第五十三話:西大陸からの使者
トレミー帝国も無事に第一王子のミュラー君が跡継ぎに決まり
帰国して二週間でまずユリアンが、そして次の日にはニコが過労で倒れた。
今は黙々と農務の仕事を精査中だ。
「バイオ燃料庫の輸送と管理はデニスがやれ」
「若君、うちも結構忙しいんですが」
「それなら、燃料施設に入るまでを農務でやってそれ以降を工部としよう」
「兄貴、農作物と農耕機械の輸送関係の書類が多いですよ」
この書類か。農機の貸し出しは財務で、そこから先は全て農務が担当か。
これも農耕機械の一括管理の弊害だが。
「農務は倉庫から駅までと駅から農地までとしよう。積み込みと積み下ろし
更に輸送中の管理はリキの国土交通に任せる」
「うちとレンの総務は出来たばかりなので人が少ないんですよ」
「重労働の積み込みとかをやるのは駅の職員だろう
管理だけなら退役軍人とかを雇えよ」
農作物の輸送を他に任せると
どのくらい収穫出来たのか判らなくなるからな。
「酒の全ての管理をフレッド率いる新規の国税省に任せたから
秋以降はかなり楽になるでしょう」
これでまた倒れるようなら考えるか。
ユリアンとニコは五日で仕事に戻ってきたが
仕事が溜まってなかった事に感動したそうだ。
今日は新造艦の巡洋艦の試験航行の日だ。
「この船って速いわね」
「でも主砲がついてるのは前だけですよ。後ろから攻撃されたら
どうするんですかね」
「空母同伴艦だから攻撃機にお任せだろう」
「でも攻撃機はまだ研究中だから爆撃機になるんですよね」
「みなさん、この船の側面には対艦トルネード砲を装備していますから
追尾してくる戦闘艦への対処も可能です」
「この船の最大速度は?」
「六十三キロですよ」
三十五ノット程度か。さすがに後部に主砲を置かないで
エンジンスペースにしただけはある。
「でもこの船でかいしアルタイル砲を喰らったら沈みそうね」
「この船の最大の獲物は飛行艇ですよ。高度八千メートルだろうと
我が鑑自慢の連装高角砲が一瞬で撃墜して見せますよ」
艦長さんだろうか? 若い女の子の質問にノリノリで答えているな。
そして最高速度六十四キロを記録した所で俺達はエクレールに帰還だ。
「スズキも美味しいですが海老も食べたいですね」
「この屋敷の門をテロリストと海老が通過する事は
私が生きている間はないからな」
「兄貴はほんとに海老嫌いですよね」
「海老もいいがカニも食べたいな」
「冬場のノルトかには最高なんだけどね」
「安心しろカニの通過は自由だ。今年はノルト大陸沿岸で大船団で
カニ漁をする予定だ」
「そうなると秋から冬はカニ鍋か」
「冬ならうちの白菜も良い感じだし悪くないわね」
トウモロコシも収穫から加工にシフトした頃。
「西大陸から使者が来たのか?」
「はい、西大陸は既にライナ王国は実質的にトレミー帝国に併合されており
その南の友好国のロアン王国、ここはあの第二王子に関係が深い国なので
今の内に領土を拡張したい様子です」
「来月には皇帝に即位するみたいだし
北大陸の遠征が終わった後の事を考えると怖いよな」
「そしてトレミーとロアンの南にある巨大な砂漠を隔てて存在する四カ国が
西大陸の全てのようで、トレミーの商人の話を参考に考えると
西大陸全体はジュノー大陸の六割程度かと」
あくまで予想だが平均すると各国はインド以上の国土があるのか
夏に砂漠超えはしたくないから弱ったキグナスを叩きたいのか。
「よし、会おう。そうだ文部長官も呼んでくれ」
「ハインツ様も同席するのですね。了解しました」
どんな人物が来るか判らないからな。
「ノア、こういう時は儂らが後から現れた方が効果的じゃぞ」
「うちの広間は男爵邸程度の大きさです。別に見栄を張る
必要も無いでしょう」
「ご使者の方が参られました」
「これはお初にお目にかかる。ロアン王国宰相のヨハイムと申します」
「これは遠い所をよく参られた。儂は国王の祖父でハインツで隣がノアじゃ
宰相自ら来たのじゃ早速、要件をお聞きしよう」
なんか俺っていらなくねえ。
「南の四カ国は今の領土で満足しているようですが
当国は以前に攻められた恨みを晴らすためにキグナス帝国へ侵攻を考えており
その物資援助をお願いしたい」
「現在キグナスは南のバルバロッサ王国の侵攻を受けているが
どの辺りに攻め込む予定かな?」
「貴国は既に南の国境線を確定したとお聞きした。ならば憎っくき
マーチ家所有の港と貴国の南端の川の南側に兵を送りたい」
帝国の北半分か。マーチさんの持つ港の南は砂漠だったよな。
「帝国に攻め込むなら対価を貰えば協力も出来るが……」
「それでは直接戦地へ運んで頂くので小麦を一トンにつき金貨八枚と
飛行艇を譲って頂けるなら星金貨二十万枚お支払いしましょう
もちろんこの場でお支払いいたそう」
「うむ、ヨハイム殿の覚悟あい判った。星金貨二十五万枚で
飛行艇二隻をお譲りしよう。更に我が国から三百キロ以内の
港への上陸の際は当国の飛行艇部隊が上陸部隊の援護をいたそう」
「かたじけない。今回は全ての食糧を貴国に委ねる」
結局、俺ってお飾り。いや人形なのか?
