第四十話:父の死
俺も十四才になり新アレス通貨も領民や周辺地域に順調に浸透して
東大陸の兵が攻め込んできてから四ヶ月。
遂に物資が尽きたのか? 東大陸の兵は引き上げたが陛下が心労で倒れた
という情報もあり王都アレシアは混乱状態らしい。
「ノア様、住民の一部がアルタイル本国かキグナス帝国領へ
出て行きたいと申しており
反対するなら一斉蜂起も辞さないと言っております」
「なんでそうなったんだ?」
「主に新たに着た流民が帝国ならば年間に星金貨二枚の給金を出すと
言ったのを信用したのと農奴から解放されて少し裕福になって
考え方が増長したのが原因かと」
鎖国状態だから外がよく見えるよな
罠と判っていても内部から崩壊するのを黙って静観は出来ない。
「仕方ないね。残念だけど、王国か帝国へ着くまでの食糧だけ渡して
老朽船で送ってあげて」
「本当に宜しいのですか?」
「反乱を起こされたら溜まったもんじゃないよ。そうそう今いる流民で
関係していそうな人間も全て追い出してね」
困ったもんだ、これも皇帝様の差し金かな。
あまり籠もっているのも考え物か?
結局、流民のほとんどと元領民の四百万以上が出て行く事になったので
噂をバラまいた人間の摘発や信用できる領民の餞別と出て行く人間六百万の
乗船する船の割り振りで二ヶ月もかかってしまった。
そして十日後、やっと王都アレシアへ久々の来訪だ。
「これが王都アレシアとは信じられませんね」
「アルタイルロール一個で銀貨四枚だと!」
「若君、米も一キロで小金貨五枚とありますよ」
「信じられないわね。うちなら高い店でも五キロで大銅貨八枚だから
実に百五十倍近いわね」
「もうそろそろ新麦の収穫だよな。なんでこんなに高いんだ?」
「それにアレス領からも小麦だけでも千五百万トンを
無償援助で送っているはずだぞ」
陛下が倒れたのが原因なんだろうか?
それにしても街の荒廃が凄まじいな。
「僕達の家もイシュタル家の屋敷も衛兵が封鎖しているな」
「そういえば、最近ではワイバーン地方やラウス地方でも積み荷を降ろすと
すぐに追い出されると言ってたな」
「若様の魔王伝説が広がったんじゃないのか?」
仕方ない、とりあえず王城へ行くか。
「貴様ら、イシュタル家の人間だな。みな捕まえろ!」
「やばいですよ。逃げましょう」
「そうだな」
なんて執念だ。俺達はかなりの食料を無償援助してるっていうのに
やはり兵を出さないと不味かったのか?
「兄貴、なんとか振り切れましたね」
「でもイシュタル家の者とか言ってませんでしたか?」
「若様もイシュタル家の人間ではありますが」
「なにやつ」
おいおい、シャルよ。出産して言葉使いまで変わったか?
「わたしでございます。ユリアです」
「ユリア、無事だったのね」
「お嬢様もご無事でなによりです。とりあえずはこちらへ」
ここってスラムだよな。こんな所で暮らしてるのか
シャルの出産なんか待たずにもっと早く来てやれば良かったな。
「入ります」
「ユリア、食べ物は手に入った?」
「お母様!」
「まあ、シャル、生きていたのね?」
「お母様こそ、こんなにおやつれになって」
「みなさんお揃いなんですね。マリア様も近くの家に身を隠しているんですよ」
「お母様まで」
「とりあえずご一緒しましょう」
マリア母さんまでもがスラム暮らしとは
ルッツ父さんやアレクはなにしてるんだ?
「シャリーです、入りますね」
「シャリー、今日はどうでした?」
「お母様、ご無事でなによりです」
「ノア、生きていたんですね。二ヶ月前に死んだと報告があったのに」
誰だ俺を死んだ事にしたバカは。
「それより王城へ行ったら
イシュタル家の者と言われて兵士に追われましたが」
「何も知らないのですね。二ヶ月前にアレクがルッツとアデルを殺して独立
してキグナス帝国に庇護を求めて、帝国もそれに応じて兵十万を出して
来ましたがなんとか撃退に成功しましたが。今はこの有様です」
「父さんとアデルが殺されたんですか?」
あいつめ! とうとう本性を現しやがったか
それで東部と北部の農作物が入ってこなくなったのか。
「そうです。私とお母様は飛行艇の工房に居たのでなんとか助かりましたが
アッテンボロー家とハイネ家はキングダム王国についたようです」
旧アルタイル王国の四辺境伯家は全て反アルタイルか。
まあドナルド家は既にないが。
「そうするとお爺さまは?」
「お爺さまは陛下暗殺の罪で終身刑と聞いています」
「その件ですが、隠しておりましたが先日、イシュタル家の者は陛下暗殺の
罪で一週間後に公開処刑の予定だと告知が出ておりました」
「そうだったんですか。あの人も処刑ですか」
「お母様、起きて大丈夫なんですか?」
「孫のノアがわざわざ来てくれたのです。寝ては居られません
アリスとセーラは無事でしょうね」
「ご安心ください。毎日喧嘩ばかりしております」
「この情勢で姉妹で喧嘩出来るというのは恵まれているんでしょうね」
食糧難のような場所で喧嘩になったら殺し合いに発展しそうだからな
アリス達の喧嘩の原因は甘い物の取り合いだから。可愛いもんだ。
「まずは皆さんをアレス領へ運んで
お爺さまの件は努力してみましょう」
「アレス領では食べ物はあるのですか?」
「一億の民が居ても賄えるだけの食料はありますよ」
実際問題、二億居ても十分賄えそうだけど。
「それは有り難い事です。ぜひお願いします」
