき」


 パタパタっと手を振って、軽く言い放つフィグ。

 ブラムと共に過ごしているフィグが言うなら大丈夫なのだろうが、多少の心配は拭えない。

 グレースが心配していると部屋の扉が開き、ブラムが顔を出した。


「すみません、お待たせしました……オルストン嬢?」


 心配が顔に出ていたようで、グレースを見たブラムは不思議そうに首を傾げた。


「先生、睡眠と食事はちゃんと摂ってくださいね……!」

「え、えぇ」


 呆気に取られるブラムに「絶対ですよ」と、力強く念を押してグレースは部屋の中へと進む。

 閉め切られていたカーテンは開かれ、明るい部屋の中。

 こちらに背を向けて、佇む少年の姿があった。

 後ろで一つに結われた長い三つ編みの髪は、リヴェルと同じ鉛色だ。


「リヴェル君?」


 声を掛けるとリヴェルは少し肩を跳ねさせて、恐る恐る振り向いた。

 伸ばしっぱなしだった長い髪はある程度整えられ、前髪は瞳にかからない程度に切り揃えられている。


(わっ……)


 髪に隠れて見え辛かった瞳は子供らしいまん丸で、長いまつ毛に彩られた金色の美しさに思わず見惚れてしまう。まるで満月のような瞳と愛らしい容姿は、あと数年もすれば美少年と形容されるに違いないだろう。


「こ、こんにちは、おねえさん……」


 頬を赤らめながら小さな声で挨拶をするリヴェルに、グレースは、はっと我に返った。


「こんにちは、リヴェル君。髪、切ったのね」

「うん。先生が、切った方が良いって」

「一瞬、誰かと思ったわ! とてもよく似合ってる」

「本当?」


 照れて俯いていたリヴェルの表情が、少しだけ明るいものに変わる。


「えぇ。リヴェル君の顔がちゃんと見えるもの。それに、リヴェル君の瞳がお月さまみたいな金色だって初めて知ったわ。とても綺麗」

「あ……」

「?」

「なぁ、グレース。これ、どうすればいい?」


 少しだけ困惑をみせたリヴェルにグレースが首を傾げていると、後ろからひょっこりとフィグが顔を出した。傍にあるのは、四人分の料理が乗った銀色のワゴンだ。


「あ、ちょっと待って。リヴェル君は座っててね。すぐに準備するから」

「私も何かお手伝いを」

「先生もリヴェル君と一緒に座っててください。部屋の準備を任せてしまいましたし、あとは並べるだけなので」

「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて一緒に待ちましょうか」


 ブラムの言葉にリヴェルは頷いて、二人は共に席につく。

 今日は、リヴェルと約束していた食事の日だ。

 料理の準備は任せて欲しいとブラムに言った際「では、その他の準備は自分に任せて下さい

 」と、言われるがままブラムにお願いしたのだが、まさか全て一人でやっているとは思わなかった。


(フィグは私を手伝ってくれてたし、他の看護師さん達は業務があるからって先生言ってたけど、部屋のセッティングからリヴェル君の身だしなみまで整えてるなんて……。完璧すぎると言われるだけあるわ)


 眉目秀麗、慈愛に溢れた性格、仕事に対する姿勢。

 ブラムはモテる。モテないわけがないのだ。事実、患者に言い寄られている姿をグレースは幾度となく目にしていた。

 だが、病院で働く職員や看護師達は、ブラムをそういう目で見ていないようだった。

 職場なのだから当然かとも思ったが、どうやらそうではないようで、看護師達と雑談を交わした時にたまたまそういう話になった事がある。


「ブラム先生は完璧すぎるのよ。一人でなんでも出来ちゃうから、こっちが入る隙なんてないし」

「先生に惚れた新人が、現実に打ちのめされていく姿を幾度となく見て来たわ」

「優しいから勘違いしそうになるけど、特別なんてなく、平等に皆に優しいのよね」


 あの時は「へー、そうなのかー」くらいの軽い気持ちで聞いていたが、綺麗に掃除された部屋に、美しく整えられて結われたリヴェルの三つ編み、テーブルにさり気無く飾られた花。これらすべてを目にして初めて、看護師達の言葉の意味が分かった気がした。

