第八話:ヒンメル王国の陰謀
帰国子女ならぬ、ひいお爺さんは数々の暴挙にうってでたが
ハインツ爺さんが諫言してくれたようでなんとか治まった。
「オーブ卿、本日はお時間を頂きありがとうございます」
「そう呼ばれると、わたしもクレア卿と呼ばねばならんので
アクセルと呼んでくれると嬉しいぞ」
「それでは、アクセル父さん、海運計画書はお読み頂けましたか?」
「アクセル父さんか、悪くないな。それは三回読み返したぞ」
「それでは海に面しているクレアとオーブ領の領都ルミエールとイシュタル領
のマイセンの間を三日に一度クレア側からマイセンへ、そしてマイセンから
クレアに向けて定期船を運航するという事でよろしいでしょうか?」
「そうだな。それなら同じ船を使い回せるし問題はないな」
「この海運で一番儲かるのは中間地点にあるオーブ家です
イシュタル領には港が一つだけですがオーブ領には貿易港が一つに中型の
港が三つあります」
「ルッツ殿は文句を言われないのかな?」
「現在、鉄道のレールを王都へ向けて敷設中です。これが完成すれば
東部の商品輸送を一手に担う事が可能ですから文句などありませんよ」
「鉄道というのはそんなに輸送量があるのか?」
「はい、馬車二十台分の荷物を王都の方が土地が低いので馬車の八倍の
速度で輸送可能です。帰りは四倍程度でしょうか」
「つまり王都まで二日でつくという事か?」
「そうなります。つまり王都でも魚を刺身で食べられるという事です」
「オーブ領の漁獲高はアルタイルで一番
それが王都で売れれば巨万の富が手に入るな」
「今、イシュタル家は金に困っております。そこでオーブ家が鉄道の車両製造
の名目で出資して、契約書に王都行きの鉄道にはオーブ家の荷物を積める
権利を盛り込めば将来的には利益は星金貨数十万枚に登るでしょう」
「ノアはイシュタルの利益が減っても構わないのかな?」
「私は既に独立した身ですし、良い関係を築ければ将来はクレア領はオーブ領
の一部になるわけですから逆にオーブ家には力をつけて頂かないと」
「わかった、イシュタル家へ星金貨十万枚の出資をしよう」
「いえ、二万枚で充分です。残りは車両開発をオーブ領で独自に行いましょう
それに新造船の開発もありますし」
「イシュタル家は金を贈られた方が嬉しいのでは?」
「そうですが、ひいお爺さまを見ているとイシュタル家とオーブ家が
未来永劫、仲よくやっていけると確信が持てませんので
技術の確立は不可欠と存じます」
「わかった。婿殿の意見に従おう」
「ありがとうございます」
疲れたぜ、イシュタルは穀倉地帯だけど、オーブやクレアでは鉱物資源も
取れるからな、上手く開発してもらわないと。
『ダダダダダ』
「旦那様、火急の報せです」
「話せ」
「王国北部で反乱が発生。反乱軍はおよそ六万。更に西部に三万
南部に一万。そして続々と勢力を拡大している模様です」
「首謀者は?」
「アイストン子爵が中心となっているようです。それにアッテンボロー辺境伯
そしてハイネ辺境伯も加担していると思われます」
あの馬鹿、ついに反乱を起こしたか、でも十万の兵か
一体どこから集めたんだ。
「オーブ家からも兵五千を出す。至急、兵を集めろ」