「お婆さま、孫に頭を下げるなどしてはいけません
もっと堂々としていて下さらないとこっちが困ってしまいます」
「アレクとノア、どうしてここまで違ってしまったのでしょうね」
ドロシー婆ちゃんはまだ五十二才なのに一気に年を取った感じだ。
「デニス、物資を輸送中の輸送船に引き返すように転移魔法を使える魔法師に
指示するよう伝えてくれ。お爺さまの救出は俺とヨハンとコンラートで
実行する」
少数精鋭の方がいいだろう。
「兄貴、俺達は?」
「大貴族が寝返ったとなればアレス領も危ない。みんなは東の山の警備に
当たってくれ。もう砦がほとんど出来てる筈だ」
「わかりました。ではご武運をお祈りしています」
それから転移してエクレールに戻った。
「お母様もここへお引っ越しですか?」
「はい、そうですよ。アリスとセーラは無事でしたか?」
「アリス姉様がお菓子を取るんです」
「何言ってるのよ。セーラが食べきれない程のお菓子を部屋に
持ち込むからでしょう」
「持てなければ部屋へ持ち込めないもん」
「そういうのを屁理屈というのよ」
「まあ、二人とも元気なら良いのよ」
「もしかしてお婆さまですか?」
「ご免なさいね、随分、痩せてしまったから判らないわね」
「セーラはお利口にしてましたから、会えると思ってました」
「それなら私は勉強もしてましたわ」
「アリスもセーラも偉いわ」
「お婆さま、泣いてるんですか?」
「ご免なさいね、久しぶりに二人の顔を見たら嬉しくなったのよ」
ここは女性だけにしておくか。それに爺ちゃんを助けないとな。
「ノア様、アルタイル王国はもはや長くないかと。あの陛下が倒れて
東大陸の兵に蹂躙され帝国に襲われ、更に大貴族が離反では」
「それもあるが、お爺さまの意見を聞いてみよう」
それから王都へ転移したが
厚い魔力障壁と多くの衛兵の警備で中へ侵入出来たのは三日後だ。
「この先の地下牢ですね」
「酷い匂いですね。本当に生きているんでしょうか?」
「お爺さま、ノアです」
「ノアなの? わたしよソフィーよ」
「ソフィー姉さんと……ノーラ姉さんじゃないですか
なんで地下牢に?」
「フランツも子供達もシュナイダー一族もみんな殺されたわ
私達は国民の怒りをイシュタル家に仕向ける為の餌として生かされているの」
「黒幕は誰なんですか?」
「ロレーヌ公爵家とアレクよ。だけど真実を知っているのはごく一部よ」
あの誠実そうなラインハルトも裏切ったのか
イシュタル家は大きくなりすぎたのかも知れないな。
「ではとりあえずアレス領へ参りましょう」
「ここから出られるのね!」
「もちろんですよ」
「儂は行かん。ドロシーや家族の無念を晴らさねばならん」
「お婆さまならば既に領都エクレールへお連れしました」
「ドロシーは生きていたのか?」
「はい、マリア母さんもやつれていましたが無事です」
「そうか、無事だったのか……」
「では考えるのはアレス領で考えて下さい。転移。エクレール」
「あなた、生きていたのね」
「ドロシー達も無事でよかった」
「若君、航行中の輸送船は全て引き返させました。停泊中の輸送船は
役人に賄賂を渡してなんとかこちらへ向かわせるのに成功しました」
「みんな、うちと敵対してるのか?」
「どうもハインツ様の処刑に合わせて我らと決別しようとしていたようなので
下の連中は知らないようでした」
反イシュタルと反アレスか。こうなるとジュノー大陸では孤立状態に
なるのか? 一時鎖国状態になるが仕方ないか。
「それで東の山脈の様子は?」
「砦が完成しており、いくつかの道を潰したので通れる人間は一度に二十人程度
魔法兵が一万いても突破するには三年はかかるでしょう」
魔法兵が一万いたら、小国だったら蹂躙されているぞ
だが、これで移民も来れなくなったな。
「それなら東の守りは信用の出来る兵を二千程度でいいだろう
残りは港に配備だな」
それから二週間後にエクレールに王の代理を名乗る一行が到着した。
「アレス辺境伯よ。本日をもって爵位没収の上、領地も没収する物とする
潔く罪を認めよ」
「これは使者殿。何の罪でしょうか? 加えておたずねします
使者殿を使わしたのはどこのどなたでしょうか?」
「勅命に背くと申すか?」
「既に陛下は死亡、そして王太子殿下もなくなったご様子
今のアルタイル王国は誰が支配しているのかお聞きしたい?」
「そのような事を平民になったそなたが知る必要はない」
「みんな、使者殿はお帰りのご様子だ。お見送りをして差し上げてくれ
もちろん誠心誠意な」
「わかりました、誠心誠意ですね」
「貴様ら、私は王国の外交官だぞ」
「はっきり申し上げておきましょう。爵位はお返し致します
そしてアレス領は本日をもってアルタイル王国から独立致します
貴方の主にはその辺をよくお伝え下さい」
もう面倒だ。独立して貴族を辞めた方が楽なような気がする
あの陛下がいないんじゃからかう相手もいないしな。
「小僧、今の言葉、後悔するぞ」
さて、これで付き合いのある国は西大陸のトレミー帝国だけになるか
困った。農作物が余ってしまうじゃないか?
「兄貴、もう男を名乗れないようにしっかりと証を取ってきました」
おいおい、そういう物は汚いから海に捨てなさい
海洋汚染になってしまうな。
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