 そんなブラムと、隣に座るリヴェルを見て、グレースの口から思わず溜息が零れる。


「目の保養ってこういう事を言うのね……」

「グレース?」

「はっ……! ご、ごめん、なんでもないの! これを先生とリヴェル君の前に並べてくれる? こっちのは、私とフィグの分ね」

「りょーかい」


 フィグの手によって銀のディッシュカバーが外され、リヴェルとブラムの前に料理が並べられた。


「わぁ……!」


 リヴェルが小さな声を上げて、目を輝かせる。

 白い大きな皿に小さめのハンバーグとオムレツ、エビフライが一つずつ並び、星型の人参を飾ったサラダ、山型のチキンライスが綺麗に盛り付けられている。チキンライスの頂きには、黒猫マークをあしらった旗が刺されていた。


「リヴェル君、ちょっとごめんね」


 リヴェルの首元にナプキンを掛けながら表情を伺い見ると、じっと皿の上を見つめていた。


(よかった。反応は悪くなさそう)


 各々の準備が整ったのを確認して、グレースは席に座り、ゴホンっと咳払いをする。


「本日のメニューは、お子様ランチです」

「おこさまランチ、初めて聞く名前ですね」

「私の前世では、よくレストランに子供向けのメニューとして置かれていました。色んな料理をちょっとずつお皿に乗せて、見た目も楽しく、子供でも食べきれるように考えられたものなんです」


 リヴェルに食事制限は無いと聞き、色々と考えた末に思いついたのがお子様ランチだった。

 お子様と名付けられてはいるが、量を増やせば大人でも十分満足できる。

 デパートのレストランで見たショーケースに並ぶお子様ランチを思い出しながら、見よう見まねで作ったのだが、ウェスタの協力もあり、十分に見劣りしない出来栄えになっていた。


「成程、確かにこれは子供心をくすぐりますね。まぁ、くすぐられているのは子供だけじゃなさそうですが」


 ブラムはグレースの隣、自身から斜め前に座るフィグを見て苦笑いを浮かべた。

 リヴェル同様、フィグもまたテーブルの端を両手で掴みながら、食い入るように料理を見つめている。半開きの口からは、今にも涎が垂れそうだ。


「なぁ、もう食べていいか?」


 らんらんと輝くフィグの瞳は料理から離れない。

 今か今かと待ちかまえるその姿に、今は見えないはずの耳と尻尾が目に浮かぶようだ。


「ふふっ、どうぞ。リヴェル君も召し上がれ。無理せず、好きに食べていいからね」

「残しても良いぞ、俺が食う。そんじゃ、いただきます!」


 手を合わせて挨拶するとフィグはフォークを握りしめて、勢いよくハンバーグに突き刺した。そのまま流れるように口へ運び、がぶりっと齧りつく。満足そうに目を細めて、咀嚼しながらも視線は次の目標へ狙いを定めているようだった。


「フィグ、お水横に置いとくからね」

「まったく、もう少し落ち着いて食べればいいでしょうに」


 グレースに頷きで返し、ブラムには聞こえないふりをしながら、フィグはどんどん食べすすめていく。リヴェルのものより量を多めにしてあるが、この分だとすぐに食べ終えてしまうだろう。

