12.5 姿を変えて
「殿下!!」
勢いよく部屋の扉が開かれたのは、抜け出した自室の窓から帰宅した数分後。
今回は随分早く気づいたなと来訪者を見れば、怒りとも焦りともつかないような表情を浮かべていた。
「ただいま、サイラス。どうした?そんなに慌てて」
「ただいま、じゃありません……!なかなか帰ってこないから心配してたんですよ!」
「悪い」
「それに、殿下が居ないのを誤魔化すのがどれだけ大変だったか!!」
「だから、悪かったって」
どうやら思いの外、心配をかけてしまっていたらしい。
勢いよく詰め寄られて上体を仰け反りながら、甘んじて叱咤を受け続けていると、不服そうな視線はそのままにサイラスは溜息をついて後ろへ下がった。
「リヴェル殿下には、無事にお会いできましたか?」
「いや、会えなかった」
「え!?」
「ブラムに門前払いされた挙げ句、説教くらったよ。今更見舞いにきて、入院してから何ヵ月経ってると思ってるのかってな」
「あの優しいブラム様がお説教を!?」
「あぁ、鬼のようだったぞ」
何故?どうして?と言わんばかりの表情を向けられ、素直に理由を話せば、今度は信じられないと言わんばかりに、更に瞳を真ん丸にしてサイラスは驚いた。
「いや、でも、入院について殿下は何も知らなかったわけですし、そもそも、王妃様が殿下に隠したりしなければ……!!」
「サイラス。落ち着け。誰が聞いてるか分からないからな」
声を荒げるサイラスを宥めると、さっきまで開かれていた瞳が伏せられた。
「王妃様も殿下を想っての事だと言ってはいましたが、やはり、あんまりです……」
「俺を理由にすれば許されるとでも思ってるのかね。俺を想ってだとか、いらん。そんなもの」
「殿下、気持ちは分かりますが少々口が悪いです」
俺の代わりに嘆いてくれるサイラスには申し訳ないが、口が悪くなる程度には、この苛つきは収まっていない。
「口も悪くなるさ。俺よりも先ず、実の息子に寄り添うべきだろ。俺や世間に隠して入院させて、まるで邪魔者扱いだ」
リヴェルの入院を知ったのは、数日前。
会いに行っても体調不良を理由に取り次がれず、翌日から余裕もなく組み込まれた予定に、急ぎでも何でもないのに「急務だ」と嘘をつかれて詰まれた仕事の山。
流石におかしいと調べれば、全てはリヴェルの入院を隠すため、リヴェルの実母である王妃が仕組んだものだった。
「そんなに、あいつの前世が受け入れられないかね」
問いただしても「あの子には関わるな。それが貴方の為だ」の一言。
王妃の立場や気持ちを分からないわけではないが、それを全て許せるほど、兄として、人として、できた人間ではない。
無理にでも会いに行くべく、全ての仕事を片付けて時間を作り、隠れて病院へと向かった。
「……流石に、疲れたな」
「お茶をお持ちしましょうか?」
「あぁ、頼む。と、その前に」
ソファーに腰を下ろして眼鏡を外し、結んでいた髪をほどいて片手で乱雑に掻き乱した。
髪を鷲掴んで鋤くように手を動かせば、鋤いた先から紺色だった髪色が深みを帯びた赤色へと、じわじわと変わっていく。
「戻ったか?」
「えぇ、完璧です。こうやって見ると、本当別人ですね」
「変装に使える魔法なら任せてくれ」
「城から抜け出して、街で遊ぶ為に習得した魔法を自慢しないでください。アーヴェント第一王子」
わざとらしく名前を呼ぶサイラスは気にせず、髪を掻き上げて結び直す。
「意外と役に立つんだぞ?おかげで、正体がバレずに美味いもんも食えた」
「食事をしてきたんですか?」
「ちょっと成り行きでな。そうだ、明日から朝食用意してくれ」
そう言うと、サイラスはまた驚いたように目を見開いた。
「殿下のですか?」
「俺以外に誰がいるんだ」
「どういう風の吹き回しですか?今までどんなに言っても、食欲が無いって食べなかったのに」
「ちょっと諭されてな。宜しく頼む」
「かしこまりました。じゃあ、お茶を持ってくる次いでに、料理長に伝えてきますね」
一礼して部屋を出ていくサイラスを見送った際、ソファーに置いたジャケットが視界に入る。
怒りのままに与えられた仕事を全て終わらせ、無理に時間をもぎ取り病院に向かったものの、リヴェルには結局会えず、柄にもなく落ち込んだ気持ちを病院で出会った彼女は、いとも簡単に塗り替えてくれた。
「グレース、ね」
急に手を掴まれた時は何事かと思ったが、まさか食の大切さを説かれるとは思ってもいなかった。
食事をしている間、温かな視線で見守ってくれていた彼女を思い出し、何だかむず痒くなる。
叶うなら、リヴェルも一緒に。
「また会えればいいな」




