第八十七話:猫しかいない式典
オーガス大陸の拠点工業地帯破壊作戦から一ヶ月、十月に入り本来なら
実りの秋の季節だが気分は暗い状態だ。
「千五百六十七名の冥福を祈って黙祷!」
「私達の為に死なせてしまって済まない」
「宣戦布告してきたのは相手の方ですよ」
「工房地区は徹底的に叩きました。一年いや二年は動けないでしょう」
「兄貴、サントスも北部の島から一時的に敵を追い出したよ」
「そうだったな、この優位を守っていかないとな」
「そうですよ」
我々の王都周辺の攻撃で精鋭部隊の大部分が遙か南の王都へ転進して
しまったようで、その混乱を見逃さなかったラインハルトは王都救援に
向かった敵に逆襲を仕掛けた。効果は抜群で敵は二割の味方を
討たれて一時的に撤退した。
「みなさんに見てもらいたい物があります」
「ヨハン、どうしたんだ?」
「オーガスに集中する為に言いませんでしたが
これがこの世界の地図です」
「私達が中心なのね」
「ジュノー大陸にノルトにガイアにミランと東はオーガスか
南はサン大陸だな」
「このオーガスの更に東の大陸はなんですか?」
「そこが問題でして、オーガスの東三百二十キロで大きさはミラン大陸より
一回り小さい程度ですが山の多い大陸です」
「オーガスが手に入れたら益々国力が増強するじゃないか」
「これ以上国力の差が付いたら手がつけられないぞ」
「ガイアを占領して都市化するか?」
「それも一部実行中ですがもう一枚の地図を見てくれ」
「今度はガイア大陸の西に大陸があるのね」
「かなり離れてないか」
「距離的に考えてもオーガスの王都とエンジェルより離れてますね」
もしかしてこの似た大陸というのは……。
「この二つの地図は同じ地図の中心を入れ替えただけでこの星の地図です
この大陸はバベルの街から西に八千五百キロ先にあります」
「つまり、……バベルの街から西に九千キロ行くと
オーガス王国に着くという事なのか?」
「そうです」
「この星が丸いのはご存じでしょう。ここを先に抑えられれば
継続的に攻撃が可能になり陸上部隊の上陸も可能になるんですよ」
「でもオーガスから三百二十キロでここからだと九千キロ以上だろう
先に取るのは無理じゃないか?」
「調べましたがオーガスはこの大陸の存在に気がついている様子はありません
考えてみれば我々もガイア大陸やノルト大陸の存在を知らなかったんですよ」
「でも爆撃機でも届かないぞ」
「六式以降の大型航空機ならぎりぎり届きます」
「ヨハン、東と西から攻められれば理想的だが
先に上陸したとしてもかなりの兵力を送り込まないと逆に攻め込まれるぞ」
「一ヶ月で完全に領土として組み入れ。重機を送って空港の建設と
街の建設を今年中に終わらせて一年で自己防衛可能な大陸にします」
「そうすると人は奴隷にするのか?」
「確認しましたが人が住んでいる形跡はありません」
天災か何かで消滅したか、最初から人がいなかった大陸か。
緯度的には北がサンドリア湖で南がバベル程度の位置か。
「よし、人さえ死ななければ失敗しても問題は無い
ここはヨハンの計画に乗ってみるか?」
「やってみますか」
「ダメもとですね」
「オーガスの驚く顔が見れれば儲けものです」
「では既に第一陣は送ってあります。滑走路一本と小さな街が一つですが
既に建設済みです。本土からはルミエールから物資を運びガイア大陸の
西の港を二つ抑えてありますので、そこを経由して輸送します」
「手回しがいいな」
「南のエンジェルの方が近くない?」
「エンジェルはユニコーン王国の人間も訪れるので使いません」
「それではガイア大陸の開発を装って新大陸の開発に着手しよう」
「それじゃガイアは大陸は来年の米から開始ですね」
「新大陸の名前を決めないと行けないわね」
「知られても変に思われない名前か……」
「リトルガイアでどうかな?」
「それならガイアのどこかの街と思ってくれそうだね」
「盛り上がっている所、申し上げにくいのですがガイア大陸は既に
陸軍の部隊で北東と西部には麦を蒔いてありますよ」
「それじゃ、それ以外の土地が米か大豆かトウモロコシね」
「編入を済ませてからイシュタル芋がいいんじゃないのかな」
「編入を済ませてしまうか?」
「「わかりました」」
人のいない場所で宣言しても意味があるのか不安だが。
「この辺は結構復旧してるのね」
「陸軍は遊んでいたんじゃないんだな」
観客は猫が三匹だけか。
「では手短に行くぞ。ノア・フリーダムはガイア大陸をフリーダム本国へ
編入する事をここに宣言する。異議ある者は前へ進み出よ……
異議無しとしてここにガイア大陸のフリーダム編入を認める」
「ニャニャニャーン」
イシュタル芋が育ってくれれば問題ない。
猫しか居なくなるまで滅ぶとはな。