 猫の姿の時も、皿から一切顔を離さずに完食してしまうほどの食欲の持ち主なのだが、人間の時でもその勢いは衰えない。最初は驚いたが、ここ数日でグレースも随分と慣れた。


 そんなフィグを呆気に取られたように見つめていたリヴェルだったが、はっと我に返り、傍らのスプーンへと手を伸ばす。

「いただきます」と呟いて、フィグに負けじとチキンライスを一口頬張ると、もぐもぐと口を動かした。


「…………おいしい」


 ごくりっと飲み込まれるまで、固唾を飲んで見守っていたグレースだったが、呟かれたその一言と続けて伸ばされるスプーンに思わず頬が緩む。

 ブラムにも好評を貰い、その後は和やかに雑談を交わしながら食事は進んでいった。

 最終的に、リヴェルは完食は出来なかったが半分以上を平らげ、今までの食事の様子から見れば大きな進歩だとブラムは驚いていた。


「ごめんなさい、全部食べられなくて……」

「良いの、良いの! 私もはりきって沢山作っちゃったし、次はもうちょっと量考えるね」

「そうそう。なんならもっと残しても良かった」

「貴方は食べ過ぎですよ、フィグ」

「ゴミ箱より俺の胃袋に収まる方が、料理だって喜ぶ」


 リヴェルが残した分も綺麗に食べきったフィグに、ブラムは呆れ顔だ。

 二人のやり取りを微笑ましく眺めていると、リヴェルが驚いた表情で固まっている。


「リヴェル君、どうかした?」

「次って……、また、一緒にご飯食べていいの?」

「私はそのつもりだったんだけど……だめ、ですかね?」


 グレースが視線をリヴェルからその隣に移すと、リヴェルも同じように視線を移す。

 二人から見つめられたブラムは、虚をつかれたように瞬きを繰り返し、ふっと笑った。


「全てはリヴェル殿次第です。毎日カーテンを明けて陽の光を浴びる事、毎日の食事を少しでもちゃんととる事、感情に任せて魔法を使わない事。今日同様、これらを守れるなら許しましょう。どうしますか?」

「ま、まもります……!」

「分かりました。じゃあ、後で予定を立てましょう」


 頷くリヴェルの頭をブラムは優しく撫でて、はたっと何かに気付いたように時計を確認し、グレースを見た。


「そういえば、オルストン嬢。そろそろ時間では?」

「えっ……もうこんな時間!」

「片付けは私とフィグでするので、どうぞ行ってください」


 この後、グレースは家族との面会の予定が入っていた。

 片付けを任せるのも申し訳がないが、ブラムの「気にしないでください」の一言に甘える事にして、グレースは杖を手に席を立つ。


「それじゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いします。リヴェル君もごめんね、もっとお話ししたかったけど、この後、予定があって」

「あ、あの! おねえさんに、これっ」

「これは?」

「助けてくれてありがとうの、お礼……。お部屋戻ったら見て、ください……!」


 顔を赤くしながら白い封筒を差し出すリヴェルの愛らしさに、抱きしめたくなる衝動を抑えて、グレースは封筒を受け取った。


「有難う、戻ったら見るね。今日は美味しそうに食べてくれて嬉しかった。次も喜んでもらえるように考えるから、楽しみにしててね!」

「うん!」


 満面の笑みのリヴェルと別れるのを名残惜しく思いつつ、後をブラムとフィグに任せて、グレースは部屋を後にした。

 誘拐騒ぎ以降、今日は初めて家族が見舞いに来る。


(なるべく元気に振る舞わないと……きっと滅茶苦茶心配してるわ)


 急いで戻り、ある程度部屋の中を整え終えるとグレースは時計を確認する。

 約束の時間までは、まだ少しだけ余裕がある。

 家族を待つ間、リヴェルに貰った封筒を確認する事にして、グレースはベッドに腰を落ち着けた。

 楽しかった余韻に浸りながら、封を開けた中に入っていたのは、クローバーと小さな赤い花で作られた押し花の栞。


「かわいい……大事に使わせて貰わなきゃ」


 裏返すと、栞の裏には子供らしい字で「ありがとう」の一言が綴られていた。

 リヴェルの部屋の花瓶に、同じ赤い花が生けられていたのを思い出す。もしかしたら、ブラムも手伝ったのかもしれないと思い想像すると、とても微笑ましい。

 汚さないように一度しまうべく、再度封筒を開くと、中にまだ何か入っていた。


(何かしら、これ。まるで何か紙を破ったような――)


 入っていたのは、破かれた白い紙片。

 そこには走り書きのような字で、何かが書かれていた。

 栞に書かれていた字とは違う、まるで大人が書いたような文字。




『今夜、扉を開けて待つ。』




 その一文の下には、リヴェルのもう一つの人格、サーリーの名前が綴られていた。




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