第七話:猫の転生者
なんだ、倉庫の扉が開けっぱなしじゃないか。
誰か居るのか? 今は休憩時間のはずだけど。
あれはリリーナか? 驚かせるなよ
四つん這いになって鰹節にしゃぶりついてる、そしてあの右手は。
「た、タマコ」
「の、ノア様……」
「タマコ、お手」
「はい」
この左手の乗せ具合と反応速度は、まさか?
「リリーナ、お前、まさか? タマコなのか?」
「ち、違うもん」
「お前右利きだったよな、何で左手でお手をするんだ?」
「とっさの事だったからかな」
「こいつはお仕置きが必要だな」
そもそも『お手』と言われてすぐに反応出来る所が怪しい。
「ひゃ、だ、だめなの……もっと……」
転生して人間になっても首回りを触られると昔の気持ちいい感覚が
蘇るのか、それとも女の子は首が弱いのだろうか?
「リリーナ、本当の事を言えば許してやるし
お前の好きなマグロの揚げ物に鰹節をかけた奴も食べさせてやるぞ」
「ごめんなさい、タマコです。あの別荘の倉庫に居たのは覚えてるんだけど
気がついたら貴族様になってたんです」
猫から人間に転生して更に異世界ときたか。
あのままだったら寿命で死んでたから
俺より運が良いのかも知れないな。
「よし、マグロカツをやろう。この事は秘密だぞ」
「ありがとうです」
「生まれたときから言葉には不自由しなかったのか?」
「はい、赤ん坊の時から親の言葉はわかりました」
やはり加護持ちは特殊と考えるべきなのか、それとも転生者は特殊なのか?
まあ前世が猫だと知識チート的な事はむずかしいだろうな。
「タマコ」
「はい」
「タマコと呼ばれて返事するなよ」
「そうでした」
「リリーナ、護衛は?」
「表にいるはずです」
「それじゃ、今日の仕事はあらかた終わったしオリオンに帰ろう
リリーナの護衛に会っておきたい」
お、猫耳少女だ。元は本当の猫のリリーナには愛着のありそうな護衛だな
年齢は十五歳といった所だろうか? 猫耳にはカチューシャが似合うと
思うんだが、今度提案してみるか?
「こんにちは、リリーナの護衛の方ですか?」
「はい、ユリアと申します」
「なんか、リリーナに似てますね」
「ノア様、ユリアはお爺さまのお嫁さんの娘なの」
「つまりリリーナの姉妹なのか?」
「私の母はライオネル様の妾ですので、リリーナお嬢様とは一応は
血が繋がっておりますが今はオーブ家の家臣でございます」
ライオネルってリリーナの爺さんの名前だよな
つまりお爺さん側室のお嬢さんという事か。
「ユリアさんは何歳なんですか?」
「ユリアで結構です。今年十二歳になります」
「学院へは行かれたんですか?」
「学院は貴族か、裕福な商人の子弟のみが通う事になっております」
「そうですか、よろしくおねがいします。とりあえずオリオンへ
一旦戻りましょう」
そういえば、マルコ達も母親が二人いるみたいな事を言ってたから
経済力がある家庭は一夫多妻制なのか。
「転移、オリオンの自分の部屋」
転移は便利だよな、金が貯まったら世界中に拠点を作りたいもんだな
まだオリオン、オーブ、クレア、王都の四カ所しか転移できないからな。
「リリーナ達は夕食までゆっくりしていてくれ」
「ノア、帰っていたのね。ルッツが話があるそうよ」
父さんが食事中以外で話しとは珍しいな。
「父さん、入ります」
アレク兄さんもいるのか、アデル以外勢揃いじゃないか。
「そこへ座ってくれ」
まるで商談でもする雰囲気だな。
「ノア、ノーラがパーティで王子に婚約を申し込まれた」
「ノーラ姉さんと王子様ですか? おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「アレク、ノア、この婚約に関してはそう簡単な話じゃないんだ」
「何が問題なんですか?」
「アレク、アルタイル王国の公爵家を言ってみろ」
「ルクセンブルク公爵家にロレーヌ公爵家だったはずですが」
「その通りだ。そして現在の所、陛下は二代王妃制を実施していて
チャールズ王子とフランツ王子はそれぞれの実家の公爵家で同じ日に
生まれた事になっていて陛下も王太子を決めかねている」
「父さん、わかりました。ノーラ姉さんの相手はフランツ王子なんですね
確かひい爺ちゃんのお母様はルクセンブルク公爵家のご令嬢だったはず」
つまりイシュタル家はルクセンブルク家の勢力だからフランツ王子の
実家のロレーヌ公爵家からの婚約話を受けると血縁的に
ロレーヌ派閥へ乗り換えないと行けない訳か。
「どうしたらいいんだろうか……」
「父さん、書斎にある本には百年前にイシュタル家の一族が帰国した時に
我が家に融資と陛下への口添えをして下さったのはロレーヌ公ですよね
そう考えると派閥の勢力が五分五分ならば
ロレーヌ家に味方してもいいのではないでしょうか?」
「ノアの言う事も一理あるな。それにシュナイダー内務卿もロレーヌ派だ」
「それでは、後は相手の態度次第という事にしましょう」
「そうだな」
結局、父さんは自分の中にある答えが間違ってないか
確認の為に俺達と答え合わせがしたかっただけのようだな。
「ノア、このホタテという貝は美味しいわね」
「母さんの口に合うという事は
そろそろ中央の貴族の方にも売り込みをかけてもいいかも知れませんね」
「わたしは牡蠣の方が口に合うがな」
「どちらもイシュタル領内でも取れますから海の無い王都を中心に
南部、北部へ売ってもよろしいかと」
「西部のアッテンボロー家には売ると不味いのか?」
「牡蠣は水揚げされてから五日以内に食べないと危険です」
「そうなると空間魔法の熟練者じゃないと運べないのか」
そう落胆する事はないだろうに、父さんは毎日でも食べられるんだ
贈りたい相手でもいるのかな?