宰相殿は鞄から光金貨二千五百枚に加え十個の魔法鞄から
白金を百トン取り出して笑顔で帰って行った。
「随分多く置いていきましたね」
「ああいう人間は借りを作りたがらないからな」
「それでは収穫した小麦を輸送船に運びますね」
「いや、去年の余りを送っておけ」
「いいのですか?」
「うちの作物はイシュタルの加護のお陰で味もいい
入植した後に今年の小麦を送ってやれば良い」
戦地じゃ美味しいパンを焼く余裕はないだろうからな。
それから一週間後にキグナス北側の港を戦闘艦四千隻に輸送船一万隻が
取り囲んだとの報告を受けて飛行艇十五隻を支援に出した。
「おい、早く出港しろ。後の船が進めないぞ」
「輸送船三百二十隻出港しました」
「既に西部からはルミエール港を中心に四百隻が出港済みです」
「一式戦闘給油機十五機発進せよ」
「巡洋艦一番艦及び二番艦微速前進」
もうエクレール港の周辺は大混乱だ。
「兄貴、一万四千隻も国外に出すなんてロアンっていう国は
大国なんですかね?」
「それは判らないが本気だというのは確かだろうな」
「売ったのが旧式の飛行艇だけで済んで良かったですね」
これでキグナス帝国も終焉かな。
それから怒濤の一ヶ月。
パンを焼いている暇が無いから硬くてもパンで送って欲しいと言われ
パン工房はフル回転、ついでにおにぎりもマジックポーチでお裾分け。
お米も輸出したいからね。
飛行艇の情報では上陸兵数は約三百万人。しかし機関銃を携帯している
兵士は二十万程度という予想だ。かなり無理をして徴兵したんだろう。
「ノア様、ロアン王国がバルバロッサ王国との協議で南北の国境線を
決定したと報告がありました」
「どのくらいの広さになりそうなんだ?」
「ここに地図を持ってきました。このマーチ領から南に百キロ行った
砂漠より北がロアンの領土となります」
かなりでかいな。バルバロッサ王国とは元々友好的だったようだな
うちが侵攻していたら絶対に戦争になっていただろう。
これでジュノー大陸は五カ国の乱戦状態か。西は安定しそうだから
あとは東次第か。
「それでロアン軍はどうしてるんだ?」
「現在、バルバロッサ王国の援軍の為に帝都の北二百十キロまで進軍
兵力はおよそ五十万程度だそうです」
「わかった」
そして九月の下旬にヒルダが来た。
「どうしたんだ? 戦争には関与しないと言っていたが」
「ノア様がサンドリア湖に配置した輸送船を使ってロアン王国がお礼の
名目で獣人を新領土へ送り込んでくるので大混乱です」
「ロアンでも獣人は嫌われ者なのか?」
「ロアンはイース教を信仰しているようでして徹底した獣人排斥運動を
国の理念としているようです」
ここで再び出てきたかイース教の蛮族共が
支援したのは失敗だったかも知れないな。
「判った、お礼なんていう言い訳は要らない。積極的に受け入れよう」
「さすがでございます。イシュタルからも継続的に難民流入が続いて
おりますので新領土では来月にも小麦の栽培に入れるでしょう」
そして十月に入り戦争も終わるかと思っていたら
トレミー帝国から使者が来た。
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