第七十九話:カレーにはやはり米が合う
我が国も麦の収穫時期を迎え今や農業と工業の二本柱で躍進している
工房職員は寝る暇も無い程忙しいらしい。
「ノア様、報告致します。南部では去年は麦の収穫は六千万トンを
超えましたが大豆やトウモロコシなどに移行した農家が増えたので
今年は麦は二千万トンでしたが本国は遂に一億四千万トンに到達しました」
「それは凄いね」
「農業従事者の増加に農地の新規開拓と完全機械性の導入に
レイン弾の効果です」
「それじゃ今後はトウモロコシは新領土に任せて良いようだね」
「小麦栽培の方が利益が出るので利益の追求か作業期間の短さか
どちらを選ぶかは国民次第ですが」
「土壌改良のレイン弾を配布出来るのはいつ頃になるかな?」
「本国では配布済みですが技術が確立したばかりです。本国の土を
使って研究しているので全領土となると来年の春以降になるかと」
新技術は何事においても時間がかかるし仕方ない。
二千万トンから始まった小麦も一億を優に超えるようになったか。
「若様、日本から移民が押し寄せております。どう対処致しましょうか?」
「受け入れる移民は技術職だけだと勧告済みだよね」
「はい、全員技術者だと申しており数は八万人程度です」
「仕方ないね。ベル工業地帯で受け入れよう」
日本の大学を出た人間に激務が務まるかは不明だが。
「それで工房なのですが現在は職員総出で定期的に戻ってくる留学生との
勉強会が忙しいようで開発が止まっている状態です」
「零型戦闘機以上の航空機を見せられたら心も揺らぐだろう
航空機の開発は止まっても問題ないだろう」
日本も転移した時にアメリカの空母が停泊していたようだが
日本の所有物以外の物は一緒に転移しなかったようだ。
そうなると航空機はF-3の開発に進むのか。
「ノア様、ガイア大陸で再び飛行艇の特攻が開始されたようです」
「あの人達はバカなのかな?」
「トレミー帝国は総力を上げて陸上部隊をロアンに送り込みました
勝つにしろ負けるにしろ二ヶ月もあれば勝敗がつくでしょう」
「民間はロアンに味方する人間も多いようだが
トレミーに頑張って貰おう」
そして今日はリリーナの出産だ。
駆けつけたシャルとミーアまで産気づいた様子なので三人同時に
分娩室に入るという異例な結果になった。
「ヨハン、しっかりしろよ。ミーアは大丈夫だよ」
「そうだよ、うちのシャルも余裕があったようだし」
五時間後に三人揃って出産を終えて
俺達は赤ちゃんと対面だ。
「陛下、女の子と男の子の双子ですよ」
「リリーナ、頑張ったな」
「はい、頑張りました」
そしてリリーナは眠るように死んだ。
なんていう事はない。
「赤ちゃんの名前は女の子はアリアがいいです」
「それでいいだろう。それじゃ男の子はクラウスにしよう」
「アリアとクラウスですか、とても良い名前です」
さてバカな男親の方はどうなったかな。
「デニス、タバコは寿命を縮めるぞ」
「考え事をする時は吸うと落ち着くんですよ」
「確かにわたしもそうだな」
「ヨハンにデニスも名前なんて時間をかけて考えればいいじゃないか?」
「「妻が早く考えなさいとうるさいんです」」
愛妻家もこうなると考え物だな。
今日は夏休みと言っても秋休みに近いが長期休暇に入ったアリスとセーラと
メアリーと旧友のマイと旦那のコンラートで足を伸ばしてサザンクロスの
新工房の見学会だ。
「マイが母親になるとは思わなかったわ」
「ほんとです」
「永久就職もいいですよ」
「私達は最近は八時限の授業に加えて特別講義を二時限も受けてるって
いうのに呑気な物ね」
「一日に十時限も勉強しているのか?」
「そうなのよ、嫌になるわ。ゆっくりとお茶を楽しむ時間もないのよ」
「兄さん、あれが新工房ですね」
「セーラの好きな自動車の工房だ」
「わたしは空だと酔ってしまうんですよ。だから第一志望は自動車工房です」
「わたしは戦闘機工房で働くつもりよ。メアリーは?」
「私は大型航空機の機体開発がいいかな」
セーラがアリスと離れて一人で働けるかは心配だが
この四人も来年の今頃は卒業だ。
「こちらが電気自動車の工房です。速度はあまり速くありませんが改良中です
ハイブリッドタイプとは競争している状態なので新規技術者は大歓迎ですよ」
「この子は風魔法を応用した反重力エンジン搭載型ですか?」
「そうですよ。マリア型五式は地上二メートルの高さを時速四十キロの速度で
走行する事が既に可能ですよ。現在はこれの燃費の改善と速度の上昇に力を
入れています」
「もっと軽くしたらいいんじゃないですか?」
「そうすると魔力磁場発生装置を支えきれませんね」
「人が乗るともっと重くなるのよね」
いつのまにか最先端は僅かながら空を飛ぶ自動車の開発か
道路は既に道しるべの役割のみの存在になるのか。
「若様、凄い車ですね」
「わたしも驚きだよ。他の分野がどこまで進んでいるのか心配になるね」
