第六話:クレア入領
王都での用事も終わり二ヶ月ぶりに無事にオリオンに戻って
ソフィー姉さん、アレク兄さん、アデルの三人と遊びつつシリウス商会の
商売も精を出して三ヶ月、小麦の収穫が終わった所でアイストン子爵が
領地を出て伯爵領へ向かったと連絡が来た。
「やっと出て行ったか」
「収穫した小麦を全てオーブ領に売りに来ましたよ」
「上手くやったか?」
「勿論、イシュタル領が例年の五割高い大豊作と言いふらして
半値で買い取りましたよ」
「着いていった住民はどのくらいいる?」
「家臣と商人が数名だけで農民に至ってはゼロといってもいいですね」
「それじゃ、クレア領に通達してくれ。税はイシュタル領と同じく収穫高の
五割。漁師は今までの販売額の八割納税から領内で半分以上を卸す場合に限り
利益の二割の納税に切り替える。これは猟師も同様だ」
「しかし、税で八割持って行かれて今までよく我慢していましたね」
「領民二十万人に対して兵士が一万人だからね。反抗したら皆殺しだろう」
「ヨハンは執事でユリアンが農政、マルコが漁業、ヒルダが財務担当だ」
「「「「はい」」」」
この三人は王都の面接試験に受かった人間でヒルダ以外は平民で
ユリアンとマルコが十四歳、ヒルダが学院の生徒で十二歳だ。
早めに安定させないと俺は学院に通えないんじゃないかな?
「おいおい、俺はどうなるんだ?」
「アレックス先生は気に入った人間を雇って中隊を指揮して下さい
現在の所、クレア軍所属は僕とヨハンと先生だけです」
「面倒だな……」
後は種まきの結果次第だな、住民に不穏な動きがあるようなら代官を雇って
丸投げだな。
暑い、そういえばクレア領ではどこに泊まればいいんだろう?
「ノア、アイスを出して」
「いいけど、ソフィ姉さん、明日は学院へ行くんでしょう」
「そうよ。三年は戻って来れないわね。働き口がなかったら雇ってね」
「アレク兄さんに言えばいいじゃないか。辺境伯様だよ」
「何かアレクには対抗心が湧くのよね」
「貴族の付き合いは大変みたいだから。ノーラ姉さんに相談してよ」
「姉さんはダンスパーティの主催者に選ばれたらしいわ」
「名誉職なの?」
「勿論よ。パーティで踊る相手を決める事が出来るのよ
姉さんに嫌われたらパーティでは壁際に立ったままで終わりよ」
なんか面倒な役職に就いたもんだな。
そしてソフィー姉さんは色々文句を言いながらも学園へ向かった
俺が転移魔法で送っても良かったんだけど
こき使われそうだから辞めておいた。
「ノア様、アリソン商会の方がお見えです」
「通してくれ」
また変な物を持ってきたな。
「クレア卿、お久しぶりです」
「ノアでいいよ。どうせ一時的に名乗るだけだしね」
「そうですか、それではノア様、クレア家の御用商人はもう決まりましたか?」
「そんな事は聞かないでも承知してるんじゃないですか?」
「これは手厳しいですな。クレア領では住民の流出が止まったと噂になっていて ノア様が既に領内入りされたかと思っておりました」
「かなりの重税だったようですからね。貴族に対する反感が消えないようなら
代官に任せてもいいと思っていたんですよ」
「それで領内での基本政策はお決まりですか?」
「そうですね、基本は海運がメインで穀物も米を五割、小麦を三割
他は大豆とトウモロコシとイシュタル芋で、そして三年を目処に
この冬から川の工事を始めてオーブ領への輸送を楽にするつもりです」
「米を五割ですか……随分と思い切った政策転換ですね」
「簡単に調べましたが、クレア領は水は余るほどあるんですよ
小麦に拘るより水田で稲作にした方が豊かになります
お米が嫌いな方は出て行ってもらって結構と立て札を出してあります」
問題は南の山脈が予想よりも険しくて人の通行がほとんど出来ない点だ
これでは北にうちより大きなオーブ領の港がある限り貿易港として
クレア領の港に来ようという人間はほとんどいないだろう。
「そうでした、チェスなどの収益をお持ちしました。星金貨で百二十枚です」
「アリソンさんは王都の高級店としてやっていけるのでは?」
「来年がヤマ場ですが大商会からもチラほらと模造品が出てきて
おりますので今は力を蓄える時期と考えております」
「そうですか、僕が学院を卒業するのが五年後ですから
それから王都で勝負を賭けても良いかもしれませんね
お望みならクレア家の御用商人はお任せしますよ」
「ありがとうございます。こちらはご要望の鰹節と真珠になります」
本当はプレゼンでもしたい所だけど、俺って見た目は子供だし
碌な商人が集まらないだろうな。
「この商品の値段はいくらでした?」
「両方とも国外産で鰹節が一本銀貨三枚、真珠が二十粒で金貨二十枚です」
一個十万円か、高いな。アコヤガイはかなり生息してたし
時魔法もあるし、真珠の養殖をやってみる価値はあるな。
◇
この家とも当分お別れか
最悪というか最良の場合はこのまま御婿に行く事になる訳だからな。
「ノア、体に気をつけてね」
「ノア兄ちゃん、頑張って」
「ノア、頑張れよ。僕は来年は学院だ。待ってるぞ」
「みんなも元気で」
父さんは軍の演習だから仕方ないか。
「転移、クレア領、クレア」
まだこっちは三回しか転移してないから慣れないな
もう米の収穫も終わってあとは大豆か。
「今日から領地入りですか?」
「そうだね、リキ、売上げは関係ないけど買い物客の金離れはどうかな?」
「食料や必要な衣服には金をかけますが
金貨を使うような品はほとんど売れない状況ですね」
まずは金の流通を円滑にしないと購買力がつかないか?