「かしこまりました」
「緊急事態のようですね。僕はこれで失礼します」
「鉄道の件は話しを進めておく」
さて、戦争の次は内乱か、せっかく醤油の製造に光が見えて来た所なのに
アイストンにはお仕置きが必要だな。
そういえば伯爵じゃなくて、子爵って言ってたな。
「転移、クレアの自室」
まだ情報は来てないか、情報部隊が欲しいな
まだまだ贅沢か。
「アレックス先生」
「どうした?」
「アイストンが兵十万を率いて反乱軍を組織したそうです
うちで戦争に参加出来る人間は何人くらいいますか?」
「そうだな、信頼出来る人間だけか?」
「そうですね、裏切りはご免ですから」
「そうなると、五十人といった所だな」
オーブ家の百分の一ですか、贅沢は言えないな。
「魔法師と弓兵だけに限った場合は?」
「二十人、いや十五人だな」
「では十五人だけ連れて行きましょう。今回は情報収集を目的にしましょう」
「ヘカテーの申し子と呼ばれるノアがいれば精鋭部隊にも負けないがな」
「では事情を話して休憩を取ってもらって
夕方の六時に満月亭に集合という事でお願いします」
「いきなり夜間行動か?」
「情報を集めるだけですよ。夜間の方が向いてますし十五人なら僕一人で
輸送出来ますよ。弓が扱える人は全員弓装備でお願いします」
しかし麦の収穫直前に反乱を起こすって何考えてるんだ。
「転移、王都の自室」
かなり騒がしいな、貴族とはいえ東部へ情報が来るんだ
王都で情報を掴んでいても不思議じゃないな。
たしかアイストン領は王都から馬車で十日だったはずだ
短距離転移を繰り返せば三時間もあれば着くだろう。
「なんだ、誰だ兵力六万なんて報告したのは!」
どうみても一万もいないじゃないか。
とりあえず拠点確保だな。
「貴様、俺はアイストン様の一族だ。その小屋を金貨二枚で接収する。いいな?」
「は、はいどうぞ、貴族様、戦争なのでしょうか?」
「ああ。反乱だ」
ほんと、子供に演技させないで欲しいな、アイストンに様をつけちゃった
じゃないか。鳥肌が立ったらどうするんだ。
随分、色々な旗指物があるな、青の竜ってどこの部隊だよ。
「転移、オリオンの自室」
あれで全部なら北部は二万もいれば充分だが
西部と南部も反乱軍がいるとどこから潰すか、それとも
どこか適当な砦で待ち受けるかになるな。
「ノア、我らは明朝六時に南部に向けて出兵する」
「父さん、南部は一万ではなかったんですか?」
「何を言ってる。六万と聞いているぞ」
「おかしいですね。オーブ家で聞いたときは伝令が北部六万に東部三万と
南部は一万と言ってましたよ」
「わたしは南部六万、西部二万、北部二万と聞いているぞ」
「そうそう、今、確認してきましたが北部は一万弱ですよ」
「それなら、北部は安心だな」
オーブ家とイシュタル家はお隣なのに、なんでこんなに情報が違うんだ
そもそも反乱軍は十万もいるんだろうか?
そういえばヒンメル神聖国の動きが怪しいと情報があったな
イシュタル軍が南部に行くことで利益があるのは、ハイネ伯と……。
「父さん、ハイネ伯は信用の出来る人物でしょうか?」
「ああ、堅物だが。信用に値する人物だ」
「今回の情報は他国が流している情報ではないでしょうか?