「そういえば、お爺さまが次の船で戻られると手紙が来たぞ」
「王都から戻られるのにイシュタル川を使ってお戻りですか?」
「言い方が悪かったな、アレクから見るとひいお爺さまにあたるな
東の大陸へ大使として赴任していて八年の期間満了で戻られる事になった」
「アレクとノアとアデルは会ったこともないわね」
「ところで、さっきから気になっていたのですが
母さんはサラダにかけるドレッシングの量が多すぎるようですが」
「最近、酸っぱい味が好みなのよ」
「もしかして、妊娠されたのでは?」
「そ、そんな事はないと思うけど」
「父さん、母さんの食べているサラダを食べてみてください」
「これか……何だ、よくこんな物が食べれるな」
そうなると貝の試食結果も不安が残るな。母さんもまた子供を産むのか
ノーラ姉さんが来年十二歳だから随分と年が離れてしまうな。
結局、食事はそこで終わり、俺達は自室へ。
「リリーナ、夕食では会話に入ってこなかったな?」
「何か家族のみなさんの中に入るのが躊躇われたんです」
「おいおい、俺は婿養子で入るんだから
オーブ家ではいい雰囲気を作って援護してくれよ」
「がんばります」
「今度、オーブ家とクレア家の関係について話をしたいから
都合のいい日を聞いておいてくれるか?」
「わかりました、では私は家にもどりますね」
「気をつけてな」
それから春だと実感できる季節になると、ひいお爺さまとひいお婆さまが
うちに来襲した。
「ルッツ、なんだあの港は、整備がなっておらんぞ」
「そうですよ。これからは海運に力を入れなければ取り残されますよ」
「お爺さま、お婆さま、港の整備には大金がかかるんですよ
勿論、船の建造にもある程度かかりますが」
「ジュノー大陸ではまだ輸送に関して馬車を中心に考えているようだが
他の大陸では陸路は鉄道。海路は大型の輸送船にかなり力を入れている
今動かなければ後悔するぞ」
「そうなんですか?」
「今、イシュタル家で自由に使える金はいくら位あるんだ?」
「そうですね……星金貨で五十万枚程度でしょうか」
領内の予算の決まった運営費を差し引いても五兆もあるのか
どれだけため込んでるんだろう、経済は金を動かさないといけないのに。
「それだけあれば充分だ。十万枚で港の整備をして新造船の開発を
進めよう。そして二十万枚かけてレールの敷設と車両の建造だ
三年もあれば他の大陸に追いつくことも可能だ」
この感じは他の大陸では戦艦でも造ってる可能性があるのか
ここにある材料だと鉄鋼船辺りか
電気はないから機関車になるのかな?
「わかりました、父上にも連絡しておきます」
「お前の決断で決済すればよいではないか」
「まだ私は当主代行ですので領内の大規模な政策変更には
父上の署名が必要なんですよ」
「ハインツは保守的だから文句を言うかもしれんがな」
「ひいお爺ちゃん、ひいお婆ちゃん、アデルと言います」
「お、お前が一番小さいひ孫か」
「わたしはアレクといいます。九歳です」
「僕はノアと言います。七歳です」
「ノーラとソフィーはどうした?」
「お爺さま、王立学院ですよ」
「あのくだらん学院へ行かせたのか。まったく無駄な事を
そうじゃノーラを家に戻せ。儂の子供を産ませるのじゃ」
「お爺さま、確かに大部分の国では二等親以内の結婚が一般的な事は
理解しておりますがイシュタル家では
直系の家族での結婚は忌避されています」
「つまらん国じゃの」
おいおい、二等親以内というと兄と妹での結婚も認められていて
爺さんと孫娘の結婚も問題ないという事か。
産めよ育てよが国の基本方針だと聞いていたが、そこまでするのか?
「儂らは疲れた。部屋で休ませて貰うぞ」
「ごゆっくり」
結局、俺達への挨拶は無しか、男の子には興味ないのかな?
折角、鉄道と新造船の設計図を持ってきてくれたんだ拝見しますか。
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