第七十一話:西大陸沖激震
フリーダムの食糧もちょっと怪しくなってきた頃に西で大規模な地震が
起きた。
エクレールでも震度五程度の揺れが来たんだ。震源地付近は大変だろう。
「若君、三月二十日に起きた地揺れで当国はマーチで三百以上の建物が半壊
エンジェルでも二百程度が半壊しましたが現在復旧中です」
「それ以外は?」
「西部の空軍の二つの空港に津波があり亀裂が出来た空港が八カ所に及び
都市部の死者と合わせると二万人以上となる見込みです」
「二万も死んだのか」
「ガイア大陸では国が一つ滅んだようです。被害は北のトレミーまで及び
倉庫に格納されていた飛行艇と陸上部隊は七割以上が損害を受けて
両軍ともに一旦、軍を引いたようです」
震源地は西のガイア大陸か。エクレールで震度五程度だ震源地の近くは
震度八以上だろう。
「西部方面の空軍は暫くは使えないな」
「そうなります」
「わかった、大変だろうが復旧と死者の家族に見舞金を贈ってやってくれ」
「かしこまりました」
さてとそうなると支援が必要か。
「ヒルダ、いるか?」
「トレミーへの支援ですね。緊急に百万トンだけ支援準備をしていますが
それが限界です。既に我が国も倉庫の食糧が半分を切っています
新領土は既にイシュタル芋が主体で来月からは配給制も検討している所です」
「そんなに辛いか?」
「既にノルト大陸は一日二食に逆戻りで北方大陸は一日一食と聞いています
本国でも小麦五キロの小売値がアレス銀貨で六枚を超えているのが現状です」
五キロで一万二千アルか。農業国ではあり得ない高値だな。
「打開策はありそうか?」
「地揺れの影響で漁獲高も落ちています。そろそろ春野菜が出回りますので
それとイシュタル芋とフルーツを合わせて収穫の早い南部の麦に期待する
以外には道はありません」
今年から荒れ地は米にしたから麦は少ないんだよな
本国の麦とトウモロコシの収穫が始まればなんとか持つんだが。
「わかった、来月から新領土は配給制にしよう
最悪は五月からは本国も配給制だな」
「出来る限り本国の配給制は防いで見せます」
農家は儲かっているが、飢え死にだけは絶対に回避しないといけない。
さて、どうしたものか。
「ノア様、よろしいでしょうか?」
「マルコとミッキーか、構わないぞ」
「現在はミッキーの海運省が漁師を使って漁業を行っていますが
西部と南部は漁獲高が五割以上落ちています。北部と東部で軍と輸送船を
使って漁師の真似事をしてみようと思います」
「そうだな、地揺れの影響で山の鳥達も逃げてしまい肉も不足している
使える輸送船は好きに使ってくれ」
「「早急に取りかかります」」
それから半月がたち桜の花見には最適の季節になったが
宴会を開くような余裕は今のフリーダムには無い。
「兄貴、今日もイシュタル芋のパンですか?」
「既にわたしの次元収納ですら米も小麦もないぞ」
「ヤン、新領土は配給制よ。それに比べればまだマシよ」
「ミーアはそろそろ出産だろう」
「リリーナとシャルも同じよ」
「農家には備蓄が豊富だって言うんで
かなりの人間が買い取りに行っているみたいですよ」
「土地持ちの農家の作物は税以外は自分達の物だ。稼ぎたいんだろう」
「今なら臨時徴収しても文句は言われませんよ」
「それは辞めておこう。領土を拡大したのは俺達が勝手にやった事だ
脱税は断固処断するが、それ以外なら文句を言う筋合いではないな」
「米も小麦も遂に五キロでアレス小金貨四枚ですよ。農家はボロ儲けですね」
五キロで八万アルか確かにボロ儲けだな。
「でもこうなってくるとノルト大陸を編入しなかったのは正解だったわね」
「そうだな、八千万も増えたらお手上げだ」
「サントスからは買えないんですか?」
「あそこも戦争中で更に高騰しているらしいぞ」
「あのプリンセスもいい加減諦めてくれないですかね」
「父親の悲願らしいからそれも無理だろう」
どうするかな。
「ノア様、農家に対しての援助金と支援を中止する事に致しました
明日以降は全ての経費を農家の自腹で払って頂きます」
「思い切った政策だね」
「農家では精米したての白米を食べ放題ですよ。種まきに農薬散布と
農耕機械の貸し出しにも補助金を出して来ましたが
街の住民の怒りは限界です。徹底的に搾り取ります」
そして五月。
「ノア様、残念ですが生後七年以上の家畜も潰して食肉に回しましょう」
「仕方あるまい。繁殖期以外の家畜は潰そう」
「ノルト大陸も本腰を入れてライ麦の栽培をしていますし
あと二ヶ月の辛抱です」
食糧難がこんなにきついとは思わなかった。
金は貯まるが使うところがないという負の連鎖状態だな。