手っ取り早いのが公共工事なんだけどな、住民次第だな。
ふぅ、やっぱり領主たるもの子供でも顔を見せないと不味いよな
最悪はこのまま代官に引き継いで終わりだが。
「新しい領主から話しがあります。聞きたくない人は帰って結構です」
「みなさん、ノアと言います。まだ子供ですが領主になりました
この中には貴族に不満のある方もいると思いますが。もし過半数以上の方が
そうであるなら私はこの領地に代官を立てて全て丸投げするつもりです
勿論、クレア領内での災害時以外の工事は一切行われなくなります」
「みんな領主に不満のある者は立ち去ってください
我々も全員引き上げて代わりに軍の人間にこの土地を治めて貰います」
とりあえず話を聞く気持ちはあるようだな
単に軍人嫌いという事もありえるが。
「では発表します。すでにお聞きの通り今年の栽培から主要穀物を米に
変更します。そして商品の運搬はリーン湖での流通を中心に行います
冬は治水対策。造船と漁業に力を入れて二月頃から本格的に米作りの為の
水田開発を行いたいと思います」
「領主様。よろしいですか?」
「対策といいますが賦役でしょうか?」
「治水工事は基本的に魔法師によって行い、その後はクレアの街作りで造船や
その材料の確保はみなさんにやっていただきますが
一応、一日の労働で男性が銀貨五枚、女性が銀貨四枚を予定しています」
もしかして安すぎたか、でも肉体労働には余り金を出せないんだよな
もう一声行ってみるか。
「銀貨五枚もらって、そこから税を取られないなら悪くないな」
「そうだな」
「年齢は関係ありますか?」
「水くみが普通に出来る体力があれば、代金はお支払いします
それと子供に出来る仕事は一日に二時間の労働で銀貨一枚で募集してます」
「子供に出来る仕事って何ですか?」
「主に貝の採取と街の見回りと水くみですね」
「貝ですか?」
「ほとんどの方が貝を食べた事が無いことは知っていますよ
この後に貝料理をご用意したので好奇心のある方は挑戦してください
私は昨日も食べましたけどね」
初めて牡蠣とか食べる人は勇者かも知れないけどね
まずはアサリかハマグリで行くか。
「それでは終了です。漁師の方と猟師の方はきちんと記録してくださいね
意図的に税を誤魔化した方は残念ですが借金奴隷となります」
税金に関しては突っ込まれなかったな、みんなちゃんと
説明してくれたようだ
生産業の人間に利益の二割と言っても来年は怪しいだろうな。
「美味いかも」
「悪くないな。今まで捨ててたからな」
「この牡蠣ご飯って凄く美味しいよ」
「鯛飯と良い勝負だな」
「このアサリなら抵抗なく食べれるぞ」
「なんか酒が欲しくなる献立だな」
初めだからな、食べて貰っただけでよしとするか
もう少し豊かになったら揚げ物料理を普及させるか。
◇
七歳になったというのに毎日、治水工事ばかりだな
手狭というだけあって同じ湖のある滋賀県の二割程度の広さで湖も汽水湖ではない
真珠の養殖は運任せ、鰹節の製造は軌道に乗りそうで味噌造りは順調、醤油造りは
結果待ちだな。イシュタル芋は栽培できたし、とりあえず餓死とかの心配はない。
「ノア様、ごきげんよう」
「リリーナか、珍しいな」
「噂を聞いてやってきました」
「叔父さんは」
「今回はメイドと二人だけです」
「大変だったろう、五日はかかるからな」
「……本当に大変でした」
「嘘つきめ、子供の足でも三日あれば余裕だぞ」
「えっと……」
「空間魔法が使えるんだろう?」
「……そうです、すいません」
「わざわざ会いに来てくれただけか?」
「父さんから手紙を預かってきました」
叔父さんは相変わらず達筆というか文字の判読に苦労するな
ヒンメル神聖国の中型船が夜間に海岸線に現れるか。
前の戦争から五年ほど経過したけど、経済力が回復しても他国へ出兵する
ほどの物資は無いはずなんだが、父さんの話では商人が銀の鉱石を大量に
売り歩いてると言ってるし資金があるのかも知れないな。
でも新兵器でもなければ勝算はないだろう。
「……様、ノア様」
「どうした?」
「あの、もし良かったら噂になっている鰹節の工房を見学して宜しいですか?」
「構わないぞ」
「ありがとうございます」
変な奴だな。女の子が見ても面白いもんじゃないと思うが。
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