第五十四話:姉の死
トレミー帝国からの使者は白金百キロを持参しての挨拶だ
どうやら戦争が終わったらしい。
先日、百トン貰った後なのでそれほど感動はないが
頂けるなら頂いておこう。
「陛下、我が国は遂に念願の北方大陸の支配に成功して
より一層の良好な関係を築きたくまかりこしました」
「私の方こそ新皇帝の即位式に出席できずに悪かった」
「ジュノー大陸の情勢は知っております。ロアンが遂に野心を剥き出しにして
ジュノー大陸に攻め入ったとか」
「野心はどうあれ年内には決着がつきそうですね」
トレミー帝国はロアン王国が嫌いなのか?
「我々は北方大陸の七千万の人間を養わなければなりません
北方も本来ならば六割は自分達で何とかなるのですが、なにぶん数年に渡る
戦争で農地は荒れ果てて来年の夏までは貴国を頼る事になります」
四割の足りない分を補うために南に戦争を仕掛けたのか?
ノルトに比べれば優秀だけどな。問題は俺達が北方大陸の
繊細な情報を何も知らないと言うことだ。個人的にはそんなに攻撃的な
民族とは思えないのだが?
「それは大変ですな。穀物や野菜や家畜の飼料は継続して
取引に応じますよ」
今やうちのお得意様だからな。来年はどこに売り込むか?
「それでおたずねしたいのだが。北方大陸の東にノルト大陸という大陸が
存在してそこは北方大陸の領土だと言うのだが。そうなるとうちの領土と
いう事になりますな」
「残念ながらそれは過去の事です。既にノルト大陸へ攻め寄せて来た
大艦隊は我らが駆逐してノルト大陸の周辺海域の領海権と領空権は我が国が
買い取らせて頂いた」
「しかし、北方の者は自分達の物だと申しておるぞ」
「数千隻の大艦隊を送っておいて全滅したので破れたと認めたく
ないのでしょう。我々は二万隻程度の艦隊を一日で叩ける攻撃力があります
転移魔法でノルト大陸に渡る分には問題ありませんよ」
実際問題。二万隻も来られたらぎりぎりだな。
「……その件は陛下に指示を仰ぐとしよう。それで北方大陸への輸送は
中止して頂いて、これ以降は当国で輸送する事で宜しいか?」
「民間の者の儲けが減りますがそれで構いませんよ」
「それでは失礼する」
「お見送りできませんがお気をつけて」
ノルト大陸は欲しいけどその全容は理解していないと行った所か
出来れば敵対したくは無いが。
民間の商人が勝手に食料を売るだろうが、それは俺には関係ないし
職員が捕まらなければ知らぬ存ぜぬで通せるだろう。
「ヒルダの領海権と領空権を買うという発想が役に立ちましたね」
「水龍がいるから領海権は安く買えたし。そもそも漁船の航行は自由なんだ
買ってくれるだけ向こうは有り難いだろう」
領空権に至っては飛行艇のない国には必要のない物だしな。
「新領土では夏場はイシュタル芋で秋からは北部に小麦を植えて
本格的に開発する予定のようですが本国はどうします」
「荒稼ぎ出来るのもこの一年が最後だろう。西部のルミエールから南部を
麦畑にしよう。そのまま中央部へ農地を広げていこう」
「土作りは出来ているので麦から初めて米や大豆やトウモロコシの栽培
更に軌道に乗れば畜産も拡大できます」
そして米の収穫だ。
普通ならこの時期に学生なら運動会や学園祭がありそうだが
そこは農業国の宿命で学生もお小遣い稼ぎの時期だ。
俺の前を星金貨二枚の数百台の大型コンバインが一斉に突き進む。
「ノア様、加工工房へ収穫物を運んでください」
「わかった」
「あなた、国王自ら率先して農作業を手伝うなんて偉いです」
「リリーナ、よく周りを見ておけよ。なんといっても大きいからな」
「わかりました」
そして十二回の往復作業を終えて今日の作業は終了だ。
まだ魔道白熱灯が設置されているのは街の中だけなので夜間走行は
ある意味、命がけの仕事になる。
そして四時起きで八時に就寝という生活が一ヶ月続いたが
収穫は米から大豆へ移行して大豆のピークもヤマ場を越えた頃。
「お兄様、今日から二年生ですよ」
「セーラも二年生です」
妹達は色の変わった制服にご満悦のようだ
先輩になるという事も嬉しい事なのかも知れない。
それから一週間後に楽しい収穫報告会。
「ノア様、今年の主要穀物の収穫高は小麦が五千二百万トン、米が
二千八百万トン、トウモロコシが九千五百万トン、大豆が七千七百万トンに
大麦が千六百万トン、ライ麦が三百万トン、蕎麦が十五万トンです」
「あれ、米の生産量が落ちちゃったね」
「今年は麦への転作が多かったので仕方ないかと
更に試験的に育てたマカロニ小麦が百五十万トン収穫出来ました」
「人口は?」
「二ヶ月前の情報になりますが本土が二千九百万程度で新領土が
千四百万前後ということです」
新領土の人口も以前の本土並みで本土は三千万人に王手を掛けたか
若者が流出してノルト大陸の人間には危機感がないんだろうか?
