第三十九話:十三型戦闘機開発
大火事から数ヶ月が経ちアレス領も小麦の収穫が始まった。
どこまでも続く黄金色の麦畑とその横には稲作用の畑が
地平線の彼方まで伸びるように続いている。
「ノア様、この前の大火でアルタイル南東部の収穫は酷い物でしたが
アレス領の推定収穫高は小麦だけで四千万トン以上です」
「若君、これなら増加した住民が五十倍来ようが余裕です
それにサザンクロスの南側はまだまだ土地が空いております」
現在、お隣の領主が空白状態なので
今年だけで二百万の人間が雪崩れ込んできた。
「現在、流民扱いの住民はどうしている?」
「半年間の公共事業を果たせば領民証の四号機を発行する約束です
現在は食費を当家が持って領内の工事に従事しております」
「領民と言えば、今年の米の収穫後に一部の領民が土地を所有する事に
なったとユリアンが言っていました」
確か新規で開墾した土地なら格安で売るとか言っていたな
農奴から遂に土地の所有者が現れれば念願の金が流通するな。
「収穫物の在庫は?」
「はい、主要穀物の在庫は米と小麦は数千トンを残すばかりで
九月までは収穫された小麦を領民にも食べさせなければならない状況です」
新麦の焼きたてのパンを食べたら米主体の食生活に戻れるかな。
しかしヒルダは儲けられるとはいえ、よくも主要生産物を徹底的に放出
したもんだ。そのお陰でお替わり無料が中止になってしまった。
「では各自、収穫出来た物からトレミー帝国へ輸出を再開してくれ」
「了解であります」
それから半月以上の収穫作業後にデニスが報告書を持ってやってきた。
「若君、遂に十三型爆撃機と十三型戦闘機の開発に成功。そしてテスト飛行の
結果も上々との事です。明日にでも我々が乗れるよう手配しておきました」
これらの機体は俺が前にヘンドラーで匿った奴隷を中心に飛行艇は諦めて
支援戦闘機の発展型の爆撃機と戦闘機の開発に農作物で得た富を投資した
結果で十三型というのは俺の年齢からつけたらしい。
なんてダサいフォルムなんだ。水上機なんだな。
プロペラがついているがエンジンはガスタービンエンジンなのか?
「ノア様、この素晴らしい形状を見て下さい。全長三十メートル
全幅二十六メートル、戦闘機が二ヶ月前に出来た新型のノア砲一門とノア型
機関銃二門を装備で爆撃機が小型機銃一門に小型で高威力のフレア弾を
百発搭載可能です」
「速度に関しては?」
「最高速が時速三百二十キロ、高度四千メートルでの継続飛行に成功
更にアレス領の技術の結晶である双発魔道エンジンでの最大飛行距離は
千五百キロ前後で増設タンクを積めば二倍の三千キロまで可能です」
「燃料は何を使っているんだ?」
「主成分はトウモロコシや大豆などを使った物ですが、それを三十年前に
死亡したヘンドラー最高の魔工技師と言われたサカエ伯爵の開発した理論の
一つを応用した新型高速魔道圧縮炉で不純物を取り除いた
アレス圧縮液を使っています」
おからが食卓に出てこないと思ったら燃料になっていたのか?
サカエ伯爵ってきっと転生者だろうな。三十年以上前にこの世界に来て
不純物の除去後の燃料、航空燃料の研究なんかをしていたのか。
数千万トンのトウモロコシだ、古くなる物も多いだろうし有効活用か。
「現在の生産状況は?」
「月産で三十機が限界ですが、新工房を新設中ですので
来年初頭には月産で百五十機は行くかと」
年末までに二百機程度か、空港がないから補給が出来ないのが痛いが
軍の主力を空軍にしても問題ないな。
「わかった。それでは更なる改良と増産を進めてくれ」
「了解であります」
中々の乗り心地だ。最低搭乗員三名というのは飛行士二名に砲術士が一名と
フレア弾の投下員として二名は必要だな。
戦闘機の方は飛行士が二名とノア砲というのが飛行士が操作可能なら
砲術士を乗せないでも飛行可能だな。
「素晴らしい眺めですね。転移で登れる高度は精々五十メートルですから
高度四千メートルというのは素晴らしいです」
「そうだな、輸出したらかなりの価格で売れるだろう」
「ノア様、それはなりません。アレス領は天然の山と大河によって
守られているのです。この爆撃機が敵に渡ったら平野の多い我が領内は
爆撃機に蹂躙されます」
「ヨハンの意見は、戦闘機と爆撃機を秘匿するという事か?」
「はい、ヘンドラーでも大型飛行艇の評価は高かったようですが
支援機の存在はついでの開発のような位置づけだったと聞いております
それはアルタイル王国でも同様です。各国には大型機の研究に没頭していて
貰った方が良いかと」
「わかった、そうしよう」
着水時の振動は凄いな、これは熟練の飛行士を多数養成しないと
波の高い日は着陸は勿論の事飛ばす事も出来ないな。
着水距離はかなり短い、車輪の開発が出来れば陸での運用も可能か。
「兄貴、ノア砲は凄い威力でしたよ」
「わたしも見てきましたがウィンドアローの百倍くらいでしょうか」
「ノア型機関銃も凄いです。なんと百発も連射出来るんですよ」
「ノア兄は先見の明があるよ。最初は技術者を優遇しすぎかと思ったけど
ノア砲と機関銃は陸でも使えるらしいし、ノア兄はもう王様にでもなれるよ」
