第九十二話:アデルの魔法契約書
今のジュノー大陸での一番の噂はバルバロッサ王国の進撃でもガイアに
取り残された五十万の兵の動向とも違う。
『アデル動かず』が最大の関心事になっている。
「もう十月なのにアデルは動きませんね」
「物資だけでも五十万トンは送ってますよ」
「何を考えているんですかね?」
「不思議君だったのかな?」
「兄貴の弟ですからね」
「輸送船を買い取ったんでしょう?」
「うちも四百隻ほど売ったよ。老朽化した輸送船だけど」
「行動が予測出来ないわね」
「バルバロッサ王国軍の本隊はどの辺にいるんだ?」
「衛星写真だとヘンドラー王国のクラウディアから東へ百キロ程度の場所と
旧アルタイルの南部にそれぞれ三十万程度が集結してますね」
「アレシアを取ればアルタイルも降伏すると考えているのか?」
「実際問題、降伏しないでワイバーン地方に逃げるとか考えられませんね」
「我らを警戒しているようですし、逃げるならラウス地方ですね」
「何もない所に逃げてどうするのよ?」
「それもそうか。でもうちの南に逃げる可能性の方が低いぞ」
「食糧がないものね」
「とにかく、空軍と海軍はすぐにでも動けるように準備だけはしておいてくれ」
「「わかりました」」
「陸軍はいいんですか?」
「うちの陸軍って熟練兵は四万程度しかいないぞ」
「そうよ、下手に最前線に送ったら犬死によ」
そして秋蒔きの小麦も種まきと米の収穫も終わり大豆の収穫に入った。
「ノア様、米も豊作、いえ大豊作です。本国で一億六千万トンに
ミランで五百万トンですよ」
「そうなるとミランへの穀物輸送は少なくて済むな」
「そうなります。嬉しい誤算ですね」
そして十一月に入ると悪夢の報告が来た。
「アルタイル軍が飛行艇に爆薬を満載してバルバロッサ軍の兵の密集地帯に
飛行艇を突っ込ませたようです。被害は甚大です
バルバロッサの死者は三十万以上との報告です」
「全土に飛行艇を見かけたら撃ち落とすように指示を出してくれ」
「わかりました」
やっぱり追い込まれると思いついてしまうのか? 特攻野郎め!
その三日後にアデルの指揮する軍が動いたという連絡が来た。
「コンラート、『アデル軍』というのはなんだ?」
「アデルは正規兵は少ないようですが二十万でバルバロッサ北西の港を襲い
航空機と輸送船を奪い南のエンジェルに向けて進軍している模様です」
「バルバロッサ王国軍は何をしていたんだ?」
「今や本国は後方地域なので警戒が薄く空港と港を奪われ
航空機四百機と軍艦四百以上と輸送船三千隻以上を奪われたようです」
「なんでそんなに輸送船と航空機があったんだ?」
「丁度ガイア大陸に釘付けになっているアルタイル軍を攻撃する為の
補給基地になっていたようです」
バルバロッサ軍は半分以上が陸路で進軍しているからな
海路は東周りの船だけという事か。
「エンジェルはバルバロッサ王国の王都だろう?」
「そうですが、国王もキングダムの旧王都まで進軍しており
駐留しているのは十万程度です。航空機の使い方次第では……」
「コンラート、今、防衛用以外に動かせる航空機はどの位ある?」
「そうですね、七型が五十に八型が六百に三型戦闘機が二千五百で
攻撃機が六百に爆撃機が六百とルッツ型ですので……八型四百と
三型戦闘機二千と攻撃機と爆撃機なら回せるでしょう」
「トム、一番南にいる空母はどこだ?」
「ジュノー大陸の西でマーチ港の南十五キロ程度の場所に三号艦
その更に南五十キロに四号艦がいます」
空母二隻に航空機が三千六百か。
「ヨハン、アデルの行動をどう思う?」
「エンジェルを奪いバルバロッサ王国を乗っ取る覚悟かと」
「わたしも同意ですね、食糧を貯めて機会を伺っていたんでしょう」
「男は多少は野心がないとね」
「時期的にも収穫を待って戦線が崩れたのは神が味方しているのかもね」
「俺が味方をしたらどう対応するかな?」
「今は奪う領土に手を出さない味方なら喉から手が出るほど欲しいでしょう」
「そうね」
「問題はバルバロッサ王国本国を奪った後に敵対する可能性ですね」
「北と南で離れているけど敵対されるのは面倒ね」
「兄と弟で争うのはお勧めしませんね」
「見捨ててもいいんじゃない。独力でなんとかするかもよ」
狸親父がフランツ王子を廃嫡して敵を追い返すかも知れない
ここは様子を見るか。
「大変です」
「どうした?」
「フランツ様がアルタイル国王を反逆罪で処刑したと報告がありました」
「何故、身をひいたキング陛下が反逆罪なんだ?」
「アデル様を影で操っているのが国王陛下だという理由だそうです
処刑は四時間前にアレシアの広場で行われました」
おいおい、俺達が会議をする前に死んでいたのか?
