第九十四話:大規模倒産
母さんのミカエル王国への公式訪問は予定より一週間延びて二週間後に
戻ってきた。
「何か変な事でも言われた?」
「アデルを初め、みんな良くしてくれたわよ」
「お母様、良かったです」
「ノーラとソフィーも元気そうで安心したわ」
「ソフィーは元気だよ」
「あらご免なさいね。南の国にもう1人ソフィーお姉ちゃんが居るのよ」
ソフィーが産まれた時にソフィー姉さんが死んでいたから
名前は母さんが付けたんだが、その記憶が消えているから少々混乱気味だ。
「そうなんだ」
「それで相手と会議を開いた結果はどうでした?」
「ミカエル王国も二月末にガイア大陸に兵を出すそうよ」
「どの程度の戦力を出す予定かは聞いてきた?」
「戦闘機六百に爆撃機二百と輸送船三百に兵員三万を出すそうよ」
「そうなるとアレスとしてはそれ以上を出さないといけないか」
「ご主人様、攻撃機と爆撃機を増やせば兵士の数は少なくてもいいのでは?」
「そうだな、兵数は一万でいいだろう」
「アデルも熱く語っていたけど戦争は回避出来ないの?」
「麦の収穫前に一定数は叩いておかないと大変な事になりますよ」
「そうね、わかったわ」
母さんには悪いがアデルに取っては建国後、初の戦争だ
負けたら後がないから徹底的にやるだろう。
我々は適度に手を抜いた方が効率がいいんだけど。
やっと全ての空母が帰還したか。
「ノア様、警戒中の三空母を除き乗員に長期休暇を与えます」
「トム、休暇用に金貨二枚ずつをボーナスで渡しておいてくれ」
「わかりました。それと民間の輸送船がイースタンの東の海域で
襲われているようです」
「バルバロッサ軍か?」
「それが相手も民間人のようでして
海軍機も警戒に当たっているんですが懲りずに襲ってくるんですよ」
「仕方ない、北に一段上の航路を取るように伝えてくれ」
「わかりました」
なんでうちの民間船を狙うかな?
そこまで食糧がないのか。
二日後には予定より早くユニコーン王国が降伏したという報せが届いた。
「とうとうユニコーン王国が潰れたか?」
「サン王国の領海に入っていない輸送船はミカエル王国へ送りました」
「アデルの所は食糧はかなりあっただろう?」
「それが難民が月に数百万単位で流入中のようでして二千万トン近く
あった食糧も減る一方だと言う事です」
「それは大変だな。労働力が増えて悪くはないのかも知れないが」
「我が国も海上を規制して橋も落としてあるので流入はありませんが
バルバロッサ領内では食糧を巡って内戦状態のようです」
百万の軍隊が数ヶ月は戦える食糧を持っていたはずだが
それも尽きたという事か?
「我々も難民を受け入れるべきか?」
「判断の難しい所ですが……試験的にサンドリア湖の南で民間人を限定に
食糧支援をしてみて良識のありそうな人間だけを受け入れてみますか?」
「悪くない案だな。それでやってみよう」
「兄貴、選別は俺とフレッドに任せてくれよ」
「そうですね、民間人の良し悪しは身なりで半分以上は判りますね」
「居るとしても五万人程度だろう。みんなに任せるよ」
うちの夏場の仕事量はまさに月月火水木金金だからな。
多少でも労働力が確保出来るならありがたい。
冬場はやはりラーメンだな。
「三号店の全部入りってタラコまで入っているのね」
「俺的には明太子の方がお勧めだけどな」
「ヤン、明太子の方が高いよ」
「バラ肉の煮込みは豚骨スープの方が合う気がするな」
「兄貴わかってますね、豚骨の方が麺が固めですから相性が良いんですよ」
「でも油でギトギトっていうのが頂けないわね」
「満腹亭に健康なんて言葉はないからな」
やはり女性陣は太るのを警戒するようだな。
「それでこの後は去年の夏に開店した遊園地へ行くのか?」
「出産も終わったし、行きたいと思っていたのよ」
「普通は子供と行かない?」
「あそこは身長が百二十センチ無いと乗れない乗り物が多いのよね」
「ヨハンの所は上はもう十才を超えているんだろう?」
「上の子供だけ連れて行ったらうちの家は三日間は内戦状態になるわね」
うちはまだ八才だしおとなしいのかも知れないな。
噂には聞いていたが、よくもこんなバカでかい遊園地を作ったもんだ。
「ノア兄、あれが八型の飛行士も失神したっていうスタージェットよ」
「地図だと反対側にある急降下するのがヘルダイバーですね」
「スタージェットに乗ってみるか?」
ここは王家権限で並ばないで乗れるのがいい点だ。
「「キャアッァァァ」」
「「「落ちる」」」
「凄かったわね」
「八回転は凄かったな」
「反重力エンジンの応用とは八型戦闘機より負荷が掛かった気分ですよ」
「飲み物を買ってきましたよ。一人大銅貨四枚です」