「ノア様、今年の麦は不作でしたが米は相変わらずに良い感じです
今年の米の収穫量は南部米が少々増えて一億二千万トンに新領土で
フリーダム米が少々減って三億二千万トンでしたがミランが二千万トン
に増えて本国も去年を上回る一億五千万トンです」
六億トンか悪くないな。麦も来年はガイアで手に入るだろう。
ノルトが足を引っ張ってるからガイアに移住させるか。
「人口はどのくらい増えた?」
「赤ちゃんを合わせればジュノー大陸で十九億人を超えます」
それにノルトの七千五百万とミランの六億五千万で二十五億を超えるか。
「それで本題は?」
「はい、ノルト大陸の住民をガイアに移住させようと思います
半分も残せば十分でしょう」
「それで構わない。他の大陸も希望者がいれば受け入れてやってくれ」
「わかりました」
元々は豊かな大陸だったんだ。
ちゃんと手を入れれば豊かな街が出来るだろう。
そしてルーカスも今日から王立第三学院に入学だ。
「ルーカス、六歳で入学するのは全体の一割だ。先輩方の言う事を
きちんと聞くんだぞ」
「お父様、わかっております」
「クレアも入学する」
「クレアは来年ね」
五年で大学院を卒業したらルーカスも社会人か十一歳で社会人というのも
おかしいがラライラちゃんは八歳で大学院へ進学したからな。
「セーラ、会社はいいのか?」
「今日はお休みしました」
「風邪なら寝てた方がいいぞ」
「いえ、お母様にお話があります」
「セーラ、何かしら?」
「わ、わたしシリウス自動車で設計を担当をしているロバートさんと
結婚したいと思っています」
「ロバートっていうのは何歳なんだ?」
「今年で二十歳です」
俺の一つ下か。
「ノア、設計班というのはお給料はどのくらいだったかしら?」
「年間で海金貨一枚と黒金貨二枚程度ですね」
「セーラ、研究職の人間はお給料はそれなりだけど仕事時間が長くて大変よ
それに贅沢は出来なくなるわよ」
「ロバートと話し合って決めました。覚悟は出来ているつもりです」
「本気なのね、それならば自分で幸せを掴んで見せなさい
援助は期待してはダメよ」
「わかっています」
セーラも嫁に行くのか、もう十五歳、いやまだ十五歳なんだが。
後はアリスだけか。
母さんはそれ以上は口にせずにセーラの結婚は認められた。
そして十二月にガイア大陸との距離が比較的近いルミエールの南と
ジュノー大陸南西のハーグの街の二カ所に橋が架けられて
鉄道と自動車の通行が可能となった。
「若様、大変です。ユニコーン王国の国内で政変です
国王が暗殺されて戦線も西にだいぶ移動しました」
「サントスが攻め込まれているというのに南も危ないか?」
ガイアで人間狩りなんてやってる馬鹿がいたから
危ない連中がいるとは思っていたが、これはサン王国に寝返る人間が
かなり出そうだな。
「残念だが物資輸送を止めてくれ。民間人に被害が出ると不味い」
「わかりました」
「リリーナ、飯でも食いに行こう」
「はい」
「どこがいい?」
「そうですね……満腹亭がいいです」
満腹亭の三号店か、ここは豚骨がある店だったな。
ラーメンの値段が四割増しか、これは小麦の不作の影響か。
「何にする?」
「鰹節ご飯と煮卵でお願いします」
「それじゃわたしはチャーシュー丼の大盛りと煮卵でお願いするよ」
「すぐお持ちしますね」
相変わらず金のかからない嫁さんだ。
「おまちどおさま」
さすが早いな。
「豚骨風味も美味しいです」
「美味いな」
倹約家の国王夫妻というのも悪くないだろう。
そして翌日には爺ちゃんと婆ちゃんが事故で亡くなったという訃報が
届いた。
「リキ、暗殺じゃないんだな」
「はい、過失はハインツ様の方にあるかと」
「わかった、葬儀を行おう」
翌日に大々的に葬儀が行われ爺ちゃん達の冥福を祈った。
「そうなるとバベルの管理官が必要だな」
「交通の要衝ですしリキがいいのでは?」
「リキどうだ?」
「頑張ってみます」
「それじゃリキに任せる」
「バベルの王城に住むのは遠慮したいので王城の部屋数の多い方西側を
ホテルにして東側で政務を行うようにして宜しいでしょうか?」
「構わないぞ、呪われている感じがするからな」
「わたしは城の隣の兵の詰め所の横に家を構えます」
一千万都市のバベルも俺の支配下では無用の存在か。
「ノア、俺はマイセンで余生を過ごすことにするぜ」
「アレックス先生、現役引退ですか?」
「ああ、機械化はどうも性に合わない気がするんでな
畑仕事でもしてゆっくりさせてもらうよ」
「今までご指導頂きありがとうございました」
「気にするな、俺の弟子が王様になったんだ。家族に自慢出来るぜ」
これでうちは四十歳のマリア母さんが最年長者になるのか
セーラも来年には結婚するようだし寂しくなるな。
お読み頂きありがとうございます。