この倍居ても米だけで一年は持つな。
グラタンは好きだったし、冬にパスタ料理も悪くないな。
そして十一月も下旬になる頃にキグナス帝国の帝都が落ちたと報告が来た。
「ついに落ちましたね」
「南北と西からの挟撃だからな」
「ロアンの報告だとロアン側の戦死者は三十万以上でバルバロッサ王国の
戦死者は十万程度との事です」
「後から駆けつけた方が三倍の死者か……」
「装備の差が出たのでしょう。バルバロッサは七割の兵士の武装が機関銃で
一方ロアンはライフルが標準装備です」
「そうか」
「バルバロッサの飛行艇は帝都に集結しただけでも百五十機以上だそうです
皇帝一族は公開処刑で貴族と軍の士官クラスも処刑だそうです」
「祝電でも贈っておくか?」
「そうですね。贈るだけなら金貨一枚で済みますからね」
そうなると次は東に目が向くよな。
「ヘンドラー地方はどうなった?」
「キングダムは現在、総力を挙げてイシュタルの工房地区で戦闘中で
西に兵を割く余裕はないでしょう」
まあ覇権を争って貰うか。
それから僅か十日後にイシュタルが負けたという報告と
最悪の報告が飛び込んできた。
「ソフィー姉さんが死んだというのは本当か?」
「残念ながら情報部の人間が遺体を確認しています
どうやら自害だった模様です」
おのれキングダムめ、八つ裂きにしてやろうか。
「現在の航空兵力は?」
「無念なのは判りますがお気持ちを鎮めてください。キングダムの
残存する飛行艇は僅かに三十程度の模様です。苦しんでから死んで
もらいましょう」
「しかし、家族を殺されて黙っていろと言うのか?」
「我が国も兵士の数は増えておりますが制圧出来るレベルの数を
揃えるのは不可能です。爆撃だけなら可能ですが距離の問題で
現状では千名以上の飛行士が死ぬことになるでしょう」
「くそ! 家族の仇もとれないのか」
結局は数の力か。
知らせないと行けないな。
なんか、言う前から雰囲気が暗いな。
「お爺さま、お婆さま、そしてお母様、大事な話があります」
「ソフィーが死んだのね」
「なんで……」
「アデルが死んだときと同じような顔をしているわ……そう、あのソフィーが
死んでしまったのね」
「儂も情報部の奴らに聞いたが自決らしい。大方イシュタルの豊穣の血を
求めて子供でも産ませようとしたんじゃろう
直系の男子の子供しか加護は受け継げんのに」
「アレクは?」
「公開処刑だったそうです」
「ルッツにアデルにアレクも……」
母さんにしてみればアデルもアレクも同じく腹を痛めて産んだ子供か。
「ノア、アリス達には時期を見て私から話してみるわ」
「お婆さま、おねがいします」
家出娘のままで十分だろう。
雪か、十二月にしては珍しいな。
「若君、一式が出来たと報告がありました」
「よし!」
転移で行くか。
どこだ、見当たらんな。
「ダン、どこだ一式戦闘機は?」
「坊ちゃん、戦闘機はまだだぞ。その代わりと言っちゃあなんだが
持ち帰った対潜ヘリって奴を大きくした一式ヘリを三種類作った」
「なんだ、ヘリコプターか。ちょっとがっかりだな」
「坊ちゃんの姉さんの事は聞いてるぞ。俺も無念だ
だがこれで防衛に隙はなくなるぞ」
「見てみよう」
小型ヘリと大型の自衛隊の救難で使っているようなヤツもいいとしよう
なんだ後ろのバカでかいのは。
「なんだ、この化け物みたいなヘリは?」
「よく聞いてくれた。速度は二百八十キロで上昇高度も四千メートルだが
神髄は航続距離が二千五百キロで最大で六十トンの重さの物を吊り下げられる」
Mi-26の二倍以上か。さすがミスリル金属製と言った所だ。
「装甲車でも持ち上げるのか?」
「その程度なら中型のヘリでも可能だ。これはなんと戦闘機は勿論のこと
一式戦闘給油機を輸送出来るんだ」
「それが特別なのか?」
「坊ちゃんは分かってないな。考えた事はないのか? 給油機の行動半径の
狭さ。こいつがあれば燃料が無くなった給油機を回収出来るし
給油機の燃料タンクは連結型の複数タンクで構成されてる。これなら
出撃前の状態まで空中で給油する事も可能だ」
「つまりこいつが前線にいれば給油機は地上に降りてくる必要が無くなると」
「その通りだ!」
「それにうちのヘリ達は戦闘機なんかの下部にあるパイロンにも
新型のミサイルなんかを取り付けられるぞ」
それから自慢話が三十分に渡って続いたがほとんど頭に入っていない
遂に一式だか一型の戦闘機や爆撃機はお預けか。
そして、キングダム王国がヒンメル地方を占領した後に部隊を
南下させたという報告が来た。
お読み頂きありがとうございます。