「随分高いのね」
「ホットドッグが銀貨一枚で不味そうなラーメンが銀貨三枚でしたよ」
「ここってアレシアグループの系列店よね」
「経営が苦しいというのは本当のようですね」
「一日券が小金貨七枚で半日券で小金貨五枚だと高給取りしか来れないわね」
「並ばずに乗れるのが唯一の利点だな」
それからも数あるコースター系の乗り物に十回乗ってお開きだ。
そして二月、空母の乗組員の休暇も終わりガイア大陸への出兵案を
練っている頃に面倒な報告が入って来た。
「アレシアグループが揃って倒産か?」
「一週間前の遊園地での死亡事故で国税省が調査に入った段階で
借金が既に海金貨で八十万枚以上。今は内務、海運、交通、農務、林野に
アイラの加工省に陸海空の三軍も入って調査中です」
「元のアレシア海運だけでも残せないのか?」
「無理のようです」
その三日後。
「ノア様、アレシアグループの負債総額は海金貨で約百二十万六千五百枚に
昇っており資産の全てを処分しても海金貨で七十万以上の
アレス王国初の大規模倒産はほぼ確定となりました」
「ヒルダ、アレス銀行への保証金はどうした?」
「たちの悪いことに保証金を担保に金を借りていたようで毎月の利息だけでも
海金貨七百枚以上となっており、同情の余地すらありません」
「どうしようもないか?」
「はい、去年の大規模遊園地開園前に相談を受けていれば海運だけでも
助ける事は可能だと思われますが海金貨七十万枚は財務の国家準備金で
相殺する以外に手段がありません。その結果として退職金が払えませんが」
「わかった処理は任せる」
「現在、わたしの所とフレッドの所で保証金を担保に過剰融資を受けている
商会を徹底的に洗い出しております。ガイア遠征が終わる頃には解決するかと」
「わかった」
海金貨七十万枚の負債の衝撃は銀行の貸出業務に影響を与え
関連企業も含めて従業員七十万人以上の失業者と
その家族の姿はアレス王国にも深刻な影を残す結果となった。
「ノア様、銀行の中小規模の商会への取り立てが止まりません
このままでは景気後退どころか連鎖倒産にも繋がりかねません」
「ノア様、民間人が金を使わなくなりました」
「若、商店は軒並み料金の値上げに踏み切っています」
「若君、工房で使う部品まで値上がりしています」
「満腹亭まで一割値上げしちまったぜ」
そんなに一度に言われても聖徳太子じゃないんだから解らないぞ。
「民間の銀行をこのまま野放しにしておけば優良商会以外は
軒並み倒産になるのは目に見えています」
「もう我が儘な銀行を規制するしかないんじゃないの?」
数百万人が失業したら国が回らなくなるな。
ここは神様がくれた金の使い所か。
「よし、財務の報告で問題のない商会にアレス銀行が融資する事にする」
「アレス銀行でも融資できる上限は海金貨五十万枚が限界です」
「わたしが金貨八億枚をアレス銀行に無金利で貸しだそう」
「兄貴、金持ちですね」
「ノア兄、いつのまにそんなに溜め込んでたのよ」
「自己保身しか考えていない銀行に鉄槌を下してやりましょう」
「値上げを続行する店に対してはアレス銀行は取引を停止しましょう」
それから二週間で景気は改善し多くが軍に就職先を求めた結果
失業者の数も一割を切ったが銀行から『国の陰謀』だと苦情の嵐だ。
「ノア様、南西部は空白状態ですが空母九隻をガイア大陸に展開しました」
「陸軍はどの程度あつまった?」
「上陸部隊七万五千がルミエールに集結しております」
当初の予定よりかなり多いがユキさんのいないトレミーだ
ミュラー陛下はどんな動きをするかな。
「陸軍はサキ、海軍はトムに実戦経験を積んで貰おう
二月二十二日に作戦開始だ」
「わかりました」
そして二月二十四日。
アデルはうちの空母が移動したのを見て作戦の合図だとおもったらしく
航空機千五百機に陸上部隊八十万を二十日にはガイア大陸へ上陸させた。
「我々も八型を前面に出して制空権を確保しつつ攻撃機で削っておりますが
トレミー帝国は既に帝都まで攻め込まれており帝都陥落は時間の問題かと」
「遅かったか?」
「ミカエル王国は数だけなら我が方の十倍です
既に南で六個の街を占領しており更に西へ侵攻中です」
「よくそんなに軍がいたな?」
「難民の受け入れ条件に戦争での活躍を条件にしたそうです」
帝国に帝都を陥落させられても帝都になるのか?
面倒な図式だな。しかしキグナス帝国の台頭を許すわけには行かないか。
「うちも入隊したばかりの軍人でも武器を持たせれば治安維持は可能だろう
報償金に黒金貨で一枚出すから十万以上を増員して送ってくれ」
トレミー帝国だけでも抑えておくか。
お読み頂きありがとうございます。