「冗談は別にして戦闘機の性能も問題無いんだな?」
「バッチリだね」
とりあえずは戦闘機に見つかったら一分以内に撃ち落とされそうな
爆撃機の改良からだな。
それとも爆撃機と割り切って常に戦闘機を護衛につけるか。
それから二ヶ月が経ち、俺の方針で進められた米の増産の結果
今年の米の生産量は三千万トンに昇りトウモロコシ、大豆、小麦に
次ぐアレス領を支える主要穀物としての地位を盤石にした。
「兄貴、清酒の材料があんなに。もう来世も兄貴についていきますよ」
日本酒は結局、名前を清酒として定着させ領内でもバーボンに次ぐ
生産量を誇る酒となっている。
ウイスキーとビールも製造開始だ。
「まあ、飲み過ぎるなよ」
「それでお願いがあるんですが?」
「なんのお願いかな?」
「給料の三割をアレス酒通貨で支給して頂けないかと」
アレス酒通貨というのはアレス領で販売している酒を三割引きで買える
お得な酒専用通貨で現在の通貨との取引比率は小金貨一枚に対して
アレス酒通貨九枚という大好評の特殊通貨だ」
「僕としては構わないが、財務担当のヒルダに聞いてみてくれるかな」
「わかりました」
今の側近の給料は年間で星金貨五枚で貴族は更に王宮より給料を
貰っているし家賃はタダで食費は驚くほど安いから仕方ないか。
翌日にはヒルダがやってきて文句の嵐だ。
「三割をアレス酒通貨で支給するならば給料自体を下げるべきです
……しかしそれをすると問題もあるので領民証二号機以上の所持者で
希望者のみに対して一割をアレス酒通貨での支払いを良しとしました」
「ヒルダ、今のアレス通貨の発行枚数は?」
「アレス通貨が二十億枚とアレス酒通貨が五十万枚です。共に銀貨一枚相当
ですがアレス酒通貨は優先的に酒を購入出来る権利を付与している事もあり
闇市場で銀貨三枚で売買されているようです」
人間の酒に対する欲求は凄まじいな。
「アレス通貨の発行枚数が高すぎないか?」
「はい、今のアレス通貨はアレス領での買い物で二割多くの商品を買えて
領民には概ね好評ですが三ヶ月毎に回収して溶かして再び作る費用を
考えると……領民も商売を始める者も出始めましたし
そろそろ新通貨の発行を検討した方がいいかもしれません」
「つまり期限なしの通貨という事ですか?」
「はい、偽造された通貨のほとんどは金貨以上です
小金貨も多少ございましたが銀貨の偽造通貨は発見されておりません
それにコストに見合わないと思われます」
「次のアレス通貨の使用期限は?」
「今年の年末が回収日時になります
具体的なテスト通貨も既に数種類作成済みです」
おいおい、用意が良すぎじゃないか。
「そうだね……では新年の初めにアレス新通貨の発行と現在の週払い制の
賃金形態を二ヶ月払いの前払い制に移行しよう」
「まだ領内には公共工事で生計を立てている者が一千万人おりますので
先行投資だけで星金貨十六万枚になります……持ち逃げされた場合は
どうされますか?」
「その時は僕の人望がなかったと諦めよう」
「わかりました。では新アレス通貨は現行の二銅貨分のアレス銅貨と
二十銅貨分のアレス大銅貨、銀貨二枚分のアレス銀貨と小金貨二枚分の
アレス新小金貨で、普及した後に金貨の移行でよろしいでしょうか?」
「何故、二枚単位なんだ?」
「現行の通貨に切り込むには通貨単位を変えて新市場の開拓と
新技術を駆使した新通貨の普及が目的です」
「ヒルダがそこまで言うならいいだろう」
「成果にご期待ください」
問題は計算が出来る領民がどの程度いるかだよな。
それから十二月も末にキグナス帝国が西大陸に戦争を仕掛けたという報告が
来た。その半月後には東大陸がキングダムを中心にジュノー大陸に戦争を
仕掛けてきたという報告が舞い込んできた。
「キグナスは無視するとして、我が国にも東大陸の軍勢が二十万程度
押し寄せています」
「飛行艇部隊の活躍で沿岸部への上陸は三万程度まで抑えたんだろう?」
「それはそうだが、それでも戦死者は既に一万を超えているし
キングダムに上陸した敵兵は四十万以上だという」
「もしキングダム王国が堕ちるような事になればバルバロッサ王国か
アルタイルに敵が進軍する事になるのか?」
「既にバルバロッサ王国にも二十万以上の兵士が上陸している模様ですので
キグナスの暴走が続けばジュノー大陸全体の危機となるでしょう」
そもそもキグナス帝国が弱ったと見て西大陸に出兵なんかするから
東大陸の軍が攻め込んできたんだよな。
「しかし、アレス領から東海岸までは距離があるし
船はあるがほとんどは老朽船ばかりだ」
「爆撃機を出すにも遠すぎますし増設タンクをつければ積めるフレア弾も
激減するし燃料も弾も我が領内以外では補給も不可能ですね」
「東大陸と言っても北側だけのようですし兵力を維持するのにも
限界があるでしょう。アレス領は天然の要塞のような地形で
全て自給できる状態です。ここは物資の無償援助だけにしておきましょう」
「仕方ないな。ヨハンの意見を採って
ここは物資援助だけして戦局に関しては静観する物とする」
距離的な問題だけはしょうがない。陛下に頑張ってもらおう。
お読み頂きありがとうございます。