「よし、八型三百機と三型戦闘機五百機と攻撃機三百機を発進出来るように
準備しておいてくれ。それと五番鑑を南に派遣だ」
「「「わかりました」」」
状況は似ているがジュノー大陸統一戦をするほどの準備も兵力も無い
アデルの行動次第だが、最悪は俺がアデルの命をアルタイルに引き渡すか。
さて、今日はちょっと早めに寝るか。
「ご主人様、ヨハンが来ましたよ」
「もう八時だぞ」
「夜分に失礼します」
「ほんとに夜分だな」
「兄さん!」
「アデル、なんでここにいる?」
「時間がないから聞いて欲しいんだ。僕はアレクに殺されそうになった時から
考えていたんだ。どうすれば安定した生活を手に入れられるかをね」
「それで時期を待っていたという事か?」
「そうだよ、僕が手柄を立てても兄さん以外は誰も認めてくれない。だから
兄さんの提案は僕に最後の一歩を踏み出す切っ掛けをくれたんだ。僕は
三型戦闘機八百と爆撃機を手に入れる事が出来た」
「国の経営は大変だぞ」
「もう怯えて暮らすのはご免だよ。着いてきてくれた領民も五十万以上いる
今なら兄さんがクレア領からアレス領に移った時の気持ちがわかるよ
僕達に力を貸して欲しい。決して兄さんの邪魔はしないよ」
「ノア様、キング陛下が死んだ今となっては致し方ないかと」
「しかしな……」
「兄さん、これは魔法契約書だよ。僕が裏切ったら子供が死ぬと記してある
こんな機会は最初で最後なんだ」
「ヨハン、準備は出来ているのか?」
「完璧です!」
「よし、陸上部隊は出してやれないが航空支援をしてやろう
その代わりと言っては何だがアレス家の技術については一切の質問は無しだ」
「ありがとう、感謝します」
ノーラ姉さんをまた不幸にしてしまうのか。このまま行っても
アルタイルには明るい未来はないな。
「わたしも出る。八型を先発させて一時間ずつずらして全機発進だ」
「了解」
「アデル、護衛をつけてやる。すぐに戻るんだ」
「わかってるよ。風邪だと言って抜け出していたんだ
朝になって指令官が居ないとわかったら僕はお終いだよ」
三型だとエンジェルまで連続飛行でも十時間かかるか。それに
三型では燃料タンクを積んでもアレス王国を南下して千キロも飛べば
燃料がなくなってしまうな。
「つまり滑走路を確保してあるのか?」
「キグナスの南西部のハーグの街の滑走路を確保してあるよ」
「先に行っててくれ」
「わかったよ」
困った弟だが前回は結果的には見殺しにしてしまったからな
フランツとマイクの二人と敵対する事になるとノーラ姉さんと
ソフィー姉さんが……。
これも運命か。
「ヨハン、八型は制圧が完了したら即撤退だ」
「わかっております」
俺とヨハンとヤンとコンラートは八型爆撃機で空母に着いたのが夜の三時だ。
「落ちるかと思いましたね」
「あと二十メートル程度しか余裕がありませんでしたね」
「ほんとだな、優秀な飛行士に感謝だ」
八型爆撃機でのノア型への夜間着陸は命がけだと理解したよ。
五時半か。
「行くぞ!」
「「「がんばります」」」
既に戦闘が始まっているのか? 敵が千五百程度にこちらが千程度か。
「行くぞ、アレスの騎士見参!」
「第一、第二戦闘大隊攻撃開始」
速度が違うな。我が軍は圧倒的じゃ無いか。
「第三、第四戦闘大隊が後方より接近中」
「敵の新型機を重点的に狙え」
「りょうかい」
「陸上部隊は装甲車両がほとんど無しですよ」
「この一戦に賭けてると言った感じですね」
それから空母に二度戻った戦闘機隊は敵の航空機を圧倒して制空権を
完全に奪った。
「残りは三型だけで何とかなりますね」
「八型は六割をアレスへ撤退させよう。残りは空母で待機だ」
「俺達は?」
「三型で決着を見てから帰還しよう」
アデル軍はかなりの戦死者と負傷者を出したようだが午後三時には
エンジェルを陥落させて奴隷を解放。その奴隷にエンジェルの支配を任せて
戦死者の仮の葬式だ。
「ノーラ姉さんにソフィー姉さん、どうしてここに?」
「ノアこそどうしたの? まさか最初からアデルの味方だったの?」
「私が直接的に力を貸したのは今日が初めてですよ」
「直接的にね……そうなんだ」
「うちはね、フランツの暴力が酷くて別居状態だったのよ
それをアデルが帝国領へ赴任するときに声を掛けてくれたの」
「うちのマイクがアデルの参謀として雇われたのよ」
「……姉さん達が納得しているなら問題ありませんが」
フランツもダメ人間だったのか? 国の舵取りを任されたのが原因で
心のバランスが悪くなったのか、それとも元々傲慢な性格だったのか
今となっては不明だな。
「ノアはどうするのよ?」
「この葬儀に参加したらアレスへすぐに戻りますよ」
「ふーん、薄情なのね」
「これから建国するというのに余所の人間がいると後々面倒なんですよ」
「それもそうね」
姉さん達にも困った物だ。
「それでは勇敢に戦って死んだ二万五千六百四十名に敬意を込めて黙祷!」
二百万の都市を落とした割には少ないが航空戦力が違うからな
多く死んだと考えるべきか。
「ヤン、戻るぞ」
「もうですか?」
「祝宴が始まるようですよ」
「彼らの戦いは始まったばかりだ。途中下車組は早めに帰らないと
終電がなくなるぞ」
「終わるまで飲むのはきついですね」
「今年中には帰りたいしな」
「帰ろう」
「「「そうしましょう」」」
ヨハンは人の輪の中心に居たので手紙だけ渡して俺達は撤退だ。
建国祝いは三型戦闘機五百機と爆撃機二百機だ
それと機関砲の弾とフレア弾の詰め合わせだ。
お読み頂きありがとうございます。