B-2が反重力を利用しているとか聞いた事があるが
魔法技術と科学技術の融合はある意味、非常に危険だな。
六時間の見学も終了して
今はカレーハウスで遅めの昼食だ。
「お腹が減らなければもっと研究出来るのに」
「メアリー、一時期は配給制になったのよ、それを考えれば贅沢な悩みよ」
「将来は栄養だけ取れる薬を開発してみようかしら」
「カレーライスが冷めるわよ」
「でも、このお米は粒が長いのに余りパサパサしてないのね」
「工房で長粒米でももっちり感を出した研究成果だからね」
「お米に研究費用を費やす余裕なんてあったのね」
「南部米が売れ残ったら農家は負債を抱えることになるからね」
南部米はバベルに行く前から農業工房で交配を重ねて出来た
期待の新作米だ。
これで美味しくないなんて言われたら三百人の研究員は
ショックで寝込んでしまうだろう。
「ここのカレーも美味いな」
「最初はこの色に引いてしまいましたが慣れましたね」
「そうそう、美味さは正義ですよ」
「兄さん、今年も食糧は大丈夫なの?」
「ジュノー大陸に住んでいるうちの国民は十六億程度だが米と麦を
合わせれば五億トン程度は行くだろう」
「それなら大丈夫ね」
「あれって南部の米の配送車じゃない、なんでこんな所に居るのかしら?」
『お前達が食べてる南部米を届けるためだよ』とは言わないでおこう
頭は良くても日常的な事は教えていないようだな。
みんなの一日だけのピクニックも終わり三日後には
再びサザンクロスに来る事になってしまった。
「酷いですね」
「アレス鉄道の特急列車と牛を運ぶ十二トントラックの正面衝突ですね」
「リキ、誰が悪いんだ?」
「職員の調査の結果。牛が暴れてトラックを止めた運転手の責任は
明白です。死者二百二名ですので財産没収の上処刑ですね
保証人の親族もほとんどの財産を没収でしょう」
「本国の都市部では高架鉄道ですが都市を出た途端に事故では
手のうちようがありませんね」
「来年は私も二十歳だ。今まで言ってきた通り自動車税も追加される
自動車を免許制にするしかないな」
「俺も免許を取らないといけないんですか?」
「高官でも同様だ」
三十九都市は高架鉄道計画に則って路線を広げているが
普通の街はそれもないので保険も必要か。
そして翌日にはヒルダが来た。
「ノア様、自動車税の概要書と自動車及び船舶保険に加え航空保険の
プランを作成して持って参りました」
「船舶と航空保険は置いておいて自動車保険の年間の支払額は?」
「対物無制限が金貨三枚から対人、対物無制限までの十種類を用意してました
対人の海金貨一枚迄の保証が年間で金貨一枚で全て無制限が金貨六枚です」
年間で百二十万アルか。かなりの高給取り以外は払えないな。
「安くはなるのか?」
「二年間自動車を運転していて事故がなければ金貨二枚まで
下げる予定です。三年間事故がなければ更に下げます」
「対人のみ無制限だといくらかな?」
「年間で初年度が金貨一枚ですね」
「それを出来るだけ勧めてみてくれ」
どうやら人の死亡時の補償額が低いから対人よりも対物の方が
金額設定が大きいようだな。
「わかりました」
人を事故で殺せば殺人罪が適用されるが遺族への補償が財産次第だった
この保険で部分的に補償問題は解決するだろう。
列車も空を飛べたらいいんだが。
そして九月十五日にロアンの王都が陥落して二カ国の戦争は終わったように
見えたがトレミー帝国で内乱が勃発した。
「それでミュラー陛下は死亡したんだな?」
「確定ですね。マリノフ将軍が皇帝を名乗っていますよ」
「ユキさんと息子も死んだのか?」
「妃と王子は逃げ出したようですね。生死は不明です」
お隣の事だが軍を出せば即時戦争になるし
ガイア大陸まで抱えたくないんだよな。
「それはいいとして、トレミーも既に他国と戦争できる状態ではないだろう」
「そうですね、飛行艇は僅かで陸上部隊もロアンに駐留中です
それも二万程度ですから攻められたら終わりですね」
「次は南だったな?」
「はい、日本ですが、国内でかなり揉めたようですがサン王国に零型戦闘機と
同型の戦闘機を百機に航空機を加えた二百五十機と海軍が四十隻と陸軍は十万の
兵を出して十日にサン王国へ上陸した模様です」
すでに自衛隊ではないな。日本軍と呼ぶか。
「戦況は?」
「日本の戦闘機は三型以上の性能のようで既に制空権は手に入れて
空軍基地の前線基地も建設中のようです
南大陸を三ヶ月で落とすと言っているそうです」
「サン王国も終わりか?」
「それが、ユニコーン王国の土地にも軍を派遣しているようで
両国と戦争状態になっています」
羊の皮を脱いだと思ったら野心に火が着いて狼になったか。
こうなると我々も付き合い方を考えないといけないな。
「原油の供給量を落としてくれ。危なくなりそうなら技術班は全て帰還だ」
「わかりました」
日本と戦争になるかも知れないな。
お読み頂きありがとうございます。