「若様、随分食堂が閉鎖しましたね」
「既に米が五キロでアレス小金貨六枚だ。ランチが小金貨一枚じゃ
お客が来ないよ」
「残念ですがフレッドが捜査を入れた農家で不正で潰された農家だけでも
既に四万件以上だそうです。本国だけでも千件を超えているとか」
「作物が海金貨に化ければ欲に負ける人間が出るのも仕方ない」
「各地では作物を扱う商会や農家への乱入騒ぎが増えていて空軍への
捜査依頼も急増中ですよ」
「適度にガス抜きしてやってくれ。無視すると恨みを買うからな」
警察を導入するかは微妙なんだよな。変に縄張りを主張し合って
争われても面倒だし、増えた陸海空の軍人には毎日働いて欲しい。
困った、本当に困った。
「お兄様、学院でもランチは中止になってしまったわ」
「お弁当を持って行きなさい」
「でもね、……お弁当を持って来れない人も多いから」
「マイちゃんもお昼食べてなかったよ」
「メアリーは魚の干物を食べていたわね」
学院の生徒まで食糧難に陥っているのか。
空軍士官の娘でもランチが取れないとは。不器用な人間には過酷だな。
「それじゃ家にある缶詰を持っていってみんなに分けてあげなさい」
「三年生だけでも五百人近くいるよ」
「非常用の備蓄があるから、それも使って良いよ」
「ありがとう」
「マイちゃんも喜ぶよ」
遂に非常用の缶詰にまで手を出す事になったか。
そしてリリーナの出産だ。
予定より半月ほど遅れたが安定しているらしい。
「次は男の子かしら、それとも女の子かしらね」
「母さん、どっちでもいいですよ」
「ノーラも二人目を産んだばかりだし食べ物が無い時期に大変ね」
「すいません、昨日も蕎麦と缶詰だけだったですね」
「いいのよ、それよりもう四時間も経つわね」
本当に子供も産むのは男には無理だと考えさせられる物がある。
「産まれましたよ。元気な女の子です」
「良かった、リリーナは?」
「王妃様も大丈夫ですよ」
元気そうな赤ちゃんだ。これはお転婆な女の子になりそうな予感。
「ノア、名前はどうするの?」
「まだ決めていませんよ」
「それならソフィーとつけてはダメかしら?」
「ソフィー姉さんの名前をつけるんですか?」
「ええ、あの子も産まれた時はこのくらいだったのよ
それに不幸が重なった結果とはいえ自決する程の運命を辿るなんて
想像もしてなかったわ。この子にはソフィーの分も幸せになって欲しいの」
ちょっと縁起が悪いが、母さんが俺に頼み事をするなんてそうはない
ここはお転婆ソフィーでも構わないか。
「いいですよ。ソフィーで」
「あとでリリーナと話し合って許可を貰ってみるわ
お母さんはリリーナだから」
翌日にリリーナも快諾したようで次女の名前はソフィーという事になった。
家出娘になるのは阻止して見せる。
リリーナより早くミーアとシャルは出産を終えているので友達で同級生
確定組が既に二人いる事になる。
ヘルミーナの所もギュンターが戻ってきて出産に立ち会って
二週間後には南西部に戻っていったので同級生が三人は確定だ。
「若様、おかずだけというのは味気ない物ですね」
「ジンギスカンは避けてたんだけど悪くないですね」
「マルコ達が魚を捕ってきてくれるから何とかなっているが
南西部は一日に一食の家も多いそうだぞ」
「エクレールでも配給制の噂が出てますよ」
「あと一月半ですか。短いようで長いですね」
そして五月末になると米と麦は遂に売り出されなくなった。
「ノア様、残念ですが二ヶ月前に生産した缶詰を市場に流す事になりました」
「アイラ、仕方ないよ。子供の分だけは確保しておいてくれ」
「わかりました」
加工食品ですら底をつき始めたか。
「若、南部で少々早いですが麦の刈り入れに入ります」
「南部の収穫高の予想は?」
「小麦が百五十万トンに大麦が二百万トン程度ですね」
「それだと本国に運ぶだけ手間がかかるな」
「その通りです。かなりきつい状況の南西部を中心に配給する予定です」
収穫したその場で輸送か。
「ノア様、老人の死亡数が増加していますね」
「まさか口減らしが老人に及んでいるのか?」
「可能性はありますが証拠がありません。食糧不足が解消されたら
徹底的に調査をする予定です」
「そうか、辛い所だな」
「それと、どうやらこの期に及んで個人で高値で穀物を輸出している
人間がいるので民間人の港での農作物の搬入に規制をかけました」
商魂たくましいと言うか、呆れるレベルだな。
あと一ヶ月とちょっとの辛抱だ。
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