父さんが東部から離れる事で一番利益があるのは誰でしょう?」
「まさかヒンメル神聖国か!」
「そもそも国内で十万の反乱軍がいるなら住民の一斉蜂起以外あり得ません
それに内戦で正規兵が十万なら、たとえ勝ったとしても他国に併合される
可能性が高いです。今回は敵は他国と考えて行動すべきかと」
「わかった、情報を集めてみよう」
ヒンメルが動くとなれば東の軍が移動を開始してからだと思うけど
海は別だよな。
「転移、クレアの自室」
「ノア、もうみんな揃ってるぞ」
「北部にいる反乱軍は一万でした。アレックス先生、これは僕の予想なんですが ヒンメル神聖国が陽動の為に情報を流している可能性が高いと思います」
「つまり馬鹿を煽って国境線の兵力が薄くなった所で攻めてくると?」
「そうですね、たとえ反乱軍が負けても収穫直前の小麦と
物資を奪えるだけでもかなりの利益でしょう」
「そうだな、ヒンメルは今年は麦の育ちが悪くて不作だとか言ってたからな」
「アレックス先生も転移魔法を使えますよね」
「距離は二十キロ程度で三人連れて行くだけで精一杯だぞ」
「では三人連れて海を北へ進んで海に敵軍がいるか確認をお願いします
他の方は港に火を付けられないように警備を」
「わかった」
さて、とりあえずアクセル父さんに義理を果たしておくか。
「転移、タマコの部屋」
既にタマコは俺の所有物だからタマコの物は俺の物、俺の物は俺の物だ。
「ご主人様」
「違うだろう、誰かが聞いてて誤解したらどうするんだ。アクセル父さんに
伝えてくれ北部には一万しかいなかった。たぶん今回の騒動の大元は
ヒンメル神聖国だと。後は港に火をかけられるかも知れないから
警備兵を港へ配置してくれるように頼んでね」
「ノア様が直接言えばよろしいのでは?」
「俺はこれからヒンメルへ行ってくる。あとは頼んだぞ」
「転移。オリオンの自室」
たしかアルタイル王国は東部だけ半島になっていてでこぼこだけど
イシュタル領の西部から北へ進めばヒンメル神聖国の砦があったはずだ。
もう五時間も転移を繰り返してるぞ、軍なんていないじゃないか。
読み違えだったか? 俺には戦略はまだまだかな。
転移で戻ってもいいけど、海賊稼業でもしている奴がいないか
一応見回っておくか。
「海賊発見」
随分と大きな船に乗ってるんだな
マイセンに停泊仲の大型輸送船より大きいじゃないか。
数は全部で……奥の方にも船がいるな……全部で百五十隻だと。
「転移」
ほとんど明かりを消してるのか。
「……こんな所で待機して本当に大丈夫なのか?」
「将軍の話だと東部のアルタイルの軍は南下するそうだ」
「俺達は六万だ。一気に東部を制圧出来るな」
「馬鹿野郎、皆殺しだ」
「そりゃ、面白いな」
「しかし、馬鹿な伯爵だか、子爵がいてついてたな」
「そうだな、本当に反乱を起こすとは
俺も相手に騙されてるんじゃないかと疑問に思ったぜ」
「とにかく明後日は暴れまくれるな」
五年もおとなしくしてると思ったら大型船を造ってたのか
相互不可侵条約を結んでるから
もう少し進んで貰わないと攻撃出来ないんだよな。
「転移、オリオンの自室」
さて何て切り出すべきか。
「ノア、戻ったか。敵はいたか?」
「はい、マイセンから船で北に一日程度の距離に、マイセンで見る最大の
輸送船より二割程度大きい船が百五十隻停泊していました」
「それだけいるとなると兵力は五万前後か」
「兵の話では六万と言っており、弓矢などの装備もかなりありました」
「わかった、月光便で各所へ報せを出そう」
「前から思っていたのですが月光便とは何ですか?」
「月光鳥はツバメの変異種で夜間で光る翼を持って事から、その名前がついたが
一回でアルタイル王国の東の端から西の端まで飛べて、移動速度は馬の十倍で
最大で馬の五十倍の速さで飛べるから確実な伝達手段なんだ」
ツバメか、速い種類は時速百五十キロ以上と言われているし
そんなに便利な連絡手段があるのに何で情報が錯綜しているんだ。
「ノアも気がついたかも知れないが、月光鳥は外敵に捕まる事はないが
雛から成鳥になれる確率は五分以下で特殊な餌を与えなければ死ぬから
運が良くて裕福な家しか手に入れる事が出来ない」
五パーセント以下って、ほとんど雛の段階で死ぬ訳か。
「そしてな、月光鳥は国王の即位式でメインで出るほどに美味なんだ」
あ、き、れ、た、よ。
まあ、うちには美食家はいないから安心だな。
お読み頂きありがとうございます。